何人(なんぴと)も時計の針を戻すことはできない。それでも「若返る」ことは可能である――。巷(ちまた)に溢れるアンチエイジング術。どれも良さそうで、どれもうさんくさそう。一体、何が正解なのか。国立大で抗加齢センターを開設した権威・伊賀瀬道也氏が、究極の「老けないための習慣」を厳選。
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【写真を見る】研究者がオススメする抗加齢食材とは? 人間は必ず年を重ね、老けていく。誰も抗(あらが)うことのできない自然の摂理です。

しかし、実は「加齢」と「老化」とでは性質が異なります。 物理的な時間の流れは分け隔てなく一様です。0歳から100歳になるまで、万人が等しく年を取り、それ自体のスピードに差はありません。言わずもがな、年を取らないことは不可能です。歩けばいいというわけではなく…… 一方、老化はそうではありません。年齢とは異なり、「老け具合」の速度は人によって違います。同じ60歳でも、健康的で若々しい人もいれば、体のあちこちにガタがきて実年齢以上に老けている人もいます。この老化のスピードをいかに遅らせられるか、そのサポートをしているのが、私たちアンチエイジングを専門とする医師の役割です。 60歳なのに、体力や健康状態はすでに80歳……。こうした「残念な老化」をどうやって防ぎ、若返ることができるかが、人生100年時代のポイントです。実際、若返りは可能で、健康意識の高まりもあり、この10年で日本人は「10歳若返っている」のです。〈こう説くのは、愛媛大学大学院の抗加齢医学(新田ゼラチン)講座教授の伊賀瀬道也氏だ。同大医学部附属病院の抗加齢・予防医療センター長でもある伊賀瀬教授は、2006年、国立大としていち早くアンチエイジングを研究する抗加齢センターを開設した「若返り研究」の権威だ。 これまで約4千人の患者に指導を行ってきた豊富な臨床経験と知見に基づき、アンチエイジングのプロである伊賀瀬教授が具体的な若返り実践術を紹介する。〉「老化の流れ」をせき止める土嚢 残念な老化は、主にメタボリックシンドロームによってもたらされます。内臓肥満になることで、高血圧、脂質異常症、高血糖などが複合的に起こってしまう。そして、そこから雪崩のように、脳血管障害、脂肪肝、糖尿病……と、いくつもの病気を抱える。この現象を慶應大学医学部の伊藤裕教授は「メタボリックドミノ」と名付けましたが、このドミノが倒れていくのを、できるだけ早い段階で止める。心身にとって良い習慣を取り入れ、川の氾濫に例えれば可能な限り上流で「老化の流れ」をせき止めるための土嚢(どのう)を積み上げていく。そうすることが、フレイル(虚弱)に至る大きな要因である認知症やがんの予防にも大いに役立ちます。なぜなら、認知症のリスク因子として高血圧や糖尿病が挙げられ、またがんも食事や運動を見直すことでリスクを減らせる生活習慣病の一つだからです。 では、どうやったらメタボリックシンドロームになるのを避け、残念な老化を防ぐことができるのでしょうか。五つのチェックポイント 私たち医師は、患者さんの老化を診断する際に五つのポイントをチェックします。(1) 血管年齢(2) 脳・神経機能(3) ホルモンの分泌(4) 骨年齢(5) 筋肉量 さらに、これらの臓器等の衰えを予防するために、私は次の五つのカテゴリーに分類して、さまざまな若返り術を推奨しています。A 食事B 運動C 生活習慣D 脳/メンタルE 医療 遺伝的要素が老化の速度に影響を与えているのは事実です。つまり、自分ではいかんともし難い老化スピードに関するプログラミングが、遺伝子レベルでなされていることは否定できません。 しかし、デンマークで行われた双生児の寿命に関する研究では、老化に対する遺伝子の寄与率は約25%であると推定されています。すなわち、残りの75%は自らの努力次第ということになります。これから挙げる若返り術などを実践することで、寿命を延ばし、残念な老化を防ぐことは可能なのです。若返りには効果的でも… それでは早速、「5分類」に基づいた、若返り術を紹介していきたいと思います。まずは「食事」から。 医食同源とはよく言ったもので、命の根源を司るのはやはり食事です。