■「国葬の日に同じようなことをやらかしていたと思う」「逮捕されていなければ、安倍元総理の国葬の日にも同じようなことをやらかしていたと思う」【写真を見る】「逮捕されてなければ国葬の日も同じようなことを・・・」池袋事故の遺族を中傷し、SNSで繰り返し罪を犯す若者の“孤独”東京拘置所の面会室ー。アクリル板の向こうの男は、淡々と語った。「同じようなこと」とはSNS上の”犯行予告”だ。油利 潤一(ゆり じゅんいち)被告、23歳。ツイッター上で池袋母子死亡事故の遺族を「金や反響目当てで戦っている」と中傷した侮辱の罪で、2022年6月に在宅起訴された(その後、後述の事件で逮捕)。私(筆者)は、同年4月から愛知県内にある油利被告の自宅を訪ね、本人や母親に取材を始めた。彼は「僕のやったことは極めて悪質で、本当に申し訳ないことをした」と話した。事件の後はアルバイトを始めるなど、自らの行いを反省し、前向きに生きているように見えた。

だが2か月後の8月13日、予想外の事態が起こる。午前11時半、警視庁が偽計業務妨害容疑で油利被告を逮捕したことを発表した。彼は自宅で逮捕され、秋葉原駅近くの万世橋警察署に移送された。油利被告はツイッターに、秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大元死刑囚の名前を挙げ、「8月14日新宿か秋葉原でどーなるか覚えておけ」などと投稿していた。この書き込みで、秋葉原の歩行者天国は一時中止に追い込まれた(当日は予定通り実施)。 池袋事故の遺族、松永拓也さん(36)は、油利被告について「画面の向こうに人間がいることは忘れないで欲しい。他人も自分も大切にしてほしい」と話した。SNS上の誹謗中傷被害を減らすため、今年7月から侮辱罪が厳罰化されるなど、法の整備も進む。SNS上の誹謗中傷を苦に自殺した木村花さんの母、響子さんの訴えも大きく報道された。しかし、被害者の願いも厳罰化も、彼の犯行を止めることはできなかった。彼はなぜ、SNSで人を傷つけてしまうのか?■「警察への怒りが爆発した」「ツイッターはやめたくない」 私は9月28日、東京拘置所で油利被告に接見した。久しぶりに知った顔を見て安堵したのか、表情はにこやかだった。「さすが東京ですね、拘置所のご飯もおいしいです」などといつもと変わらない様子で話し始めた。11月に初公判を控える身とは思えなかった。ーー何故、またやったのか?油利被告「自分もこれまでストーカーとか脅迫とかされても、警察が取り合ってくれず、不満が爆発した」油利被告の言う”警察への不満”。油利被告は2021年12月、大阪市であおり運転などをしたとして、道交法違反の疑いで書類送検されていた。あおり運転の映像はネットで拡散し、彼自身がSNSなどで攻撃の対象になった。自宅を特定され、見知らぬ人物から後をつけられたり、脅迫の手紙が届いたりした。こうした被害を警察が取り合ってくれなかったことが犯行のきっかけというのが彼の言い分だ。ーー逮捕されたことについてどう思うか?油利被告「うーん、実際、秋葉原の件で逮捕されてなくても、どっちみち、国葬の日に同じようなことやらかしていたと思うので・・・。でも、もう侮辱はしないと決めていた。誰かを傷つけようとしたわけではない。単なるネタだと。逮捕されるとは思わなかった」秋葉原無差別殺傷事件は発生から14年が経過した今も、凄惨な出来事として人々の記憶に残っている。池袋事故の遺族、松永拓也さんの「画面の向こうに人間がいる」という言葉を思い出し、彼の発言に空しさを感じた。ーー自分の行いを振り返ってどうか?油利被告「今見るとちょっとまずいと思うし、反省はしている。炎上用のツイッターのアカウントはもう使わないですが・・・完全にやめたくはない。今後も趣味用のアカウントでツイッターは続けたい。ただ、親にはツイッターはもうやめろと言われていたので、迷惑をかけた」「誰かに注目されたい」自らの孤独を埋めるため、SNSで悪質な投稿をし炎上。逮捕もされた。それでも、「ツイッターは続けたい」と話す。なぜ負の連鎖から抜け出せないのか。彼の過去を追った。