近年、導入する企業が増えてきた「週休3日制」。従業員のワークライフバランスを充実させ、優秀な人材を採用するのにも役立つと注目の制度だが、一方でデメリットも存在する。
部署内で1人だけ完全週休3日制を選択したある男性の事例をもとに、社会保険労務士の木村政美氏が解説する。
A藤さん(30歳・独身で実家暮らし・仮名=以下同)は、大学卒業後甲社(都内にあるIT企業で従業員数は200名)で情報システムの管理を担当している。A藤さんの趣味は大学時代に始めたサーフィンで、毎週末になると自分の車にサーフボートを積んで九十九里浜(千葉県)の海に出かけた。移住したいくらいのめりこんでいたが、会社までの通勤時間が自宅から自転車で30分と近いこと、一人暮らしをするには生活費がかかることを考えると二の足を踏んでいた。
甲社の業績は順調で、業務拡大のために今年4月から新たな部署を立ち上げるべく、正社員募集の求人を出したが全く応募がなかった。困った甲社長は他の役員とも相談して、採用時の労働条件の中に「完全週休3日制を選択可能」を組み込んだ。すると効果はてきめんで、募集人員10名に対して50名の問い合わせがあり、おかげで会社が希望していた優秀な人材を獲得することができた。
新部署では課長を除くメンバー全員が完全週休3日制を選択したが、業務上何の問題もないどころか当初の予想以上に順調な滑り出しを見せていた。
この状態に気を良くした甲社長は、会社全体に完全週休3日制を導入することを決定し、6月全社員に告知の上希望者を募った。
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「週に3日休みがあればもっとサーフィンができるぞ。その分平日は10時間働くからきついけど、体力に自信があるから大丈夫」そう考えたA藤さんは早速手をあげて、7月から次の条件で働くことになった。<A藤さんの労働条件>・労働時間:月から木まで 9時から20時までの10時間(休憩時間は12時から13時)・休日:金・土・日・祝日・給与額は従来から変更なししかし部署内で完全週休3日制を選択したのはA藤さんだけで、他のメンバー4人は従来通りの勤務形態(1日の労働時間8時間、土・日・祝日休み)を選択した。ミーティングの調整だけでも一苦労7月に入ると、A藤さんは金曜日の早朝に家を出て日曜日の午前中まで波に乗り続けた。金曜日と土曜日は現地に住む大学時代の友人B川さんの家に泊めてもらい、そのかわりに彼が経営するサーフショップのHPを無償で管理した。そして夕方になるとB川さんの店に仲間のサーファーたちが集まり、一緒に酒を飲みながら夜更けまでサーフィンの話で盛り上がった。プライベートでは充実した日々を送っていたA藤さんだったが、仕事上ではいろいろな問題が起こっていた。Photo by iStock A藤さんの部署では毎週金曜日の午前中にミーティングを開いていた。A藤さんは上司のC山課長に「金曜日は休日で参加できないので、ミーティングを他の曜日に変えてもらえませんか?」と軽い気持ちで頼んだ。しかしC山課長はキッパリ断った。「私や他のメンバーの仕事の都合があるし、君だけの事情で曜日の変更はできないよ」驚いたA藤さんは、「それなら金曜のミーティングだけZoomで参加しますから、その時間分の残業代を下さい」と提案したが、「金曜日に働いたら週休3日の意味がないでしょ?」と却下された。困ったA藤さんを見たC山課長は、「じゃあミーティングの様子を録画しておくから、月曜日の勤務時間中に見ればいいよ」と言った。その後A藤さんは月曜日に出勤すると、すぐに録画されたミーティング内容をチェックした。しかし見ているだけなので、以前の様にディスカッションに参加できずもどかしい思いが募った。またA藤さんには、部署は違うが同じフロアで働く2人の同僚がいた。以前は仕事が終わると誘い合って会社近くの居酒屋へ出かけていたが、午後8時まで勤務のためその楽しみがなくなった。定時で退社する2人を尻目に、A藤さんは黙々と仕事を続けた。他のメンバーから、次々と不満の声がしかし、最も問題だったのは、業務の連携やコミュニケーションで他のメンバーとの間に溝ができたことだった。A藤さんの部署は全体で1社の情報システム管理を担当している。その関係で毎週金曜日はC山課長以外の3名がA藤さんの仕事を肩代わりするため残業を余儀なくされた。一方のA藤さんは、週あたりの労働時間は変わらなくても、18時以降はクライアントからの問い合わせ対応がなくなるので、その分業務にゆとりができた。