陸上自衛隊の多用途ヘリコプター「UH60JA」が離陸から約10分後、沖縄県の宮古島付近で消息を絶った事故から一夜明けた7日、事故当時の状況が徐々に明らかになってきた。
ヘリは通常、エンジンが止まっても惰性で回る主回転翼の力だけで徐々に降下する「オートローテーション」という操作をすれば、安全に着水できるという。だが今回は、機体に重大なトラブルが発生し、パイロットが救難信号を発する余裕もなく事故に至った可能性が高いとみられている。ほぼ予定通りのルートを飛行していたヘリに何が起きたのか。
「パイロットは『オートローテーション』に対応するいとまもなく海面に激突したのではないか」。元陸自航空学校宇都宮校長の佐藤吉信氏はこう指摘する。隊員の脱出時に発信する救難信号も確認されていないためだ。
ヘリの墜落原因の一つに、視界が悪い状況でパイロットが上下の平衡感覚を失う「空間識失調」(バーティゴ)がある。群馬県中之条町で平成30年8月、県の防災ヘリが墜落し乗員9人が死亡した事故の原因とされ、昨年1月に小松基地(石川県小松市)から離陸したF15戦闘機が直後に墜落した事故などでも、防衛省が推定原因として空間識失調を挙げた。
しかし、今回の事故当時の天候は晴れ。約7メートルの南の風が吹いていたが、視界は10キロ以上と良好だった。このため、佐藤氏は「パイロットが空間識失調に陥った可能性は低い」。元日本航空機長で航空評論家の小林宏之氏も「空間識失調は考えにくい」と話す。
ヘリは6日午後3時46分、宮古島の航空自衛隊宮古島分屯基地を離陸。同56分にレーダーから機影が消えた。この約2分前に下地島の下地島空港の管制と交信していた。
陸自によると、ヘリには第8師団長の坂本雄一陸将(55)が搭乗。周辺の地形を視察するため飛行していた。師団長が搭乗する場合は、特に熟練のパイロットが選抜されるといい、元陸将で帝京大名誉教授の志方俊之氏は「パイロットの操縦ミスも考えにくい。整備不良などで機体に何らかの不具合があったのではないか」との見方を示す。
ヘリは3月下旬以降に「特別点検」や安全性を確認する飛行をした結果、機体に問題ないと判断されていた。小林氏は「異変が起きたらすぐ異常を知らせるはず。事故直前に突発の機体トラブルが発生した可能性が高い」との見解だ。
「UH60JA」は米シコルスキー・エアクラフト社が開発した「UH60ブラックホーク」をベースに日本が独自改良した双発エンジンの多用途ヘリで、陸自は40機保有。「安定した機材で使い慣れている」(志方氏)といい、離島部の急患輸送や被災地の救助活動などにも用いられている。
もしエンジンに何らかのトラブルが発生しても、双発エンジンの「UH60JA」であれば、もう片方のエンジンでしばらく飛行でき、救難信号を発したり、無線で異常事態を知らせたりすることが可能だったとみられる。佐藤氏は「予断はできないが、直前に機体の不具合などの突発的な事態が起きた可能性もあるのではないか」とみる。
仮に主回転翼など飛行する上で重要な部品に深刻な事態が生じた場合、パイロットが対応することは難しい。30年2月に佐賀県神埼市で陸自の戦闘ヘリ「AH64D」が住宅に墜落し乗員2人が死亡、住宅にいた女児がけがをした事故では、防衛省が腐食防止剤が劣化して部品同士が固着し、主回転翼を固定する金属製ボルトに摩擦が生じて破断したとの見方を示した。
事故原因の究明はこれからだが、専門家はいずれも、離陸直後の短時間で急なトラブルに見舞われたとの見方で一致している。(大竹直樹、吉沢智美)