したがって当然、アンチエイジングを目指す上でも食事の改善がベースになります。先人はよく分かっていたわけです。 例えば、代表的なヘルシー食として注目される地中海食を取る。アメリカの国立がん研究所が、がん予防効果のある食品の最上位として認めたニンニクを食べる。悪玉コレステロールを増やすような食品の摂取を控える……。 どれも若返りには効果的ですし、これ以外にも世間には無数の「健康長寿食」や食事法が存在します。 しかし、全ての食事法を実践するのは不可能です。そして何よりも、続かなければ意味がありません。さらに、楽しみながらやらなければ本末転倒です。苦痛を感じながら健康長寿食を食べ続ける――。そんな無理をする必要はありません。なぜなら、その食事や食事法は、あなたに合っていないからです。 実際、2011年、科学雑誌の「サイエンス」に、「人生に幸せを感じている人はそうでない人と比べて14%長生きする」「先進国においては、幸せを感じている人は7.5~10年寿命が長い」という報告が掲載されました。やはり、楽しみながら続けられてこその若返り術なのです。 そこで、エビデンスが豊富にあったり、あるいは私たちのグループが熱心に研究してきた、特にお勧めの二つの食事法についてここでは触れておきたいと思います。青魚の血液サラサラ効果 一つは「青魚を食べる」です。一見、常識中の常識に映るかもしれませんが、実は「現代ならでは」の若返り術といえます。 まず今では、イワシやサバなどの青魚に含まれる不飽和脂肪酸「EPA(エイコサペンタエン酸)」には、血液をサラサラにする効果があり、動脈硬化の予防に役立つことが広く知られています。ところが、私が医師になった20年ほど前は、私を含めた一部の循環器系の専門家が訴えていた説に過ぎませんでした。 しかしその後、EPAの血液サラサラ効果は疫学研究で明らかになり、07年には世界五大医学誌の一つである「ランセット」にも、その効果が掲載されるに至りました。その意味で、青魚の血液サラサラ効果は、意外と新しい知見といえるのです。 また、太古の昔においては、おそらくEPAはむしろ寿命を損なう要素だったと思われます。なぜなら、衣服も現代のように充実しておらず、そしていつ外敵に襲われるか分からず、さらには医療が発達していない時代は、けがをして流血するリスクが高い上に、止血の技術も確立されていなかったので死に至る危険も大きかった。したがって、いざ出血した場合、できるだけ早く血が止まるほうが望ましい。そのためには、サラサラよりもドロドロの血液が適している。つまり昔は、血がドロドロしていて固まりやすい人のほうが長生きしていたと考えられるのです。「長寿遺伝子」を活性化させる 翻(ひるがえ)って現代は、止血の心配をする必要はなく、逆に寿命の延伸に伴い加齢と飽食によって血管が傷んでいく時代になっています。つまり、血液をドロドロにしてしまうことで血管を詰まらせ、早死にするリスクを増大させることになった。ゆえにサラサラな血液が求められる。この点においても、青魚食は「現代的な若返り術」といえるわけです。「人は血管とともに老いる」 医学界の名言に倣(なら)っても、青魚はまさに最高ランクの若返り食と呼べるでしょう。 他にも、EPAには紫外線による肌老化を防止する効果があるのと同時に、青魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)には脳機能を高める効果もあり、東北大学の研究では、魚の摂取量が多いほど認知症リスクが下がることが明らかになっています。なお、青魚が苦手な人は、サプリメントでEPAやDHAを補うのもいいでしょう。 二つ目の若返り食事術は「満腹を避ける」。「腹八分目に医者いらず」と言いますが、最新の医学もこの先人の教えの有効性を裏付けています。 近年、サーチュイン遺伝子、別名「長寿遺伝子」の老化を遅らせる役割に注目が集まっています。サーチュイン遺伝子を活性化させることで細胞の老化抑制など、長寿につながることが明らかになってきているのですが、サーチュイン遺伝子は空腹状態で活性化することが分かっています。したがって、満腹を避けることが若返りに効果的なわけです。食欲をセーブするには とはいえ、人間の本能である食欲を抑えるのは簡単ではありません。