2020年8月、大阪府の吉村洋文知事の発言を機に、各地で市販のうがい薬が姿を消した。
新型コロナウイルス対策に有効かのように発表し、使用を推奨した一件だ。物議を醸した効果について当時、吉村知事が期待を表明していた研究が最近、ひっそりと終了した。あの騒動から得られる教訓とは何だったのか。(辻田秀樹)
■途中段階で会見
「うそみたいな本当の話」
吉村知事は8月4日の記者会見でこう切り出し、「コロナに効くのではないかという研究結果が出た」と述べた。
軽症の感染者が、ポビドンヨード入りうがい薬を使ったところ、唾液からウイルスが検出されにくくなったと紹介。〈1〉発熱などの症状のある人とその家族〈2〉接待を伴う飲食店の従業員〈3〉医療や介護の従事者――に使用を求めた。
当時は感染拡大「第2波」の真っただ中。会見はテレビ中継されており、うがい薬を買い求める人が相次いだ。「感染を予防できる」と受け止めた人は多く、吉村知事は翌日、「予防効果があるとは言っていない」と火消しに追われた。
専門家から特に疑問視されたのは、研究の途中段階で効果を強調した発信方法だ。推奨した根拠は「大阪府立病院機構大阪はびきの医療センター」の初期段階のデータで、わずか41人の症例だった。
■積極公表せず
では、最終的にどんな研究結果が出たのか。
今年11月末、同センターのチームの論文が科学誌サイエンティフィック・リポーツに掲載された。
同センターは20年11月~21年3月、軽症や無症状の陽性者430人に調査を実施。うがい薬を1日4回使うグループと、同じ頻度で水でうがいをするグループに分け、唾液のPCR検査をした。その結果、療養5日目に陰性となった人の割合は、うがい薬が34・5%、水うがいが21・4%だった。
確かにすでに感染した人の喉からウイルスを減らす一定の効果は示された。だが「コロナに効く」と言えるかどうかは別問題だ。
そもそも今回のような効果は、インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)でもあるとされている。専門家の間では、新型コロナでも確認されるのは想定の範囲内だった。
吉村知事は当時、「人にうつさない選択肢として可能性がある」と期待を示していたが、今回の結果は、療養5日目という限定された条件下で得られたものであり、他人への感染抑止効果を調べたわけでもない。感染や重症化を防ぐ効果は未検証だ。
聖マリアンナ医科大の国島広之教授(感染症学)は「使用を推奨できる結果とは言えない」と話す。
大阪府は、この結果について記者会見などで積極的に公表していない。同センターは「うがい薬に関する研究は終了しており、今後予定はない」としている。
■科学の特性への理解欠いた
リスクコミュニケーションコンサルタントの西沢真理子さんの話「科学には分かっていることと、分からないことがある。特定の条件下では成り立つが、それ以外では分からないとしか言えないこともある。少ないデータなら、なおさらだ。こうした科学の特性への理解を欠いていたことが、混乱を招いたと言える。政治家は人々に分かりやすいメッセージを出す必要がある。慎重さが求められる科学の発信は難しいため、今回の問題は良い教訓になる事例だと思われる。次の危機に備えるためにも、大阪府には経緯や反省点などの検証を求めたい」
■「勇み足発言に注意」教訓
田中幹人・早稲田大教授(科学技術社会論)の話「問題が極めて複雑な時には『これさえあれば解決する』という特効薬を望むムードが社会に広がりやすい。欧米では、狼(おおかみ)男など厄介な相手を一撃で倒せるという『シルバー・バレット(銀の弾丸)』に例えられる。危機下では単純な解決策ほど魅力的に感じてしまうものだ。政治家なども人々の反応を期待して安易に発信してしまうことがある。うがい薬に限らず、コロナ対策ではPCR検査や治療薬、ワクチンなどを巡って、過大な期待に応えようと勇み足の発言をする人が目立った。こうした社会心理が危機下では働きやすく、注意が必要だというのが今回の教訓だろう」