■「ユーチューバーの影響でおもしろいことを」「クビが納得いかなかった」孤独の背景油利被告は愛知県で生まれ、地元の公立高校に進学した。母親によると、サッカーやバドミントンに汗を流す活発な生徒だったという。しかし、高3の12月の、夜の校内で焼き肉をしようと教室に侵入。防犯センサーが作動し、パトカーが何台も出動する騒ぎになった。その結果、卒業目前で退学処分となった。油利被告は「当時流行っていたユーチューバーの影響で、おもしろいことをやりたかった」と振り返る。その後は通信制の高校を卒業し、名古屋市の専門学校に進学。ゲームのプログラミングを学んだ。母親は「今後はちゃんとした道を歩んでくれるのでは」と安心したという。 2020年4月にIT系企業に就職。しかし再び歯車が狂い始める。4か月間の研修を終え、家族も友人もいない水戸支社に配属された。職場になじめず、上司ともうまくいかなかった。医師からは「適応障害」の診断を受けた。母親によると、2か月間の休職時に、医師から復帰は不可能と判断され、12月には退職することとなった。油利被告は「自主退職という形だが、ほとんどクビみたいな話で納得がいかなかった」と話す。実家に戻った油利被告は名古屋支社に忍び込み、怒りにまかせてロケット花火に点火した。カーペットや窓枠などを燃やし、器物損壊容疑で逮捕された。約8万円の修繕費を弁償して示談したが、これが初めての逮捕だった。その後、自動車部品工場を父に紹介されるも、トラブルを起こし1年足らずで退職。「自分はなぜ社会とうまくいかないのか?」。その後はいわゆる”ニート”として実家暮らしに戻り、ますます孤独感を深めていった。その頃から、派手なピンクの車を乗り回し、自らの迷惑行為を撮影してSNSに投稿し始めた。”炎上”することが快感になっていった。■「もうどうすればいいのか・・・」被告の母親の苦悩「被害者の方々にはお詫びのしようもない。申し訳ありませんでした」8月、油利被告が秋葉原の”犯行予告”で逮捕された直後、取材に応じた彼の母親の表情は疲れ果てていた。油利被告について聞く。「もう同じことを繰り返すだけなら、家に帰ってこないで欲しい。私たちには無理・・・」ネット上では実家が特定され、親戚の写真もネットにさらされた。「親戚に合わせる顔がない」と話した。家計も苦しい。父親は転職したばかりで収入が不安定で、母親も週4日以上パートに出勤しているという。それでも、侮辱事件の後、アルバイトを始めた息子には「またちゃんとした会社に入ってくれたら、今はバイトだけでいいよ。衣食住はなんとかするから」と伝えた。苦しい中でも、息子の社会復帰は応援したかった。しかし、願いは届かなかった。再び逮捕され、アルバイト先の店長からは母親に「もうするなよ、と言って雇ったけど、面倒を見切れない」と連絡があった。「またツイッター・・・。もうやめるって約束したのに」母親は苦しい表情を浮かべた。「もう、どうすればいいのか分からない」■「居場所を求めている」立て続けに問題を起こしてもSNSをやめられないのは何故なのか。SNSの誹謗中傷に詳しい国際大学・山口真一准教授はその心理について、「過激な書き込みをして人に見てもらうというのが一つの楽しみ・コミュニケーションになっている。警察に取り締まられるかどうかギリギリの投稿をするのも同様だろう。何が起こってもやめられないのは、ネットに居場所を求めているという依存だと思われる。居場所を見つけられるというのはSNSの良い面である一方、他人を傷つけることで居場所を見つけてしまう人もいる。悪いことをしている感覚がなく、何度も繰り返してしまう」と分析する。■「改正プロバイダ責任制限法」施行インターネット上で攻撃的な投稿をした人の身元の開示手続きを簡略化する「改正プロバイダ責任制限法」が今日(10月1日)から施行される。これまで投稿者の特定に通常2回の裁判が必要だった開示請求が、今後は1回で済むようになり、被害者の救済につながることが期待されている。国際大学・山口真一准教授「誹謗中傷では、やっている本人が気づいていないことがあり、やはり最後は法的手段を取るしかない。今までは被害者がかなり不利だったが、それが改善され、匿名の攻撃者を特定しやすくなるのは良いこと。抑止力も期待できる。