先ほど説明したように、無理をしても仕方がありませんし、続きません。そこで、無理をしないで食欲をセーブするためには、一口で30回くらいかみ、早食いを防ぐことがお勧めです。早食いは、脳から満腹のサインが出る前に大量の食事を摂取することにつながってしまうからです。食材を大きめに切ったり、固い食材を使うといった調理の工夫をすることでも、自然とそしゃく回数は増やせるので試してみてください。 次に、食事に続く若返り術として「運動」を紹介したいと思います。 こちらも、食事と同様に数多の「健康長寿運動」が存在します。「第二の心臓」と呼ばれるふくらはぎを鍛える、サルコペニア(加齢による筋肉量の減少)を防ぐ要である太ももトレーニングをする……。 なかでも、やはり食事と同じ観点からお勧めの二つの運動を挙げたいと思います。 一つは「1日4千歩以上歩く」。言うまでもなく、二足歩行は人間の生命活動の基本ですので、若返りのための最優先の運動といえます。その上、ウオーキングほど手軽にできる運動はありません。極めて原始的で基本的な運動にもかかわらず、ウオーキングには高血圧、骨粗鬆症、うつ病、認知症などに対するさまざまな予防効果が報告されています。私たちの研究でも、ウオーキングによって骨年齢が8歳若返ったり、内臓脂肪の減少などいろいろな健康増進効果が明らかになっています。最低4千歩 また、約1万5千人を対象としたアメリカの研究では、8千歩までは歩けば歩くほど寿命が延びる傾向が認められるが、8千歩以上になると効果に大きな差がないとのデータが示されています。したがって、残念な老化を防ぐためには1日8千歩のウオーキングが理想です。しかし、これが意外と難しい。 私自身、自宅からあえて遠いバス停まで歩いてキャンパスに通うなどしてウォーキングを意識しています。スマートフォンに内蔵されている歩数計機能で常に歩数を記録しているのですが、それをいま見てみると……。 5359歩。 これが、記録を残し始めてからの私の1日平均歩数です。せわしない現代の生活において、やはり1日8千歩のハードルはかなり高いと言わざるを得ません。 そこで私は、「毎日8千歩を理想としつつも、最低4千歩はクリアする」ことを推奨しています。約4千歩でうつ病予防効果、5千歩程度で認知症予防効果があるといった研究結果が報告されていることから、最低4千歩を基準にしているのです。ここでも、できる範囲でやることが重要だといえます。片足立ちが10秒できない人は… 二つ目の運動は「バランス力を鍛える」です。私が所属する愛媛大学の抗加齢・予防医療センターでは、10年以上にわたって「老化」と「開眼片足立ち時間(目を開けて片足で立つことができる時間)」の関係性を研究してきました。その結果、片足立ちができる人ほど寿命が長くなる可能性が高いことが分かっています。 具体的には、片足立ちが1分間できない人は筋肉量と骨量が低下していること、また390人(平均年齢67歳)に対して、上限1分間で片足立ちをしてもらったところ、片足立ちできる時間が短い人ほど脳の萎縮が進んでいることが判明したのです。 さらに、ブラジルの研究チームが1702人を対象に行った調査では、片足立ちが10秒できなかった人は、できる人と比べて何らかの原因で10年以内に死亡するリスクが84%も高いことが明らかになっています。 こうしたことから、バランス力のキープが残念な老化を防ぐのにとても有効だといえます。したがって、1分間の片足立ちを1日3回、できれば左右ともに行うことをお勧めしています。1分間が難しければ、もう少し短い時間でも構いませんし、片足立ち自体が難しければ、例えば人差し指を壁や机につけて支えを作りながらやるのでもいいでしょう。やはり大事なのは、できる範囲で続けることです。「10歳若返り」の答え 最後に、冒頭で触れた「10歳若返り」について詳しく説明しておきたいと思います。 現在の75歳の人の歩行速度は、10年前の65歳の人の歩行速度とほぼ変わらない――。最近、こうしたデータが示されています。つまり、みなさんの健康長寿への意識の高まりによって、私たちはすでに10歳の若返りに成功している。若返りは現実であり、夢ではないのです。伊賀瀬道也(いがせみちや)愛媛大学大学院抗加齢医学講座教授。1964年生まれ。愛媛大学医学部卒業。公立学校共済組合近畿中央病院循環器内科、米国Wake Forest大学・高血圧血管病センターなどを経て、2006年に国立大学では珍しかったアンチエイジング研究のための抗加齢センター(当時)を開設。日本抗加齢医学会、日本老年医学会等に所属。『100歳まで生きるための習慣100選』などの著書がある。「週刊新潮」2023年3月16日号 掲載
