ジワジワと光熱費や食品の値上がりが続いている。円安とウクライナでの戦争の影響で、原油や農産物などの輸入品、原材料費が高騰するせいだ。2022年10月には食品など6500品目も値上げされ、年金生活の高齢者には厳しい状況だ。
そんな中、FP相談にみえられたのが康男さん(82歳、仮名)と多佳子さん(80歳、仮名)。内容は老後の家計費問題、特に食費の多さだ。お二人は持ち家に住み、収入は二人分の年金を合わせて21万円(税金、社会保険料のぞく)。家事や家計管理は多佳子さんがやっていて、康男さんがチェックしている。
〔PHOTO〕iStock
家計簿を見せていただくと、他の支出は平均か少なめなのに食費が9万円(ひとり1日約1500円×30日×2人)と突出して高い。しかし家計収支はギリギリ黒字だった(*相談内容はプライバシーを配慮して大幅に変更してあります)。康男さんが言うには「とにかく食費が多すぎる。新聞広告で高齢のひとり暮らしの女性の節約本がのっていたが、年金が5万円で食費は1万円だそうだ。二人なら2万円だろ。工夫が足りない、こんな生活していたら老後破産してしまう」とご立腹。多佳子さんにも言い分があり「60代のときに大病した夫のために食事に気をつけている。添加物のない食材や有機野菜はそれなりに高い。それに高齢になると楽しみは食べることで、たまにはちょっと珍しいものやおいしいお菓子なども買う。あなただって『おいしい!』って食べてたじゃない」と反論。この相談、確かにお二人のエンゲル係数は42.9%で、途上国並みに高い。エンゲル係数は生活費の中で食費が占める割合で、数値が低いほど生活水準が高く、豊かであるといわれる指標である。日本の平均はずっと25%ぐらいで推移していて、直近は約27.2%。発展途上国は40~70%である。また、総務省の家計調査(2020年)では夫65歳以上、妻60歳以上の無職夫婦の世帯は、食費が月6万2432円なので、お二人は2万7000円も高い。ただ「オーガニックは贅沢品だから普通食材に切り替えて食費を削りましょうね」と簡単に言えないのは、私自身が高齢者で、我が家もエンゲル係数37%と似た境遇にあるからだ。「節約本」を持ち出した夫FP相談でいつも「お金の使い方というのは生き方の発露です」と伝える。平均値は目安にはなるが、あくまで平均。趣味にのめり込めば教養娯楽費がかさむし、おしゃれな方は被服代が多くなる。食べたり飲んだりが好きな人は当然食費が増える。だから個別の費目が平均より高い低いはあまり問題ではなく、トータルの家計の収支に問題なければ、つまり赤字になっていなければ、いいと私は考える。ただ、今回のご相談はお二人の食費に対する意見があまりに違う。相談の結末は後述するとして、今回は物価高のさなかこの「高齢者の食費」問題を考えてみよう。実は今回の相談で一番気になったのは康男さんが持ち出してきた「節約本」の話だ。昔から食費にあまりお金をかけられない人むけに「もやしと豚こま肉で300円の夕飯」といった本は沢山ある。しかし最近出てきた節約本はちょっと今までなかったタイプだ。人気ブログをまとめた本でキーワードは「高齢者」「少ない年金」「ひとり暮らし」「女性」「工夫」「おしゃれ」「楽しい」。 実は私もこの書籍広告の著者のブログをたまに読んでいたのだが、食事も写真入りでのっていて「なるほど」と思わせる内容である。ご本人が節約を楽しんでいるのだから人がとやかくいう話ではない。ただ気になるのは「食費は月に1万円」という具体的数字が出てきて「数字だけが一人歩きしないといいな」と思っていたら、案の定、今回の相談である。しかも中身を読まないでこの数字を持ち出すのは、康男さんのような買い物も食事作りもしない男性だ。男でも女でも自分で買い物をして食事作る人に「食費がひとり月に1万円、1日約330円、1食110円で暮らせますか」と聞けばほとんどの人が無理だというだろう。ちなみにみんなどのくらい1日に食費を使っているかというと、●高齢ひとり暮らし(2020年家計調査 月額4万235円)1日の食費1319円/1食440円●高齢者2人暮らし(2020年家計調査 月額6万2432円)1日の食費1023円/1食341円●学校給食(地域差があり平均負担額)小学校月額4000円/1食200円、中学5000円/1食250円●病院食(1食640円うち180円は健康保険から)1日1380円/1食460円●刑務所(2019年犯罪白書)1日533.7円/1食178円 もちろん日本の食生活では、食費は、朝ごはんは少なく夕飯は多くなり、だいたい朝昼夜の食費は2:3:5の割合だ。