スマートフォンによって、いつでも撮影することが当たり前となり、SNSの普及によって、誰でも発信することに抵抗がなくなった。一方で、写り込んだ見知らぬ人にはモザイクをかけることがマナーとして共有されるなど、「知られない権利」「拡散されない権利」も広まっているはずだ。ところが、PVが稼げるとなると、SNS利用によって育成されたはずの”良識”はどこかへ吹き飛ぶらしい。ライターの森鷹久氏が、SNSで街の様子を撮影した「街歩き映像」が人気を集める一方で、新宿区立大久保公園をめぐる、バズりたい人たちによって起こされた波紋についてレポートする。
【写真】大阪の「グリ下」 * * * 日本一の大繁華街、東京・新宿歌舞伎町にある公園が今、SNS上で話題になっている。「歌舞伎町の奥に大久保公園というところがあって、その周りにいわゆる”立ちんぼ”といわれる若い女性の私娼がいると評判になっています。立ちんぼ女性にインタビューしたり、立ちんぼ女性と男性がホテルに入ってゆくところを撮影した映像がアップされていて、日本にもこんなところがあったのかと、ネットユーザーはとても驚いているようです」 こう話すのは、自身で撮影した「街歩き映像」をSNSや動画サイトにアップし続けている遠藤寛太さん(仮名・20代)。新宿や渋谷の街歩き映像はYouTubeでも何十万回と再生される人気コンテンツで、遠藤さんも実は話題の公園にも撮影に行ったこともあった。だが、すでに買春目的の男がウロウロしていて、さらに過激系ユーチューバーらしき人までやってきていたことから、トラブルを防ぐために撮影は断念したという。「行ってみてわかりましたが、そこにいた女性たちはみな、当然カメラを嫌がっています。それをユーチューバーや興味本位で訪れた一般人たちが構わず撮影する。中には、交渉が成立した男女を追い回したり、無断で女の子に声をかけカメラを向けたりする人たちもいます。さすがに気の毒に思い、撮影はできませんでした」(遠藤さん) 無許可での撮影はトラブルのもとだし、何より被写体が嫌がるものは撮影が成立しないと考えるのが、当たり前の感覚だ。公共の利益にかなうような撮影であれば、カメラを向ける理由が理解できなくもないが、相手は単なる一般人であり、法を犯したとはっきりしているわけでもない。確かに、世間から褒められないようなことをしているかもしれないが、それを一方的に断罪するかの如く、不特定多数に向けて拡散する理由にはならないだろう。ネットのほうが怖い。路上なら、いきなり殴られる心配がない 1950年6月に公園として整備され、1951年に新宿区立となった大久保公園は、1990年頃から住みついた路上生活者や、深夜から早朝にかけて騒ぐ若者や外国人による不適切な使用が地域住民から問題視されていた。災害時の緊急避難を考えると区立公園は24時間開放が原則だが、トラブルが頻発するため2005年にはいったん全面閉鎖された。2007年からは夜間閉鎖となり、それは現在も続いている。閉鎖や夜間閉鎖の間も消えなかった、夜になるとフェンスで囲まれた大久保公園をぐるりと囲むように一定間隔をあけて立つ人たちは、そのときどきによって様々な背景を持っていた。 公園近くで長年飲食店を営む菅谷万里子さん(仮名・60代)が声を潜める。「このあたりには昔から女の子が立っていたけど、何度も摘発があったりして、日本人の若い子は一時期ほとんどいなかったんです。中国とか韓国、東南アジア系の外国人はいましたけどね。コロナ禍になってから、日本人が増えたし、見物客も増えました」(菅谷さん) 当の公園付近はかねてから知る人ぞ知る有名な場所だったが、いま、そこに立っている女性は、どんな人たちなのか。現在も月に一度は公園近くに「立つ」というアリサさん(仮名・20代)が、匿名を条件に筆者の取材に答えた。「ここに立つのは、ほとんどが現役の風俗店店員か、働いた経験がある人だと思います。要は、お店の客がいない、いても指名されないという女の子たちが最終的にここへ来る。男の人たちも、ここに立つ女の子がどういう属性かわかっているから、交渉もさっと済ませてホテルなどに移動する感じです」(アリサさん) アリサさん自身も、勤務する店が暇なとき、もしくは出勤したくない気分の時に公園に立つ。