「不倫相手をえこひいき」し、妻に職場に乗り込まれた35歳課長の「その後」…「社内恋愛禁止」の会社はどう処分した?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

独身者同士であっても色々リスクがある社内恋愛だが、ましてやそれが「不倫」の恋だったとき、社内で明るみになったときの影響の大きさは想像に難くない。
前編記事〈35歳課長が青ざめた…「不倫相手をえこひいき」して主任にしたら、妻と部下から「まさかの反撃」〉では、まさに部下の女性と不倫関係を続けていた、雑貨メーカー・甲社の営業課長・A沢さん(35歳、男性)の事例を紹介した。仕事の悩みの相談を受けるうちにB中さん(28歳、女性)と男女の関係になったA沢課長は、彼女を主任に抜擢する異例の人事を行ったことで、他の部下の信頼を失った。さらには不倫の事実に気づいた妻に会社に乗り込まれ……。
もともと「社内恋愛禁止」を就業規則に明記していた甲社において、A沢課長は今度どうなるのだろうか。社会保険労務士の木村政美氏が、社内恋愛のリスクや対処法について解説する。
就業規則は労働条件や禁止規定など会社のルールを明文化したもので、従業員は就業規則を守る必要がある。就業規則の記載事項は、次の3つに分かれる。
(1)絶対的必要記載事項:労働基準法の定めにより、就業規則に必ず記載しなければならない項目で、始業・終業の時刻や休憩時間などがある。
(2)相対的必要記載事項:社内に制度がある場合、必ず記載しなければならない項目で、例えば退職金制度や賞与支給制度などがある。
(3)任意的記載事項:法的な規制はないが、社会通念や公序良俗などを踏まえて会社が独自に定めるもので、例えば服務規程や副業の取扱いなどがある。
社内恋愛を禁止する規定は、就業規則の任意的記載事項に該当する。企業がこの規定を設ける理由は、事業を円滑に運営するためのリスクを未然に防ぐためである。では企業側から見た社内恋愛のリスクとはどんなものなのだろうか。
(1)恋愛関係になった従業員同士による過剰意識化、痴話げんか、破局した場合人間関係がギクシャクする、セクハラやストーカー問題に進展するなど、公私混同により職場環境が乱される。
(2)社員のひとりが複数の社員と恋愛関係になった場合、職場の人間関係や風紀に悪影響を及ぼす
(3)上司と部下が恋愛関係になった場合、上司が相手の部下をえこひいきするなど、部下の指導や人事考課に偏りが出ることで、企業秩序が保てない
(4)不倫関係により、離婚や相手方への慰謝料請求などのトラブルが発生した場合、本人の業務に支障をきたし、会社もトラブルに巻き込まれる可能性がある
(5)職場結婚や社内恋愛の破綻により、一方が退職した場合人材の損失に繋がる
要するに、「社内恋愛が行われた場合、職場環境に悪影響を及ぼし、企業秩序や風紀の維持に支障がある」と会社が判断すれば、方針として就業規則で社内恋愛禁止を規定することは可能である。
恋愛をすること自体は会社の業務とは関係なく、あくまでも私的なものであるため、原則会社が干渉することはできない。
*参考:憲法13条「公共の福祉に反しないかぎり、国民は個人の自由と幸福を追求する権利をもつ」
従業員は就業規則を守る必要があるが、憲法、民法、労働基準法など法律の規定が、従業員にとって有利な場合は、会社の就業規則より法律が優先する。社内恋愛の場合、上記で示した憲法の条文などにより、就業規則に社内恋愛を禁止する規定があっても、そのことを理由にして従業員を懲戒処分にすることはできないとされる。
では、「社内恋愛を禁止しても処分ができないのであれば、就業規則に定める意味がない」と考えるかも知れないが、そんなことはない。従業員に対する抑止力が働くことで、労務管理上のリスクヘッジとしては有効である。
就業規則を作成、変更後は労働基準監督署への届出が必要だが、就業規則を労働基準監督署が受理するのは「就業規則の届出義務」(労働基準法89条)を会社が履行していることを確認するためであり、就業規則の内容をひとつひとつ吟味するわけではない。従って「就業規則を受理されたから社内恋愛禁止の規定が有効になる」のではないことに注意したい。
