東京大学大学院(農学生命科学研究科)の鈴木宣弘教授は、農業経済学を専門とする経済学者だ。1982年に農林水産省に入省した鈴木氏は、農業総合研究所研究交流科長や食料・農業・農村政策審議会企画部会長を歴任する。農水省を退官すると、1998年からアカデミズムの世界に身を転じた。
世界の農業政策と食料安全保障に造詣が深い鈴木教授が、このほど『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)を発刊した。2022年11月16日に出版されたばかりの本書から、エッセンスをご紹介しよう。本書は冒頭から衝撃的な内容だ。
〈「国際物流停止による世界の餓死者が日本に集中する」という衝撃的な研究成果を朝日新聞が報じた。米国ラトガース大学の研究者らが、局地的な核戦争が勃発した場合、直接的な被爆による死者は二七〇〇万人だが、「核の冬」による食料生産の減少と物流停止による二年後の餓死者は、食料自給率の低い日本に集中し、世界全体で二・五五億人の餓死者のうち、約三割の七二〇〇万人が日本の餓死者(日本の人口の六割)と推定した。
実際、三七パーセントという自給率に種と肥料の海外依存度を考慮したら日本の自給率は今でも一〇パーセントに届かないくらいなのである。だから、核被爆でなく、物流停止が日本を直撃し、餓死者が世界の三割にも及ぶという推定は大袈裟ではない。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』3ページ)
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2022年2月にウクライナ戦争が勃発して以来、ロシア・ウクライナ両国は未だに停戦合意に至っていない。プーチン大統領はたびたび核兵器使用の可能性に言及し、ウクライナと西側諸国を脅し上げている。
戦略核使用による全面的な核戦争などさすがにありえないにしても、戦術核使用による限定的な核攻撃がウクライナで勃発しないとは限らない。「食料自給率が低い日本列島で餓死者が続出する」という最悪シナリオを現実にしないため、為政者と外交官の手腕が問われる。パンデミックで枯渇する「種」「エサ」「ヒナ」新型コロナのパンデミックが収束へと向かいつつある中、インバウンド(外国人観光客)の往来が復活して街は活気を取り戻しつつある。コロナによって到来した異常な世界を、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言わんばかりに忘却するようではいけない。コロナ禍の日本では、食料生産を脅かす深刻な事態が訪れていた。〈二〇二〇年に発生した「コロナショック」は、世界中の物流に大きな影響を与えた。食料の輸出入自体への影響も大きかったが、食料を生産するための生産資材が、日本に入って来なくなったことのほうが、より重要な問題である。生産資材というのは、農機具のほか、人手や肥料、種、ヒナなど、農産物の生産要素全般のことだ。日本では野菜の種の九割を輸入に頼っている。野菜自体の自給率は八〇パーセントあるが、種を計算に入れると、真の自給率は八パーセントしかない。種は日本の種会社が売っているものの、約九割は海外の企業に生産委託しているのが現状だ。しかし、コロナショックにより、海外の採種圃場(ほじょう)との行き来ができず、輸入がストップするというリスクに直面してしまった。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』20ページ)畜産業の命綱は「エサ」と「ヒナ」であるという指摘は、多くの一般読者にとって目からウロコが落ちるはずだ。〈日本の畜産は、エサを海外に依存している。たとえば、鶏の卵は、養鶏業の皆さんの頑張りもあって、九七パーセントを自給できているが、鶏の主たるエサであるトウモロコシの自給率は、ほぼゼロである。 また、トウモロコシに関しては、中国の爆買いによって、世界中で価格が上昇しており、日本が買い負けるリスクも高まっている。そもそも、鶏のヒナは、ほぼ一〇〇パーセント輸入に頼っている。今なお続くコロナショックや戦争によって、エサやヒナの輸入が止まってしまえば、鶏卵の生産量はおそらく一割程度まで落ち込んでしまうだろう。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』20~21ページ)ウクライナ戦争と世界の穀物危機ロシアの攻撃によって、ウクライナのインフラは深刻な打撃を受けている。「シードバンク」と呼ばれる施設が破壊されたという本書の記述には、背筋が凍る。ウクライナの食料安全保障のみならず、世界中の食料安全保障を脅かす大惨事だ。〈二〇二二年に入り、ロシアがウクライナに侵攻したことで、食料をめぐる問題はさらに悪化している。