夜20時ころから深夜まで立っていると、30分ほどで2~3人の男が「売りの子?」とか「割り切り系?」と声をかけてきて、一時間およそ1万円から2万円を受け取る。客がゼロの日は少ないが、大体1~2人の客を取るのだという。またその際に、入浴や食事を行い、携帯電話の充電、睡眠もとるのだと話す。「立つなんて恥ずかしいじゃん、怖いじゃんって言われますが、対面だから全然楽だし、今はマスクしているから余り気になりません。やばそうな見た目の人は無視できるし、一応、路上で他の人の目もあるから、いきなり殴られたりする心配もないです。一時期、ネットでお客さんを集めようとしたんですが、顔も見えないし、何をされるかわからず本当に怖い。ネットも嫌だしお店でも稼げない、だからここって感じですね」(アリサさん)一部の過激化する街歩き動画配信者 もちろん、アリサさんをはじめ、公園周りに立っている女性たちの行為は法律に触れる可能性もあるが、危険を承知で働かねばならない状態の女性がまとまって立っているという状況は、社会的に看過されていいはずがない。集まる女性たちにとって公園がセーフティネットのような場所になっている実態もあるので、治安のためにないほうがよいとか、夜に人が集まらないようにするべきだという主張は、あまりに乱暴だと言わざるを得ない。そんなデリケートな機能を果たしている場所だというのに、カメラを持った興味本位の連中が押し寄せ、冒頭で説明したように、女性の人権を蹂躙するような立ち振る舞いをしているのだ。「新聞記者やテレビカメラが取材に来るだけじゃなくて、一般人から隠し撮りまでされるようになり、また公園の周りから人が減りました。私たちがいなくなったから平和じゃん、ってことではなく、みんなネット使ったりほかの場所に立ったりしてるはずです。私たちの存在が煙たがられてるのは分かりますが、どんどんこうして居場所がなくなっていく」(アリサさん) コロナ禍以降、若者たちが集まる場所として、新宿歌舞伎町の「トー横(東宝横)」や大阪ミナミの「グリ下(グリコ看板下)」、さらに名古屋の「ドン横(ドン・キホーテ横)」が注目された。こうした場所にいる若者を取材したときも、彼らは同様に「居場所がなくなる」と嘆いた。警察や行政が彼らを排除したことでトー横キッズたちは散り散りになり、より社会の目が届きにくい場所に追いやられていった。 主に未成年の問題がクローズアップされたトー横などと比較すれば、大久保公園周辺は当事者の持つ背景がかなり異なるが、他に生きるための選択肢がなかなか見つからない人たちという意味では、属性は共通しているだろう。それを治安のためと称して単純に場所から追い出したとしたら、藁にもすがる思いでたどり着いた場所を奪われ、彼女たちはどうやって生きてゆけばよいのか。 メディアやSNSが、興味本位で「タブー」な場所を取材したり撮影することはあるだろう。しかし、それが誰かの人権を踏みにじったり、半永久的に誰かの名誉を傷つけ続ける恐れがあるなら、注目を集めるから、PVをとれるからと安易に公開すべきではないだろう。 例えばネット上には、関西のある風俗街を撮影した映像などもアップされていて、大変な再生回数を記録している。街歩き動画の一種ではあるのだが、そこに映り込んだ女性たちが撮影に同意したとは考えられない構図の撮影ばかりだ。その街も昔から知る人ぞ知る地域であって、働く人たちもおおっぴらに仕事を吹聴することはない。だから撮影はもちろん、ネットで拡散されることは避けたいと思っているだろうことは容易に想像がつく。 公開されるのが嫌なら、動画SNS運営に異議申し立てして、すぐに非公開などの措置をとればよいと思うかもしれない。だが、広く世間に存在を認識されたくない彼女たちはおそらく、何もアクションを起こさない。声をあげない弱者なのだが、それを自己責任だと切って捨てるのには違和感がある。 また、最近では、ホームレスなど社会的に弱い立場の人たちをからかったりする動画も多く拡散されていて、SNSユーザー達が面白おかしく取りあげる動きもある。街歩き動画をめぐる状況はさらに悪化している。 声をあげない、あげられない人たちを相手に、ネットで共有されているはずの配慮を無視してよいという態度を取り続ける配信者たちに、行動を改めさせるにはどうすべきなのか。過激化の先に、大きな悲劇が待っているような気がするのは、筆者だけではないはずだ。
