故人との最後の別れの場で、ご遺族が心穏やかに亡き家族を見送るための手助けをしたい――。葬儀場では、そう思いながら働くスタッフがほとんどを占めるだろう。ところが、この男は違った。東京都迷惑防止条例違反や建造物侵入で逮捕起訴された篠塚貴彦被告(42)は、その罪名からは想像もつかないほど、陰湿かつ吐き気を催すような凶行に手を染めていたのだ。【高橋ユキ/ノンフィクションライター】
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【写真を見る】取材に応じる母親と、愛娘Aさんの遺影 母親は一周忌を終えた後に「事件」を知らされたという 篠塚被告は、逮捕まで勤めていた東京・大田区の葬儀場で、女性用トイレにスマホを置いて弔問客が用を足す様子を撮影していたほか、2021年から昨年にかけて、女性の遺体へのわいせつ目的で複数回、職場の安置室などに侵入していたという。篠塚被告の公判が行われる東京地裁 にわかに信じ難い事件の初公判は1月20日に東京地裁で開かれた。篠塚被告は「間違いありません」と全ての罪を認めている。起訴されているのは25件の盗撮と、3件の建造物侵入。葬儀を取り仕切るスタッフでありながら、葬儀に訪れた女性たちを盗撮し、安置されていた女性の遺体の胸などを弄び、その様子を撮影していた。盗撮は5年前から行っていたというから、被害は25件にとどまらないだろう。 実は、筆者は逮捕前の篠塚被告を見かけたことがある。一昨年の冬、シングルマザーである筆者の友人は、娘のAさんを亡くし、通夜と葬儀に参列するため、この葬儀場を訪れた。受付を頼まれていたこともあり、Aさんの葬儀担当だった篠塚被告と軽い挨拶も交わしている。自身が担当した葬儀での凶行 Aさんは当時高校三年生で受験を控えていたが、突如、自らこの世を去った。Aさんの母が葬儀で泣き崩れていたこと、悲嘆に暮れる友人らの涙、そのすべてを篠塚被告は目にしていたはずだ。にもかかわらず、篠塚被告は、Aさんの遺体が眠っていた安置室でAさんの胸を揉むといったわいせつな行為に手を染め、その様子をスマホで撮影していたのだ。 Aさんの母がそれを初めて知ったのは、昨年12月16日。「蒲田警察署から電話がかかってきて、事件のことを知らされました。本当に青天の霹靂でした」(Aさんの母) 愛娘の一周忌を終え、ようやく少し前を向くことができるだろうか……と考え始めていた矢先のことだった。「もうこれ以上、娘のことで悲しいことや辛いことが起こるわけがないと思っていました。後はゆっくりと受けとめて行かないとな、私も死にたいと思っていたけど死にそびれたし、と思っていたんです。それが、こんなことになるなんて。本当に今まで生きてきたなかで一番腹が立って、体中の血液が沸騰するかと思いました。血圧も上がって目がチカチカしてきて……」(同) 筆者もこの日、怒りに震えるAさんの母からの電話で“事件”を知った。ところが、実際に篠塚被告が逮捕されていたのは昨年10月。蒲田署から知らせを受ける2ヵ月も前のことだ。葬儀場からも、篠塚被告からも、連絡は一切なかったという。そのため自ら葬儀場に連絡を取ったところ、先方からは「謝罪するつもりはあった」、「うちも被害者だ」と繰り返されたそうだ。Aさんの母は「私が知らなかったら知らないままで済ませようとしたのではと思ったし、舐めてるなと感じました」という。葬儀まで連日、遺族と顔を合わせていた被告 蒲田署からの一報を受け、Aさんの母が家族にこれを伝えたところ、皆が皆、葬儀場のスタッフの中で篠塚被告のことだけを記憶していた。「スーツもシャツもヨレヨレで靴が汚かった」とAさんの叔母が言えば、祖母は「深爪だったのに爪が汚れていた」と続ける。「それってやっぱりどこか何か変だったのかなと、今になって思います。私に対しては、愛想が良すぎて、ニコニコしすぎている人とは感じていました」(Aさんの母)と振り返る。 動画の撮影時刻から、犯行は湯灌の直後であることが分かっている。故人が成仏し来世に導かれるよう、現世の汚れを洗い流す儀式だ。清められたAさんの身体に、篠塚被告の汚れた手が触れたことになる。