当然他のメンバーからは不満の声が上がり、C山課長は頭を抱えた。 さらに間が悪いことに、9月の上旬A藤さんはサーフィン旅行をするために月曜から木曜まで年次有給休暇(以下「有休」)を取り、合計10日間を連休にした。しかし職場ではシステムのトラブルが続き、対処のためメンバー全員が毎日残業続きだった。連休明けの月曜日、出社したA藤さんの顔を見るなり、ついにメンバーの一人がキレた。「君の仕事をどれだけみんなが肩代わりしていると思ってるんだ。もういい加減にしてくれよ」そして他のメンバーもA藤さんを囲み、口々に不平不満をぶつけた。その様子を見たC山課長はあわてて止めに入った。しかしその後、他のメンバーはあいさつと仕事で必要なこと以外、A藤さんに話しかけることはしなくなった。「自分が完全週休3日制を選択したせいで、かえって仕事がやりにくくなった。もうみんなに気を遣うのは嫌だ」そう考えたA藤さんは、10月上旬、D谷人事課長にもとの勤務形態に戻してほしいと頼んだ。しかしD谷人事課長の答えはそっけなかった。「制度上の運用都合があるので来年の3月までは無理です」「あと半年もこの状態なんて我慢できません」困ったA藤さんは、完全週休3日制の存続が無理な理由を説明し再度変更したいと申し出た。「どうしても今すぐに変更したいなら、次はC山課長と一緒に来てください。2人と面談した上で検討しましょう」D谷人事課長の答えはかえってA藤さんを苦しめた。「C山課長と一緒に来いだなんて。課長も自分に冷たいし、もう嫌だ。いっそ会社辞めたい」* * *本稿で見てきたように、週休3日制を導入することでより優秀な人材の確保につながったり、従業員がワークライフバランスを充実させる働き方をすることが可能になる。一方で、A藤さんのように、社内で週休3日制を取っていない部署や従業員が混在していると、業務が停滞したり業務分担の偏りが起き、部署間や従業員間でのトラブルになりかねない。会社による一方的な導入は危険である。「週休3日制」導入のメリット・デメリット、注意点などについて、改めて後編記事〈「週休3日制」を選んで部署の「嫌われ者」になった30歳男性、最悪の事態はどうすれば防げたか?〉で解説する。
「週に3日休みがあればもっとサーフィンができるぞ。その分平日は10時間働くからきついけど、体力に自信があるから大丈夫」
そう考えたA藤さんは早速手をあげて、7月から次の条件で働くことになった。
<A藤さんの労働条件>・労働時間:月から木まで 9時から20時までの10時間(休憩時間は12時から13時)・休日:金・土・日・祝日・給与額は従来から変更なし
しかし部署内で完全週休3日制を選択したのはA藤さんだけで、他のメンバー4人は従来通りの勤務形態(1日の労働時間8時間、土・日・祝日休み)を選択した。
7月に入ると、A藤さんは金曜日の早朝に家を出て日曜日の午前中まで波に乗り続けた。金曜日と土曜日は現地に住む大学時代の友人B川さんの家に泊めてもらい、そのかわりに彼が経営するサーフショップのHPを無償で管理した。そして夕方になるとB川さんの店に仲間のサーファーたちが集まり、一緒に酒を飲みながら夜更けまでサーフィンの話で盛り上がった。
プライベートでは充実した日々を送っていたA藤さんだったが、仕事上ではいろいろな問題が起こっていた。
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A藤さんの部署では毎週金曜日の午前中にミーティングを開いていた。A藤さんは上司のC山課長に「金曜日は休日で参加できないので、ミーティングを他の曜日に変えてもらえませんか?」と軽い気持ちで頼んだ。しかしC山課長はキッパリ断った。「私や他のメンバーの仕事の都合があるし、君だけの事情で曜日の変更はできないよ」驚いたA藤さんは、「それなら金曜のミーティングだけZoomで参加しますから、その時間分の残業代を下さい」と提案したが、「金曜日に働いたら週休3日の意味がないでしょ?」と却下された。困ったA藤さんを見たC山課長は、「じゃあミーティングの様子を録画しておくから、月曜日の勤務時間中に見ればいいよ」と言った。その後A藤さんは月曜日に出勤すると、すぐに録画されたミーティング内容をチェックした。しかし見ているだけなので、以前の様にディスカッションに参加できずもどかしい思いが募った。またA藤さんには、部署は違うが同じフロアで働く2人の同僚がいた。