トイレから異臭のする部屋、血痕が染み付いた家…14軒の事故物件に住んだ芸人が明かす「いわくつき物件」の実態 から続く
2012年から「事故物件」に暮らし続けている芸人・松原タニシさん。今年、滞在した訳あり物件のなかでも、とりわけ記憶に残る部屋をふりかえる。住民が孤独死した分譲マンションの一室で嗅ぎとった“独特のにおい”とは――。
【画像】住人が白骨化していた物件も…松原タニシが住んできた「今年の事故物件」を見る(全9枚)
松原タニシさん
◆◆◆
2021年10月、国土交通省が策定した「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」が公開された。
それによると、今まで事故物件扱いされていた孤独死が、賃貸借・売買取引において老衰・持病による病死などいわゆる自然死、または自宅の階段からの転落、入浴中の溺死や転倒事故、食事中の誤嚥など日常生活の中で生じた不慮の事故については原則として告知しなくてよいと定められた。
ただし、長期間の遺体の放置によって特殊清掃、大規模リフォーム等が必要となった場合には告知する義務が発生する。
つまり、亡くなってすぐに発見された孤独死は告知せずともよくて、亡くなってからすぐに発見されずに遺体が腐敗し、特別な処置を施さないと次の入居者が生活できない物件は告知しなければならないということだ。
2022年、僕は新たな事故物件を探していた。
今まで数々の事故物件を紹介してくれた不動産屋のNさんから新しい物件情報が届いた。
その物件は大阪市内築40年2階建ての長屋で、高齢女性の孤独死だった。
女性は昨年の夏に2階のトイレの前でうつ伏せの状態で亡くなっていた。死後1ヶ月弱で発見され、死因は特定できない状態だった。
玄関の引き戸を開けて中に入ると、左正面に急角度の階段、床はフローリング、右にキッチン、奥に和室がある。和室の砂壁も一切剥がれておらず、畳の色が不自然に黄色と緑に分かれているくらいで、部屋はとても綺麗だった。 2階も特に何の問題もなく、普段から部屋を綺麗にして生活していたのか、リフォームなしで十分に住める環境である。 女性が亡くなっていた場所であるトイレの前のフローリングには、その痕跡が一切ない。遺体は腐敗していたはずだが、クリーニング作業ですべて除去できたのか、発見後半年以上経っていた内見時にはにおいも感じなかった。 女性は1人でこの長屋で生活していたが、各地に散らばった親族が、それぞれ月に1度くらいの頻度で様子を見に行っていた。しかしその月は誰が行っても留守だった。親族同士で連絡を取り合った際にようやく異変に気付き、駆けつけた時には女性は2階で倒れていた。女性は親族が留守だと思って引き返した時もずっと同じ場所で横たわっていたのだ。 さて、この物件、告知義務は発生するのだろうか? 死後1ヶ月弱での発見だが、リフォームはしていない。クリーニング作業というものが果たして特殊清掃と呼べるものなのかは判断が難しい。そもそも特殊清掃というものがどういったものなのか明確な基準はない。 Nさんは「告知はするでしょうね」と言う。 ガイドライン云々に関わらず、そこで人が亡くなったという事実を伝えないことで生まれる契約者とのトラブルの方が心配であるとのことだ。事実を伝えた上で安心して契約してもらうことで信頼関係も生まれる。 人は騙される、隠されることに嫌悪感を抱く。告知義務があるなしにこだわるよりも、人が亡くなったという事実を受け入れるか受け入れないかを確認する方が話は早いのかもしれない。「独特のにおい」が残るマンションに滞在 以前、死後2週間で遺体が発見された、その2週間後の部屋に1泊したことがあった。知人が持つ分譲マンションの一室を借りていた住人が孤独死したのだ。その死臭は床に染み込み、特殊清掃も脱臭作業もされていない。説明するのは難しいが、下水のそれとは違い、ガスのようなにおいがする。 今まで様々なパターンの事故物件で過ごしてきた。しかしここまで人が亡くなってすぐの場所は初めてだった。 部屋に入って数十分、不織布のマスクをしていたが、それでも耐え難いにおいがする。 