訴訟件数が今後増えると、気軽な誹謗中傷者は踏みとどまるケースも増えるだろう」■“傷つく人”を無くすためにも“傷つける人”を無くす拘置所の油利被告から母親に1通の手紙が届いた。『有名人になるための活動を始めましたがもう充分です』『思い上がった行動・・・迷惑なことは自分が痛い思いをするだけではなく親族に迷惑をかけてしまったことを理解しました』『本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです』「口先だけなら一生刑務所に入っていて欲しい」そう母親は話すが、心境は複雑だ。「汚い字でしょう。・・・ちゃんとご飯食べているのかしら」見捨てたくても、見捨てられない母。最早、家族だけでは油利被告を抱えきれないのかもしれない。拘置所の油利被告は「社会に戻ったらどうするのか」という私の問いに、「自動車整備士の資格を取ってまじめに働きたい。親にお金を渡したいです」と答えた。それでもSNSをやめるつもりはないという。「逮捕されていなかったら、国葬の日に同じようなことをやらかしていたと思う」本当にもう繰り返すことはないのだろうか。負の連鎖を断ち切るためには、社会の支援も不可欠だろう。改正プロバイダ責任制限法の施行や、侮辱罪の厳罰化。SNS上の誹謗中傷による被害者を救済するための法整備は遅まきながら少しづつ進んでいる。一方で、悪質な投稿者に対しては、攻撃し、排除すべきであると考える人も少なくない。悪質な投稿を行う”孤独者”はSNS上に居場所を求め、何度も攻撃や炎上を繰り返し、新たな被害者を生み出す。だからこそ、社会の側にも加害者の更生を支援し、現実社会に居場所を作る取り組みが求められている。SNSで“傷つく人”を無くすためには、“傷つける人”を無くす方法もまた、社会全体で考えていく必要がある。
「逮捕されていなければ、安倍元総理の国葬の日にも同じようなことをやらかしていたと思う」
【写真を見る】「逮捕されてなければ国葬の日も同じようなことを・・・」池袋事故の遺族を中傷し、SNSで繰り返し罪を犯す若者の“孤独”東京拘置所の面会室ー。アクリル板の向こうの男は、淡々と語った。「同じようなこと」とはSNS上の”犯行予告”だ。油利 潤一(ゆり じゅんいち)被告、23歳。ツイッター上で池袋母子死亡事故の遺族を「金や反響目当てで戦っている」と中傷した侮辱の罪で、2022年6月に在宅起訴された(その後、後述の事件で逮捕)。私(筆者)は、同年4月から愛知県内にある油利被告の自宅を訪ね、本人や母親に取材を始めた。彼は「僕のやったことは極めて悪質で、本当に申し訳ないことをした」と話した。事件の後はアルバイトを始めるなど、自らの行いを反省し、前向きに生きているように見えた。

だが2か月後の8月13日、予想外の事態が起こる。午前11時半、警視庁が偽計業務妨害容疑で油利被告を逮捕したことを発表した。彼は自宅で逮捕され、秋葉原駅近くの万世橋警察署に移送された。油利被告はツイッターに、秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大元死刑囚の名前を挙げ、「8月14日新宿か秋葉原でどーなるか覚えておけ」などと投稿していた。この書き込みで、秋葉原の歩行者天国は一時中止に追い込まれた(当日は予定通り実施)。 池袋事故の遺族、松永拓也さん(36)は、油利被告について「画面の向こうに人間がいることは忘れないで欲しい。他人も自分も大切にしてほしい」と話した。SNS上の誹謗中傷被害を減らすため、今年7月から侮辱罪が厳罰化されるなど、法の整備も進む。SNS上の誹謗中傷を苦に自殺した木村花さんの母、響子さんの訴えも大きく報道された。しかし、被害者の願いも厳罰化も、彼の犯行を止めることはできなかった。彼はなぜ、SNSで人を傷つけてしまうのか?■「警察への怒りが爆発した」「ツイッターはやめたくない」 私は9月28日、東京拘置所で油利被告に接見した。久しぶりに知った顔を見て安堵したのか、表情はにこやかだった。「さすが東京ですね、拘置所のご飯もおいしいです」などといつもと変わらない様子で話し始めた。11月に初公判を控える身とは思えなかった。