ウクライナ北東部のハルキウにある「シードバンク」が、ロシア軍の攻撃によって損害を受けた、という報道もあった。シードバンクとは、植物などの種子の遺伝情報を保存する施設である。なかでもウクライナのシードバンクは、世界最大級のもので、一六万種以上もの種を保存していたという。世界には多様な植物が存在する。そのうち、農作物として利用されているものだけでも、たくさんの種類がある。その種を保存しておくことで、環境が激変した場合でも、それに適した作物を作り出せる。シードバンクは、そのための施設なのである。ウクライナ戦争の後も、さまざまな戦争・紛争が起こるだろう。それによって、多様な種子が失われてしまえば、いざという時に困るのは我々である。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』22ページ)世界に冠たる巨大穀倉地帯であるウクライナでは、小麦を収穫するどころか、種付けすら満足にできていないことが予想される。2023年の種付けがまともにできるかどうかも定かではない。〈ウクライナ戦争の勃発により、世界の食料供給は混乱に陥っている。ロシアとウクライナは小麦の一大生産地であり、両者で世界の小麦輸出の約三割を占めている。欧米諸国がロシアに対する制裁を強める中、ロシアは「輸出規制」で揺さぶりをかけている。ウクライナでは、戦争の影響で、四月の播種(はしゅ)(種まき)が十分にできなかった。また、港も封鎖されて、輸送も困難になっている。二〇二二年三月八日、シカゴの小麦先物相場が、とうとう二〇〇八年の「世界食料危機」時の最高値を一時超えた、という事件があった。 日本は小麦をおもに米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、これらの国には、いまや世界中から買い注文が殺到し、まさに「食料争奪戦」の様相を呈している。そうした争奪戦の中、日本が「買い負ける」可能性はかなり高い。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』23~24ページ)『世界で最初に飢えるのは日本』の「まえがき」と序章に目を通すだけで、日本が置かれた危機的状況に戦慄する。
戦略核使用による全面的な核戦争などさすがにありえないにしても、戦術核使用による限定的な核攻撃がウクライナで勃発しないとは限らない。「食料自給率が低い日本列島で餓死者が続出する」という最悪シナリオを現実にしないため、為政者と外交官の手腕が問われる。
新型コロナのパンデミックが収束へと向かいつつある中、インバウンド(外国人観光客)の往来が復活して街は活気を取り戻しつつある。コロナによって到来した異常な世界を、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言わんばかりに忘却するようではいけない。
コロナ禍の日本では、食料生産を脅かす深刻な事態が訪れていた。
〈二〇二〇年に発生した「コロナショック」は、世界中の物流に大きな影響を与えた。
食料の輸出入自体への影響も大きかったが、食料を生産するための生産資材が、日本に入って来なくなったことのほうが、より重要な問題である。
生産資材というのは、農機具のほか、人手や肥料、種、ヒナなど、農産物の生産要素全般のことだ。
日本では野菜の種の九割を輸入に頼っている。野菜自体の自給率は八〇パーセントあるが、種を計算に入れると、真の自給率は八パーセントしかない。
種は日本の種会社が売っているものの、約九割は海外の企業に生産委託しているのが現状だ。
しかし、コロナショックにより、海外の採種圃場(ほじょう)との行き来ができず、輸入がストップするというリスクに直面してしまった。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』20ページ)
畜産業の命綱は「エサ」と「ヒナ」であるという指摘は、多くの一般読者にとって目からウロコが落ちるはずだ。〈日本の畜産は、エサを海外に依存している。たとえば、鶏の卵は、養鶏業の皆さんの頑張りもあって、九七パーセントを自給できているが、鶏の主たるエサであるトウモロコシの自給率は、ほぼゼロである。 また、トウモロコシに関しては、中国の爆買いによって、世界中で価格が上昇しており、日本が買い負けるリスクも高まっている。そもそも、鶏のヒナは、ほぼ一〇〇パーセント輸入に頼っている。今なお続くコロナショックや戦争によって、エサやヒナの輸入が止まってしまえば、鶏卵の生産量はおそらく一割程度まで落ち込んでしまうだろう。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』20~21ページ)ウクライナ戦争と世界の穀物危機ロシアの攻撃によって、ウクライナのインフラは深刻な打撃を受けている。