バスルームには洗面道具ではなく、ペットボトルが山積みになっていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
関西地方のゴミ屋敷に住む20代女性はその撤去作業中、涙が止まらなかった。一見すると仕事もプライベートも充実していそうな彼女は、自らの部屋の理想と現実のあまりのギャップに苦しんでいた――。
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府大阪市)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長が、ゴミ屋敷からの再スタートを切ったある女性について語った。
「この部屋に住んでいるのは10年くらいで、散らかり出したのは3年前から。仕事の帰りが深夜の1時、2時という日がずっと続いて、帰ってきてから何もする気になりませんでした。ご飯はいつもコンビニ。そういう生活がルーティン化してしまって。自分の理想と現実が……。本当はできるのに、現実はできない。誰にも言うことができなくて、悪循環に……」
女性は涙を流しながらそう話した。大阪市から車を3時間走らせたところにある1Kのアパートは、家具などの“モノ”は少ない代わりに“生活ゴミ”が部屋の大部分を占めていた。玄関を開けるとすぐに足でゴミをかき分けていかないことには、中に入ることができない。
空のペットボトルと、口が結ばれた小さめのレジ袋が目立つ。そのレジ袋の中にはコンビニ弁当の容器が入っており、1食ごとにまとめてはいるものの捨てることができずに、部屋の隅に投げていたのだろう。バスルームを開けると湯船まで空のペットボトルで埋まっていた。シャンプーや石鹸の類のゴミはないようだ。
「これくらいの量であれば、自分で片付けられるという気持ちがありました。でも、この生活に慣れてしまっている自分もいて。居心地がいいってわけではないんですけど、楽というか。誰にも見られないですし。それが続いて、気付いたときには『どうしよう、どうしよう』となっていました」
今回の部屋の間取り(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
このゴミ屋敷を見たときに、おそらく多くの人が「こんなに若くて生活が充実してそうな女性がなぜ?」と思うことだろう。しかし、意外にも若い女性からの依頼は多いと二見社長は話す。
「めちゃくちゃ多いです。ゴミ屋敷もそうですが、“ゴミ”ではなく“モノ”であふれる『モノ屋敷』の人が多いです。アイドルやアニメのファンでグッズを大量に集めている人なんかは若い女性が多いですね。でも、その『若くて充実してそうな女性は部屋も綺麗だろう』という固定観念が、さらに本人を苦しめているんですよね。
一時期ミニマリストという言葉が流行ったためか、“モノが少ない=正義”で、“モノが多い=悪”みたいな図式がありますけど、そこにストレスを抱えているなら片付けたほうがいいし、そうでなければそのままでいいと思うんです」
たしかに、モノが多いことを悪く言う人はいるが、モノが少ないことを悪く言う人はあまりいない。
20代の女性が住むゴミ屋敷の全体像。1Rの部屋には弁当やペットボトルのゴミが山積する(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
また、イーブイの動画のコメント欄には、ときおり「こんな汚い部屋に住んでいる人は貧しいだろ」といった書き込みが見られる。また偏見でしかないが、「仕事ができない人は片付けもできない」という考えを持つ人は多い。しかし、それもただの思い込みだ。
「ゴミ屋敷はお金のある人とそうでない人の落差が大きいです。仕事ばかりで家に帰っていない人は、どうしてもゴミが溜まっていきます。また、モノ屋敷は圧倒的にお金のある人が多いです。作業が大変なので動画にはしていませんが、高収入でタワーマンションに住む人からの依頼も意外と多いんですよ」(二見社長)
冒頭の女性の場合は、職場が変わったタイミングで人間関係の悩みが生まれた。部屋にはそのときの精神状態が如実に出る。徐々に部屋が散らかり出したが、ゴミをなかなか出すことができなかった。隣に大家が住んでいたからだ。イーブイの二見代表が話す。
ゴミの山を仕分けると、ようやくベッドが見えてきた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「大家さんが同じ建物に住んでいる場合、必ずゴミ捨て場を見ているんですよ。そのエリアの自治会長が見張っていることすらある。そして物件によっては“何曜日の何時から何時まで”とゴミを出す時間が決められていることもあります。そういった事情から、時間に融通が利かない職業の人がゴミを溜め込んでしまう傾向はとても強いです」