ーー何故、またやったのか?油利被告「自分もこれまでストーカーとか脅迫とかされても、警察が取り合ってくれず、不満が爆発した」油利被告の言う”警察への不満”。油利被告は2021年12月、大阪市であおり運転などをしたとして、道交法違反の疑いで書類送検されていた。あおり運転の映像はネットで拡散し、彼自身がSNSなどで攻撃の対象になった。自宅を特定され、見知らぬ人物から後をつけられたり、脅迫の手紙が届いたりした。こうした被害を警察が取り合ってくれなかったことが犯行のきっかけというのが彼の言い分だ。ーー逮捕されたことについてどう思うか?油利被告「うーん、実際、秋葉原の件で逮捕されてなくても、どっちみち、国葬の日に同じようなことやらかしていたと思うので・・・。でも、もう侮辱はしないと決めていた。誰かを傷つけようとしたわけではない。単なるネタだと。逮捕されるとは思わなかった」秋葉原無差別殺傷事件は発生から14年が経過した今も、凄惨な出来事として人々の記憶に残っている。池袋事故の遺族、松永拓也さんの「画面の向こうに人間がいる」という言葉を思い出し、彼の発言に空しさを感じた。ーー自分の行いを振り返ってどうか?油利被告「今見るとちょっとまずいと思うし、反省はしている。炎上用のツイッターのアカウントはもう使わないですが・・・完全にやめたくはない。今後も趣味用のアカウントでツイッターは続けたい。ただ、親にはツイッターはもうやめろと言われていたので、迷惑をかけた」「誰かに注目されたい」自らの孤独を埋めるため、SNSで悪質な投稿をし炎上。逮捕もされた。それでも、「ツイッターは続けたい」と話す。なぜ負の連鎖から抜け出せないのか。彼の過去を追った。■「ユーチューバーの影響でおもしろいことを」「クビが納得いかなかった」孤独の背景油利被告は愛知県で生まれ、地元の公立高校に進学した。母親によると、サッカーやバドミントンに汗を流す活発な生徒だったという。しかし、高3の12月の、夜の校内で焼き肉をしようと教室に侵入。防犯センサーが作動し、パトカーが何台も出動する騒ぎになった。その結果、卒業目前で退学処分となった。油利被告は「当時流行っていたユーチューバーの影響で、おもしろいことをやりたかった」と振り返る。その後は通信制の高校を卒業し、名古屋市の専門学校に進学。ゲームのプログラミングを学んだ。母親は「今後はちゃんとした道を歩んでくれるのでは」と安心したという。 2020年4月にIT系企業に就職。しかし再び歯車が狂い始める。4か月間の研修を終え、家族も友人もいない水戸支社に配属された。職場になじめず、上司ともうまくいかなかった。医師からは「適応障害」の診断を受けた。母親によると、2か月間の休職時に、医師から復帰は不可能と判断され、12月には退職することとなった。油利被告は「自主退職という形だが、ほとんどクビみたいな話で納得がいかなかった」と話す。実家に戻った油利被告は名古屋支社に忍び込み、怒りにまかせてロケット花火に点火した。カーペットや窓枠などを燃やし、器物損壊容疑で逮捕された。約8万円の修繕費を弁償して示談したが、これが初めての逮捕だった。その後、自動車部品工場を父に紹介されるも、トラブルを起こし1年足らずで退職。「自分はなぜ社会とうまくいかないのか?」。その後はいわゆる”ニート”として実家暮らしに戻り、ますます孤独感を深めていった。その頃から、派手なピンクの車を乗り回し、自らの迷惑行為を撮影してSNSに投稿し始めた。”炎上”することが快感になっていった。■「もうどうすればいいのか・・・」被告の母親の苦悩「被害者の方々にはお詫びのしようもない。申し訳ありませんでした」8月、油利被告が秋葉原の”犯行予告”で逮捕された直後、取材に応じた彼の母親の表情は疲れ果てていた。油利被告について聞く。「もう同じことを繰り返すだけなら、家に帰ってこないで欲しい。私たちには無理・・・」ネット上では実家が特定され、親戚の写真もネットにさらされた。「親戚に合わせる顔がない」と話した。家計も苦しい。父親は転職したばかりで収入が不安定で、母親も週4日以上パートに出勤しているという。