「本当に考えたくないことなんですけど、娘のプライベートな部分に一番最後に触ったのが、娘と生前なんの縁もゆかりもない“知らないおじさん”だったのかと思うと、絶対に許したくないし、娘のお友達にも知られたくないです。私は葬儀の日まで1週間、葬儀場に安置されていた娘に毎日会いに行っていたんですが、篠塚被告は初日に犯行に及んでおきながら、どんな気持ちで毎日私と顔を合わせていたんだろうなって思います」(同)遺体へのわいせつ目的の行為は罪にならない ところで、遺体にわいせつ行為を働いたにもかかわらず、なぜ強制わいせつ罪や、死体損壊罪ではなく、建造物侵入での逮捕なのか。性犯罪被害者支援を主に手掛ける川本瑞紀弁護士はこう解説する。「遺体への姦淫行為、つまり死姦については、昭和23年の最高裁判決で『死体に対する侮辱行為、例えば死姦は損壊ではない』と判断されています。死体損壊の『損壊』行為は刑法上、物理的な損壊のみを指します」 日本では遺体へのわいせつ目的の行為は罪にならないのだという。したがって、死体に接触する目的で、葬儀社の管理する建物に入ったという「建造物侵入」での逮捕起訴となったようだ。これには大きな問題がある。建造物侵入での起訴となれば、「あくまでも建物の管理権者である葬儀社が被害者ということになり、お嬢さんやご遺族が被害者にならない」(同)のだ。「被告が撮影していたから犯行動画が残っていましたが、そうでなければ“死人に口なし”案件です。女性はゆっくり死んでもいられないんだと思わされました。私もこれまでに見聞きしたことのない事案です」(同)「娘の件は氷山の一角」 Aさんの母が今回、取材に応じたのには理由がある。冒頭に記した通り、篠塚被告のスマホにはAさんだけでなく、数名の遺体に同様の行為を働く動画が保存されていた。彼は、自らが勤務する葬儀社において、若い女性の遺体が運び込まれるたび、その歪み切った性欲をむき出しにして、ひとり遺体にいたずらを繰り返していたのだ。だが遺体に対するわいせつ行為そのものは現状、犯罪にはならない。Aさんの母は訴える。「娘の件は氷山の一角だと思うんです。死後のわいせつ行為が法律で罰せられるようになってほしいですし、遺体の取り扱いについても葬儀社でルールが定められてほしい。そうしなければ、同じことがきっと繰り返される。何か変わるきっかけになればという思いがあります。そして篠塚被告には、お墓に土下座をしてほしいです。それが一番、してほしいことです」高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。デイリー新潮編集部
篠塚被告は、逮捕まで勤めていた東京・大田区の葬儀場で、女性用トイレにスマホを置いて弔問客が用を足す様子を撮影していたほか、2021年から昨年にかけて、女性の遺体へのわいせつ目的で複数回、職場の安置室などに侵入していたという。
にわかに信じ難い事件の初公判は1月20日に東京地裁で開かれた。篠塚被告は「間違いありません」と全ての罪を認めている。起訴されているのは25件の盗撮と、3件の建造物侵入。葬儀を取り仕切るスタッフでありながら、葬儀に訪れた女性たちを盗撮し、安置されていた女性の遺体の胸などを弄び、その様子を撮影していた。盗撮は5年前から行っていたというから、被害は25件にとどまらないだろう。
実は、筆者は逮捕前の篠塚被告を見かけたことがある。一昨年の冬、シングルマザーである筆者の友人は、娘のAさんを亡くし、通夜と葬儀に参列するため、この葬儀場を訪れた。受付を頼まれていたこともあり、Aさんの葬儀担当だった篠塚被告と軽い挨拶も交わしている。
Aさんは当時高校三年生で受験を控えていたが、突如、自らこの世を去った。Aさんの母が葬儀で泣き崩れていたこと、悲嘆に暮れる友人らの涙、そのすべてを篠塚被告は目にしていたはずだ。にもかかわらず、篠塚被告は、Aさんの遺体が眠っていた安置室でAさんの胸を揉むといったわいせつな行為に手を染め、その様子をスマホで撮影していたのだ。
Aさんの母がそれを初めて知ったのは、昨年12月16日。
「蒲田警察署から電話がかかってきて、事件のことを知らされました。本当に青天の霹靂でした」(Aさんの母)
愛娘の一周忌を終え、ようやく少し前を向くことができるだろうか……と考え始めていた矢先のことだった。