人間は必ず年を重ね、老けていく。誰も抗(あらが)うことのできない自然の摂理です。
しかし、実は「加齢」と「老化」とでは性質が異なります。
物理的な時間の流れは分け隔てなく一様です。0歳から100歳になるまで、万人が等しく年を取り、それ自体のスピードに差はありません。言わずもがな、年を取らないことは不可能です。
一方、老化はそうではありません。年齢とは異なり、「老け具合」の速度は人によって違います。同じ60歳でも、健康的で若々しい人もいれば、体のあちこちにガタがきて実年齢以上に老けている人もいます。この老化のスピードをいかに遅らせられるか、そのサポートをしているのが、私たちアンチエイジングを専門とする医師の役割です。
60歳なのに、体力や健康状態はすでに80歳……。こうした「残念な老化」をどうやって防ぎ、若返ることができるかが、人生100年時代のポイントです。実際、若返りは可能で、健康意識の高まりもあり、この10年で日本人は「10歳若返っている」のです。
〈こう説くのは、愛媛大学大学院の抗加齢医学(新田ゼラチン)講座教授の伊賀瀬道也氏だ。同大医学部附属病院の抗加齢・予防医療センター長でもある伊賀瀬教授は、2006年、国立大としていち早くアンチエイジングを研究する抗加齢センターを開設した「若返り研究」の権威だ。
これまで約4千人の患者に指導を行ってきた豊富な臨床経験と知見に基づき、アンチエイジングのプロである伊賀瀬教授が具体的な若返り実践術を紹介する。〉
残念な老化は、主にメタボリックシンドロームによってもたらされます。内臓肥満になることで、高血圧、脂質異常症、高血糖などが複合的に起こってしまう。そして、そこから雪崩のように、脳血管障害、脂肪肝、糖尿病……と、いくつもの病気を抱える。この現象を慶應大学医学部の伊藤裕教授は「メタボリックドミノ」と名付けましたが、このドミノが倒れていくのを、できるだけ早い段階で止める。心身にとって良い習慣を取り入れ、川の氾濫に例えれば可能な限り上流で「老化の流れ」をせき止めるための土嚢(どのう)を積み上げていく。そうすることが、フレイル(虚弱)に至る大きな要因である認知症やがんの予防にも大いに役立ちます。なぜなら、認知症のリスク因子として高血圧や糖尿病が挙げられ、またがんも食事や運動を見直すことでリスクを減らせる生活習慣病の一つだからです。
では、どうやったらメタボリックシンドロームになるのを避け、残念な老化を防ぐことができるのでしょうか。
私たち医師は、患者さんの老化を診断する際に五つのポイントをチェックします。
(1) 血管年齢
(2) 脳・神経機能
(3) ホルモンの分泌
(4) 骨年齢
(5) 筋肉量
さらに、これらの臓器等の衰えを予防するために、私は次の五つのカテゴリーに分類して、さまざまな若返り術を推奨しています。
A 食事
B 運動
C 生活習慣
D 脳/メンタル
E 医療
遺伝的要素が老化の速度に影響を与えているのは事実です。つまり、自分ではいかんともし難い老化スピードに関するプログラミングが、遺伝子レベルでなされていることは否定できません。
しかし、デンマークで行われた双生児の寿命に関する研究では、老化に対する遺伝子の寄与率は約25%であると推定されています。すなわち、残りの75%は自らの努力次第ということになります。これから挙げる若返り術などを実践することで、寿命を延ばし、残念な老化を防ぐことは可能なのです。
それでは早速、「5分類」に基づいた、若返り術を紹介していきたいと思います。まずは「食事」から。
医食同源とはよく言ったもので、命の根源を司るのはやはり食事です。したがって当然、アンチエイジングを目指す上でも食事の改善がベースになります。先人はよく分かっていたわけです。
例えば、代表的なヘルシー食として注目される地中海食を取る。アメリカの国立がん研究所が、がん予防効果のある食品の最上位として認めたニンニクを食べる。悪玉コレステロールを増やすような食品の摂取を控える……。