それでも、侮辱事件の後、アルバイトを始めた息子には「またちゃんとした会社に入ってくれたら、今はバイトだけでいいよ。衣食住はなんとかするから」と伝えた。苦しい中でも、息子の社会復帰は応援したかった。しかし、願いは届かなかった。再び逮捕され、アルバイト先の店長からは母親に「もうするなよ、と言って雇ったけど、面倒を見切れない」と連絡があった。「またツイッター・・・。もうやめるって約束したのに」母親は苦しい表情を浮かべた。「もう、どうすればいいのか分からない」■「居場所を求めている」立て続けに問題を起こしてもSNSをやめられないのは何故なのか。SNSの誹謗中傷に詳しい国際大学・山口真一准教授はその心理について、「過激な書き込みをして人に見てもらうというのが一つの楽しみ・コミュニケーションになっている。警察に取り締まられるかどうかギリギリの投稿をするのも同様だろう。何が起こってもやめられないのは、ネットに居場所を求めているという依存だと思われる。居場所を見つけられるというのはSNSの良い面である一方、他人を傷つけることで居場所を見つけてしまう人もいる。悪いことをしている感覚がなく、何度も繰り返してしまう」と分析する。■「改正プロバイダ責任制限法」施行インターネット上で攻撃的な投稿をした人の身元の開示手続きを簡略化する「改正プロバイダ責任制限法」が今日(10月1日)から施行される。これまで投稿者の特定に通常2回の裁判が必要だった開示請求が、今後は1回で済むようになり、被害者の救済につながることが期待されている。国際大学・山口真一准教授「誹謗中傷では、やっている本人が気づいていないことがあり、やはり最後は法的手段を取るしかない。今までは被害者がかなり不利だったが、それが改善され、匿名の攻撃者を特定しやすくなるのは良いこと。抑止力も期待できる。訴訟件数が今後増えると、気軽な誹謗中傷者は踏みとどまるケースも増えるだろう」■“傷つく人”を無くすためにも“傷つける人”を無くす拘置所の油利被告から母親に1通の手紙が届いた。『有名人になるための活動を始めましたがもう充分です』『思い上がった行動・・・迷惑なことは自分が痛い思いをするだけではなく親族に迷惑をかけてしまったことを理解しました』『本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです』「口先だけなら一生刑務所に入っていて欲しい」そう母親は話すが、心境は複雑だ。「汚い字でしょう。・・・ちゃんとご飯食べているのかしら」見捨てたくても、見捨てられない母。最早、家族だけでは油利被告を抱えきれないのかもしれない。拘置所の油利被告は「社会に戻ったらどうするのか」という私の問いに、「自動車整備士の資格を取ってまじめに働きたい。親にお金を渡したいです」と答えた。それでもSNSをやめるつもりはないという。「逮捕されていなかったら、国葬の日に同じようなことをやらかしていたと思う」本当にもう繰り返すことはないのだろうか。負の連鎖を断ち切るためには、社会の支援も不可欠だろう。改正プロバイダ責任制限法の施行や、侮辱罪の厳罰化。SNS上の誹謗中傷による被害者を救済するための法整備は遅まきながら少しづつ進んでいる。一方で、悪質な投稿者に対しては、攻撃し、排除すべきであると考える人も少なくない。悪質な投稿を行う”孤独者”はSNS上に居場所を求め、何度も攻撃や炎上を繰り返し、新たな被害者を生み出す。だからこそ、社会の側にも加害者の更生を支援し、現実社会に居場所を作る取り組みが求められている。SNSで“傷つく人”を無くすためには、“傷つける人”を無くす方法もまた、社会全体で考えていく必要がある。
東京拘置所の面会室ー。アクリル板の向こうの男は、淡々と語った。「同じようなこと」とはSNS上の”犯行予告”だ。油利 潤一(ゆり じゅんいち)被告、23歳。ツイッター上で池袋母子死亡事故の遺族を「金や反響目当てで戦っている」と中傷した侮辱の罪で、2022年6月に在宅起訴された(その後、後述の事件で逮捕)。私(筆者)は、同年4月から愛知県内にある油利被告の自宅を訪ね、本人や母親に取材を始めた。彼は「僕のやったことは極めて悪質で、本当に申し訳ないことをした」と話した。事件の後はアルバイトを始めるなど、自らの行いを反省し、前向きに生きているように見えた。
