長野県・長野市にある自動車販売店「デュナミスレーシング」。ここで新車購入のためにお金を払った客に対して、最長2年以上も納車されず、返金もほとんど行われていない問題で26日、同販売店の代表取締役社長、小谷徹(おたに・とおる)容疑者(63)が詐欺容疑で逮捕された。
「昨年末から今年1月にかけて長野県小諸市の男性から自動車を販売する名目で320万円をだまし取った疑いですが、それ以外にも『代金を支払ったにもかかわらず車が納車されない」という相談が警察に複数寄せられていました。逮捕されたのは小谷が経営していた店舗があった長野県ではなく、埼玉県内でした」(全国紙社会部記者)
320万円をだまし取られた男性とは別の人物で長野市在住のAさんは、小谷容疑者と30年近い付き合いがあり、これまで8台購入してきた。ただ、Aさんは家族のクルマを購入した際にこれまでとは違う、明らかな「異変」についてこう明かしていた。
「うちだけで小谷社長を通して8台購入しています。知人や友人にも15台ぐらい紹介してきました。これまでは何の問題もなく納車されてきました。
息子たちが買ったクルマはアルファードとハリアーです。それぞれ金利の安い金融機関からお金を借りて10年で返済する予定でした。彼らにとっては初めての新車購入だったんです。納車前に全額前金で払ってくれるならもっと安くすると言われて、アルファードは60万円、ハリアーは40万円の値引きでした。トヨタのディーラーならありえない値引き額です。
それで前金で入金することにしたんですが、なかなか納車されず、何度も何度も引き延ばされてきました。納車を催促するといろいろなサービスを無料にすると言われてガマンし続けてきました」
こういった被害者の声が昨年末から次々と表面化し、被害者や警察関係者の話を総合すると長野県内にとどまらず、新潟、静岡、大阪まで納車詐欺の被害者がいた。納車にまつわるトラブルだけで100人以上。さらに小谷容疑者に金を貸して返ってきていない知人や友人、元従業員や店舗と工場の家主などを合わせると被害者の数は300人以上とみられる。
被害者の購入車種は、トヨタ・アルファードを筆頭に、トヨタハリアー、スズキスペーシア、輸入車ではメルセデス・ベンツGクラスなどミニバンやSUVが大半を占める。1人当たりの金額は400万円前後がもっとも多かった。単純計算で被害総額は4億円にのぼるとみられていた。
新潟県内の高校を卒業後、神奈川県内の日産工場に就職した小谷は数年間の工場勤務を経て、神奈川県内の日産ディーラーに営業マンとして出向。その後、長野県内の日産ディーラーに移り、県内トップの販売台数を誇るなど突出した営業成績を収めるようになる。35歳で営業部長に昇進したが、「部下が年上になり、仕事がやりづらくなった」ことを理由に、日産ディーラーを退職。1995年にデュナミスレーシングを創業した。チューニングやドレスアップ、ドリフトマシンのコンプリートカー製作を中心に、新車、中古車の販売、車検、整備、自動車保険にいたるまで車に関する様々なサービスを展開していた。
「かつては長野県屈指のチューニングショップとして有名でした。『DR』のステッカーを貼った車は羨望のまなざしでしたよ。整備士が5人もいて店は活気にあふれていたんです」(小谷から車を購入した被害者のひとり)
だが、小谷を知る別の被害者はこんな一面を明かす。
「見栄っ張りで節約できない。そして、おそらくバブル時代のいい思いをしていたときの気分が抜けていない感じはしました。出勤の車は1000万はくだらないと言われる日産GT-Rでしたし、食事は毎晩外食。店の近くの焼肉店で豪勢に注文し残すこともしばしば。大量の回転寿司をテイクアウトして食べきれない分は捨てるようなことも平気でした。女性にもモテたといいますし、とにかく金遣いは荒かったと思いますよ」
転機となったのは2011年。52歳のときに長野市議会議員選挙に出馬し、大敗。そのあたりから経営状態が悪化した。開業当初は5人いた社員の整備士は給料がまともに支払われないことが増えてだんだんと辞めていき、人手が確保できない場合は近所のガソリンスタンドやカーショップに丸投げしていた。そのため、整備やタイヤ交換での利益もほとんど期待できなくなった。2020年の年末に脳梗塞で倒れたことも追い打ちをかけた。
本来であれば会社の「顔」となるトップが、従業員に対しても顔向けできないほど経営状態が悪化すれば、当然、顧客に対してもまともに向き合うことなどできない。小谷の脳梗塞は重篤な状態ではなかったようだが、小谷自身、自分が倒れたことを非常に腹立たしく、情けなく思っていたのだろう。「早く家に帰らせてくれ!」と病院内で大暴れし、半ば追い出されるようにして1か月弱で仕事に復帰している。
左半身に麻痺が残り、杖での歩行を余儀なくされていたが、右半身は問題ないため車の運転はなんとかできていた状態だったという。体が不自由になったことで、納車を待つ購入者や車検や整備などでつながりができた客へLINEを送り、営業活動にますますいそしむようになる。
だが、昨年12月28日以降はLINEのやり取りもぷっつりと途絶えた。どうやら被害者とやり取りしていた携帯電話は解約して連絡が取れない状態にした模様。しかしその一方で、被害の実態を知らない客には見積もりを出し、お金を入金させ、質問に回答するなどの営業活動を続けていたことも判明していた。実際、今年に入ってから320万円を入金した被害者もいた。その後、やり取りをしていた客に対して1月15日の夕方から夜にかけて突然、「入院します」とのメッセージを送った後は連絡を断ち、行方をくらませていた。
経営が傾いて社員に顔向けできず、長年付き合いのあった顧客を裏切るしか生きる道がなくなった小谷容疑者はもはや、姿を消すしかなかったのかもしれない。
小谷容疑者は今回逮捕されたが、同容疑者の度重なる“裏切り行為”で納車トラブルに巻き込まれた人々の怒りが収まったわけではない。今後の捜査によって、どのような解決策が示されていくのか。引き続き、取材を続けていくつもりだ。
取材・文:加藤久美子