* * * 日本一の大繁華街、東京・新宿歌舞伎町にある公園が今、SNS上で話題になっている。
「歌舞伎町の奥に大久保公園というところがあって、その周りにいわゆる”立ちんぼ”といわれる若い女性の私娼がいると評判になっています。立ちんぼ女性にインタビューしたり、立ちんぼ女性と男性がホテルに入ってゆくところを撮影した映像がアップされていて、日本にもこんなところがあったのかと、ネットユーザーはとても驚いているようです」
こう話すのは、自身で撮影した「街歩き映像」をSNSや動画サイトにアップし続けている遠藤寛太さん(仮名・20代)。新宿や渋谷の街歩き映像はYouTubeでも何十万回と再生される人気コンテンツで、遠藤さんも実は話題の公園にも撮影に行ったこともあった。だが、すでに買春目的の男がウロウロしていて、さらに過激系ユーチューバーらしき人までやってきていたことから、トラブルを防ぐために撮影は断念したという。
「行ってみてわかりましたが、そこにいた女性たちはみな、当然カメラを嫌がっています。それをユーチューバーや興味本位で訪れた一般人たちが構わず撮影する。中には、交渉が成立した男女を追い回したり、無断で女の子に声をかけカメラを向けたりする人たちもいます。さすがに気の毒に思い、撮影はできませんでした」(遠藤さん)
無許可での撮影はトラブルのもとだし、何より被写体が嫌がるものは撮影が成立しないと考えるのが、当たり前の感覚だ。公共の利益にかなうような撮影であれば、カメラを向ける理由が理解できなくもないが、相手は単なる一般人であり、法を犯したとはっきりしているわけでもない。確かに、世間から褒められないようなことをしているかもしれないが、それを一方的に断罪するかの如く、不特定多数に向けて拡散する理由にはならないだろう。
1950年6月に公園として整備され、1951年に新宿区立となった大久保公園は、1990年頃から住みついた路上生活者や、深夜から早朝にかけて騒ぐ若者や外国人による不適切な使用が地域住民から問題視されていた。災害時の緊急避難を考えると区立公園は24時間開放が原則だが、トラブルが頻発するため2005年にはいったん全面閉鎖された。2007年からは夜間閉鎖となり、それは現在も続いている。閉鎖や夜間閉鎖の間も消えなかった、夜になるとフェンスで囲まれた大久保公園をぐるりと囲むように一定間隔をあけて立つ人たちは、そのときどきによって様々な背景を持っていた。
公園近くで長年飲食店を営む菅谷万里子さん(仮名・60代)が声を潜める。
「このあたりには昔から女の子が立っていたけど、何度も摘発があったりして、日本人の若い子は一時期ほとんどいなかったんです。中国とか韓国、東南アジア系の外国人はいましたけどね。コロナ禍になってから、日本人が増えたし、見物客も増えました」(菅谷さん)
当の公園付近はかねてから知る人ぞ知る有名な場所だったが、いま、そこに立っている女性は、どんな人たちなのか。現在も月に一度は公園近くに「立つ」というアリサさん(仮名・20代)が、匿名を条件に筆者の取材に答えた。
「ここに立つのは、ほとんどが現役の風俗店店員か、働いた経験がある人だと思います。要は、お店の客がいない、いても指名されないという女の子たちが最終的にここへ来る。男の人たちも、ここに立つ女の子がどういう属性かわかっているから、交渉もさっと済ませてホテルなどに移動する感じです」(アリサさん)
アリサさん自身も、勤務する店が暇なとき、もしくは出勤したくない気分の時に公園に立つ。夜20時ころから深夜まで立っていると、30分ほどで2~3人の男が「売りの子?」とか「割り切り系?」と声をかけてきて、一時間およそ1万円から2万円を受け取る。客がゼロの日は少ないが、大体1~2人の客を取るのだという。またその際に、入浴や食事を行い、携帯電話の充電、睡眠もとるのだと話す。