この部屋の空気を吸い込み続けることは、間違いなく健康にはよくないだろう。僕は鞄の中から防毒マスクを取り出した。かつて特殊清掃のアルバイトを体験させてもらった時にもらったものだ。 そして、おそらくそこで亡くなったのであろう緑の床が剥がされた位置の真横にレジャーシートを敷き、その上に寝転び、目を瞑った。 横になること約30分。もう限界だった。 僕は床から起き上がり、全身に部屋のにおいが染み込んだまま部屋を出ていった。部屋を出ても、マンションを出ても、そのにおいは取れなかった。 僕に関して言えば、人が亡くなっただけの場所には住める。しかし、人が亡くなった後の強烈なにおいが残る物件には住めないと思った。 においの除去。特殊清掃するにあたり、それがもっとも必要なことだと感じた。2年間家賃を滞納、住人が白骨化 2022年夏、大阪で居住支援のNPO法人で活動するSさんに物件を紹介してもらった。 その物件は2年間家賃を滞納していた住人が白骨化していたというものだった。 Sさんは10年前に30代男性から居住支援の相談を受け、この部屋を紹介した。それから8年が経ち、物件の大家から家賃が払われていないことの相談を受けた。Sさんは男性を訪ねたが留守だったので、大家に連絡を入れるよう手紙をドアの隙間に挟み、大家には「それでも家賃が払われなければまた教えてください」と伝えた。 それから2年が経ち、大家から「実はあれから2年間まだ一度も家賃払われてないんだよね」と言われ、Sさんは鍵を借りて直接男性の部屋へ上がり込んだ。部屋の中は大量の請求書と衣類、本、食料品が床を埋め尽くすように散乱していた。「これは夜逃げした可能性が高い」とSさんは思った。 男性の部屋はホラー映画のキャラクターフィギュアや昆虫・爬虫類の標本、鹿の頭蓋骨や髑髏の置き物など、悪趣味なグッズが多くあった。ゴミ屋敷のような部屋の床に人体骨格模型が寝転がっているのを見つけ「やけにリアルだなぁ」と思った瞬間「あ、違う、これ本物だ」と気付き、警察に通報した。1ヶ月限定で賃貸契約を結んだが… 部屋は、警察が骨を回収しただけのそのままの状態だった。僕は内見した後、1ヶ月限定で賃貸契約を結んだ。 部屋を借りたとはいえ、そのままの状態で生活をするには衛生的に困難で、結局は数日間滞在しただけになってしまったのだが。 そのため、防護服、防毒マスク、防刃手袋、長靴を用意して、完全防備で滞在に臨んだ。埃や細菌を体内に入れてしまうことを恐れたからだ。 においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。 それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。 Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。 おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
玄関の引き戸を開けて中に入ると、左正面に急角度の階段、床はフローリング、右にキッチン、奥に和室がある。和室の砂壁も一切剥がれておらず、畳の色が不自然に黄色と緑に分かれているくらいで、部屋はとても綺麗だった。
2階も特に何の問題もなく、普段から部屋を綺麗にして生活していたのか、リフォームなしで十分に住める環境である。
女性が亡くなっていた場所であるトイレの前のフローリングには、その痕跡が一切ない。遺体は腐敗していたはずだが、クリーニング作業ですべて除去できたのか、発見後半年以上経っていた内見時にはにおいも感じなかった。
女性は1人でこの長屋で生活していたが、各地に散らばった親族が、それぞれ月に1度くらいの頻度で様子を見に行っていた。しかしその月は誰が行っても留守だった。親族同士で連絡を取り合った際にようやく異変に気付き、駆けつけた時には女性は2階で倒れていた。女性は親族が留守だと思って引き返した時もずっと同じ場所で横たわっていたのだ。
さて、この物件、告知義務は発生するのだろうか?
