脅迫メールで中止となるイベント相次ぐ 逮捕されれば一生台無しなのになぜ続くのか

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ニュースで脅迫によりイベント中止、休校や休館などと報じられることが増えた。脅迫者が逮捕された場合は様々な罪状が予想されるが、そのうちのひとつ「脅迫」という犯罪は最近10年でじわじわと増加、2022年の認知件数は4037件で、4000件を超えたのは54年ぶりのことになる(令和5年版「犯罪白書」調べ)。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、脅迫によって中止という選択が増えているイベント主催側の事情を聞いた。
【写真】「スプラトゥーン甲子園2023 全国決勝大会」は延期 * * *「脅迫メールはやっかいですよ。何かあったらと思うと注意喚起をしたり、警備を強化したりするしかありません。イベントによっては中止に追い込まれるのも、お客様の安全を考えれば仕方のない話です」 都内、ゲームやアニメも含めたインターネット関連の製作会社に所属するベテランプロデューサーが語る。いわゆる「脅迫メール」だが、こうしたコンテンツに対する脅迫は止むことがない。筆者もコンテンツビジネスに関わっていた時代は類する電話やメールを稀に頂戴した。それで「何か起きた」というわけではなかったが、「何か起きる」を想定するのは当然のことで、ましてや一般客を集めるようなイベントでは大変な事態となってしまう。 もちろん、後述するが脅迫メールを送った側は逮捕、多額の賠償金の可能性がある。当たり前の話だが決して許されない、してはならない行為である。「任天堂も仕方がなかったのでしょう。安全を考えるしかありませんからね」 12月7日、任天堂は同月16日、17日に開催を予定していた『スプラトゥーン甲子園 2023 全国決勝大会』の開催延期を発表した。これまでも任天堂の社員への脅迫は執拗に続いていたが、脅迫の対象が「観客」に拡大したことでやむを得ずの判断となった。〈当社は当社社員を標的とした脅迫行為を執拗に受けておりましたが、直近におきまして、この脅迫行為の標的が「スプラトゥーン甲子園2023 全国決勝大会」の観客、スタッフ等に広がったことから、お客様の安全を最優先に考え、イベントの開催を延期する判断に至りました〉 公式にこのような発表がなされたが、同時に『スプラトゥーン3 ワールドチャンピオンシップ 2024』『マリオカート8 デラックス オンラインチャレンジ 決勝ステージ』『マリオカート8 デラックス ワールドチャンピオンシップ 2024』も延期となった。多くの善良なファンにとっては残念な延期だが、同時に甚大な損害も予想される。 また12月13日、『アニロカFES in滋賀』も出演者とともに施設の破壊や客に対する危害を告知する脅迫メールにより12月22日の公演が中止となった。〈近隣の駅で学生を刺殺する。会場内にガソリンを撒いて放火する。周辺の来場者を皆殺しにする。特定のキャストを射殺する〉 事務局責任者の「イベント中止のお詫びとご報告」としてまとめられた一文には犯行予告の要約が記されている。『ラブライブ!』シリーズの人気女性声優など多数出演するイベントだった。仕事をしているいい年した大人が多い インターネットコンテンツの制作を手掛けるプロダクション経営者からは「昨今はアニメとかゲームとか、声優以外もある」としてVTuberが挙がった。「ただでさえ配信やSNSで荒れることもあるVTuber界隈ですが、リアルなイベントとなると大変みたいですよ。あちこち脅迫で延期とか、中止に追い込まれています」 教えていただいたが、直近だけでも脅迫メールの被害を受けたVTuberのイベントは11月30日から12月11日に開催予定だった『ぷろぽりす幸子展』、12月7日から27日に開催予定だった『渋谷をジャックせよ!2』、12月8日に開催予定だった『ぶいかふぇVol.15』とある。これらは立て続けに脅迫メールによって中止、もしくは延期となっている。会場の爆破や来場者の殺害、窃盗などおぞましい行為ばかりが並ぶ。「本当に許せない行為です。これまでもこうした行為が止むことはありませんでした。