横長の低層マンションと違い、縦長の空間が利用可能なタワマンには「(お値段にもよるけど)これくらいは標準仕様」と期待される共用施設がある。
例えば上層階に2~4億円台の部屋がズラリと並ぶ都心部の青山一丁目あたりのタワマンには映画に出てきそうなビルの夜景を望むスカイデッキ、パーティラウンジ、プール、ゲストルームなどがセレブ感満載で煌めいている。
平均価格が8千万円ほどの中規模のタワマンでも、(ゴージャス感や大小の差はあるけれど)フィットネスジムやシアタールーム、キッズルーム、オーナーズカフェ、キッチン付きのパーティルーム、多目的ルームなどが「いつでも使い放題」と内覧に来る客の目を奪う。

PHOTO:iStock「価格の割には居住空間が狭い」とためらう客に、ホテル仕様の共用空間やスポーツ・娯楽設備を自由に使えるなら、自宅は「食って寝るだけの広さがあればいいか」と思いこませる販売会社の策略、めくらましである。もし500世帯の住人がいっせいに共用空間を使ったら立錐の余地はないはずだが……夢見心地の内覧では人は理性を失ってしまうのだろう。タワマンではロビーカウンター内にコンシェルジュがいることが多い。その制服姿から「どんなリクエストにも応える接客のスペシャリストであるホテルコンシェルジュ」と混同しがちだが似て非なるもので、資格もスキルもいらない。元ホテルマンに元CA……仕事の内容は「日々の生活サポート」だけで、共用施設の予約受付や脚立などの備品の貸し出し、タクシーの手配、クリーニングや宅配便の取り次ぎ程度で、(迷いこんだ猫を追いかけたことはあるが)原則、外には出ない。近年、「アプリや通販で代用できる、時代遅れだ」という意見でカウンターから人影が消えてインターホンのみのところもある。一方、管理費が月に4、5万円を超える高級(というか高価格の)タワマンでは、「プロ級のコンシェルジュ常駐」も売りの一つで、元ホテルマン、元C A(客室乗務員)、元重役秘書などの接遇のベテランが物腰柔らかく、きめ細やかに応対してくれるので、住民の安心感と満足感も高ければ、マンションの評価のグレードアップにも貢献しているという。 どちらのタイプにせよ、匿名性が高く、エレベーター以外では人と間近に接近しない無機質な生活空間の中で、毎日「行ってらっしゃいませ」「おかえりなさいませ」と笑顔で声掛けをするコンシェルジュは「唯一のぬくもり」なのかもしれない。実際に住んでいる人たちの感想も、「顔見知りのワンちゃんと出会うみたいでホッとする(30代男性)」、「好みのタイプの男性に挨拶されるとときめいちゃう(40代ママ)」「遠くの親戚より近くの他人よ。頼りになるわ(60代独居女性)」等々、フロントに「生身の人間がいる」存在感は大きいようだ。郊外の駅チカで、中くらいのランクのタワマンのコンシェルジュ優里香さん(36歳)は看護師からの転職組。常備されているA E D「自動体外式除細動器」を使えるのと、前職での「患者様守秘義務」が身についているので、10年前に応募して即、採用された。有名ゴルファーが……そのタワマンの最上階は有名なプロゴルファー(50代)のトレーニング用別宅で、野暮ったい女性からバービー人形と見まがうモデル女子まで、「自称・家内」が入れ替わり立ち替わり滞在していた。ある日、「純正・家内」が突如踏み込んできた時は、優里香さんが「緊急用室内フォン」でゴルファー宅に連絡。ガウン一枚で非常階段を駆け降りてきた女性を、カウンター内で匿ったこともあった。プライバシーは見て見ぬふりでも、スキャンダルは防ぐのがコンシェルジュの基本中の基本である。だが、10年の歳月は住人たちの生活を変化させてきた。特に高齢者は気力や体力が衰えて共用施設に顔を出すのも億劫がり、遊興費を渋って部屋にこもってしまうようになった。 そうなると天井の電球の取り替えや家具の移動などの力仕事、病院への付き添い、引きこもり息子の説得から老々介護の相談まで、本来は外部に相談に行くか業者やヘルパーを雇うべき案件なのに「無償労働力のコンシェルジュ」をアテにして頻繁に頼んでくるようになった。