死後1ヶ月弱での発見だが、リフォームはしていない。クリーニング作業というものが果たして特殊清掃と呼べるものなのかは判断が難しい。そもそも特殊清掃というものがどういったものなのか明確な基準はない。 Nさんは「告知はするでしょうね」と言う。 ガイドライン云々に関わらず、そこで人が亡くなったという事実を伝えないことで生まれる契約者とのトラブルの方が心配であるとのことだ。事実を伝えた上で安心して契約してもらうことで信頼関係も生まれる。 人は騙される、隠されることに嫌悪感を抱く。告知義務があるなしにこだわるよりも、人が亡くなったという事実を受け入れるか受け入れないかを確認する方が話は早いのかもしれない。「独特のにおい」が残るマンションに滞在 以前、死後2週間で遺体が発見された、その2週間後の部屋に1泊したことがあった。知人が持つ分譲マンションの一室を借りていた住人が孤独死したのだ。その死臭は床に染み込み、特殊清掃も脱臭作業もされていない。説明するのは難しいが、下水のそれとは違い、ガスのようなにおいがする。 今まで様々なパターンの事故物件で過ごしてきた。しかしここまで人が亡くなってすぐの場所は初めてだった。 部屋に入って数十分、不織布のマスクをしていたが、それでも耐え難いにおいがする。 この部屋の空気を吸い込み続けることは、間違いなく健康にはよくないだろう。僕は鞄の中から防毒マスクを取り出した。かつて特殊清掃のアルバイトを体験させてもらった時にもらったものだ。 そして、おそらくそこで亡くなったのであろう緑の床が剥がされた位置の真横にレジャーシートを敷き、その上に寝転び、目を瞑った。 横になること約30分。もう限界だった。 僕は床から起き上がり、全身に部屋のにおいが染み込んだまま部屋を出ていった。部屋を出ても、マンションを出ても、そのにおいは取れなかった。 僕に関して言えば、人が亡くなっただけの場所には住める。しかし、人が亡くなった後の強烈なにおいが残る物件には住めないと思った。 においの除去。特殊清掃するにあたり、それがもっとも必要なことだと感じた。2年間家賃を滞納、住人が白骨化 2022年夏、大阪で居住支援のNPO法人で活動するSさんに物件を紹介してもらった。 その物件は2年間家賃を滞納していた住人が白骨化していたというものだった。 Sさんは10年前に30代男性から居住支援の相談を受け、この部屋を紹介した。それから8年が経ち、物件の大家から家賃が払われていないことの相談を受けた。Sさんは男性を訪ねたが留守だったので、大家に連絡を入れるよう手紙をドアの隙間に挟み、大家には「それでも家賃が払われなければまた教えてください」と伝えた。 それから2年が経ち、大家から「実はあれから2年間まだ一度も家賃払われてないんだよね」と言われ、Sさんは鍵を借りて直接男性の部屋へ上がり込んだ。部屋の中は大量の請求書と衣類、本、食料品が床を埋め尽くすように散乱していた。「これは夜逃げした可能性が高い」とSさんは思った。 男性の部屋はホラー映画のキャラクターフィギュアや昆虫・爬虫類の標本、鹿の頭蓋骨や髑髏の置き物など、悪趣味なグッズが多くあった。ゴミ屋敷のような部屋の床に人体骨格模型が寝転がっているのを見つけ「やけにリアルだなぁ」と思った瞬間「あ、違う、これ本物だ」と気付き、警察に通報した。1ヶ月限定で賃貸契約を結んだが… 部屋は、警察が骨を回収しただけのそのままの状態だった。僕は内見した後、1ヶ月限定で賃貸契約を結んだ。 部屋を借りたとはいえ、そのままの状態で生活をするには衛生的に困難で、結局は数日間滞在しただけになってしまったのだが。 そのため、防護服、防毒マスク、防刃手袋、長靴を用意して、完全防備で滞在に臨んだ。埃や細菌を体内に入れてしまうことを恐れたからだ。 においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。 それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。 Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。 おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
死後1ヶ月弱での発見だが、リフォームはしていない。クリーニング作業というものが果たして特殊清掃と呼べるものなのかは判断が難しい。そもそも特殊清掃というものがどういったものなのか明確な基準はない。
Nさんは「告知はするでしょうね」と言う。
ガイドライン云々に関わらず、そこで人が亡くなったという事実を伝えないことで生まれる契約者とのトラブルの方が心配であるとのことだ。事実を伝えた上で安心して契約してもらうことで信頼関係も生まれる。
