「中学受験」が過熱し続けている。’23年の中学入試は、首都圏で5万2600人が受験し、9年連続増加の過去最多となった(首都圏模試センター調べ)。一方、受験戦争の裏で同じように9年連続増加で過去最多になっているものがある。それは、不登校児童生徒数だ。文科省の最新の統計(令和3年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について)では、24万4940人の小中学生が不登校で、中学生では20人に1人の割合にのぼる。
「過熱する中学受験と不登校児童の増加。一見するとこれらには関係がないように思えます。しかし、現場で実際に子供と向き合っている立場からすると、この2つのデータには関連性があると言わざるを得ません」
そう語るのは、『一般社団法人 不登校・引きこもり予防協会』代表理事の杉浦孝宣氏だ。これまでにのべ1万人以上の不登校・高校中退・引きこもりを立ち直らせてきた、その道のスペシャリストである。
「当会に相談に来る生徒の約9割は中学受験をしています。親に受験を押し付けられた子は、中学に入ると無気力になってしまう傾向が強い。今まで頑張ったことは何か聞くと、ほぼ全員が中学受験と答えます。受験が終わって燃え尽き症候群のようになった結果、学校に行けなくなる子が少なくないのです」
前述した文科省の統計でも、不登校の原因は「無気力、不安」が49.7%で最多となっている。杉浦氏が続ける。
「進学校と呼ばれる中高一貫の私立では、高3の1年間は大学入試演習にあてる。そのため、6年分の勉強を高校2年までの5年間で終わらせる必要があるので、ものすごいスピードで授業が進みます。特に英語は、中1の3学期にもう高校の文法をやっていたりします。こうした指導はいわゆる『落ちこぼれ』を生みやすい。授業についていけなくなった子は、思春期の反抗心も相まって、不登校に発展してしまう」
特に注意が必要なのが、GW明けなどの長期休みのあとだという。
「入学当初は通うことができていても、GW中に思い描いていた中学校生活と違ったと気づくケースが多いですね。不登校になった子供を放っておくと、引きこもりに発展してしまうこともある。学校に行かないとやることがないので、ゲーム漬けになります。すると昼夜が逆転し、引きこもりになっていくのです。そして、引きこもりの男子生徒のほぼ全員に、程度の差はありますが、家庭内暴力が見られます」
杉浦氏が相談を受けたA君は、
「校則が厳しく、勉強しないと大学に入れないと脅す学校で、つまらないと思った」
という理由で、中1の5月から不登校になった。両親が無理矢理学校に行かせようとすると、もみ合いになり母親が転倒。父親のことも「何すんだ、テメー」と睨みつけたという。
その後、A君はエアガン3丁を持って部屋に立て籠もった。中からは「クソ、死ね、アイツ殺してやる」と言っているのが聞こえ、両親は身の危険を感じたという。親が部屋を開けようとすると、A君はドアの隙間からエアガンで撃ってくる。どうにもできなくなって、杉浦氏のところに相談に来たそうだ。
同じく杉浦氏が相談を受けたB君の場合は、
「英語が嫌いで、しかも小テストで合格するまで再テストを受けないといけないのが嫌になった」
と語り、やはり中1の5月から不登校になったという。そこからまったく中学に通わないまま、部屋の入口にバリケードを作り、部屋から出てこなくなった。髪も髭も伸び放題、親が寝静まってから冷蔵庫に入っているものを食べる生活だ。親が部屋に入ろうとすると暴力をふるう。高校生の年齢になると、親よりも力が強くなり、もう太刀打ちできない。そこで杉浦氏のところに相談に来たという。
「他にも、お父さんが殴られて脳しんとうを起こしたり、包丁を持って立て籠もったりするケースもありました。男子は体格や体力で親を超えると、母親に暴力をふるい始めることが多いです。朝起こして学校に行かせようとするお母さんを殴っても、寝ぼけて覚えていない例もあります」(杉浦氏)
筆者は教育ライターとして、これまでに150校以上の私立校を取材してきた。そのなかで、不登校や引きこもりの子を持つ親から相談されるケースも数多くあった。中学受験をくぐり抜け有名進学校に通っていたC君の母親が明かす。
「Cが中学受験のために塾通いを始めたのは小学5年生のときです。最近は小3の2月から通い始めるのが一般的ですから、入塾したのが遅く、私は焦りから、勉強をするようにCにいろいろと口を出していました。受験が近づいた小6の12月、衝撃が走りました。キッチンの壁に包丁が突き刺さっていたのです。怖くて涙が止まりませんでした。その後、1月にも再度、キッチンと息子の部屋の両方の壁に包丁が突き刺さっていた。Cが荒れ始めると、慌てて家にある包丁を全部布でくるんで隠す日が続きました。あの恐怖は忘れることができません」
C君は中高一貫校に入学したが、その後不登校になってしまった。学校の友達は多かったが、
「学校に行きたいのに起きられない。自分でもなぜ学校に行けないのか理由が分からない」
と言い、
「中学受験をさせた親のせいでこんな体になった」
と母親を責めたという。
「Cは『なんで中学受験をさせたんだ。オレはしたくなかったのに、あんたが無理矢理やらせた』と私を責めた。殺気立ってくると、殺されるのではないかと思うこともありました。中学受験をしなければこんなことにならなかった、と後悔しました」
不登校の原因はさまざまだが、この3人に共通するのは、親に中学受験を強制させられたこと、近年「受験刑務所」と呼ばれるような厳しい進学校に入学したことだ。
さらに杉浦氏は、
「親が東大や京大など高学歴で、医師や大学教授など社会的地位が高く、家はモデルルームのように綺麗、という家庭の子供が不登校になるケースが多い」
と指摘し、それは前述の3人にも当てはまる。父親が普段からあまり子育てに関わっていなかったという点も共通している。
もし、不登校・引きこもりになっても、いくらでも人生はやり直せる。前出のA君とB君も杉浦氏の指導のもと立ち直り、A君は通信制高校を卒業して公務員に、B君も通信制高校と大学を卒業して就職している。
とはいえ、子供には伸び伸びと学校に通ってほしいというのが、親にとっての切実な願いだろう。子供を不登校や引きこもりにしないために、重要なことは何か。
「当たり前のことですが、両親がきちんと子供と向き合うことです」
と、杉浦氏は話す。
「試験に合格したから、テストで良い点を取ったから褒めるのではなく、ありのままのその子を大切にすることです。そして、規則正しい生活や礼儀が大事です。夜遅くまで勉強したから遅寝してもいい、勉強があるから何でもやってもらって当然、という環境では、すべてにおいて勉強が第一になってしまう。良い成績を取らないと、良い学校に合格しないと、認めてもらえないと子供は感じてしまいます」
筆者が取材したC君の母親もこう話す。
「勉強のことは一切言わないようにして、ありのままのCを受け止めるようにしました」
その後、C君は1年以上勉強しないままでいたが、あるとき自分から勉強し始め、大学に進学したそうだ。
「私も子供自身も世の中も、学歴や偏差値に振り回されていて、本当に大事なものが見えてなかったと、今は思っています」
もちろん、中学受験をしても伸び伸びと育つ子供が大半だろう。希望して入学した学校の校風や薫陶を受け、人間性が形成されるという点では、中学受験は素晴らしいと言える。だが一方で、親自身が学歴や偏差値で人をはかり、それに振り回されて、受験を子供に押し付けてはいないか。不登校・引きこもりの9割が中学受験をしているという現実について、じっくりと考えてみるべきだろう。
取材・文:小山美香(教育ジャーナリスト)