“パパ活&飲酒”吉川赳・衆院議員の問題が“実のパパ”にも飛び火した。自民党富士宮支部が9月14日に開いた役員会で、支部長を務める吉川雄二氏の辞任・解任を求める動議が提出された。
【写真】吉川赳議員とその父・雄二氏のポスターが並んで貼られていた。他、共にホテルの奥へ進む吉川議員と未成年女性、タクシーに乗り込む2人、LINE文面なども『週刊ポスト』の報道を巡り、赳氏が「説明責任を果たさず議員の職に居座り議員報酬等を受け取り続けていることが、自民党の支持率低下の大きな要因」として、父親の雄二氏について「説明責任を果たすことや辞職するなど働きかけうる立場にあった。支部長という立場を鑑みれば、あまりにも無責任」と批判した。

この解任動議に対して「出処進退は自分が決めること」と辞任を拒否した雄二氏は、国会で取り囲む記者たちから逃げ回っていた赳氏と同じように、詰めかけた記者たちに背を向けながら息子についてこう言い放った。「あの子は国にくれた子だから」『週刊ポスト』(2022年6月24日号)が18歳女子大生との“パパ活飲酒”を報じると、赳氏は自民党を離党して雲隠れ。ブログで一方的に釈明文を出し、8月の臨時国会に出席した際にも「係争中の案件になるので」と説明を拒んだ(9月22日現在も本誌・週刊ポストは赳氏から提訴されていない)。「係争中」という虚偽の言い訳で説明責任を果たさない赳氏には、地元富士市の富士記者クラブから7月に続けて8月にも記者会見を求める要望書が提出されたが、「無回答」と返答していた。 本来、成人した息子の不祥事で父親まで責任を追及される道理はない。だが吉川親子の場合は、そうもいかないようだ。岸田文雄首相はじめ自民党幹部が説明を求めたにもかかわらず赳氏は無視し続け、その父親が自民党富士宮支部長の座に留まっているのだ。『週刊ポスト』は“吉川パパ”の見解を訊くため、自宅前で直撃した。解任動議について尋ねると、雄二氏は記者を遮ってこう捲し立てた。「この前の幼稚園児がバスに置き去りにされた事件だって、理事長さんに2時間近くインタビューして、悪いとこだけ報道するんだよね。あれ、なんでそうするの? 私が教えてあげようか。あんたたちが商業主義でさ、これを読んでくれなきゃ購読率が高まらなきゃしょうがないでしょ。人を貶めたほうがさ。要するに視聴者や国民の脳を刺激させるのが一番。これはオウムの時から一貫してそう。もう少し勉強したほうがいい」 したり顔の雄二氏が繰り広げる「報道が悪い」演説は止まらない。「統一教会にしてもそう。信教の自由があるじゃない、この国には。霊感商法で騙されたんだったらさ、警察に行けばいいじゃん。警察が出てきて逮捕されたケースって絶対聞かないよね。なんでそんな悪いとこばっか報道するの? あんた方が世論を作ってるんですよ、わかります? コロナが蔓延すれば支持率は落ちるんですよ。だからテレビ朝日なんかね、(感染者数が)何人だなんてやらなきゃいい。観てくれなきゃしょうがない、買ってくれなきゃしょうがないって、あんた方なんでそうすんの? そのことしっかり反省してから私んとこ来てください」 報じるメディアが悪いと“逆ギレ”する姿勢は、『週刊ポスト』報道にブログで女子大生を侮蔑するような言葉や嘘を交えて居丈高な反論を展開した赳氏にどこか通じるものがある。そこで「国にくれた子」発言の真意を尋ねると、雄二氏はこう解説した。「衆議院議員に当選するってことはさ、もう国にくれるってことじゃない。そういう意味であの子が衆議院議員に当選した時に、あの子は国にくれた子だと思っている。テレビのコメンテーターを見てると、『それは喜んでもらったんでしょうかね』とか『もらわなくてもいいものをもらったんでしょう』とか……全然次元が違うって」 もっとも赳氏は選挙区で一回も当選したことがなく、自民党の力で比例復活してきた。党幹部からも離党したなら議席は返すべきだという主張があることについては、さらに大きな声で反論した。「自民党を辞めてケジメをつけたじゃないですか。あの時も(歳費など)2000万も3000万もまだもらっているって批判を受けたが、私、3億くらい税金納めてる」 いまも赳氏に国会議員の資質はあると思うのか──雄二氏に訊くと、「もちろんあると思ってる。思ってなければ出さないでしょ」と言い、およそ4分、240秒にわたる演説を終えて自宅に入っていった。 だが、父親の考えとは裏腹に、地元ではそれまで赳氏を支援してきた人からも失望する声が出ている。富士市後援会の田辺雅啓会長は8年ほど前に赳氏から頼まれて後援会会長を引き受けたというが、『週刊ポスト』の取材にこう洩らした。「記事が出てから、あちらのほうから連絡を絶たれているので全く連絡が取れていません。秘書が数回来て、『法廷闘争に持ち込む』と言っていましたが、その後裁判になったという話も聞いていません。 古くからいた別の秘書も吉川のもとを離れました。私から吉川の携帯にかけてもつながらない。そこまで拒否されるのなら私は何のために後援会会長をやっているのか。後援会は休眠状態で解散するのかどうかも決まっていませんが、この際ですから私は一切関係を絶とうと思っています」“国にくれた子”という父の思いは、はたして理解されるのだろうか。※週刊ポスト2022年10月7・14日号
