「ちょっとだけ。すぐに返せばいい」――。
ほんの出来心で始まった着服は、5年間で5000万円超に膨らんだ。滋賀県湖南市の自動車教習所で入所生の授業料を横領したとして業務上横領罪に問われた経理担当の女(54)に対し、大津地裁は3月、懲役2年6月(求刑・懲役4年6月)の実刑判決を言い渡した。公判では、単純かつ大胆な手口や、罪と知りながらもやめられない心理が浮かび上がった。(岩崎祐也)
■◆誰にも相談できず
判決によると、女は湖南市の自動車教習所で経理を担当。2016年4月~21年6月頃、入所生249人から受領した授業料など現金計約5360万円を着服した。
00年1月に就職し、同僚と2人で経理に従事した。入所生から受け取った金を女の卓上の手提げ金庫で一時保管。まとまった金額が金庫にたまると専用の口座に振り込む。受領した入所生の名前や金額は、「収入金日報」に記載して管理していた。
歯車が狂い始めたのは10年春頃。娘の大学進学などが重なり、金に窮した。家計のやりくりは全て女が担っており、誰にも相談できなかった。切羽詰まって目の前の札束に手が伸びた。
その手口は、受け取った授業料の一部を収入金日報に記載せず、自身のかばんに入れて持ち帰る、という単純なものだ。金庫の管理は2人で月ごとに交代で担っていたが、同僚が不正に気づくことはなかった。教習所で会計監査などが行われていなかったことも女の犯行に拍車を掛けた。
■◆「退職したい」と相談したが…
「(横領を)やめるには職場から離れるしかない」。女は罪悪感から、16年4月頃、理由を伏せて夫に「退職したい」と相談した。だが、何も知らない夫からは「生活が苦しいから、続けてほしい」と言われ、悪行を断つ機会を失った。
やましさを感じつつも、その後も着服を重ねた。くすねた金は、生活費や自宅のローン返済にとどまらず、家族旅行、化粧品や衣服、家電などにも浪費した。弁護側は「家族にひもじい思いをさせたくなかった」などと動機の一端を明かした。
女は「どんどん(額が)大きくなって、止められなかった」と犯行を重ねた理由を説明。「(家族に)いい思いをさせたかった」とも述べた。
発覚のきっかけは新型コロナウイルスの感染拡大。国のコロナ対策の助成金を申請しようと教習所を運営する組合が収入調査を行うと、女がこれを自身の横領の調査と勘違い。「これ以上隠せない」と、不正を名乗り出た。
■◆親族で弁済
判決で、大森直子裁判官は「被害額が大きく、5年余りで200回以上繰り返した常習的犯行で、悪質」と指摘。「本来の収入をはるかに超えて、身の丈に合わない生活を続けた」と非難した。教習所の監査体制の甘さに言及する一方で、「信頼につけ込んだ犯行で、規範意識の乏しさによって起きた」と述べた。
横領総額のうち、これまでに親族らがかき集めて約1000万円を弁済。今後、夫の退職金などで1300万円を支払うと約束した。組合とは、女の自宅を担保にすることを条件に、約3000万円を債権放棄する条件で和解したという。
大森裁判官は判決を言い渡した後、「自分のしたことの責任は果たしてもらわないといけない」と諭した。傍聴席で家族が見守る中、女はすすり泣き、何度も深くうなずいていた。