だが2か月後の8月13日、予想外の事態が起こる。午前11時半、警視庁が偽計業務妨害容疑で油利被告を逮捕したことを発表した。彼は自宅で逮捕され、秋葉原駅近くの万世橋警察署に移送された。油利被告はツイッターに、秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大元死刑囚の名前を挙げ、「8月14日新宿か秋葉原でどーなるか覚えておけ」などと投稿していた。この書き込みで、秋葉原の歩行者天国は一時中止に追い込まれた(当日は予定通り実施)。
池袋事故の遺族、松永拓也さん(36)は、油利被告について「画面の向こうに人間がいることは忘れないで欲しい。他人も自分も大切にしてほしい」と話した。SNS上の誹謗中傷被害を減らすため、今年7月から侮辱罪が厳罰化されるなど、法の整備も進む。SNS上の誹謗中傷を苦に自殺した木村花さんの母、響子さんの訴えも大きく報道された。しかし、被害者の願いも厳罰化も、彼の犯行を止めることはできなかった。彼はなぜ、SNSで人を傷つけてしまうのか?
私は9月28日、東京拘置所で油利被告に接見した。久しぶりに知った顔を見て安堵したのか、表情はにこやかだった。「さすが東京ですね、拘置所のご飯もおいしいです」などといつもと変わらない様子で話し始めた。11月に初公判を控える身とは思えなかった。
ーー何故、またやったのか?
油利被告「自分もこれまでストーカーとか脅迫とかされても、警察が取り合ってくれず、不満が爆発した」
油利被告の言う”警察への不満”。油利被告は2021年12月、大阪市であおり運転などをしたとして、道交法違反の疑いで書類送検されていた。あおり運転の映像はネットで拡散し、彼自身がSNSなどで攻撃の対象になった。自宅を特定され、見知らぬ人物から後をつけられたり、脅迫の手紙が届いたりした。こうした被害を警察が取り合ってくれなかったことが犯行のきっかけというのが彼の言い分だ。
ーー逮捕されたことについてどう思うか?
油利被告「うーん、実際、秋葉原の件で逮捕されてなくても、どっちみち、国葬の日に同じようなことやらかしていたと思うので・・・。でも、もう侮辱はしないと決めていた。誰かを傷つけようとしたわけではない。単なるネタだと。逮捕されるとは思わなかった」
秋葉原無差別殺傷事件は発生から14年が経過した今も、凄惨な出来事として人々の記憶に残っている。池袋事故の遺族、松永拓也さんの「画面の向こうに人間がいる」という言葉を思い出し、彼の発言に空しさを感じた。
ーー自分の行いを振り返ってどうか?
油利被告「今見るとちょっとまずいと思うし、反省はしている。炎上用のツイッターのアカウントはもう使わないですが・・・完全にやめたくはない。今後も趣味用のアカウントでツイッターは続けたい。ただ、親にはツイッターはもうやめろと言われていたので、迷惑をかけた」
「誰かに注目されたい」自らの孤独を埋めるため、SNSで悪質な投稿をし炎上。逮捕もされた。それでも、「ツイッターは続けたい」と話す。なぜ負の連鎖から抜け出せないのか。彼の過去を追った。
油利被告は愛知県で生まれ、地元の公立高校に進学した。母親によると、サッカーやバドミントンに汗を流す活発な生徒だったという。しかし、高3の12月の、夜の校内で焼き肉をしようと教室に侵入。防犯センサーが作動し、パトカーが何台も出動する騒ぎになった。その結果、卒業目前で退学処分となった。油利被告は「当時流行っていたユーチューバーの影響で、おもしろいことをやりたかった」と振り返る。その後は通信制の高校を卒業し、名古屋市の専門学校に進学。ゲームのプログラミングを学んだ。母親は「今後はちゃんとした道を歩んでくれるのでは」と安心したという。
2020年4月にIT系企業に就職。しかし再び歯車が狂い始める。4か月間の研修を終え、家族も友人もいない水戸支社に配属された。職場になじめず、上司ともうまくいかなかった。医師からは「適応障害」の診断を受けた。母親によると、2か月間の休職時に、医師から復帰は不可能と判断され、12月には退職することとなった。油利被告は「自主退職という形だが、ほとんどクビみたいな話で納得がいかなかった」と話す。実家に戻った油利被告は名古屋支社に忍び込み、怒りにまかせてロケット花火に点火した。カーペットや窓枠などを燃やし、器物損壊容疑で逮捕された。約8万円の修繕費を弁償して示談したが、これが初めての逮捕だった。