また高齢者の食費には外食費も含まれるが、基本は自炊もしくは中食(お総菜などを買って来て家で食べる)だろう。つまり1食110円の食費は刑務所のごはんどころか、小中学生の給食のほぼ半額だ。では1日330円1食110円の食事は可能だろうか?主食である炭水化物はごはんの場合、普通茶碗でごはん一杯は150g(約250キロカロリー)、生米にすると65gになる。5kgで2000円の高めのお米でも26円、光熱費4円を足しても一杯当たり30円だ。食パンは3枚79円、一枚当たり26円。うどん玉3つで110円、一玉37円である。例えば朝食パン一枚、昼食はうどん一杯、夕食はごはん一杯という主食なら、主食費で93円である。1.5倍量食べても140円。残りの金額を副菜と調味料に当てる。安い野菜(もやしやキャベツ)や納豆や豆腐、卵を駆使すれば、1日330円も何とかなりそうな気もする。ただ一見ヘルシーなこの食事に圧倒的に足りないのは「動物性タンパク質」と「食の楽しみ」だ。1食110円では「動物性タンパク質」であるお肉や魚、乳製品、嗜好品であるお酒、果物や甘い物はまず買えない。 人間の身体は基本的にタンパク質でできている。高齢者にとって「動物性タンパク質不足」になることは筋力や体力の低下だけでなく、血管をもろくし、免疫力を低下させる。またタンパク質は脳にとっても重要な栄養素で、不足すると活動が鈍り、うつになりやすくなるといわれている。「年取ったら肉は食べない」「高齢になったら少食になる」と本人もまわりも思いがちだがこの思い込みは要注意だ。【後編】「高齢者が「食費を切り詰めた」ときに起きる「思いがけない悲劇」をご存知ですか…?」では、こんなふうに食費を節約しすぎることの危うさについてより詳しくみていこう。
家計簿を見せていただくと、他の支出は平均か少なめなのに食費が9万円(ひとり1日約1500円×30日×2人)と突出して高い。しかし家計収支はギリギリ黒字だった(*相談内容はプライバシーを配慮して大幅に変更してあります)。
康男さんが言うには「とにかく食費が多すぎる。新聞広告で高齢のひとり暮らしの女性の節約本がのっていたが、年金が5万円で食費は1万円だそうだ。二人なら2万円だろ。工夫が足りない、こんな生活していたら老後破産してしまう」とご立腹。
多佳子さんにも言い分があり「60代のときに大病した夫のために食事に気をつけている。添加物のない食材や有機野菜はそれなりに高い。それに高齢になると楽しみは食べることで、たまにはちょっと珍しいものやおいしいお菓子なども買う。あなただって『おいしい!』って食べてたじゃない」と反論。
この相談、確かにお二人のエンゲル係数は42.9%で、途上国並みに高い。エンゲル係数は生活費の中で食費が占める割合で、数値が低いほど生活水準が高く、豊かであるといわれる指標である。日本の平均はずっと25%ぐらいで推移していて、直近は約27.2%。発展途上国は40~70%である。
また、総務省の家計調査(2020年)では夫65歳以上、妻60歳以上の無職夫婦の世帯は、食費が月6万2432円なので、お二人は2万7000円も高い。ただ「オーガニックは贅沢品だから普通食材に切り替えて食費を削りましょうね」と簡単に言えないのは、私自身が高齢者で、我が家もエンゲル係数37%と似た境遇にあるからだ。
FP相談でいつも「お金の使い方というのは生き方の発露です」と伝える。平均値は目安にはなるが、あくまで平均。趣味にのめり込めば教養娯楽費がかさむし、おしゃれな方は被服代が多くなる。食べたり飲んだりが好きな人は当然食費が増える。だから個別の費目が平均より高い低いはあまり問題ではなく、トータルの家計の収支に問題なければ、つまり赤字になっていなければ、いいと私は考える。
ただ、今回のご相談はお二人の食費に対する意見があまりに違う。相談の結末は後述するとして、今回は物価高のさなかこの「高齢者の食費」問題を考えてみよう。
実は今回の相談で一番気になったのは康男さんが持ち出してきた「節約本」の話だ。昔から食費にあまりお金をかけられない人むけに「もやしと豚こま肉で300円の夕飯」といった本は沢山ある。しかし最近出てきた節約本はちょっと今までなかったタイプだ。人気ブログをまとめた本でキーワードは「高齢者」「少ない年金」「ひとり暮らし」「女性」「工夫」「おしゃれ」「楽しい」。