人は騙される、隠されることに嫌悪感を抱く。告知義務があるなしにこだわるよりも、人が亡くなったという事実を受け入れるか受け入れないかを確認する方が話は早いのかもしれない。
以前、死後2週間で遺体が発見された、その2週間後の部屋に1泊したことがあった。知人が持つ分譲マンションの一室を借りていた住人が孤独死したのだ。その死臭は床に染み込み、特殊清掃も脱臭作業もされていない。説明するのは難しいが、下水のそれとは違い、ガスのようなにおいがする。
今まで様々なパターンの事故物件で過ごしてきた。しかしここまで人が亡くなってすぐの場所は初めてだった。 部屋に入って数十分、不織布のマスクをしていたが、それでも耐え難いにおいがする。 この部屋の空気を吸い込み続けることは、間違いなく健康にはよくないだろう。僕は鞄の中から防毒マスクを取り出した。かつて特殊清掃のアルバイトを体験させてもらった時にもらったものだ。 そして、おそらくそこで亡くなったのであろう緑の床が剥がされた位置の真横にレジャーシートを敷き、その上に寝転び、目を瞑った。 横になること約30分。もう限界だった。 僕は床から起き上がり、全身に部屋のにおいが染み込んだまま部屋を出ていった。部屋を出ても、マンションを出ても、そのにおいは取れなかった。 僕に関して言えば、人が亡くなっただけの場所には住める。しかし、人が亡くなった後の強烈なにおいが残る物件には住めないと思った。 においの除去。特殊清掃するにあたり、それがもっとも必要なことだと感じた。2年間家賃を滞納、住人が白骨化 2022年夏、大阪で居住支援のNPO法人で活動するSさんに物件を紹介してもらった。 その物件は2年間家賃を滞納していた住人が白骨化していたというものだった。 Sさんは10年前に30代男性から居住支援の相談を受け、この部屋を紹介した。それから8年が経ち、物件の大家から家賃が払われていないことの相談を受けた。Sさんは男性を訪ねたが留守だったので、大家に連絡を入れるよう手紙をドアの隙間に挟み、大家には「それでも家賃が払われなければまた教えてください」と伝えた。 それから2年が経ち、大家から「実はあれから2年間まだ一度も家賃払われてないんだよね」と言われ、Sさんは鍵を借りて直接男性の部屋へ上がり込んだ。部屋の中は大量の請求書と衣類、本、食料品が床を埋め尽くすように散乱していた。「これは夜逃げした可能性が高い」とSさんは思った。 男性の部屋はホラー映画のキャラクターフィギュアや昆虫・爬虫類の標本、鹿の頭蓋骨や髑髏の置き物など、悪趣味なグッズが多くあった。ゴミ屋敷のような部屋の床に人体骨格模型が寝転がっているのを見つけ「やけにリアルだなぁ」と思った瞬間「あ、違う、これ本物だ」と気付き、警察に通報した。1ヶ月限定で賃貸契約を結んだが… 部屋は、警察が骨を回収しただけのそのままの状態だった。僕は内見した後、1ヶ月限定で賃貸契約を結んだ。 部屋を借りたとはいえ、そのままの状態で生活をするには衛生的に困難で、結局は数日間滞在しただけになってしまったのだが。 そのため、防護服、防毒マスク、防刃手袋、長靴を用意して、完全防備で滞在に臨んだ。埃や細菌を体内に入れてしまうことを恐れたからだ。 においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。 それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。 Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。 おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
今まで様々なパターンの事故物件で過ごしてきた。しかしここまで人が亡くなってすぐの場所は初めてだった。
部屋に入って数十分、不織布のマスクをしていたが、それでも耐え難いにおいがする。
この部屋の空気を吸い込み続けることは、間違いなく健康にはよくないだろう。僕は鞄の中から防毒マスクを取り出した。かつて特殊清掃のアルバイトを体験させてもらった時にもらったものだ。
そして、おそらくそこで亡くなったのであろう緑の床が剥がされた位置の真横にレジャーシートを敷き、その上に寝転び、目を瞑った。
