吉田沙保里の兄「6歳児への暴力」を三重県警察が隠ぺい…「死んでないんでしょ?」「処罰は望まないと書け」被害者への「異常な事情聴取」

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事件から8年後の今年、当時6歳だった被害少年に対して、刑事は一枚の白い紙を渡し「今から言う通りに書いて」と言った。レスリングの町で起きた、忖度の一部始終には愕然とするほかない。
〈兄の愚行により、傷を負われたご本人とご家族の方々に深くお詫び申し上げます〉
10月30日22時ごろ、吉田沙保里さんの公式X(旧ツイッター)に、本人の署名が入った書面が投稿された。明言はしていないが、兄・栄利氏の体罰、いや「児童虐待」と言うべき行為を、本誌が11月4日号で報じたことを受けての謝罪だ。
事件を振り返ろう。
沙保里さんの兄・栄利氏は、監督を務める吉田家のレスリング道場「一志ジュニアレスリング教室」で2015年11月、当時6歳の菅原雄太くん(仮名)を3回平手で殴打。雄太くんは壁に頭をぶつけて失神・嘔吐し、救急搬送される事態となった。
Photo by gettyimages
レスリングを始めたばかりの雄太くんは、他の子に迷惑をかけていたわけでもなく、ただ基礎練習中に泣いていただけだった。つまり栄利氏は、指導とは関係なく、幼児に対して無用な暴力をふるったということだ。
「泣き止まなかったもので、『泣くな』と言って、パチンと叩いてしまった」
『週刊現代』本誌の直撃に対し、栄利氏はこう語り、暴行の事実を認めている。
雄太くんと、その父で一志ジュニアのコーチを務めていた孝之さん(仮名)は事件後、別のレスリング教室へ移らざるを得なかった。これまで8年の長期にわたって、吉田家の人々から面と向かっての謝罪はなかった。
しかし、本誌のスクープのあとで進展があった。冒頭の謝罪文掲載の直前、10月28日夜に、栄利氏、沙保里さん、母・幸代さんが関係者とともに菅原家を訪れて謝罪したのだ。孝之さんが語る。
「私が仕事で立ち会えなかったことと、息子が急に栄利さんと顔を合わせることへの不安もあり、私の父が応対しました」
実は、孝之さんの父は、沙保里さんたちの父の故・吉田栄勝氏とともに一志ジュニアを作った、いわば共同創設者だ。2014年に栄勝氏が急逝し、栄利氏が道場を継いでからは運営にかかわっていないが、吉田家とは40年来の付き合いになる。
「栄利さんは『雄太くんのことは本当に申し訳ありませんでした』と頭を下げ、幸代さんも土下座して謝ったそうです。
ただ、息子や私に対する直接の謝罪はまだですし、8年も経ってから頭を下げられても、どのように受け止めたらいいのか……。なぜ長期間放っておいたのか、どうして殴ったのか、せめて正直に語ってほしいという思いです。もし記事が出ていなかったら、この件はそのまま闇に葬るつもりだったのでしょうか」(孝之さん)
一方で、この事件にはもうひとつ、別の大きな問題が残っている。それは地元警察が菅原さん親子に事情聴取した際、事件化をあきらめるよう恫喝し、そればかりか「虚偽の書面」を雄太くんに書かせたということだ。
本誌前号でも触れた通り、孝之さんは今年7・8月に計2回、雄太くんと地元の三重県警津南署を訪れた。
「雄太が事件当時のことを詳しく話し始めたのは、今年に入ってからでした。傷害事件の時効が10年ということは前もって調べていましたが、8年も経ってしまったこともあり、警察が取り合ってくれるかどうか分からなかったので、手続きの方法や感触を聞こうと思ったのです」(孝之さん)
ところが事件の概要を聞いた警官は、二人を別々の取調室に連れて行った。そして孝之さんの事情聴取を始めると、あからさまに事件化に難色を示したのだ。
「その警官は『レスリングの指導中に殴られたのなら、指導の範囲内だから違法性阻却事由(犯罪とみなされない理由)になる。ちょっと難しいな』と、『刑事事件にはできない』の一点張りでした。挙げ句『裁判したらカネも時間もかかる。息子さんにも悪い影響が出ますよ』と、脅すような口ぶりで言われたのです。