その後、自動車部品工場を父に紹介されるも、トラブルを起こし1年足らずで退職。「自分はなぜ社会とうまくいかないのか?」。その後はいわゆる”ニート”として実家暮らしに戻り、ますます孤独感を深めていった。その頃から、派手なピンクの車を乗り回し、自らの迷惑行為を撮影してSNSに投稿し始めた。”炎上”することが快感になっていった。
「被害者の方々にはお詫びのしようもない。申し訳ありませんでした」8月、油利被告が秋葉原の”犯行予告”で逮捕された直後、取材に応じた彼の母親の表情は疲れ果てていた。油利被告について聞く。「もう同じことを繰り返すだけなら、家に帰ってこないで欲しい。私たちには無理・・・」ネット上では実家が特定され、親戚の写真もネットにさらされた。「親戚に合わせる顔がない」と話した。家計も苦しい。父親は転職したばかりで収入が不安定で、母親も週4日以上パートに出勤しているという。それでも、侮辱事件の後、アルバイトを始めた息子には「またちゃんとした会社に入ってくれたら、今はバイトだけでいいよ。衣食住はなんとかするから」と伝えた。苦しい中でも、息子の社会復帰は応援したかった。しかし、願いは届かなかった。再び逮捕され、アルバイト先の店長からは母親に「もうするなよ、と言って雇ったけど、面倒を見切れない」と連絡があった。「またツイッター・・・。もうやめるって約束したのに」母親は苦しい表情を浮かべた。「もう、どうすればいいのか分からない」■「居場所を求めている」立て続けに問題を起こしてもSNSをやめられないのは何故なのか。SNSの誹謗中傷に詳しい国際大学・山口真一准教授はその心理について、「過激な書き込みをして人に見てもらうというのが一つの楽しみ・コミュニケーションになっている。警察に取り締まられるかどうかギリギリの投稿をするのも同様だろう。何が起こってもやめられないのは、ネットに居場所を求めているという依存だと思われる。居場所を見つけられるというのはSNSの良い面である一方、他人を傷つけることで居場所を見つけてしまう人もいる。悪いことをしている感覚がなく、何度も繰り返してしまう」と分析する。■「改正プロバイダ責任制限法」施行インターネット上で攻撃的な投稿をした人の身元の開示手続きを簡略化する「改正プロバイダ責任制限法」が今日(10月1日)から施行される。これまで投稿者の特定に通常2回の裁判が必要だった開示請求が、今後は1回で済むようになり、被害者の救済につながることが期待されている。国際大学・山口真一准教授「誹謗中傷では、やっている本人が気づいていないことがあり、やはり最後は法的手段を取るしかない。今までは被害者がかなり不利だったが、それが改善され、匿名の攻撃者を特定しやすくなるのは良いこと。抑止力も期待できる。訴訟件数が今後増えると、気軽な誹謗中傷者は踏みとどまるケースも増えるだろう」■“傷つく人”を無くすためにも“傷つける人”を無くす拘置所の油利被告から母親に1通の手紙が届いた。『有名人になるための活動を始めましたがもう充分です』『思い上がった行動・・・迷惑なことは自分が痛い思いをするだけではなく親族に迷惑をかけてしまったことを理解しました』『本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです』「口先だけなら一生刑務所に入っていて欲しい」そう母親は話すが、心境は複雑だ。「汚い字でしょう。・・・ちゃんとご飯食べているのかしら」見捨てたくても、見捨てられない母。最早、家族だけでは油利被告を抱えきれないのかもしれない。拘置所の油利被告は「社会に戻ったらどうするのか」という私の問いに、「自動車整備士の資格を取ってまじめに働きたい。親にお金を渡したいです」と答えた。それでもSNSをやめるつもりはないという。