年功序列で給与やポジションが上がっているにもかかわらず、それにみあった働きをしない「働かないおじさん」問題がこの数年、たびたび指摘されるようになった。
退職金の積み増しなどで退職を促す「早期退職制度」や、ある一定の年次に達すると、部長などの役職からおりる「役職定年制度」など、企業はあの手この手で中高年の処遇見直しを急いでいる。
70歳までの就業機会確保が努力義務となる時代を迎え、中高年の学び直し「リスキリング」が流行ワードにもなっているが、そもそも「働かないおじさん」であったとしても滅多にはクビにはならない、日本の解雇規制についてどう考えればいいのだろうか。
使用者側で人事労務問題に取り組む岡芹健夫弁護士は「横並びと安定が大好きな日本では、今のままだと、次世代の若者たちが割を食うことになってしまう」と語る。詳しく聞いた。(編集部・新志有裕)
ーー解雇規制については、正確には解雇権濫用法理であり、判例をもとに形成されてきたものです。これはどのようなものでしょうか。
1950年代に判例が出てくるようになって、だいたい1970年代には確立されました。そして、2008年に施行された労働契約法16条に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と明記されました。
解雇が有効か無効かの判断においては、裁判所からみて、解雇に正当な理由があるか、そして、解雇を避けるための手段を尽くしたかということが問われます。
この法理は、従業員を長期間丸抱えして、その生活を守る「日本型雇用システム」がベースとなっています。
特に経営難による整理解雇については、欧州などと異なり、配置転換をしてでも雇用を守ろうとしたかなどが問われます。また、使用者側に立証責任があることも特徴的です。
ーー「働かないおじさん」問題については、整理解雇というよりも、能力不足による解雇ということになるかと思いますが、それも困難なのでしょうか。
過度に著しく無能力か、改善の見込みがないということでないと解雇は認められません。それは大して働いていない、というレベルではありません。
この解雇の難しさに加えて、雇用慣行である年功序列型賃金と、賃金などを下げようとした時の「不利益変更の厳格さ」(一方的な労働条件の変更が法的に認められないこと)がセットになって、中高年雇用の問題が起きているわけです。
ーー解雇権濫用法理が変わらないと、どのような弊害が出てくるのでしょうか。
すでに雇用契約を結んでいる中でも、比較的パフォーマンスの低い人を保護することになってしまいます。全体のパイが増えない中では、次世代の若者たちが割を食うことになるのです。本当にそれでいいのでしょうか。
裁判所も、採用をめぐる三菱樹脂事件の最高裁判決で、採用前と後とでは、労働者の保護の度合いが違うということを明記しています。
そうすると、正社員になったもの勝ちということで、ひとたび正社員になれば、解雇権濫用法理と年功序列賃金に守られます。賃金の原資やポストはその人が手放さないことになるわけです。退職勧奨や希望退職など、解雇によらないやり方もありますが、自発的に退職しない人は会社に残ります。
ーーただ、弊害があるとしても、若い人も含めて、多くの人が「やっぱり終身雇用の方がいい」と考えているデータもありますが、どう考えればいいのでしょうか。
そうなんですよ。日本人って、みんなと同じように処遇が上がって、仲良く、安定して過ごすというのが大好きな国民性なんです。気候もちょうどいいし、欧州と違って島国で、他国や他民族に滅ぼされる危険もありませんでしたから、そのような国民性になったんでしょう。
ちょっと変なたとえ話になるかもしれませんが、聖徳太子の十七条憲法にも通じる話です。「和を以って貴しと為し」が第一条で、「命令を聞け」という意味の「詔を承けては必ず謹め」は第三条なんです。上の命令を聞くことよりも、まずは仲良くしなさいというのが先にくるんですね。
その精神は、高度経済成長期まではよかったんです。技術的にも後ろから追う立場で、賃金も低い状態だったため、みんなで協力して安定的にやっていこうという国民性と当時の時代背景がマッチして、急激な成長を遂げることができました。
でも今は、いかに人と違うことをするかという時代なんです。みんなで安定していこうというだけでは厳しい。また、新規事業が大事な時代なのに、今の法制度のままでは、労働力が移動しにくいことが大問題です。
ーー今後、解雇規制が変わっていく可能性はあるのでしょうか。
どうでしょうね。政治家は国民受けの悪いことを最終的にはやれないでしょうし、裁判所も先例と社会通念で動きます。ですから、一部の人を犠牲にするようなことを積極的にはやらないでしょう。
日本の裁判所は「拙速」という言葉が大好きです。解雇の問題にしても、「この会社がやったことは拙速である」、つまり、強い必要性はないのに速くやりすぎだと指摘することが多いのです。
ーーこれまでのように、職務を限定せず、ヒトをベースにした「メンバーシップ型雇用」の正社員ではなく、ジョブ(職務)をベースにして、その職務が消えたら、雇用もなくなる、という「ジョブ型雇用」を正社員にも取り入れることで、解雇しやすい仕組みを作れないのでしょうか。
契約次第では、不可能ではないです。でも、理屈の上では変わっても、上の世代は解雇されないメンバーシップ型雇用の人たちのままにしておけば、世代間の不公平が残るでしょう。そうなると、結局若い人が日本企業ではなく、外資などに流れていくだけです。
ーー仕組みが変わらないとすると、流行り言葉の「リスキリング」のように、中高年がみんなで学び直して、時代の変化に対応していこう、という流れでやっていくしかないのでしょうか。
確かに中高年の中でも、学び直しで新しいことをやれる人もいますし、若い人と同じくらい働ける人もいるでしょう。しかし、多くの中高年は、年齢とともに体力も記憶力も落ちて、貢献度は低くなります。賃金も変えずに学び直しをするのは至難の業です。せめて賃金を下げることだけは、若手への賃金原資の確保のためにも、もっと容易にできるようにしないといけないでしょうね。そうでないと若手の不公平感は拭えないでしょう。
繰り返しになりますが、今の世代ではなく、次の世代のことも考えてほしいのです。
【取材協力弁護士】岡芹 健夫(おかぜり・たけお)弁護士高井・岡芹法律事務所所長。第一東京弁護士会労働法制委員会委員、東京三弁護士会労働訴訟等協議会委員および経営法曹会議幹事等。主な著書に、『労働法実務 使用者側の実践知〔LAWYERS’ KNOWLEDGE〕』(有斐閣)、『労働条件の不利益変更 適正な対応と実務』(労務行政)等事務所名:高井・岡芹法律事務所事務所URL:https://www.law-pro.jp/