社内恋愛を理由に懲戒処分することができなくても、その行為によって、会社に明らかな悪影響や損失が出ているとの立証があれば、会社は当該従業員を懲戒処分にすることが可能である。
会社に明らかな悪影響や損失をもたらす行為とは、「人事上の公私混同」「恋愛相手の退職」「職場の生産性の低下」「会社の評判や社会的地位の低下」など、客観的に合理的な理由があり、かつ懲戒処分が社会通念上相当であるとする行為が該当する。逆に社内恋愛により職場の風紀・秩序を乱した場合でも、会社に対する明らかな悪影響や損失が立証できなければ、処分を行っても無効になる。
更に懲戒処分をする場合には、処分の種類(けん責、懲戒解雇など)と処分に該当する行為などを就業規則に明記しなければならず、明記が無い場合は原則処分は無効になることにも留意したい。
社内恋愛に起因した行為についての現実的な対処方法として、社内恋愛の当事者の両方もしくは片方を現在の職場と違う職場に異動させることがある。(配置転換)
配置転換とは、人事異動の一種で、同じ勤務地内で従業員の所属部署を変更することで、勤務地が変更になる「転勤」も含めて「配置転換」とする場合もある。企業が従業員の勤務地や職務内容を決定、変更する権限のことを「配転命令権」といい、例えば総合職で採用された場合、配置転換を命じられても原則として断ることができないとされる。
しかし、令和6年4月に労働基準法施行規則が改正され、企業は、従業員に対して労働条件通知書等で、採用後の勤務場所の変更の範囲、採用後に従事させる業務内容の変更の範囲の明示をすることが義務化されたし、近年の傾向として、特に遠隔地への転勤は事前に可能かどうかを本人に打診するようになった。企業にとって配転命令権が行使できる従業員であっても以前のように一方的な判断で行うことは少なくなるとみていいだろう。
企業が配転命令権により、社内恋愛を起因とした従業員の配置転換を行う場合、懲戒処分と同じで、合理性や社会通念上相応な理由が求められる。例えば業務に支障がないなど配置転換の必要性がないケースや、配置転換が従業員に著しい不利益を与えるケースなどは、決定が無効になる可能性が高く、中には人事的に嫌がらせを受けたとして従業員から損害賠償を請求されることもある。
前編記事で詳細を記したA沢さんの場合だが、彼がB中さんと社内恋愛したことで、次の点が問題行為にあげられる。
(1)B中さんを主任に昇格させたことは、状況からしてA沢さんの私情が入っていたと言わざる得ないこと
(2)(1)の扱いによって他のメンバーのモチベーションが下がり、販促イベントをしないなど、将来的に業績ダウンに繋がる可能性があること
(3)部下と不倫した上司の下で働きたくないとメンバー達から申し出を受けていること
(4)B中さんが会社を退職したため、新たな人材確保が必要になるなど会社に損失を与えたこと
(5)A沢さんの妻が会社に押しかけ騒ぎを起こすことで、一時的だが本人と会社の業務に支障がでたこと
以上からして、懲戒処分をするかどうかは会社の考え次第だが、現状ではA沢さんが営業2課長の職務を続けることは難しく、配置転換される可能性は高いだろう。
A沢さんの妻の激しい怒りに恐れをなしたB中さんは、会社を退職後A沢さんのLINEをブロックし、連絡を絶った。A沢さんは平身低頭し続け、妻に許しを請うた。何とかことは収まり解決かと思われたが……。
1週間後。A沢さんは懲戒処分は免れたものの、転勤を受け入れ妻に言った。
「会社から辞令が出て、営業マンとして沖縄営業所に行くことになったよ。今から荷造りしておいてね」
「あなたの荷物は洋服ぐらいしかないから、自分でやれば?」
「もしかして同行しないの?」
「するわけないじゃない。前に勤めていた会社に復帰するから、これからは子供と実家で暮らすわ」
「じゃあ、離婚するってこと?」
「そうね。でもその前にお金の問題をクリアしなくっちゃ」
妻は電卓を取り出すと、慰謝料と養育費の計算を始めた。
職場のトラブル記事をもっと読む:28歳主任が絶句…「反抗的な新入社員」の初任給が自分より高いことが発覚「会社辞めちゃおうかな」
28歳主任が絶句…「反抗的な新入社員」の初任給が自分より高いことが発覚「会社辞めちゃおうかな」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。