以前は仕事が終わると誘い合って会社近くの居酒屋へ出かけていたが、午後8時まで勤務のためその楽しみがなくなった。定時で退社する2人を尻目に、A藤さんは黙々と仕事を続けた。他のメンバーから、次々と不満の声がしかし、最も問題だったのは、業務の連携やコミュニケーションで他のメンバーとの間に溝ができたことだった。A藤さんの部署は全体で1社の情報システム管理を担当している。その関係で毎週金曜日はC山課長以外の3名がA藤さんの仕事を肩代わりするため残業を余儀なくされた。一方のA藤さんは、週あたりの労働時間は変わらなくても、18時以降はクライアントからの問い合わせ対応がなくなるので、その分業務にゆとりができた。当然他のメンバーからは不満の声が上がり、C山課長は頭を抱えた。 さらに間が悪いことに、9月の上旬A藤さんはサーフィン旅行をするために月曜から木曜まで年次有給休暇(以下「有休」)を取り、合計10日間を連休にした。しかし職場ではシステムのトラブルが続き、対処のためメンバー全員が毎日残業続きだった。連休明けの月曜日、出社したA藤さんの顔を見るなり、ついにメンバーの一人がキレた。「君の仕事をどれだけみんなが肩代わりしていると思ってるんだ。もういい加減にしてくれよ」そして他のメンバーもA藤さんを囲み、口々に不平不満をぶつけた。その様子を見たC山課長はあわてて止めに入った。しかしその後、他のメンバーはあいさつと仕事で必要なこと以外、A藤さんに話しかけることはしなくなった。「自分が完全週休3日制を選択したせいで、かえって仕事がやりにくくなった。もうみんなに気を遣うのは嫌だ」そう考えたA藤さんは、10月上旬、D谷人事課長にもとの勤務形態に戻してほしいと頼んだ。しかしD谷人事課長の答えはそっけなかった。「制度上の運用都合があるので来年の3月までは無理です」「あと半年もこの状態なんて我慢できません」困ったA藤さんは、完全週休3日制の存続が無理な理由を説明し再度変更したいと申し出た。「どうしても今すぐに変更したいなら、次はC山課長と一緒に来てください。2人と面談した上で検討しましょう」D谷人事課長の答えはかえってA藤さんを苦しめた。「C山課長と一緒に来いだなんて。課長も自分に冷たいし、もう嫌だ。いっそ会社辞めたい」* * *本稿で見てきたように、週休3日制を導入することでより優秀な人材の確保につながったり、従業員がワークライフバランスを充実させる働き方をすることが可能になる。一方で、A藤さんのように、社内で週休3日制を取っていない部署や従業員が混在していると、業務が停滞したり業務分担の偏りが起き、部署間や従業員間でのトラブルになりかねない。会社による一方的な導入は危険である。「週休3日制」導入のメリット・デメリット、注意点などについて、改めて後編記事〈「週休3日制」を選んで部署の「嫌われ者」になった30歳男性、最悪の事態はどうすれば防げたか?〉で解説する。
A藤さんの部署では毎週金曜日の午前中にミーティングを開いていた。A藤さんは上司のC山課長に
「金曜日は休日で参加できないので、ミーティングを他の曜日に変えてもらえませんか?」
と軽い気持ちで頼んだ。しかしC山課長はキッパリ断った。
「私や他のメンバーの仕事の都合があるし、君だけの事情で曜日の変更はできないよ」
驚いたA藤さんは、
「それなら金曜のミーティングだけZoomで参加しますから、その時間分の残業代を下さい」
と提案したが、
「金曜日に働いたら週休3日の意味がないでしょ?」
と却下された。困ったA藤さんを見たC山課長は、
「じゃあミーティングの様子を録画しておくから、月曜日の勤務時間中に見ればいいよ」
と言った。その後A藤さんは月曜日に出勤すると、すぐに録画されたミーティング内容をチェックした。しかし見ているだけなので、以前の様にディスカッションに参加できずもどかしい思いが募った。
またA藤さんには、部署は違うが同じフロアで働く2人の同僚がいた。以前は仕事が終わると誘い合って会社近くの居酒屋へ出かけていたが、午後8時まで勤務のためその楽しみがなくなった。定時で退社する2人を尻目に、A藤さんは黙々と仕事を続けた。
しかし、最も問題だったのは、業務の連携やコミュニケーションで他のメンバーとの間に溝ができたことだった。
A藤さんの部署は全体で1社の情報システム管理を担当している。その関係で毎週金曜日はC山課長以外の3名がA藤さんの仕事を肩代わりするため残業を余儀なくされた。一方のA藤さんは、週あたりの労働時間は変わらなくても、18時以降はクライアントからの問い合わせ対応がなくなるので、その分業務にゆとりができた。当然他のメンバーからは不満の声が上がり、C山課長は頭を抱えた。