まず逮捕されるというのに、なぜ脅迫メールを送るのか、理解に苦しみます」 近年の主だった脅迫事件を挙げると2019年8月、『ドラゴンクエストシリーズ』や『ファイナルファンタジーシリーズ』などゲームの開発販売などで知られるスクウェア・エニックスに「京都アニメーションの再現したろか」と脅迫メールを送った40歳の自営業の男が逮捕された。ゲームに負けて腹が立った、と供述している。 2020年の11月ごろ「関係者をマジで殺す」と同じくスクウェア・エニックスに対して脅迫メールを送った39歳の会社員の男が2021年2月に逮捕された。これもゲームに勝てないことでイライラしたことが理由だという。 2022年には『ソニックシリーズ』などのゲーム開発部門を抱えることで知られるセガサミーに「会社を放火し、社員をぶっ殺してやる」と脅迫メールを送った54歳の会社員の男が逮捕された。こちらもまた、ゲームに負けて悔しかったとのこと。 2023年にも陸上自衛隊の50代隊員が欲しいキャラクターが出ないからとゲーム運営会社に脅迫メールを送ったとして警察から連絡の上で停職処分となっている。「ネットでは無職や子どもがやったんだろ、とか言われますが、私が知る限り仕事をしているいい年した大人が多かったように思います。もちろんごく一部ですよ、本当に一部、でもその一部の脅迫メールが大変な事態を引き起こすのです」 彼の言う通り脅迫メールを送るのはごくわずか、しかしイベントは関係者やファン、周辺住民など市民を守るためにも延期や中止にせざるを得ない。卑劣極まりないが、その代償は大きい。時代にブラッシュアップできないと、うっかり「犯罪者」 脅迫メールの告知内容にもよるが、刑法では脅迫罪(刑法第222条)、強要罪(刑法223条)、業務妨害罪(偽計業務妨害罪および威力業務妨害罪・刑法233条および234条)などが成立する可能性がある。 脅迫罪は他人の生命に危害を加えるなどの脅迫行為、強要罪は脅迫によって義務でない行為を強要する行為、そして業務妨害罪は偽計業務妨害罪および威力業務妨害罪で、それぞれ特定の施設や企業、団体などに虚偽の風説や偽計(人を欺く企み)や脅迫などによって業務を妨害する行為にあたるとされる。 基本は非親告罪なので、被害者から刑事告訴のある、なしに関わらず殺害予告などの重大犯罪の可能性、かつ具体性がある場合は警察が独自判断で取り締まることもある。具体性がなくとも大量殺害や市民社会に影響の及ぶ脅迫の恐れがある場合もまた同様である。 冒頭のベテランプロデューサーが語る。「昔はネット絡みだと警察も動かないことがありましたが、近年はきちんと動いてくれます。だから泣き寝入りせずにこうしたゲーム会社やイベント主催者が訴えることが増えたという面もあると思います」 ひと昔前ならネット絡みは泣き寝入り、たしかにあった。しかし現代はそうはいかない。「ネタだから」といった冗談でも意図する、しないに関わらず処罰対象となる可能性がある。 彼は「自分もそういう面が抜けないのですが」と前置きの上で、こう警告する。「私も40代後半ですけど、ネット文化に慣れてしまって『ネットなんてそういうもの』と考えてしまう癖があるように思うのです。古いネットゲームの時代から『死ね、は挨拶みたいなもの』なんてね。そういうの、もう無理なんですけど、時代にブラッシュアップできてないと、うっかり『犯罪者』で巨額の賠償、なんてありえる話ですよね」 本稿の過去の事例や現在進行形の事例として挙げたゲームやアニメ、声優、そしてVTuberなどのイベントに対する妨害や破壊、殺害を記した脅迫メールのような重大事案となれば刑事事件としての逮捕と同時に、民事で莫大な損害賠償を請求される可能性がある。 脅迫メールは言語道断の行為、ましてや危害を加える告知は逮捕と賠償で一生が台無しになる。軽く思っているのかもしれないが、SNSなどでは「死ね」「殺す」(これに類する言葉も含む)とフランクに企業や団体、個人に投げかけているアカウントも散見されるが本当にやめたほうがいい。そうした行為は時代がどうこうではなく「ならぬことはならぬもの」であり、本来はどんな時代であっても「してはならない」行為だ。 その悪果はリアルの自分に代償として返ってくる。リアルに転じれば、もう現代のネット社会に事実上の「匿名」は存在しない。 また、もし生命を脅かす、多大な被害を及ぼしかねない脅迫メールが届いたら迷わず緊急案件として110番通報、各都道府県警察が設置するサイバー犯罪に関する相談窓口に連絡して欲しい。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