どれも若返りには効果的ですし、これ以外にも世間には無数の「健康長寿食」や食事法が存在します。
しかし、全ての食事法を実践するのは不可能です。そして何よりも、続かなければ意味がありません。さらに、楽しみながらやらなければ本末転倒です。苦痛を感じながら健康長寿食を食べ続ける――。そんな無理をする必要はありません。なぜなら、その食事や食事法は、あなたに合っていないからです。
実際、2011年、科学雑誌の「サイエンス」に、「人生に幸せを感じている人はそうでない人と比べて14%長生きする」「先進国においては、幸せを感じている人は7.5~10年寿命が長い」という報告が掲載されました。やはり、楽しみながら続けられてこその若返り術なのです。
そこで、エビデンスが豊富にあったり、あるいは私たちのグループが熱心に研究してきた、特にお勧めの二つの食事法についてここでは触れておきたいと思います。
一つは「青魚を食べる」です。一見、常識中の常識に映るかもしれませんが、実は「現代ならでは」の若返り術といえます。
まず今では、イワシやサバなどの青魚に含まれる不飽和脂肪酸「EPA(エイコサペンタエン酸)」には、血液をサラサラにする効果があり、動脈硬化の予防に役立つことが広く知られています。ところが、私が医師になった20年ほど前は、私を含めた一部の循環器系の専門家が訴えていた説に過ぎませんでした。
しかしその後、EPAの血液サラサラ効果は疫学研究で明らかになり、07年には世界五大医学誌の一つである「ランセット」にも、その効果が掲載されるに至りました。その意味で、青魚の血液サラサラ効果は、意外と新しい知見といえるのです。
また、太古の昔においては、おそらくEPAはむしろ寿命を損なう要素だったと思われます。なぜなら、衣服も現代のように充実しておらず、そしていつ外敵に襲われるか分からず、さらには医療が発達していない時代は、けがをして流血するリスクが高い上に、止血の技術も確立されていなかったので死に至る危険も大きかった。したがって、いざ出血した場合、できるだけ早く血が止まるほうが望ましい。そのためには、サラサラよりもドロドロの血液が適している。つまり昔は、血がドロドロしていて固まりやすい人のほうが長生きしていたと考えられるのです。
翻(ひるがえ)って現代は、止血の心配をする必要はなく、逆に寿命の延伸に伴い加齢と飽食によって血管が傷んでいく時代になっています。つまり、血液をドロドロにしてしまうことで血管を詰まらせ、早死にするリスクを増大させることになった。ゆえにサラサラな血液が求められる。この点においても、青魚食は「現代的な若返り術」といえるわけです。
「人は血管とともに老いる」
医学界の名言に倣(なら)っても、青魚はまさに最高ランクの若返り食と呼べるでしょう。
他にも、EPAには紫外線による肌老化を防止する効果があるのと同時に、青魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)には脳機能を高める効果もあり、東北大学の研究では、魚の摂取量が多いほど認知症リスクが下がることが明らかになっています。なお、青魚が苦手な人は、サプリメントでEPAやDHAを補うのもいいでしょう。
二つ目の若返り食事術は「満腹を避ける」。「腹八分目に医者いらず」と言いますが、最新の医学もこの先人の教えの有効性を裏付けています。
近年、サーチュイン遺伝子、別名「長寿遺伝子」の老化を遅らせる役割に注目が集まっています。サーチュイン遺伝子を活性化させることで細胞の老化抑制など、長寿につながることが明らかになってきているのですが、サーチュイン遺伝子は空腹状態で活性化することが分かっています。したがって、満腹を避けることが若返りに効果的なわけです。
とはいえ、人間の本能である食欲を抑えるのは簡単ではありません。先ほど説明したように、無理をしても仕方がありませんし、続きません。そこで、無理をしないで食欲をセーブするためには、一口で30回くらいかみ、早食いを防ぐことがお勧めです。早食いは、脳から満腹のサインが出る前に大量の食事を摂取することにつながってしまうからです。食材を大きめに切ったり、固い食材を使うといった調理の工夫をすることでも、自然とそしゃく回数は増やせるので試してみてください。