横になること約30分。もう限界だった。 僕は床から起き上がり、全身に部屋のにおいが染み込んだまま部屋を出ていった。部屋を出ても、マンションを出ても、そのにおいは取れなかった。 僕に関して言えば、人が亡くなっただけの場所には住める。しかし、人が亡くなった後の強烈なにおいが残る物件には住めないと思った。 においの除去。特殊清掃するにあたり、それがもっとも必要なことだと感じた。2年間家賃を滞納、住人が白骨化 2022年夏、大阪で居住支援のNPO法人で活動するSさんに物件を紹介してもらった。 その物件は2年間家賃を滞納していた住人が白骨化していたというものだった。 Sさんは10年前に30代男性から居住支援の相談を受け、この部屋を紹介した。それから8年が経ち、物件の大家から家賃が払われていないことの相談を受けた。Sさんは男性を訪ねたが留守だったので、大家に連絡を入れるよう手紙をドアの隙間に挟み、大家には「それでも家賃が払われなければまた教えてください」と伝えた。 それから2年が経ち、大家から「実はあれから2年間まだ一度も家賃払われてないんだよね」と言われ、Sさんは鍵を借りて直接男性の部屋へ上がり込んだ。部屋の中は大量の請求書と衣類、本、食料品が床を埋め尽くすように散乱していた。「これは夜逃げした可能性が高い」とSさんは思った。 男性の部屋はホラー映画のキャラクターフィギュアや昆虫・爬虫類の標本、鹿の頭蓋骨や髑髏の置き物など、悪趣味なグッズが多くあった。ゴミ屋敷のような部屋の床に人体骨格模型が寝転がっているのを見つけ「やけにリアルだなぁ」と思った瞬間「あ、違う、これ本物だ」と気付き、警察に通報した。1ヶ月限定で賃貸契約を結んだが… 部屋は、警察が骨を回収しただけのそのままの状態だった。僕は内見した後、1ヶ月限定で賃貸契約を結んだ。 部屋を借りたとはいえ、そのままの状態で生活をするには衛生的に困難で、結局は数日間滞在しただけになってしまったのだが。 そのため、防護服、防毒マスク、防刃手袋、長靴を用意して、完全防備で滞在に臨んだ。埃や細菌を体内に入れてしまうことを恐れたからだ。 においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。 それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。 Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。 おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
横になること約30分。もう限界だった。 僕は床から起き上がり、全身に部屋のにおいが染み込んだまま部屋を出ていった。部屋を出ても、マンションを出ても、そのにおいは取れなかった。 僕に関して言えば、人が亡くなっただけの場所には住める。しかし、人が亡くなった後の強烈なにおいが残る物件には住めないと思った。 においの除去。特殊清掃するにあたり、それがもっとも必要なことだと感じた。2年間家賃を滞納、住人が白骨化 2022年夏、大阪で居住支援のNPO法人で活動するSさんに物件を紹介してもらった。 その物件は2年間家賃を滞納していた住人が白骨化していたというものだった。 Sさんは10年前に30代男性から居住支援の相談を受け、この部屋を紹介した。それから8年が経ち、物件の大家から家賃が払われていないことの相談を受けた。Sさんは男性を訪ねたが留守だったので、大家に連絡を入れるよう手紙をドアの隙間に挟み、大家には「それでも家賃が払われなければまた教えてください」と伝えた。 それから2年が経ち、大家から「実はあれから2年間まだ一度も家賃払われてないんだよね」と言われ、Sさんは鍵を借りて直接男性の部屋へ上がり込んだ。部屋の中は大量の請求書と衣類、本、食料品が床を埋め尽くすように散乱していた。「これは夜逃げした可能性が高い」とSさんは思った。 男性の部屋はホラー映画のキャラクターフィギュアや昆虫・爬虫類の標本、鹿の頭蓋骨や髑髏の置き物など、悪趣味なグッズが多くあった。ゴミ屋敷のような部屋の床に人体骨格模型が寝転がっているのを見つけ「やけにリアルだなぁ」と思った瞬間「あ、違う、これ本物だ」と気付き、警察に通報した。1ヶ月限定で賃貸契約を結んだが… 部屋は、警察が骨を回収しただけのそのままの状態だった。僕は内見した後、1ヶ月限定で賃貸契約を結んだ。 部屋を借りたとはいえ、そのままの状態で生活をするには衛生的に困難で、結局は数日間滞在しただけになってしまったのだが。 そのため、防護服、防毒マスク、防刃手袋、長靴を用意して、完全防備で滞在に臨んだ。埃や細菌を体内に入れてしまうことを恐れたからだ。 においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。 それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。 Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。 おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