もちろん断るとクレームと悪口が殺到する。意外な本音時はコロナ禍で看護師は売り手市場、優里香さんはコンシェルジュを辞めて病院に復帰した。優里香さんはコンシェルジュ時代を振り返ってこう本音をもらす。「そもそもタワマンを買った人達のなかには、値上がりを虎視眈々と待って、差益を儲けようという算段の人が多くいたと思います。彼らは定年間際にローンを組み、全財産を注ぎ込んでタワマンを買った。ところが不況は続き、新しいタワマンが続々と売り出されて、郊外のタワマンは値下がってしまった。予測が外れて出るに出られない購入者らが退職して、暇つぶしか憂さ晴らしかわからないけど、『月2万円の管理費に見合うだけの働き(サービス)』をしているかどうか、コンシェルジュをチェックしているんですよ。まるで『嫁いびり』のように、文句をつけてくる。コンシェルジュなんて名前は洒落ていますが、私たちは単なるパートだから薄給で福利厚生もない。泣き落とされて業務時間外に病院に付き添ったのに、『私は年金生活者だから』ってチップどころか交通費をケチられた時にしみじみ思いました。身の丈に合わない買い物をしてはいけません(苦笑)。心と金に余裕が無い人は、タワマンに住まないほうがいいんですよ」 横柄な態度を取る住人は、コンシェルジュからも嫌われる。高級なタワマンに住んでいるからといって、「貴族」のように振舞っていいわけではないだろう。後編では、別の物件のコンシェルジュが「高齢化住人が増えたタワマンの新たな問題」について語る。
平均価格が8千万円ほどの中規模のタワマンでも、(ゴージャス感や大小の差はあるけれど)フィットネスジムやシアタールーム、キッズルーム、オーナーズカフェ、キッチン付きのパーティルーム、多目的ルームなどが「いつでも使い放題」と内覧に来る客の目を奪う。
PHOTO:iStock
「価格の割には居住空間が狭い」とためらう客に、ホテル仕様の共用空間やスポーツ・娯楽設備を自由に使えるなら、自宅は「食って寝るだけの広さがあればいいか」と思いこませる販売会社の策略、めくらましである。もし500世帯の住人がいっせいに共用空間を使ったら立錐の余地はないはずだが……夢見心地の内覧では人は理性を失ってしまうのだろう。
タワマンではロビーカウンター内にコンシェルジュがいることが多い。その制服姿から「どんなリクエストにも応える接客のスペシャリストであるホテルコンシェルジュ」と混同しがちだが似て非なるもので、資格もスキルもいらない。
仕事の内容は「日々の生活サポート」だけで、共用施設の予約受付や脚立などの備品の貸し出し、タクシーの手配、クリーニングや宅配便の取り次ぎ程度で、(迷いこんだ猫を追いかけたことはあるが)原則、外には出ない。近年、「アプリや通販で代用できる、時代遅れだ」という意見でカウンターから人影が消えてインターホンのみのところもある。
一方、管理費が月に4、5万円を超える高級(というか高価格の)タワマンでは、「プロ級のコンシェルジュ常駐」も売りの一つで、元ホテルマン、元C A(客室乗務員)、元重役秘書などの接遇のベテランが物腰柔らかく、きめ細やかに応対してくれるので、住民の安心感と満足感も高ければ、マンションの評価のグレードアップにも貢献しているという。
どちらのタイプにせよ、匿名性が高く、エレベーター以外では人と間近に接近しない無機質な生活空間の中で、毎日「行ってらっしゃいませ」「おかえりなさいませ」と笑顔で声掛けをするコンシェルジュは「唯一のぬくもり」なのかもしれない。実際に住んでいる人たちの感想も、「顔見知りのワンちゃんと出会うみたいでホッとする(30代男性)」、「好みのタイプの男性に挨拶されるとときめいちゃう(40代ママ)」「遠くの親戚より近くの他人よ。頼りになるわ(60代独居女性)」等々、フロントに「生身の人間がいる」存在感は大きいようだ。郊外の駅チカで、中くらいのランクのタワマンのコンシェルジュ優里香さん(36歳)は看護師からの転職組。常備されているA E D「自動体外式除細動器」を使えるのと、前職での「患者様守秘義務」が身についているので、10年前に応募して即、採用された。