* * *「脅迫メールはやっかいですよ。何かあったらと思うと注意喚起をしたり、警備を強化したりするしかありません。イベントによっては中止に追い込まれるのも、お客様の安全を考えれば仕方のない話です」
都内、ゲームやアニメも含めたインターネット関連の製作会社に所属するベテランプロデューサーが語る。いわゆる「脅迫メール」だが、こうしたコンテンツに対する脅迫は止むことがない。筆者もコンテンツビジネスに関わっていた時代は類する電話やメールを稀に頂戴した。それで「何か起きた」というわけではなかったが、「何か起きる」を想定するのは当然のことで、ましてや一般客を集めるようなイベントでは大変な事態となってしまう。
もちろん、後述するが脅迫メールを送った側は逮捕、多額の賠償金の可能性がある。当たり前の話だが決して許されない、してはならない行為である。
「任天堂も仕方がなかったのでしょう。安全を考えるしかありませんからね」
12月7日、任天堂は同月16日、17日に開催を予定していた『スプラトゥーン甲子園 2023 全国決勝大会』の開催延期を発表した。これまでも任天堂の社員への脅迫は執拗に続いていたが、脅迫の対象が「観客」に拡大したことでやむを得ずの判断となった。
〈当社は当社社員を標的とした脅迫行為を執拗に受けておりましたが、直近におきまして、この脅迫行為の標的が「スプラトゥーン甲子園2023 全国決勝大会」の観客、スタッフ等に広がったことから、お客様の安全を最優先に考え、イベントの開催を延期する判断に至りました〉
公式にこのような発表がなされたが、同時に『スプラトゥーン3 ワールドチャンピオンシップ 2024』『マリオカート8 デラックス オンラインチャレンジ 決勝ステージ』『マリオカート8 デラックス ワールドチャンピオンシップ 2024』も延期となった。多くの善良なファンにとっては残念な延期だが、同時に甚大な損害も予想される。
また12月13日、『アニロカFES in滋賀』も出演者とともに施設の破壊や客に対する危害を告知する脅迫メールにより12月22日の公演が中止となった。
〈近隣の駅で学生を刺殺する。会場内にガソリンを撒いて放火する。周辺の来場者を皆殺しにする。特定のキャストを射殺する〉
事務局責任者の「イベント中止のお詫びとご報告」としてまとめられた一文には犯行予告の要約が記されている。『ラブライブ!』シリーズの人気女性声優など多数出演するイベントだった。
インターネットコンテンツの制作を手掛けるプロダクション経営者からは「昨今はアニメとかゲームとか、声優以外もある」としてVTuberが挙がった。
「ただでさえ配信やSNSで荒れることもあるVTuber界隈ですが、リアルなイベントとなると大変みたいですよ。あちこち脅迫で延期とか、中止に追い込まれています」
教えていただいたが、直近だけでも脅迫メールの被害を受けたVTuberのイベントは11月30日から12月11日に開催予定だった『ぷろぽりす幸子展』、12月7日から27日に開催予定だった『渋谷をジャックせよ!2』、12月8日に開催予定だった『ぶいかふぇVol.15』とある。これらは立て続けに脅迫メールによって中止、もしくは延期となっている。会場の爆破や来場者の殺害、窃盗などおぞましい行為ばかりが並ぶ。
「本当に許せない行為です。これまでもこうした行為が止むことはありませんでした。まず逮捕されるというのに、なぜ脅迫メールを送るのか、理解に苦しみます」
近年の主だった脅迫事件を挙げると2019年8月、『ドラゴンクエストシリーズ』や『ファイナルファンタジーシリーズ』などゲームの開発販売などで知られるスクウェア・エニックスに「京都アニメーションの再現したろか」と脅迫メールを送った40歳の自営業の男が逮捕された。ゲームに負けて腹が立った、と供述している。