さらに2回目の事情聴取では『知り合いのレスリング経験者から聞いたんですが、あそこ(一志ジュニア)は体罰をするクラブらしいじゃないですか。知っていてお宅は息子さんを入れたんでしょ』とまで言われました。あまりにおかしいと思い『顔をあざだらけにされて、救急車で運ばれたんです。私たち親の気持ちがわかりますか』と反論したら『でも、死んでないんでしょ?』と返され、絶句しました」
事情聴取の最後、警官は孝之さんに一枚の白い紙を渡した。そして「これは事件にしません、と書いてください」と言い出した。孝之さんは拒否して、警察署をあとにした。
だが、警察の異常な言動はそれだけではなかった。雄太くんが帰りの車中で「『今から刑事さんが言う通りに書いて』と言われて、紙を書かされた」と明かしたのだ。
「雄太を聴取した警官も、『本当はお父さんに無理やり言わされとるんやろ』『お父さんにも殴られてるんやないの?』『(栄利氏と孝之さんの)どっちが加害者だかわからんよな』などと言ったそうです。そして、私にさせようとしたのと同じように、白紙に『事件化は望まない』という旨を書かせていたのです」(孝之さん)
雄太くんは警官に言われるがまま、殴打された日時や場所などの事実関係を記した。それからこう書いて、署名し拇印を押すように指示された。
〈僕の通っていたレスリング道場は厳しくて有名で、僕もレスリングがうまくなるなら殴られてもいいと思い、通っていたこともあるため、吉田先生に対して懲役や罰金などの処罰を望みません〉
雄太くんの話を聞いて、孝之さんは愕然とした。
「雄太が『レスリングがうまくなるなら殴られてもいい』なんて思っているわけがないし、言うはずもありません。警察側の思惑を強制的に書かされたとしか思えない。密室で警官に『こう書け』と言われて、中学生の子が拒めるでしょうか」
事実、この文面は雄太くんの本心とはまったく異なるものだったと断言できる。今回、本誌の取材に対しても、雄太くんはこう話したのである。
「刑事さんに『先生(栄利氏)をどうしたいの?』と聞かれたので、僕は『(一志ジュニアの)監督を辞めてもらいたいです』と言いましたが、刑事さんの返事は『それはレスリング協会に言わなきゃダメだ』『これがニュースになったら、学校で嫌がらせをされるかもしれない』というものでした。あの文章は僕が考えて書いたものではなくて、刑事さんが書いたものです」
10月に入り、孝之さんは抗議のため再び津南署を訪れ、この書面を直接確認した。コピーや写真撮影は拒まれたものの、前記した通りの文面に間違いなかったという。
スポーツ法や体罰に詳しい、弁護士の下出太平氏が指摘する。
「まず、いまのスポーツの現場で『殴られても仕方ない』という認識はあり得ませんし、事情がどうあれ、暴力を容認する余地は一切ありません。
さらに、雄太くんの言う事実関係をもとにすれば、彼は事情聴取の際、『人によっては暴力も許されることがあるんだ』『このことは問題にしちゃダメなんだ』と思わされるような状況のもとで、この件を事件化するかどうか考えさせられていたことになります。被害当事者に対する『二次被害』につながりかねないように思います」
国民栄誉賞受賞者である吉田沙保里さん、そして一志ジュニアの名は地元の津市や三重県では金看板である。11月3日から5日には、沙保里さんの名を冠したスポーツ施設「サオリーナ」で、全国から小中学生が参加するレスリング大会「吉田沙保里杯」が開かれた。大会には、一志に本社をおく有名食品メーカー「おやつカンパニー」など、多くの地元企業の支援が集まっている。
だが、もしこうした地元の空気が「吉田家の名に傷をつけてはならない」という忖度を生み、警察という公権力にさえも強く影響して、「事件を握りつぶす」方向へと作用しているとしたら……。津南署の異常な対応は、そうした疑念を抱くに十分すぎるものだ。
編集部が津南署に事実関係と見解について訊くと、「ご相談者に対し配慮に欠ける不適切な点がありました。真摯に反省し、お詫び致しました。個別の質問に対しては差し控えさせて頂きたく思います」と回答があった。
本誌報道のあと、ネット上では被害者家族に対して「8年前の話を蒸し返すなんて」といった批難も少なからず出ている。このような状態で、日本のスポーツ界から体罰や暴力が本当になくなる日は来るのだろうか。

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