小学校の卒業文集が続々と廃止、「保護者からのクレーム」「残業時間増加」「個人情報特定」などがリスクに

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将来の夢を語る人、楽しかった思い出を振り返る人、悔しさや涙を告白した人もいるだろう。向き合い方は十人十色だからこそ、卒業文集は唯一無二の魅力を放つ。この卒業文集という文化がいま、消えようとしている──。
【写真】「五輪」の文字もある池江の中学の卒業文集、石川佳純のユニフォーム姿と文集、街中での私服姿も
《本年度より、6年生の卒業文集を廃止いたします。(中略)卒業アルバムは卒業文集を除いた構成で制作いたします》──兵庫県神戸市にある多聞東小学校の「学校だより」にこんなお知らせが掲載されたのは、昨年11月のことだった。児童たちはこの春、卒業文集を書かずに卒業した。
しかし、これは昨今では異例なことではないという。日本各地でこれまで「あって当たり前」だった卒業文集が、京都市や札幌市などの小学校でも姿を消しつつあるというのだ。
文集の廃止が進んでいるのには、こんな理由があるという。神戸市学校教育課の坂田仁課長が話す。
「教員がより一層児童たちと向き合い、真に必要な教育活動に注力するため、これまで当たり前に行われていた慣習を見直しているからです。
卒業文集はたいてい11月頃から3か月ほどかけて制作しています。添削のために教員が休み時間や放課後の時間を費やすこともあり、残業時間増加の一因にもなります。卒業文集を廃止することで、教員の長時間労働を是正できればと思っております」
卒業文集の文化が健在である都内の小学校に勤める若手教師のAさんが、ため息交じりに話す。
「卒業文集は、保護者のかたもご覧になりますし、出来上がったものを読んでクレームを入れるかたもいます。もし刷り直しという事態になったら一大事なので、表現に慎重にならざるを得ません……。
たとえば、うちの学校では、文集内に特定の児童の名前を出さないルールにしています。意図しない文脈で名前を出されてしまい、傷つく児童がいるかもしれないからです。それでも名前を出して書いてしまう子もいる。そうなると、印刷前に教員から児童に『友達』という表現に変えられないか、相談しなければいけません。これが一苦労です。
さらに、外国人児童の数がここ10年で2倍近くに増えています。なかには日本語の読み書きが苦手な児童もいるので、日本語の指導と作文の指導を同時にするという新たな苦労も増えました。以前よりもはるかに時間がかかるようになり、大きな重荷です」
書き方の変化も教員を苦しめているという。
「以前は手書きでしたが、いまはパソコンでタイピングをする学校も増えています。すると、タイピングが苦手な子も少なくないため、結局は教師が代わりに打ってあげるということもあるそうです」(教育関係者)
卒業文集の始まりは、大正時代まで遡るという。
「大正時代の尋常小学校から『卒業記念』というタイトルで毎年、卒業文集が発行されるようになったそうです。100年以上続く、初等教育におけるひとつの文化だといえます」(前出・教育関係者)
いまをときめく著名人たちも、卒業文集に取り組んできた。
後に日米両方の野球界で大活躍することになるイチロー(50才)は小学校の卒業文集に、こう記した。
《僕の夢は一流のプロ野球選手になることです(中略)その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です》
3大会連続で五輪代表に選出され、3つの五輪メダルを獲得した石川佳純(31才)も具体的な夢を思い描いていたようだ。
《私の将来の夢は、オリンピックに出ることです(中略)だれからも好かれる人になって、おめでとうと応援してもらえる選手になることです》
中学校の卒業文集に《東京五輪で金メダルが取りたい!》と綴ったのは、競泳の池江璃花子選手(23才)だ。白血病を患い、その願いは叶わなかったが、東京五輪にはリレーメンバーとしての出場を果たし、今夏に行われるパリ五輪に個人種目での出場を決めている。
「スポーツをはじめ、偉業を成し遂げた人の卒業文集を読むと、小学生の頃から自分が叶えたい夢を具体的に語っていることがわかります。手書きの文章からは書き手の個性も感じ取れますし、まさに『名作』揃いですよね。
12才の子供にとって卒業の実感は湧きにくいものですが、卒業文集を書くために6年間を振り返りお世話になった人たちのことを思い出すことは、将来を意識するいい機会になると思います」(前出・教育関係者)
NPO法人「共育の杜」で理事長を務める藤川伸治さんも、卒業文集の意義をこう語る。
「児童が自分なりに考えたことや感じたこと、気づいたことを文字として残すことはとても大切です。教員が子供と対話し、一緒に生活を振り返りながら『あのときそんなふうに思っていたんだね』『その気持ちを書き残してみたら』と、彼らのなかにある感情や学びを活字にしていけるのが理想ですね」
文集を書くことのメリットは数あれど、卒業文集廃止という、新潮流は今後も続くかもしれない。
「SNSが発達した現代だと、文集がネット上に流布し、個人情報の特定につながりかねない。そこを怖いと思う人もいるでしょう。
さらに、書きたくないという子供がいたら、無理やり書かせるのか、全員で書く必要があるのかなど、卒業文集の教育的な意義も見直され始めています。小学校卒業のタイミングで自分のことを活字として残す文化は続くとしても、その形態を見直す時期になっているのかもしれませんね」(藤川さん)
学生時代の節目に「卒業文集」という形で自分の思いを残してきた世代からすると、なんとも言えない気持ちになる。
大切な思い出として手元に残してきた卒業文集は、文字通り「過去の遺物」になってしまうのだろうか。
※女性セブン2024年4月18日号

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