有名ゴルファーが……そのタワマンの最上階は有名なプロゴルファー(50代)のトレーニング用別宅で、野暮ったい女性からバービー人形と見まがうモデル女子まで、「自称・家内」が入れ替わり立ち替わり滞在していた。ある日、「純正・家内」が突如踏み込んできた時は、優里香さんが「緊急用室内フォン」でゴルファー宅に連絡。ガウン一枚で非常階段を駆け降りてきた女性を、カウンター内で匿ったこともあった。プライバシーは見て見ぬふりでも、スキャンダルは防ぐのがコンシェルジュの基本中の基本である。だが、10年の歳月は住人たちの生活を変化させてきた。特に高齢者は気力や体力が衰えて共用施設に顔を出すのも億劫がり、遊興費を渋って部屋にこもってしまうようになった。 そうなると天井の電球の取り替えや家具の移動などの力仕事、病院への付き添い、引きこもり息子の説得から老々介護の相談まで、本来は外部に相談に行くか業者やヘルパーを雇うべき案件なのに「無償労働力のコンシェルジュ」をアテにして頻繁に頼んでくるようになった。もちろん断るとクレームと悪口が殺到する。意外な本音時はコロナ禍で看護師は売り手市場、優里香さんはコンシェルジュを辞めて病院に復帰した。優里香さんはコンシェルジュ時代を振り返ってこう本音をもらす。「そもそもタワマンを買った人達のなかには、値上がりを虎視眈々と待って、差益を儲けようという算段の人が多くいたと思います。彼らは定年間際にローンを組み、全財産を注ぎ込んでタワマンを買った。ところが不況は続き、新しいタワマンが続々と売り出されて、郊外のタワマンは値下がってしまった。予測が外れて出るに出られない購入者らが退職して、暇つぶしか憂さ晴らしかわからないけど、『月2万円の管理費に見合うだけの働き(サービス)』をしているかどうか、コンシェルジュをチェックしているんですよ。まるで『嫁いびり』のように、文句をつけてくる。コンシェルジュなんて名前は洒落ていますが、私たちは単なるパートだから薄給で福利厚生もない。泣き落とされて業務時間外に病院に付き添ったのに、『私は年金生活者だから』ってチップどころか交通費をケチられた時にしみじみ思いました。身の丈に合わない買い物をしてはいけません(苦笑)。心と金に余裕が無い人は、タワマンに住まないほうがいいんですよ」 横柄な態度を取る住人は、コンシェルジュからも嫌われる。高級なタワマンに住んでいるからといって、「貴族」のように振舞っていいわけではないだろう。後編では、別の物件のコンシェルジュが「高齢化住人が増えたタワマンの新たな問題」について語る。
どちらのタイプにせよ、匿名性が高く、エレベーター以外では人と間近に接近しない無機質な生活空間の中で、毎日「行ってらっしゃいませ」「おかえりなさいませ」と笑顔で声掛けをするコンシェルジュは「唯一のぬくもり」なのかもしれない。実際に住んでいる人たちの感想も、「顔見知りのワンちゃんと出会うみたいでホッとする(30代男性)」、「好みのタイプの男性に挨拶されるとときめいちゃう(40代ママ)」「遠くの親戚より近くの他人よ。頼りになるわ(60代独居女性)」等々、フロントに「生身の人間がいる」存在感は大きいようだ。
郊外の駅チカで、中くらいのランクのタワマンのコンシェルジュ優里香さん(36歳)は看護師からの転職組。常備されているA E D「自動体外式除細動器」を使えるのと、前職での「患者様守秘義務」が身についているので、10年前に応募して即、採用された。
そのタワマンの最上階は有名なプロゴルファー(50代)のトレーニング用別宅で、野暮ったい女性からバービー人形と見まがうモデル女子まで、「自称・家内」が入れ替わり立ち替わり滞在していた。ある日、「純正・家内」が突如踏み込んできた時は、優里香さんが「緊急用室内フォン」でゴルファー宅に連絡。
ガウン一枚で非常階段を駆け降りてきた女性を、カウンター内で匿ったこともあった。プライバシーは見て見ぬふりでも、スキャンダルは防ぐのがコンシェルジュの基本中の基本である。