「逮捕されていなかったら、国葬の日に同じようなことをやらかしていたと思う」本当にもう繰り返すことはないのだろうか。負の連鎖を断ち切るためには、社会の支援も不可欠だろう。改正プロバイダ責任制限法の施行や、侮辱罪の厳罰化。SNS上の誹謗中傷による被害者を救済するための法整備は遅まきながら少しづつ進んでいる。一方で、悪質な投稿者に対しては、攻撃し、排除すべきであると考える人も少なくない。悪質な投稿を行う”孤独者”はSNS上に居場所を求め、何度も攻撃や炎上を繰り返し、新たな被害者を生み出す。だからこそ、社会の側にも加害者の更生を支援し、現実社会に居場所を作る取り組みが求められている。SNSで“傷つく人”を無くすためには、“傷つける人”を無くす方法もまた、社会全体で考えていく必要がある。
「被害者の方々にはお詫びのしようもない。申し訳ありませんでした」8月、油利被告が秋葉原の”犯行予告”で逮捕された直後、取材に応じた彼の母親の表情は疲れ果てていた。油利被告について聞く。「もう同じことを繰り返すだけなら、家に帰ってこないで欲しい。私たちには無理・・・」ネット上では実家が特定され、親戚の写真もネットにさらされた。「親戚に合わせる顔がない」と話した。
家計も苦しい。父親は転職したばかりで収入が不安定で、母親も週4日以上パートに出勤しているという。それでも、侮辱事件の後、アルバイトを始めた息子には「またちゃんとした会社に入ってくれたら、今はバイトだけでいいよ。衣食住はなんとかするから」と伝えた。苦しい中でも、息子の社会復帰は応援したかった。しかし、願いは届かなかった。再び逮捕され、アルバイト先の店長からは母親に「もうするなよ、と言って雇ったけど、面倒を見切れない」と連絡があった。「またツイッター・・・。もうやめるって約束したのに」母親は苦しい表情を浮かべた。「もう、どうすればいいのか分からない」
立て続けに問題を起こしてもSNSをやめられないのは何故なのか。SNSの誹謗中傷に詳しい国際大学・山口真一准教授はその心理について、「過激な書き込みをして人に見てもらうというのが一つの楽しみ・コミュニケーションになっている。警察に取り締まられるかどうかギリギリの投稿をするのも同様だろう。何が起こってもやめられないのは、ネットに居場所を求めているという依存だと思われる。居場所を見つけられるというのはSNSの良い面である一方、他人を傷つけることで居場所を見つけてしまう人もいる。悪いことをしている感覚がなく、何度も繰り返してしまう」と分析する。
インターネット上で攻撃的な投稿をした人の身元の開示手続きを簡略化する「改正プロバイダ責任制限法」が今日(10月1日)から施行される。これまで投稿者の特定に通常2回の裁判が必要だった開示請求が、今後は1回で済むようになり、被害者の救済につながることが期待されている。
国際大学・山口真一准教授「誹謗中傷では、やっている本人が気づいていないことがあり、やはり最後は法的手段を取るしかない。今までは被害者がかなり不利だったが、それが改善され、匿名の攻撃者を特定しやすくなるのは良いこと。抑止力も期待できる。訴訟件数が今後増えると、気軽な誹謗中傷者は踏みとどまるケースも増えるだろう」
拘置所の油利被告から母親に1通の手紙が届いた。
『有名人になるための活動を始めましたがもう充分です』『思い上がった行動・・・迷惑なことは自分が痛い思いをするだけではなく親族に迷惑をかけてしまったことを理解しました』『本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです』
「口先だけなら一生刑務所に入っていて欲しい」そう母親は話すが、心境は複雑だ。「汚い字でしょう。・・・ちゃんとご飯食べているのかしら」見捨てたくても、見捨てられない母。最早、家族だけでは油利被告を抱えきれないのかもしれない。拘置所の油利被告は「社会に戻ったらどうするのか」という私の問いに、「自動車整備士の資格を取ってまじめに働きたい。親にお金を渡したいです」と答えた。それでもSNSをやめるつもりはないという。「逮捕されていなかったら、国葬の日に同じようなことをやらかしていたと思う」本当にもう繰り返すことはないのだろうか。