日本最大の“笑いの会社”吉本興業で、宣伝広報担当として活躍し、専務まで務め上げた竹中功氏(64)。現在は独立し、広報や危機管理が専門のコンサルタント業務に携わり、この3月に新著『それでは釈放前教育を始めます!』(KADOKAWA、1540円)を上梓した。実は竹中氏、10年前から、全国各地の刑務所へ赴き、受刑者に対し“ある授業”を続けている。竹中氏が“塀の中”で見た驚きの光景とは――。(前後編のうち「後編」)
【写真を見る】吉本の専務を経て塀の中へ“刑務所の先生”となった竹中氏声高に叫んでも 山形刑務所から釈放前の受刑者への教育をお願いされたボクは、まず、その目的である、「出所者が二度と刑務所に戻らないこと」、そして「出所者が再犯で被害者を作らないこと」を念頭に、どんな授業をやろうかと考えました。すでに何らかの罪を犯したことのある人に、単に、「犯罪は止めよう」「被害者の気持ちを考えよう」などと声高に叫んでも、響くはずはありませんからね。どうやってそうした理念を相手に染み込ませるか。そのために大事なことは、相手とコミュニケーションを上手に取り、心を通わせること。そして、やはり受刑者にとっても、再犯に至らないためには、他者とのコミュケーションを円滑に行うことが大事だと思いました。竹中功氏10歳の自分にインタビュー とはいえ、刑務所内での他の受刑者とのコミュニケーションは、基本的に最小限に抑えられています。作業中の私語はもちろん厳禁ですし、日々の変化はほとんどないので、話題も無くなりますから、他者とちゃんと会話をしていないんですよ。そんな彼らに、いきなり、社会に出たらしっかりコミュニケーションを取れ、と言ってもできません。言葉のキャッチボールができないのです。そこで考えたのが、「自分へのインタビュー」でした。要は、壁に向かってボールを投げるようなものですね。 受刑者に出したお題は、「10歳の自分にインタビューしてみましょう」でした。「いま目の前に10歳の自分が立っているとします。今からその子供にインタビューします。まずは、『学校終わりに最近、誰と何をして遊んでいますか』と聞いてみてください」と。全員が一生懸命考え、渡した紙に答えを書いていきました。 ここで、私の出番が来ます。例えば、一言、「友達と釣りに行ってます」とだけ書いてあったら、「友達の名前は?」「どこの川で釣りをしたの?」と追加で、10歳の自分に聞いてもらいます。すると、「○○くんと▲▲川に行っていて、ここでは時々、川うなぎも釣れるんです」と、どんどん話が膨らんでくる。すると本人も楽しくなってきて、どんどん自分自身にインタビューしていきます。なんせ、自分自身との対話ですから、軋轢も齟齬も生まれませんしね。注射痕を消したい「大人になったら何になりたいのかも聞いてみて」と追加でお題を出すと、「大工さん!」「プロ野球の選手!」「歌手!」との答えが返ってきました。そしてある刑務所の授業では、実際、「プロ野球選手になった」という人もいて、「それはすごいなぁ、みんなで拍手!」と盛り上がりました。そして最後に、「でも今、ここにおったらあかんけどなぁ」 と付け加えると、笑い声が。「お笑い」を差し挟むことによって場の空気をほぐしていきながら、コミュニケーションをしていくのです。 女子刑務所でも、こうしたコミュニケーションの講義をやったことがありますが、その時、今でも忘れられない不思議なことがありました。その時は、「100万円差し上げます。何に使いますか」という趣旨の質問を投げかけました。すると、「顔の整形手術をしたい」といった女性ならではの回答や、「両手の注射痕を消したい」というシリアスな答えも。そして最後に、メガネをかけた、高校生や専門学校生のような雰囲気の女性が、こう答えたのです。嘘ですよ「実は兄弟が7人いるのですが、みんなで東京ディズニーランドとディズニーシーに泊まりがけで行きたいです」 私は、「それはいい記念になりますね」と締め、その場は終わりました。その後、刑務官の方と雑談する中で、「あのメガネの子、若いのに今どき7人兄弟って珍しいですね。何をしたんですか」と聞いたのです。そしたら、「嘘ですよ」と。「え、嘘? 兄弟の数が嘘なんですか?」と聞き直すと、「兄弟なんていませんよ」と。予想外すぎて、ポカンとしてしまいました。なんでそんな嘘をつくのかは、刑務官もわからないとのことでしたが、まさに、「嘘つきは泥棒の始まり」を地で行くようで、何とも言えない気持ちになりましたね。やはり、あらゆる犯罪の根源には、「嘘」があるのではないでしょうか。そうした「嘘」がまかり通ることで、結果的に社会全体が悪い方向に向かってしまう危険性もある。それは犯罪を起こす人たちだけの問題ではないな、とも感じています。コロナ禍で消えた記者会見 ボクは吉本時代、広報担当として、不祥事が起きた際のマスコミ対応をやっており、その経験を活かして、退社後は“謝罪マスター”として、企業の危機管理コンサルタントを行っているのですが、謝罪会見でよくある失敗もまた、話す内容に「嘘」「ごまかし」「言い訳」が含まれていることが多い。まあ、だからこそみんな犯罪者になる、と言うわけではないですが、繋がっているなと改めて思いますね。 コロナ禍で、日本も世界も、大きく変わってしまいました。最近は、企業などで不祥事が起きても、マスコミを大勢呼んでの記者会見が、あまり開かれなくなったのではないかと思いますが、これもどうかと思いますね。外部から追求されなくて済みますから、内部調査も甘くなり、悪い部分が是正されなくなっていくのではないかと思います。それと同時に、記者の方々も、記者会見で質問する機会が少なくなると、どういう質問をすればいいのか、そういった経験が積めない。たまに開かれる会見なんかを見ていますと、相手が喋りたいことをただ聞くだけになっているような気がします。コミュニケーション不足は、大したことないように思われがちですが、それが続くと、いつの間にか大きな問題に発展している、ということがよくあります。コロナ禍が落ち着いた今、改めて見直してもいいのではないかと思います。デイリー新潮編集部