実は私もこの書籍広告の著者のブログをたまに読んでいたのだが、食事も写真入りでのっていて「なるほど」と思わせる内容である。ご本人が節約を楽しんでいるのだから人がとやかくいう話ではない。ただ気になるのは「食費は月に1万円」という具体的数字が出てきて「数字だけが一人歩きしないといいな」と思っていたら、案の定、今回の相談である。しかも中身を読まないでこの数字を持ち出すのは、康男さんのような買い物も食事作りもしない男性だ。男でも女でも自分で買い物をして食事作る人に「食費がひとり月に1万円、1日約330円、1食110円で暮らせますか」と聞けばほとんどの人が無理だというだろう。ちなみにみんなどのくらい1日に食費を使っているかというと、●高齢ひとり暮らし(2020年家計調査 月額4万235円)1日の食費1319円/1食440円●高齢者2人暮らし(2020年家計調査 月額6万2432円)1日の食費1023円/1食341円●学校給食(地域差があり平均負担額)小学校月額4000円/1食200円、中学5000円/1食250円●病院食(1食640円うち180円は健康保険から)1日1380円/1食460円●刑務所(2019年犯罪白書)1日533.7円/1食178円 もちろん日本の食生活では、食費は、朝ごはんは少なく夕飯は多くなり、だいたい朝昼夜の食費は2:3:5の割合だ。また高齢者の食費には外食費も含まれるが、基本は自炊もしくは中食(お総菜などを買って来て家で食べる)だろう。つまり1食110円の食費は刑務所のごはんどころか、小中学生の給食のほぼ半額だ。では1日330円1食110円の食事は可能だろうか?主食である炭水化物はごはんの場合、普通茶碗でごはん一杯は150g(約250キロカロリー)、生米にすると65gになる。5kgで2000円の高めのお米でも26円、光熱費4円を足しても一杯当たり30円だ。食パンは3枚79円、一枚当たり26円。うどん玉3つで110円、一玉37円である。例えば朝食パン一枚、昼食はうどん一杯、夕食はごはん一杯という主食なら、主食費で93円である。1.5倍量食べても140円。残りの金額を副菜と調味料に当てる。安い野菜(もやしやキャベツ)や納豆や豆腐、卵を駆使すれば、1日330円も何とかなりそうな気もする。ただ一見ヘルシーなこの食事に圧倒的に足りないのは「動物性タンパク質」と「食の楽しみ」だ。1食110円では「動物性タンパク質」であるお肉や魚、乳製品、嗜好品であるお酒、果物や甘い物はまず買えない。 人間の身体は基本的にタンパク質でできている。高齢者にとって「動物性タンパク質不足」になることは筋力や体力の低下だけでなく、血管をもろくし、免疫力を低下させる。またタンパク質は脳にとっても重要な栄養素で、不足すると活動が鈍り、うつになりやすくなるといわれている。「年取ったら肉は食べない」「高齢になったら少食になる」と本人もまわりも思いがちだがこの思い込みは要注意だ。【後編】「高齢者が「食費を切り詰めた」ときに起きる「思いがけない悲劇」をご存知ですか…?」では、こんなふうに食費を節約しすぎることの危うさについてより詳しくみていこう。
実は私もこの書籍広告の著者のブログをたまに読んでいたのだが、食事も写真入りでのっていて「なるほど」と思わせる内容である。ご本人が節約を楽しんでいるのだから人がとやかくいう話ではない。
ただ気になるのは「食費は月に1万円」という具体的数字が出てきて「数字だけが一人歩きしないといいな」と思っていたら、案の定、今回の相談である。しかも中身を読まないでこの数字を持ち出すのは、康男さんのような買い物も食事作りもしない男性だ。
男でも女でも自分で買い物をして食事作る人に「食費がひとり月に1万円、1日約330円、1食110円で暮らせますか」と聞けばほとんどの人が無理だというだろう。ちなみにみんなどのくらい1日に食費を使っているかというと、
●高齢ひとり暮らし(2020年家計調査 月額4万235円)1日の食費1319円/1食440円●高齢者2人暮らし(2020年家計調査 月額6万2432円)1日の食費1023円/1食341円●学校給食(地域差があり平均負担額)小学校月額4000円/1食200円、中学5000円/1食250円●病院食(1食640円うち180円は健康保険から)1日1380円/1食460円●刑務所(2019年犯罪白書)1日533.7円/1食178円