横になること約30分。もう限界だった。
僕は床から起き上がり、全身に部屋のにおいが染み込んだまま部屋を出ていった。部屋を出ても、マンションを出ても、そのにおいは取れなかった。
僕に関して言えば、人が亡くなっただけの場所には住める。しかし、人が亡くなった後の強烈なにおいが残る物件には住めないと思った。
においの除去。特殊清掃するにあたり、それがもっとも必要なことだと感じた。
2022年夏、大阪で居住支援のNPO法人で活動するSさんに物件を紹介してもらった。
その物件は2年間家賃を滞納していた住人が白骨化していたというものだった。
Sさんは10年前に30代男性から居住支援の相談を受け、この部屋を紹介した。それから8年が経ち、物件の大家から家賃が払われていないことの相談を受けた。Sさんは男性を訪ねたが留守だったので、大家に連絡を入れるよう手紙をドアの隙間に挟み、大家には「それでも家賃が払われなければまた教えてください」と伝えた。
それから2年が経ち、大家から「実はあれから2年間まだ一度も家賃払われてないんだよね」と言われ、Sさんは鍵を借りて直接男性の部屋へ上がり込んだ。部屋の中は大量の請求書と衣類、本、食料品が床を埋め尽くすように散乱していた。「これは夜逃げした可能性が高い」とSさんは思った。
男性の部屋はホラー映画のキャラクターフィギュアや昆虫・爬虫類の標本、鹿の頭蓋骨や髑髏の置き物など、悪趣味なグッズが多くあった。ゴミ屋敷のような部屋の床に人体骨格模型が寝転がっているのを見つけ「やけにリアルだなぁ」と思った瞬間「あ、違う、これ本物だ」と気付き、警察に通報した。
1ヶ月限定で賃貸契約を結んだが… 部屋は、警察が骨を回収しただけのそのままの状態だった。僕は内見した後、1ヶ月限定で賃貸契約を結んだ。 部屋を借りたとはいえ、そのままの状態で生活をするには衛生的に困難で、結局は数日間滞在しただけになってしまったのだが。 そのため、防護服、防毒マスク、防刃手袋、長靴を用意して、完全防備で滞在に臨んだ。埃や細菌を体内に入れてしまうことを恐れたからだ。 においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。 それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。 Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。 おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
部屋は、警察が骨を回収しただけのそのままの状態だった。僕は内見した後、1ヶ月限定で賃貸契約を結んだ。
部屋を借りたとはいえ、そのままの状態で生活をするには衛生的に困難で、結局は数日間滞在しただけになってしまったのだが。
そのため、防護服、防毒マスク、防刃手袋、長靴を用意して、完全防備で滞在に臨んだ。埃や細菌を体内に入れてしまうことを恐れたからだ。
においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。 それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。 Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。 おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
においはそれほどではなかった。おそらく家賃滞納が発生した時点でこの住人は亡くなっていたのであろう。2年という歳月は、においが薄らぐには十分な期間だ。
それでも独特のにおいは残る。ネズミの糞や虫の死骸はたくさんあったが、においの根源は遺体が回収されたであろう場所にあった。
Sさんが人体骨格模型と勘違いした遺体の場所は、人型サイズの土になっていたのだ。その周りは漫画本や衣類で埋め尽くされている。その場所だけが土なのだ。
おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。 孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。(松原 タニシ)
おそらく、この男性の遺体は2年の間に腐敗し、細菌やバクテリアが細胞を分解し、ネズミや虫が遺体を食し、彼らの糞をまた細菌やバクテリアが分解し、やがて土になっていったのだろう。
孤独死に関わると、人間は地球の一部であることを知る。全ての生物は生命を終えたあと、また別の生命の一部になる。そんな当たり前のようで当たり前とは考えなかった事実を、今回目の当たりにした。
(松原 タニシ)