山形刑務所から釈放前の受刑者への教育をお願いされたボクは、まず、その目的である、「出所者が二度と刑務所に戻らないこと」、そして「出所者が再犯で被害者を作らないこと」を念頭に、どんな授業をやろうかと考えました。すでに何らかの罪を犯したことのある人に、単に、「犯罪は止めよう」「被害者の気持ちを考えよう」などと声高に叫んでも、響くはずはありませんからね。どうやってそうした理念を相手に染み込ませるか。そのために大事なことは、相手とコミュニケーションを上手に取り、心を通わせること。そして、やはり受刑者にとっても、再犯に至らないためには、他者とのコミュケーションを円滑に行うことが大事だと思いました。
とはいえ、刑務所内での他の受刑者とのコミュニケーションは、基本的に最小限に抑えられています。作業中の私語はもちろん厳禁ですし、日々の変化はほとんどないので、話題も無くなりますから、他者とちゃんと会話をしていないんですよ。そんな彼らに、いきなり、社会に出たらしっかりコミュニケーションを取れ、と言ってもできません。言葉のキャッチボールができないのです。そこで考えたのが、「自分へのインタビュー」でした。要は、壁に向かってボールを投げるようなものですね。
受刑者に出したお題は、「10歳の自分にインタビューしてみましょう」でした。「いま目の前に10歳の自分が立っているとします。今からその子供にインタビューします。まずは、『学校終わりに最近、誰と何をして遊んでいますか』と聞いてみてください」と。全員が一生懸命考え、渡した紙に答えを書いていきました。
ここで、私の出番が来ます。例えば、一言、「友達と釣りに行ってます」とだけ書いてあったら、「友達の名前は?」「どこの川で釣りをしたの?」と追加で、10歳の自分に聞いてもらいます。すると、「○○くんと▲▲川に行っていて、ここでは時々、川うなぎも釣れるんです」と、どんどん話が膨らんでくる。すると本人も楽しくなってきて、どんどん自分自身にインタビューしていきます。なんせ、自分自身との対話ですから、軋轢も齟齬も生まれませんしね。
「大人になったら何になりたいのかも聞いてみて」と追加でお題を出すと、「大工さん!」「プロ野球の選手!」「歌手!」との答えが返ってきました。そしてある刑務所の授業では、実際、「プロ野球選手になった」という人もいて、「それはすごいなぁ、みんなで拍手!」と盛り上がりました。そして最後に、
「でも今、ここにおったらあかんけどなぁ」
と付け加えると、笑い声が。「お笑い」を差し挟むことによって場の空気をほぐしていきながら、コミュニケーションをしていくのです。
女子刑務所でも、こうしたコミュニケーションの講義をやったことがありますが、その時、今でも忘れられない不思議なことがありました。その時は、「100万円差し上げます。何に使いますか」という趣旨の質問を投げかけました。すると、「顔の整形手術をしたい」といった女性ならではの回答や、「両手の注射痕を消したい」というシリアスな答えも。そして最後に、メガネをかけた、高校生や専門学校生のような雰囲気の女性が、こう答えたのです。
「実は兄弟が7人いるのですが、みんなで東京ディズニーランドとディズニーシーに泊まりがけで行きたいです」
私は、「それはいい記念になりますね」と締め、その場は終わりました。その後、刑務官の方と雑談する中で、「あのメガネの子、若いのに今どき7人兄弟って珍しいですね。何をしたんですか」と聞いたのです。そしたら、「嘘ですよ」と。「え、嘘? 兄弟の数が嘘なんですか?」と聞き直すと、「兄弟なんていませんよ」と。予想外すぎて、ポカンとしてしまいました。なんでそんな嘘をつくのかは、刑務官もわからないとのことでしたが、まさに、「嘘つきは泥棒の始まり」を地で行くようで、何とも言えない気持ちになりましたね。やはり、あらゆる犯罪の根源には、「嘘」があるのではないでしょうか。そうした「嘘」がまかり通ることで、結果的に社会全体が悪い方向に向かってしまう危険性もある。それは犯罪を起こす人たちだけの問題ではないな、とも感じています。
ボクは吉本時代、広報担当として、不祥事が起きた際のマスコミ対応をやっており、その経験を活かして、退社後は“謝罪マスター”として、企業の危機管理コンサルタントを行っているのですが、謝罪会見でよくある失敗もまた、話す内容に「嘘」「ごまかし」「言い訳」が含まれていることが多い。まあ、だからこそみんな犯罪者になる、と言うわけではないですが、繋がっているなと改めて思いますね。
コロナ禍で、日本も世界も、大きく変わってしまいました。最近は、企業などで不祥事が起きても、マスコミを大勢呼んでの記者会見が、あまり開かれなくなったのではないかと思いますが、これもどうかと思いますね。外部から追求されなくて済みますから、内部調査も甘くなり、悪い部分が是正されなくなっていくのではないかと思います。それと同時に、記者の方々も、記者会見で質問する機会が少なくなると、どういう質問をすればいいのか、そういった経験が積めない。たまに開かれる会見なんかを見ていますと、相手が喋りたいことをただ聞くだけになっているような気がします。コミュニケーション不足は、大したことないように思われがちですが、それが続くと、いつの間にか大きな問題に発展している、ということがよくあります。コロナ禍が落ち着いた今、改めて見直してもいいのではないかと思います。
デイリー新潮編集部