だが、10年の歳月は住人たちの生活を変化させてきた。特に高齢者は気力や体力が衰えて共用施設に顔を出すのも億劫がり、遊興費を渋って部屋にこもってしまうようになった。
そうなると天井の電球の取り替えや家具の移動などの力仕事、病院への付き添い、引きこもり息子の説得から老々介護の相談まで、本来は外部に相談に行くか業者やヘルパーを雇うべき案件なのに「無償労働力のコンシェルジュ」をアテにして頻繁に頼んでくるようになった。もちろん断るとクレームと悪口が殺到する。意外な本音時はコロナ禍で看護師は売り手市場、優里香さんはコンシェルジュを辞めて病院に復帰した。優里香さんはコンシェルジュ時代を振り返ってこう本音をもらす。「そもそもタワマンを買った人達のなかには、値上がりを虎視眈々と待って、差益を儲けようという算段の人が多くいたと思います。彼らは定年間際にローンを組み、全財産を注ぎ込んでタワマンを買った。ところが不況は続き、新しいタワマンが続々と売り出されて、郊外のタワマンは値下がってしまった。予測が外れて出るに出られない購入者らが退職して、暇つぶしか憂さ晴らしかわからないけど、『月2万円の管理費に見合うだけの働き(サービス)』をしているかどうか、コンシェルジュをチェックしているんですよ。まるで『嫁いびり』のように、文句をつけてくる。コンシェルジュなんて名前は洒落ていますが、私たちは単なるパートだから薄給で福利厚生もない。泣き落とされて業務時間外に病院に付き添ったのに、『私は年金生活者だから』ってチップどころか交通費をケチられた時にしみじみ思いました。身の丈に合わない買い物をしてはいけません(苦笑)。心と金に余裕が無い人は、タワマンに住まないほうがいいんですよ」 横柄な態度を取る住人は、コンシェルジュからも嫌われる。高級なタワマンに住んでいるからといって、「貴族」のように振舞っていいわけではないだろう。後編では、別の物件のコンシェルジュが「高齢化住人が増えたタワマンの新たな問題」について語る。
そうなると天井の電球の取り替えや家具の移動などの力仕事、病院への付き添い、引きこもり息子の説得から老々介護の相談まで、本来は外部に相談に行くか業者やヘルパーを雇うべき案件なのに「無償労働力のコンシェルジュ」をアテにして頻繁に頼んでくるようになった。もちろん断るとクレームと悪口が殺到する。
時はコロナ禍で看護師は売り手市場、優里香さんはコンシェルジュを辞めて病院に復帰した。優里香さんはコンシェルジュ時代を振り返ってこう本音をもらす。
「そもそもタワマンを買った人達のなかには、値上がりを虎視眈々と待って、差益を儲けようという算段の人が多くいたと思います。彼らは定年間際にローンを組み、全財産を注ぎ込んでタワマンを買った。ところが不況は続き、新しいタワマンが続々と売り出されて、郊外のタワマンは値下がってしまった。
予測が外れて出るに出られない購入者らが退職して、暇つぶしか憂さ晴らしかわからないけど、『月2万円の管理費に見合うだけの働き(サービス)』をしているかどうか、コンシェルジュをチェックしているんですよ。まるで『嫁いびり』のように、文句をつけてくる。
コンシェルジュなんて名前は洒落ていますが、私たちは単なるパートだから薄給で福利厚生もない。泣き落とされて業務時間外に病院に付き添ったのに、『私は年金生活者だから』ってチップどころか交通費をケチられた時にしみじみ思いました。身の丈に合わない買い物をしてはいけません(苦笑)。心と金に余裕が無い人は、タワマンに住まないほうがいいんですよ」
横柄な態度を取る住人は、コンシェルジュからも嫌われる。高級なタワマンに住んでいるからといって、「貴族」のように振舞っていいわけではないだろう。後編では、別の物件のコンシェルジュが「高齢化住人が増えたタワマンの新たな問題」について語る。
横柄な態度を取る住人は、コンシェルジュからも嫌われる。高級なタワマンに住んでいるからといって、「貴族」のように振舞っていいわけではないだろう。
後編では、別の物件のコンシェルジュが「高齢化住人が増えたタワマンの新たな問題」について語る。