「シードバンク」と呼ばれる施設が破壊されたという本書の記述には、背筋が凍る。ウクライナの食料安全保障のみならず、世界中の食料安全保障を脅かす大惨事だ。〈二〇二二年に入り、ロシアがウクライナに侵攻したことで、食料をめぐる問題はさらに悪化している。ウクライナ北東部のハルキウにある「シードバンク」が、ロシア軍の攻撃によって損害を受けた、という報道もあった。シードバンクとは、植物などの種子の遺伝情報を保存する施設である。なかでもウクライナのシードバンクは、世界最大級のもので、一六万種以上もの種を保存していたという。世界には多様な植物が存在する。そのうち、農作物として利用されているものだけでも、たくさんの種類がある。その種を保存しておくことで、環境が激変した場合でも、それに適した作物を作り出せる。シードバンクは、そのための施設なのである。ウクライナ戦争の後も、さまざまな戦争・紛争が起こるだろう。それによって、多様な種子が失われてしまえば、いざという時に困るのは我々である。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』22ページ)世界に冠たる巨大穀倉地帯であるウクライナでは、小麦を収穫するどころか、種付けすら満足にできていないことが予想される。2023年の種付けがまともにできるかどうかも定かではない。〈ウクライナ戦争の勃発により、世界の食料供給は混乱に陥っている。ロシアとウクライナは小麦の一大生産地であり、両者で世界の小麦輸出の約三割を占めている。欧米諸国がロシアに対する制裁を強める中、ロシアは「輸出規制」で揺さぶりをかけている。ウクライナでは、戦争の影響で、四月の播種(はしゅ)(種まき)が十分にできなかった。また、港も封鎖されて、輸送も困難になっている。二〇二二年三月八日、シカゴの小麦先物相場が、とうとう二〇〇八年の「世界食料危機」時の最高値を一時超えた、という事件があった。 日本は小麦をおもに米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、これらの国には、いまや世界中から買い注文が殺到し、まさに「食料争奪戦」の様相を呈している。そうした争奪戦の中、日本が「買い負ける」可能性はかなり高い。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』23~24ページ)『世界で最初に飢えるのは日本』の「まえがき」と序章に目を通すだけで、日本が置かれた危機的状況に戦慄する。
畜産業の命綱は「エサ」と「ヒナ」であるという指摘は、多くの一般読者にとって目からウロコが落ちるはずだ。
〈日本の畜産は、エサを海外に依存している。たとえば、鶏の卵は、養鶏業の皆さんの頑張りもあって、九七パーセントを自給できているが、鶏の主たるエサであるトウモロコシの自給率は、ほぼゼロである。
また、トウモロコシに関しては、中国の爆買いによって、世界中で価格が上昇しており、日本が買い負けるリスクも高まっている。そもそも、鶏のヒナは、ほぼ一〇〇パーセント輸入に頼っている。今なお続くコロナショックや戦争によって、エサやヒナの輸入が止まってしまえば、鶏卵の生産量はおそらく一割程度まで落ち込んでしまうだろう。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』20~21ページ)ウクライナ戦争と世界の穀物危機ロシアの攻撃によって、ウクライナのインフラは深刻な打撃を受けている。「シードバンク」と呼ばれる施設が破壊されたという本書の記述には、背筋が凍る。ウクライナの食料安全保障のみならず、世界中の食料安全保障を脅かす大惨事だ。〈二〇二二年に入り、ロシアがウクライナに侵攻したことで、食料をめぐる問題はさらに悪化している。ウクライナ北東部のハルキウにある「シードバンク」が、ロシア軍の攻撃によって損害を受けた、という報道もあった。シードバンクとは、植物などの種子の遺伝情報を保存する施設である。なかでもウクライナのシードバンクは、世界最大級のもので、一六万種以上もの種を保存していたという。世界には多様な植物が存在する。そのうち、農作物として利用されているものだけでも、たくさんの種類がある。その種を保存しておくことで、環境が激変した場合でも、それに適した作物を作り出せる。シードバンクは、そのための施設なのである。ウクライナ戦争の後も、さまざまな戦争・紛争が起こるだろう。それによって、多様な種子が失われてしまえば、いざという時に困るのは我々である。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』22ページ)世界に冠たる巨大穀倉地帯であるウクライナでは、小麦を収穫するどころか、種付けすら満足にできていないことが予想される。2023年の種付けがまともにできるかどうかも定かではない。