商用車メーカー大手「三菱ふそうトラック・バス」(本社・川崎市)で7年前、急性心不全で死亡した整備担当の男性(当時38歳)=大阪府=について、京都下労働基準監督署が「過労死ライン」の月平均80時間に満たない残業時間で労災と認定し、遺族の申請を退けた過去の決定を覆したことが判明した。認定は6月30日付。過労死ラインのみを重視せず、労働環境もより慎重に考慮する2021年9月改定の新基準に基づき判断された。
【写真】「ヤミ残業」の実態 出勤簿には時間外50時間、実際は… 遺族の代理人弁護士によると、過去の決定が取り消され、新基準で労災と認められるのは異例。「空調なし」過酷な環境も考慮 男性は整備士を養成する専門学校を卒業後、1997年に入社した。京都支店車検センターに配属され、整備業務を担当。深夜帰宅が多く、空調設備のない作業場で温水スチームによる車の洗浄作業もこなした。15年7月14日から体調不良を訴えて欠勤し、この3日後に急性心不全で亡くなった。男性の発症前の残業時間は月平均77時間だった。 男性の両親(いずれも70代)は5カ月後に労災を申請したが、京都下労基署が過労死ラインに達していないとして退けたため、両親は19年12月に労災認定を求めて京都地裁に提訴した。 厚生労働省は21年9月、脳・心臓疾患を巡る認定基準を改定。過労死ラインに近い残業時間であれば、過酷な労働環境に伴う身体的負荷なども総合的に判断することが明記された。 両親側は民事裁判で国に労災認定の判断を見直すよう主張。京都下労基署は22年6月、男性が高温多湿の労働環境で作業していたことも考慮し、一転して過労死と認めた。この決定を受け、裁判は終結した。 両親の代理人を務める立野嘉英(よしひで)弁護士(大阪弁護士会)は「労基署が新基準に基づき過労死と認めたことは非常に大きな前進だが、遺族側が主張するまで判断を変えようとしなかった。同様の事案について自発的に救済に動くべきだ」と語った。 三菱ふそうトラック・バスは取材に「遺族の皆様に心より深くおわび申し上げます。事案を重く受け止め、労務管理を徹底していきます」とのコメントを文書で寄せた。適正な運用、今後も注視を 20年ぶりに改定された脳・心臓疾患の労災認定基準は、過労死ラインのみならず、柔軟に判断する姿勢を明記している。専門家は「救済の幅が広がることを期待しつつ、今後は適正に運用されるか注視が必要だ」と話す。 過労死ラインは労災認定の可否を判断する重要な要素とされ、発症前の残業が直近1カ月で100時間あるいは直近2~6カ月で平均80時間とされる。 国は従来の基準でも労災認定をさまざまな要因から総合的に判断していたとするが、脳・心臓疾患について、2020年度に残業が月80時間未満で労災が認められた案件は全体の1割にも満たない。こうした実態が、「過労死ラインで機械的に判断している」との批判を招いてきた。 過労死弁護団全国連絡会議の代表幹事を務める松丸正弁護士は「裁判では残業が50~60時間でも労災を認める判断が複数あり、遺族らの思いが国を動かした」と指摘する。 新基準は残業時間が過労死ラインに達していない場合も、身体的な負荷などを考慮して労災認定できることを明記。具体的な事例として、寒冷・暑熱など勤務先の温度状況や休日のない連続勤務を挙げた。 21年12月には、千葉県柏市内の居酒屋チェーン店で勤務中に脳出血を発症し、後遺症が残った元調理師の男性について、柏労働基準監督署が全国で初めて、過去の判断を翻して労災認定したことが明らかになった。男性もいったんは過労死ラインに満たないとして申請を退けられたが、不規則な深夜勤務などに伴う負荷が考慮された。 松丸弁護士は「残業時間が過労死ラインに満たず、労災申請をためらっていた人たちも救済される可能性が出てきた。ただ、さまざまな負荷要因をどう総合的に判断するのか分かりにくい面もあり、今後の認定案件の詳細をチェックしていく必要がある」と訴えた。【戸上文恵】
遺族の代理人弁護士によると、過去の決定が取り消され、新基準で労災と認められるのは異例。
「空調なし」過酷な環境も考慮
男性は整備士を養成する専門学校を卒業後、1997年に入社した。京都支店車検センターに配属され、整備業務を担当。深夜帰宅が多く、空調設備のない作業場で温水スチームによる車の洗浄作業もこなした。15年7月14日から体調不良を訴えて欠勤し、この3日後に急性心不全で亡くなった。男性の発症前の残業時間は月平均77時間だった。
男性の両親(いずれも70代)は5カ月後に労災を申請したが、京都下労基署が過労死ラインに達していないとして退けたため、両親は19年12月に労災認定を求めて京都地裁に提訴した。
厚生労働省は21年9月、脳・心臓疾患を巡る認定基準を改定。過労死ラインに近い残業時間であれば、過酷な労働環境に伴う身体的負荷なども総合的に判断することが明記された。
両親側は民事裁判で国に労災認定の判断を見直すよう主張。京都下労基署は22年6月、男性が高温多湿の労働環境で作業していたことも考慮し、一転して過労死と認めた。この決定を受け、裁判は終結した。
両親の代理人を務める立野嘉英(よしひで)弁護士(大阪弁護士会)は「労基署が新基準に基づき過労死と認めたことは非常に大きな前進だが、遺族側が主張するまで判断を変えようとしなかった。同様の事案について自発的に救済に動くべきだ」と語った。
三菱ふそうトラック・バスは取材に「遺族の皆様に心より深くおわび申し上げます。事案を重く受け止め、労務管理を徹底していきます」とのコメントを文書で寄せた。
適正な運用、今後も注視を
20年ぶりに改定された脳・心臓疾患の労災認定基準は、過労死ラインのみならず、柔軟に判断する姿勢を明記している。専門家は「救済の幅が広がることを期待しつつ、今後は適正に運用されるか注視が必要だ」と話す。
過労死ラインは労災認定の可否を判断する重要な要素とされ、発症前の残業が直近1カ月で100時間あるいは直近2~6カ月で平均80時間とされる。
国は従来の基準でも労災認定をさまざまな要因から総合的に判断していたとするが、脳・心臓疾患について、2020年度に残業が月80時間未満で労災が認められた案件は全体の1割にも満たない。こうした実態が、「過労死ラインで機械的に判断している」との批判を招いてきた。
過労死弁護団全国連絡会議の代表幹事を務める松丸正弁護士は「裁判では残業が50~60時間でも労災を認める判断が複数あり、遺族らの思いが国を動かした」と指摘する。
新基準は残業時間が過労死ラインに達していない場合も、身体的な負荷などを考慮して労災認定できることを明記。具体的な事例として、寒冷・暑熱など勤務先の温度状況や休日のない連続勤務を挙げた。
21年12月には、千葉県柏市内の居酒屋チェーン店で勤務中に脳出血を発症し、後遺症が残った元調理師の男性について、柏労働基準監督署が全国で初めて、過去の判断を翻して労災認定したことが明らかになった。男性もいったんは過労死ラインに満たないとして申請を退けられたが、不規則な深夜勤務などに伴う負荷が考慮された。
松丸弁護士は「残業時間が過労死ラインに満たず、労災申請をためらっていた人たちも救済される可能性が出てきた。ただ、さまざまな負荷要因をどう総合的に判断するのか分かりにくい面もあり、今後の認定案件の詳細をチェックしていく必要がある」と訴えた。【戸上文恵】