次に、食事に続く若返り術として「運動」を紹介したいと思います。
こちらも、食事と同様に数多の「健康長寿運動」が存在します。「第二の心臓」と呼ばれるふくらはぎを鍛える、サルコペニア(加齢による筋肉量の減少)を防ぐ要である太ももトレーニングをする……。
なかでも、やはり食事と同じ観点からお勧めの二つの運動を挙げたいと思います。
一つは「1日4千歩以上歩く」。言うまでもなく、二足歩行は人間の生命活動の基本ですので、若返りのための最優先の運動といえます。その上、ウオーキングほど手軽にできる運動はありません。極めて原始的で基本的な運動にもかかわらず、ウオーキングには高血圧、骨粗鬆症、うつ病、認知症などに対するさまざまな予防効果が報告されています。私たちの研究でも、ウオーキングによって骨年齢が8歳若返ったり、内臓脂肪の減少などいろいろな健康増進効果が明らかになっています。
また、約1万5千人を対象としたアメリカの研究では、8千歩までは歩けば歩くほど寿命が延びる傾向が認められるが、8千歩以上になると効果に大きな差がないとのデータが示されています。したがって、残念な老化を防ぐためには1日8千歩のウオーキングが理想です。しかし、これが意外と難しい。
私自身、自宅からあえて遠いバス停まで歩いてキャンパスに通うなどしてウォーキングを意識しています。スマートフォンに内蔵されている歩数計機能で常に歩数を記録しているのですが、それをいま見てみると……。
5359歩。
これが、記録を残し始めてからの私の1日平均歩数です。せわしない現代の生活において、やはり1日8千歩のハードルはかなり高いと言わざるを得ません。
そこで私は、「毎日8千歩を理想としつつも、最低4千歩はクリアする」ことを推奨しています。約4千歩でうつ病予防効果、5千歩程度で認知症予防効果があるといった研究結果が報告されていることから、最低4千歩を基準にしているのです。ここでも、できる範囲でやることが重要だといえます。
二つ目の運動は「バランス力を鍛える」です。私が所属する愛媛大学の抗加齢・予防医療センターでは、10年以上にわたって「老化」と「開眼片足立ち時間(目を開けて片足で立つことができる時間)」の関係性を研究してきました。その結果、片足立ちができる人ほど寿命が長くなる可能性が高いことが分かっています。
具体的には、片足立ちが1分間できない人は筋肉量と骨量が低下していること、また390人(平均年齢67歳)に対して、上限1分間で片足立ちをしてもらったところ、片足立ちできる時間が短い人ほど脳の萎縮が進んでいることが判明したのです。
さらに、ブラジルの研究チームが1702人を対象に行った調査では、片足立ちが10秒できなかった人は、できる人と比べて何らかの原因で10年以内に死亡するリスクが84%も高いことが明らかになっています。
こうしたことから、バランス力のキープが残念な老化を防ぐのにとても有効だといえます。したがって、1分間の片足立ちを1日3回、できれば左右ともに行うことをお勧めしています。1分間が難しければ、もう少し短い時間でも構いませんし、片足立ち自体が難しければ、例えば人差し指を壁や机につけて支えを作りながらやるのでもいいでしょう。やはり大事なのは、できる範囲で続けることです。
最後に、冒頭で触れた「10歳若返り」について詳しく説明しておきたいと思います。
現在の75歳の人の歩行速度は、10年前の65歳の人の歩行速度とほぼ変わらない――。最近、こうしたデータが示されています。つまり、みなさんの健康長寿への意識の高まりによって、私たちはすでに10歳の若返りに成功している。若返りは現実であり、夢ではないのです。
伊賀瀬道也(いがせみちや)愛媛大学大学院抗加齢医学講座教授。1964年生まれ。愛媛大学医学部卒業。公立学校共済組合近畿中央病院循環器内科、米国Wake Forest大学・高血圧血管病センターなどを経て、2006年に国立大学では珍しかったアンチエイジング研究のための抗加齢センター(当時)を開設。日本抗加齢医学会、日本老年医学会等に所属。『100歳まで生きるための習慣100選』などの著書がある。
「週刊新潮」2023年3月16日号 掲載