〈ウクライナ戦争の勃発により、世界の食料供給は混乱に陥っている。ロシアとウクライナは小麦の一大生産地であり、両者で世界の小麦輸出の約三割を占めている。欧米諸国がロシアに対する制裁を強める中、ロシアは「輸出規制」で揺さぶりをかけている。ウクライナでは、戦争の影響で、四月の播種(はしゅ)(種まき)が十分にできなかった。また、港も封鎖されて、輸送も困難になっている。二〇二二年三月八日、シカゴの小麦先物相場が、とうとう二〇〇八年の「世界食料危機」時の最高値を一時超えた、という事件があった。 日本は小麦をおもに米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、これらの国には、いまや世界中から買い注文が殺到し、まさに「食料争奪戦」の様相を呈している。そうした争奪戦の中、日本が「買い負ける」可能性はかなり高い。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』23~24ページ)『世界で最初に飢えるのは日本』の「まえがき」と序章に目を通すだけで、日本が置かれた危機的状況に戦慄する。
また、トウモロコシに関しては、中国の爆買いによって、世界中で価格が上昇しており、日本が買い負けるリスクも高まっている。そもそも、鶏のヒナは、ほぼ一〇〇パーセント輸入に頼っている。
今なお続くコロナショックや戦争によって、エサやヒナの輸入が止まってしまえば、鶏卵の生産量はおそらく一割程度まで落ち込んでしまうだろう。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』20~21ページ)
ロシアの攻撃によって、ウクライナのインフラは深刻な打撃を受けている。「シードバンク」と呼ばれる施設が破壊されたという本書の記述には、背筋が凍る。ウクライナの食料安全保障のみならず、世界中の食料安全保障を脅かす大惨事だ。
〈二〇二二年に入り、ロシアがウクライナに侵攻したことで、食料をめぐる問題はさらに悪化している。
ウクライナ北東部のハルキウにある「シードバンク」が、ロシア軍の攻撃によって損害を受けた、という報道もあった。シードバンクとは、植物などの種子の遺伝情報を保存する施設である。なかでもウクライナのシードバンクは、世界最大級のもので、一六万種以上もの種を保存していたという。
世界には多様な植物が存在する。そのうち、農作物として利用されているものだけでも、たくさんの種類がある。その種を保存しておくことで、環境が激変した場合でも、それに適した作物を作り出せる。シードバンクは、そのための施設なのである。ウクライナ戦争の後も、さまざまな戦争・紛争が起こるだろう。それによって、多様な種子が失われてしまえば、いざという時に困るのは我々である。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』22ページ)
世界に冠たる巨大穀倉地帯であるウクライナでは、小麦を収穫するどころか、種付けすら満足にできていないことが予想される。2023年の種付けがまともにできるかどうかも定かではない。
〈ウクライナ戦争の勃発により、世界の食料供給は混乱に陥っている。ロシアとウクライナは小麦の一大生産地であり、両者で世界の小麦輸出の約三割を占めている。欧米諸国がロシアに対する制裁を強める中、ロシアは「輸出規制」で揺さぶりをかけている。
ウクライナでは、戦争の影響で、四月の播種(はしゅ)(種まき)が十分にできなかった。また、港も封鎖されて、輸送も困難になっている。
二〇二二年三月八日、シカゴの小麦先物相場が、とうとう二〇〇八年の「世界食料危機」時の最高値を一時超えた、という事件があった。
日本は小麦をおもに米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、これらの国には、いまや世界中から買い注文が殺到し、まさに「食料争奪戦」の様相を呈している。そうした争奪戦の中、日本が「買い負ける」可能性はかなり高い。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』23~24ページ)『世界で最初に飢えるのは日本』の「まえがき」と序章に目を通すだけで、日本が置かれた危機的状況に戦慄する。
日本は小麦をおもに米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、これらの国には、いまや世界中から買い注文が殺到し、まさに「食料争奪戦」の様相を呈している。
そうした争奪戦の中、日本が「買い負ける」可能性はかなり高い。〉(『世界で最初に飢えるのは日本』23~24ページ)
『世界で最初に飢えるのは日本』の「まえがき」と序章に目を通すだけで、日本が置かれた危機的状況に戦慄する。