東京電力福島第1原発事故後に「依存度を低減する」としてきた原発について、岸田政権は「最大限活用」するとの方針に180度転換した。
原油などエネルギー価格の高騰と国際的な脱炭素社会への動きが背景にある。ただ、4月の統一地方選を控え、岸田文雄首相は「電気代の抑制」を盾に、原発の安全性に対する疑問の声に正面から答えていない。
「国民生活を守るため、エネルギーの安定確保に取り組まなければならない。原子力も選択肢の一つとしてしっかり向き合う」。首相は3日の参院予算委員会で、原発推進にかじを切った理由をこう説明した。
東日本大震災以降、政府のエネルギー政策は国民の原発への不安感を踏まえ、火力発電に大きく依存してきた。ただ、老朽化して採算が悪化した火力発電所は脱炭素の流れの中で、休止や廃止に追い込まれた。こうした中、ロシアによるウクライナ侵攻や円安により電力価格が高騰。原発回帰への大きな要因となった。
政府関係者は、再稼働中の原発を抱える電力会社管内では他地域よりも電気代が抑えられていると指摘。「電気代高騰を実感すれば、消費者の理解は得られる」と原発推進に自信を示す。
政府は2月、原発建て替えの推進や運転期間を最大「60年超」に延ばすことを明記した「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を閣議決定した。首相周辺は「資源のない日本にとって大事なことは、電力供給のカードをたくさん持つことだ」と語る。
この間、原発の安全性を巡り国会などでかみ合った議論が行われたとは言い難い。首相は昨年7月の参院選まで建て替えなどについて「現時点で想定していない」と答弁。今国会も統一選への影響を考慮してか、かわす答弁に終始している。
「安全確認をしっかり行うことで原発の運用も追求する。世界的なエネルギー危機の中で重要だ」。今月1日の参院予算委。運転開始から40年を超えた原発で経年劣化によるトラブルが生じた事例を列挙した立憲民主党の辻元清美氏に対し、首相はこう繰り返した。
◇海洋放出秒読み
第1原発から出る放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出を巡っても、前提となる地元の理解は得られていない。政府と東電は2015年、福島県漁業協同組合連合会と「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」との約束を交わした経緯があるが、首相は3日の参院予算委で「海洋放出の時期は本年春から夏。変更はない」と明言した。
政府が期限を区切るのは、これ以上の処理水の貯蔵は困難で、復興にも悪影響を与えかねないと判断しているためだ。政府は引き続き、関係者の理解が得られるよう風評被害対策などに取り組むと強調するが、放出時期は刻々と迫っている。