「立つなんて恥ずかしいじゃん、怖いじゃんって言われますが、対面だから全然楽だし、今はマスクしているから余り気になりません。やばそうな見た目の人は無視できるし、一応、路上で他の人の目もあるから、いきなり殴られたりする心配もないです。一時期、ネットでお客さんを集めようとしたんですが、顔も見えないし、何をされるかわからず本当に怖い。ネットも嫌だしお店でも稼げない、だからここって感じですね」(アリサさん)
もちろん、アリサさんをはじめ、公園周りに立っている女性たちの行為は法律に触れる可能性もあるが、危険を承知で働かねばならない状態の女性がまとまって立っているという状況は、社会的に看過されていいはずがない。集まる女性たちにとって公園がセーフティネットのような場所になっている実態もあるので、治安のためにないほうがよいとか、夜に人が集まらないようにするべきだという主張は、あまりに乱暴だと言わざるを得ない。そんなデリケートな機能を果たしている場所だというのに、カメラを持った興味本位の連中が押し寄せ、冒頭で説明したように、女性の人権を蹂躙するような立ち振る舞いをしているのだ。
「新聞記者やテレビカメラが取材に来るだけじゃなくて、一般人から隠し撮りまでされるようになり、また公園の周りから人が減りました。私たちがいなくなったから平和じゃん、ってことではなく、みんなネット使ったりほかの場所に立ったりしてるはずです。私たちの存在が煙たがられてるのは分かりますが、どんどんこうして居場所がなくなっていく」(アリサさん)
コロナ禍以降、若者たちが集まる場所として、新宿歌舞伎町の「トー横(東宝横)」や大阪ミナミの「グリ下(グリコ看板下)」、さらに名古屋の「ドン横(ドン・キホーテ横)」が注目された。こうした場所にいる若者を取材したときも、彼らは同様に「居場所がなくなる」と嘆いた。警察や行政が彼らを排除したことでトー横キッズたちは散り散りになり、より社会の目が届きにくい場所に追いやられていった。
主に未成年の問題がクローズアップされたトー横などと比較すれば、大久保公園周辺は当事者の持つ背景がかなり異なるが、他に生きるための選択肢がなかなか見つからない人たちという意味では、属性は共通しているだろう。それを治安のためと称して単純に場所から追い出したとしたら、藁にもすがる思いでたどり着いた場所を奪われ、彼女たちはどうやって生きてゆけばよいのか。
メディアやSNSが、興味本位で「タブー」な場所を取材したり撮影することはあるだろう。しかし、それが誰かの人権を踏みにじったり、半永久的に誰かの名誉を傷つけ続ける恐れがあるなら、注目を集めるから、PVをとれるからと安易に公開すべきではないだろう。
例えばネット上には、関西のある風俗街を撮影した映像などもアップされていて、大変な再生回数を記録している。街歩き動画の一種ではあるのだが、そこに映り込んだ女性たちが撮影に同意したとは考えられない構図の撮影ばかりだ。その街も昔から知る人ぞ知る地域であって、働く人たちもおおっぴらに仕事を吹聴することはない。だから撮影はもちろん、ネットで拡散されることは避けたいと思っているだろうことは容易に想像がつく。
公開されるのが嫌なら、動画SNS運営に異議申し立てして、すぐに非公開などの措置をとればよいと思うかもしれない。だが、広く世間に存在を認識されたくない彼女たちはおそらく、何もアクションを起こさない。声をあげない弱者なのだが、それを自己責任だと切って捨てるのには違和感がある。
また、最近では、ホームレスなど社会的に弱い立場の人たちをからかったりする動画も多く拡散されていて、SNSユーザー達が面白おかしく取りあげる動きもある。街歩き動画をめぐる状況はさらに悪化している。
声をあげない、あげられない人たちを相手に、ネットで共有されているはずの配慮を無視してよいという態度を取り続ける配信者たちに、行動を改めさせるにはどうすべきなのか。過激化の先に、大きな悲劇が待っているような気がするのは、筆者だけではないはずだ。