2020年の11月ごろ「関係者をマジで殺す」と同じくスクウェア・エニックスに対して脅迫メールを送った39歳の会社員の男が2021年2月に逮捕された。これもゲームに勝てないことでイライラしたことが理由だという。
2022年には『ソニックシリーズ』などのゲーム開発部門を抱えることで知られるセガサミーに「会社を放火し、社員をぶっ殺してやる」と脅迫メールを送った54歳の会社員の男が逮捕された。こちらもまた、ゲームに負けて悔しかったとのこと。
2023年にも陸上自衛隊の50代隊員が欲しいキャラクターが出ないからとゲーム運営会社に脅迫メールを送ったとして警察から連絡の上で停職処分となっている。
「ネットでは無職や子どもがやったんだろ、とか言われますが、私が知る限り仕事をしているいい年した大人が多かったように思います。もちろんごく一部ですよ、本当に一部、でもその一部の脅迫メールが大変な事態を引き起こすのです」
彼の言う通り脅迫メールを送るのはごくわずか、しかしイベントは関係者やファン、周辺住民など市民を守るためにも延期や中止にせざるを得ない。卑劣極まりないが、その代償は大きい。
脅迫メールの告知内容にもよるが、刑法では脅迫罪(刑法第222条)、強要罪(刑法223条)、業務妨害罪(偽計業務妨害罪および威力業務妨害罪・刑法233条および234条)などが成立する可能性がある。
脅迫罪は他人の生命に危害を加えるなどの脅迫行為、強要罪は脅迫によって義務でない行為を強要する行為、そして業務妨害罪は偽計業務妨害罪および威力業務妨害罪で、それぞれ特定の施設や企業、団体などに虚偽の風説や偽計(人を欺く企み)や脅迫などによって業務を妨害する行為にあたるとされる。
基本は非親告罪なので、被害者から刑事告訴のある、なしに関わらず殺害予告などの重大犯罪の可能性、かつ具体性がある場合は警察が独自判断で取り締まることもある。具体性がなくとも大量殺害や市民社会に影響の及ぶ脅迫の恐れがある場合もまた同様である。
冒頭のベテランプロデューサーが語る。
「昔はネット絡みだと警察も動かないことがありましたが、近年はきちんと動いてくれます。だから泣き寝入りせずにこうしたゲーム会社やイベント主催者が訴えることが増えたという面もあると思います」
ひと昔前ならネット絡みは泣き寝入り、たしかにあった。しかし現代はそうはいかない。「ネタだから」といった冗談でも意図する、しないに関わらず処罰対象となる可能性がある。
彼は「自分もそういう面が抜けないのですが」と前置きの上で、こう警告する。
「私も40代後半ですけど、ネット文化に慣れてしまって『ネットなんてそういうもの』と考えてしまう癖があるように思うのです。古いネットゲームの時代から『死ね、は挨拶みたいなもの』なんてね。そういうの、もう無理なんですけど、時代にブラッシュアップできてないと、うっかり『犯罪者』で巨額の賠償、なんてありえる話ですよね」
本稿の過去の事例や現在進行形の事例として挙げたゲームやアニメ、声優、そしてVTuberなどのイベントに対する妨害や破壊、殺害を記した脅迫メールのような重大事案となれば刑事事件としての逮捕と同時に、民事で莫大な損害賠償を請求される可能性がある。
脅迫メールは言語道断の行為、ましてや危害を加える告知は逮捕と賠償で一生が台無しになる。軽く思っているのかもしれないが、SNSなどでは「死ね」「殺す」(これに類する言葉も含む)とフランクに企業や団体、個人に投げかけているアカウントも散見されるが本当にやめたほうがいい。そうした行為は時代がどうこうではなく「ならぬことはならぬもの」であり、本来はどんな時代であっても「してはならない」行為だ。
その悪果はリアルの自分に代償として返ってくる。リアルに転じれば、もう現代のネット社会に事実上の「匿名」は存在しない。
また、もし生命を脅かす、多大な被害を及ぼしかねない脅迫メールが届いたら迷わず緊急案件として110番通報、各都道府県警察が設置するサイバー犯罪に関する相談窓口に連絡して欲しい。
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。

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