「もうこれ以上、娘のことで悲しいことや辛いことが起こるわけがないと思っていました。後はゆっくりと受けとめて行かないとな、私も死にたいと思っていたけど死にそびれたし、と思っていたんです。それが、こんなことになるなんて。本当に今まで生きてきたなかで一番腹が立って、体中の血液が沸騰するかと思いました。血圧も上がって目がチカチカしてきて……」(同)
筆者もこの日、怒りに震えるAさんの母からの電話で“事件”を知った。ところが、実際に篠塚被告が逮捕されていたのは昨年10月。蒲田署から知らせを受ける2ヵ月も前のことだ。葬儀場からも、篠塚被告からも、連絡は一切なかったという。そのため自ら葬儀場に連絡を取ったところ、先方からは「謝罪するつもりはあった」、「うちも被害者だ」と繰り返されたそうだ。Aさんの母は「私が知らなかったら知らないままで済ませようとしたのではと思ったし、舐めてるなと感じました」という。
蒲田署からの一報を受け、Aさんの母が家族にこれを伝えたところ、皆が皆、葬儀場のスタッフの中で篠塚被告のことだけを記憶していた。「スーツもシャツもヨレヨレで靴が汚かった」とAさんの叔母が言えば、祖母は「深爪だったのに爪が汚れていた」と続ける。「それってやっぱりどこか何か変だったのかなと、今になって思います。私に対しては、愛想が良すぎて、ニコニコしすぎている人とは感じていました」(Aさんの母)と振り返る。
動画の撮影時刻から、犯行は湯灌の直後であることが分かっている。故人が成仏し来世に導かれるよう、現世の汚れを洗い流す儀式だ。清められたAさんの身体に、篠塚被告の汚れた手が触れたことになる。
「本当に考えたくないことなんですけど、娘のプライベートな部分に一番最後に触ったのが、娘と生前なんの縁もゆかりもない“知らないおじさん”だったのかと思うと、絶対に許したくないし、娘のお友達にも知られたくないです。私は葬儀の日まで1週間、葬儀場に安置されていた娘に毎日会いに行っていたんですが、篠塚被告は初日に犯行に及んでおきながら、どんな気持ちで毎日私と顔を合わせていたんだろうなって思います」(同)
ところで、遺体にわいせつ行為を働いたにもかかわらず、なぜ強制わいせつ罪や、死体損壊罪ではなく、建造物侵入での逮捕なのか。性犯罪被害者支援を主に手掛ける川本瑞紀弁護士はこう解説する。
「遺体への姦淫行為、つまり死姦については、昭和23年の最高裁判決で『死体に対する侮辱行為、例えば死姦は損壊ではない』と判断されています。死体損壊の『損壊』行為は刑法上、物理的な損壊のみを指します」
日本では遺体へのわいせつ目的の行為は罪にならないのだという。したがって、死体に接触する目的で、葬儀社の管理する建物に入ったという「建造物侵入」での逮捕起訴となったようだ。これには大きな問題がある。建造物侵入での起訴となれば、「あくまでも建物の管理権者である葬儀社が被害者ということになり、お嬢さんやご遺族が被害者にならない」(同)のだ。
「被告が撮影していたから犯行動画が残っていましたが、そうでなければ“死人に口なし”案件です。女性はゆっくり死んでもいられないんだと思わされました。私もこれまでに見聞きしたことのない事案です」(同)
Aさんの母が今回、取材に応じたのには理由がある。冒頭に記した通り、篠塚被告のスマホにはAさんだけでなく、数名の遺体に同様の行為を働く動画が保存されていた。彼は、自らが勤務する葬儀社において、若い女性の遺体が運び込まれるたび、その歪み切った性欲をむき出しにして、ひとり遺体にいたずらを繰り返していたのだ。だが遺体に対するわいせつ行為そのものは現状、犯罪にはならない。Aさんの母は訴える。
「娘の件は氷山の一角だと思うんです。死後のわいせつ行為が法律で罰せられるようになってほしいですし、遺体の取り扱いについても葬儀社でルールが定められてほしい。そうしなければ、同じことがきっと繰り返される。何か変わるきっかけになればという思いがあります。そして篠塚被告には、お墓に土下座をしてほしいです。それが一番、してほしいことです」
高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。
デイリー新潮編集部