『週刊ポスト』の報道を巡り、赳氏が「説明責任を果たさず議員の職に居座り議員報酬等を受け取り続けていることが、自民党の支持率低下の大きな要因」として、父親の雄二氏について「説明責任を果たすことや辞職するなど働きかけうる立場にあった。支部長という立場を鑑みれば、あまりにも無責任」と批判した。
この解任動議に対して「出処進退は自分が決めること」と辞任を拒否した雄二氏は、国会で取り囲む記者たちから逃げ回っていた赳氏と同じように、詰めかけた記者たちに背を向けながら息子についてこう言い放った。
「あの子は国にくれた子だから」
『週刊ポスト』(2022年6月24日号)が18歳女子大生との“パパ活飲酒”を報じると、赳氏は自民党を離党して雲隠れ。ブログで一方的に釈明文を出し、8月の臨時国会に出席した際にも「係争中の案件になるので」と説明を拒んだ(9月22日現在も本誌・週刊ポストは赳氏から提訴されていない)。「係争中」という虚偽の言い訳で説明責任を果たさない赳氏には、地元富士市の富士記者クラブから7月に続けて8月にも記者会見を求める要望書が提出されたが、「無回答」と返答していた。
本来、成人した息子の不祥事で父親まで責任を追及される道理はない。だが吉川親子の場合は、そうもいかないようだ。岸田文雄首相はじめ自民党幹部が説明を求めたにもかかわらず赳氏は無視し続け、その父親が自民党富士宮支部長の座に留まっているのだ。『週刊ポスト』は“吉川パパ”の見解を訊くため、自宅前で直撃した。解任動議について尋ねると、雄二氏は記者を遮ってこう捲し立てた。
「この前の幼稚園児がバスに置き去りにされた事件だって、理事長さんに2時間近くインタビューして、悪いとこだけ報道するんだよね。あれ、なんでそうするの? 私が教えてあげようか。あんたたちが商業主義でさ、これを読んでくれなきゃ購読率が高まらなきゃしょうがないでしょ。人を貶めたほうがさ。要するに視聴者や国民の脳を刺激させるのが一番。これはオウムの時から一貫してそう。もう少し勉強したほうがいい」
したり顔の雄二氏が繰り広げる「報道が悪い」演説は止まらない。
「統一教会にしてもそう。信教の自由があるじゃない、この国には。霊感商法で騙されたんだったらさ、警察に行けばいいじゃん。警察が出てきて逮捕されたケースって絶対聞かないよね。なんでそんな悪いとこばっか報道するの? あんた方が世論を作ってるんですよ、わかります? コロナが蔓延すれば支持率は落ちるんですよ。だからテレビ朝日なんかね、(感染者数が)何人だなんてやらなきゃいい。観てくれなきゃしょうがない、買ってくれなきゃしょうがないって、あんた方なんでそうすんの? そのことしっかり反省してから私んとこ来てください」
報じるメディアが悪いと“逆ギレ”する姿勢は、『週刊ポスト』報道にブログで女子大生を侮蔑するような言葉や嘘を交えて居丈高な反論を展開した赳氏にどこか通じるものがある。そこで「国にくれた子」発言の真意を尋ねると、雄二氏はこう解説した。
「衆議院議員に当選するってことはさ、もう国にくれるってことじゃない。そういう意味であの子が衆議院議員に当選した時に、あの子は国にくれた子だと思っている。テレビのコメンテーターを見てると、『それは喜んでもらったんでしょうかね』とか『もらわなくてもいいものをもらったんでしょう』とか……全然次元が違うって」
もっとも赳氏は選挙区で一回も当選したことがなく、自民党の力で比例復活してきた。党幹部からも離党したなら議席は返すべきだという主張があることについては、さらに大きな声で反論した。
「自民党を辞めてケジメをつけたじゃないですか。あの時も(歳費など)2000万も3000万もまだもらっているって批判を受けたが、私、3億くらい税金納めてる」
いまも赳氏に国会議員の資質はあると思うのか──雄二氏に訊くと、「もちろんあると思ってる。思ってなければ出さないでしょ」と言い、およそ4分、240秒にわたる演説を終えて自宅に入っていった。
だが、父親の考えとは裏腹に、地元ではそれまで赳氏を支援してきた人からも失望する声が出ている。富士市後援会の田辺雅啓会長は8年ほど前に赳氏から頼まれて後援会会長を引き受けたというが、『週刊ポスト』の取材にこう洩らした。
「記事が出てから、あちらのほうから連絡を絶たれているので全く連絡が取れていません。秘書が数回来て、『法廷闘争に持ち込む』と言っていましたが、その後裁判になったという話も聞いていません。
古くからいた別の秘書も吉川のもとを離れました。私から吉川の携帯にかけてもつながらない。そこまで拒否されるのなら私は何のために後援会会長をやっているのか。後援会は休眠状態で解散するのかどうかも決まっていませんが、この際ですから私は一切関係を絶とうと思っています」
“国にくれた子”という父の思いは、はたして理解されるのだろうか。
※週刊ポスト2022年10月7・14日号