もちろん日本の食生活では、食費は、朝ごはんは少なく夕飯は多くなり、だいたい朝昼夜の食費は2:3:5の割合だ。また高齢者の食費には外食費も含まれるが、基本は自炊もしくは中食(お総菜などを買って来て家で食べる)だろう。つまり1食110円の食費は刑務所のごはんどころか、小中学生の給食のほぼ半額だ。では1日330円1食110円の食事は可能だろうか?主食である炭水化物はごはんの場合、普通茶碗でごはん一杯は150g(約250キロカロリー)、生米にすると65gになる。5kgで2000円の高めのお米でも26円、光熱費4円を足しても一杯当たり30円だ。食パンは3枚79円、一枚当たり26円。うどん玉3つで110円、一玉37円である。例えば朝食パン一枚、昼食はうどん一杯、夕食はごはん一杯という主食なら、主食費で93円である。1.5倍量食べても140円。残りの金額を副菜と調味料に当てる。安い野菜(もやしやキャベツ)や納豆や豆腐、卵を駆使すれば、1日330円も何とかなりそうな気もする。ただ一見ヘルシーなこの食事に圧倒的に足りないのは「動物性タンパク質」と「食の楽しみ」だ。1食110円では「動物性タンパク質」であるお肉や魚、乳製品、嗜好品であるお酒、果物や甘い物はまず買えない。 人間の身体は基本的にタンパク質でできている。高齢者にとって「動物性タンパク質不足」になることは筋力や体力の低下だけでなく、血管をもろくし、免疫力を低下させる。またタンパク質は脳にとっても重要な栄養素で、不足すると活動が鈍り、うつになりやすくなるといわれている。「年取ったら肉は食べない」「高齢になったら少食になる」と本人もまわりも思いがちだがこの思い込みは要注意だ。【後編】「高齢者が「食費を切り詰めた」ときに起きる「思いがけない悲劇」をご存知ですか…?」では、こんなふうに食費を節約しすぎることの危うさについてより詳しくみていこう。
もちろん日本の食生活では、食費は、朝ごはんは少なく夕飯は多くなり、だいたい朝昼夜の食費は2:3:5の割合だ。また高齢者の食費には外食費も含まれるが、基本は自炊もしくは中食(お総菜などを買って来て家で食べる)だろう。つまり1食110円の食費は刑務所のごはんどころか、小中学生の給食のほぼ半額だ。では1日330円1食110円の食事は可能だろうか?
主食である炭水化物はごはんの場合、普通茶碗でごはん一杯は150g(約250キロカロリー)、生米にすると65gになる。5kgで2000円の高めのお米でも26円、光熱費4円を足しても一杯当たり30円だ。食パンは3枚79円、一枚当たり26円。うどん玉3つで110円、一玉37円である。
例えば朝食パン一枚、昼食はうどん一杯、夕食はごはん一杯という主食なら、主食費で93円である。1.5倍量食べても140円。残りの金額を副菜と調味料に当てる。安い野菜(もやしやキャベツ)や納豆や豆腐、卵を駆使すれば、1日330円も何とかなりそうな気もする。
ただ一見ヘルシーなこの食事に圧倒的に足りないのは「動物性タンパク質」と「食の楽しみ」だ。1食110円では「動物性タンパク質」であるお肉や魚、乳製品、嗜好品であるお酒、果物や甘い物はまず買えない。
人間の身体は基本的にタンパク質でできている。高齢者にとって「動物性タンパク質不足」になることは筋力や体力の低下だけでなく、血管をもろくし、免疫力を低下させる。またタンパク質は脳にとっても重要な栄養素で、不足すると活動が鈍り、うつになりやすくなるといわれている。「年取ったら肉は食べない」「高齢になったら少食になる」と本人もまわりも思いがちだがこの思い込みは要注意だ。【後編】「高齢者が「食費を切り詰めた」ときに起きる「思いがけない悲劇」をご存知ですか…?」では、こんなふうに食費を節約しすぎることの危うさについてより詳しくみていこう。
人間の身体は基本的にタンパク質でできている。高齢者にとって「動物性タンパク質不足」になることは筋力や体力の低下だけでなく、血管をもろくし、免疫力を低下させる。またタンパク質は脳にとっても重要な栄養素で、不足すると活動が鈍り、うつになりやすくなるといわれている。「年取ったら肉は食べない」「高齢になったら少食になる」と本人もまわりも思いがちだがこの思い込みは要注意だ。
【後編】「高齢者が「食費を切り詰めた」ときに起きる「思いがけない悲劇」をご存知ですか…?」では、こんなふうに食費を節約しすぎることの危うさについてより詳しくみていこう。