依頼主でダントツに多いのは看護師だという。出勤時間もキッチリと決まっていて、夜勤も多い。それでいて基本的に激務なので、ゴミを出したくても出せない状況が続いてしまい、それが当たり前になってきてしまうのだ。
「時間に融通が利かない人や片付けが苦手という自覚がある人は、引っ越しの際にゴミ捨て場の状況をしっかり確認しておくことです。駅からの距離、近隣の施設、セキュリティ、総面積など物件の条件は多岐にわたりますが、“24時間いつでもゴミを捨てられるか”という点は、人によっては何よりも重要なんです」(二見社長)
前半戦の2時間弱で部屋の半分が片付いた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ゴミ屋敷の住人には、責任感が強く自己犠牲をいとわないタイプの人も多い。二見社長とともにイーブイを支える弟の信定さんも、部屋が「モノ屋敷」になってしまったことが過去にあったという。
「弟は仕事がめっちゃ真面目で、自分を犠牲にするんですよ。要は人のためになることはすすんでやるけど、自分のことは後回しにしてしまうんですよね。部屋を散らかしてしまう人はだらしないというよりも、むしろそういう人が多いです」
たとえば、離れて暮らす両親。昔から自分のことは後回しにして子どものことを第一に考えるタイプだったとしたら――。もともと綺麗好きだったとしても、しばらく会っていないのであれば部屋がどうなっているかわからない。子どもはすでに自立していても、パートナーのどちらかや親の介護が発生していれば、また自分を犠牲にしてしまっているかもしれない。
バスルームのゴミ(左)も綺麗に片付いた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
依頼主の女性は自分の理想と現実の大きなギャップに苦しみ、1人で悩みを抱え込んでいた。周りの人たちも、まさか彼女がゴミ屋敷に住んでいるとは思っていないことだろう。
ゴミ屋敷の片付けを依頼するきっかけは、「火災報知器の点検が来るので」「大家が来るので」といった必要に駆られた理由がほとんどだ。しかし、この女性は自分で片付けることを決意し依頼してきた。
「周りは成長しているけど、私だけ成長していないことに気付いてしまって。結果、10年前とずっと状況が変わらなかった。いざどうすればいいのか悩んでいても、部屋を見せられない。隣に大家さんがいるけど、相談できない。どんどんどうしていいかわからなくなりました。イーブイさんの動画も含めてゴミの情報を見るのがすごく怖くて。ずっと見て見ぬふりをしている自分がいました。
でも、私はこういうことをしてしまう人間なんだって、ちゃんと向き合わないなといけないと思ったんです」
依頼主の女性が帰宅して目にした片付け後の部屋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)ゴミ屋敷からの脱却、再スタート作業を開始してからたったの3時間で部屋はまっさらな状態になった。残っているのはパソコンと棚くらいだ。作業中は外に出ていた女性が部屋に戻ってきた。この連載の一覧はこちら「すごい……広い……。5~6年ぶりです。ゴミやモノを寄せて、面積作ってという感じだったので、こんなにスッキリしたのは久しぶりです。再スタートが切れそうです」かつては仕事から疲れて帰り、「私、こんなんじゃないのに」と思いながらゴミの中で眠っていた彼女の姿が目に浮かんだ。部屋と一緒にメンタルも解放されたようで何よりだ。(國友 公司 : ルポライター)
依頼主の女性が帰宅して目にした片付け後の部屋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
作業を開始してからたったの3時間で部屋はまっさらな状態になった。残っているのはパソコンと棚くらいだ。作業中は外に出ていた女性が部屋に戻ってきた。
この連載の一覧はこちら
「すごい……広い……。5~6年ぶりです。ゴミやモノを寄せて、面積作ってという感じだったので、こんなにスッキリしたのは久しぶりです。再スタートが切れそうです」
かつては仕事から疲れて帰り、「私、こんなんじゃないのに」と思いながらゴミの中で眠っていた彼女の姿が目に浮かんだ。部屋と一緒にメンタルも解放されたようで何よりだ。
(國友 公司 : ルポライター)