さらに間が悪いことに、9月の上旬A藤さんはサーフィン旅行をするために月曜から木曜まで年次有給休暇(以下「有休」)を取り、合計10日間を連休にした。しかし職場ではシステムのトラブルが続き、対処のためメンバー全員が毎日残業続きだった。連休明けの月曜日、出社したA藤さんの顔を見るなり、ついにメンバーの一人がキレた。「君の仕事をどれだけみんなが肩代わりしていると思ってるんだ。もういい加減にしてくれよ」そして他のメンバーもA藤さんを囲み、口々に不平不満をぶつけた。その様子を見たC山課長はあわてて止めに入った。しかしその後、他のメンバーはあいさつと仕事で必要なこと以外、A藤さんに話しかけることはしなくなった。「自分が完全週休3日制を選択したせいで、かえって仕事がやりにくくなった。もうみんなに気を遣うのは嫌だ」そう考えたA藤さんは、10月上旬、D谷人事課長にもとの勤務形態に戻してほしいと頼んだ。しかしD谷人事課長の答えはそっけなかった。「制度上の運用都合があるので来年の3月までは無理です」「あと半年もこの状態なんて我慢できません」困ったA藤さんは、完全週休3日制の存続が無理な理由を説明し再度変更したいと申し出た。「どうしても今すぐに変更したいなら、次はC山課長と一緒に来てください。2人と面談した上で検討しましょう」D谷人事課長の答えはかえってA藤さんを苦しめた。「C山課長と一緒に来いだなんて。課長も自分に冷たいし、もう嫌だ。いっそ会社辞めたい」* * *本稿で見てきたように、週休3日制を導入することでより優秀な人材の確保につながったり、従業員がワークライフバランスを充実させる働き方をすることが可能になる。一方で、A藤さんのように、社内で週休3日制を取っていない部署や従業員が混在していると、業務が停滞したり業務分担の偏りが起き、部署間や従業員間でのトラブルになりかねない。会社による一方的な導入は危険である。「週休3日制」導入のメリット・デメリット、注意点などについて、改めて後編記事〈「週休3日制」を選んで部署の「嫌われ者」になった30歳男性、最悪の事態はどうすれば防げたか?〉で解説する。
さらに間が悪いことに、9月の上旬A藤さんはサーフィン旅行をするために月曜から木曜まで年次有給休暇(以下「有休」)を取り、合計10日間を連休にした。
しかし職場ではシステムのトラブルが続き、対処のためメンバー全員が毎日残業続きだった。連休明けの月曜日、出社したA藤さんの顔を見るなり、ついにメンバーの一人がキレた。
「君の仕事をどれだけみんなが肩代わりしていると思ってるんだ。もういい加減にしてくれよ」
そして他のメンバーもA藤さんを囲み、口々に不平不満をぶつけた。その様子を見たC山課長はあわてて止めに入った。しかしその後、他のメンバーはあいさつと仕事で必要なこと以外、A藤さんに話しかけることはしなくなった。
「自分が完全週休3日制を選択したせいで、かえって仕事がやりにくくなった。もうみんなに気を遣うのは嫌だ」
そう考えたA藤さんは、10月上旬、D谷人事課長にもとの勤務形態に戻してほしいと頼んだ。しかしD谷人事課長の答えはそっけなかった。
「制度上の運用都合があるので来年の3月までは無理です」「あと半年もこの状態なんて我慢できません」
困ったA藤さんは、完全週休3日制の存続が無理な理由を説明し再度変更したいと申し出た。
「どうしても今すぐに変更したいなら、次はC山課長と一緒に来てください。2人と面談した上で検討しましょう」
D谷人事課長の答えはかえってA藤さんを苦しめた。
「C山課長と一緒に来いだなんて。課長も自分に冷たいし、もう嫌だ。いっそ会社辞めたい」
* * *
本稿で見てきたように、週休3日制を導入することでより優秀な人材の確保につながったり、従業員がワークライフバランスを充実させる働き方をすることが可能になる。
一方で、A藤さんのように、社内で週休3日制を取っていない部署や従業員が混在していると、業務が停滞したり業務分担の偏りが起き、部署間や従業員間でのトラブルになりかねない。会社による一方的な導入は危険である。
「週休3日制」導入のメリット・デメリット、注意点などについて、改めて後編記事〈「週休3日制」を選んで部署の「嫌われ者」になった30歳男性、最悪の事態はどうすれば防げたか?〉で解説する。