日本人も少し落ち着こう…中国人観光客が復活しても「もう“爆買いの再来”はない」と考えた方がいい理由と「今中国人が直面している恐慌の本質」

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8月24日に始まった、福島第一原発処理水の海洋排水。すでにメディアが報じているように、中国、香港、韓国などで激しい反発を巻き起こしている。
ただ中国政府が打ち出した、日本からの海産物全面輸入禁止、そして香港政府の10都県からの海産物輸入禁止という措置が、一部で「想定外だった」と言われていることにちょっと驚き。普通に考えて日本の水産業及び関連事業者及びそれぞれの地域で日本食品に関わる事業を営む人たちが一番に甚大な被害を受けることを考えていなかったのか。
それに加えて、コロナ対策緩和後この8月にやっと再開された日本行き団体旅行のキャンセル、中止などが始まったという。これから9月から10月にかけて中国ではばらばらと連休が続き、その間の日本向けツアー需要が高まり、一部では日本ツアーがすでに予約で満杯状態だと報道されたばかりだった。
つまり、中国人観光客の到来を待ちかねていた、日本の観光業界には不安この上ない事態だが、この動き、あまりにも既視感がある。2012年に尖閣諸島の国有化から始まった日中関係の膠着時の動きとそっくりだ。
あれもやはり国慶節前だった。もちろんどちらも日本のアクションが引き金になっているのでその時期が重なったのは偶然だが、中国という国ではそういうプロトコルが出来上がっているのだろうか?とちょっと笑ってしまった。
Gettyimage
というのも、確か2017年に韓国が同国米軍基地における対北朝鮮用のミサイル迎撃システム配備を認めた時も、反対を唱えた中国はまず観光客を引き上げてみせた。そして、当時中国人芸能人を上回る人気を得ていた韓国人芸能人の国内メディア登場をすべてキャンセルさせてしまった。
その後、中国と韓国の関係は、穏やかにはなっているものの、大して改善していない。ただ、民間の韓国好きは復活していて韓国への旅行は人気が高い。そして日本もその後中国人の個人旅行受け入れを始め、以前のような団体ツアーだけではなく、それこそ消費意欲に燃えた中産階級の家族旅行が押し寄せ、そこからいわゆる「爆買」が注目を浴びたのだった。
ふと振り返ってみると、これって、今年7月に在任わずか半年余りの秦剛に代わって外相に返り咲いた王毅の、第一期外相時代にぴったり重なる。外遊先で習近平の目に止まり、その結果、駐米大使(これも異例と言われた任命だったが)から3段飛びで外相になった秦剛が失速したのは、王毅派閥のやっかみが一因とも言われている。その秦剛に代わり、「戦狼外交の始祖」と呼ばれた王毅は、ここにきて再び10年前と同じ道を歩もうとしているのだろうか。
とはいえ、2012年の団体ツアー中止は旅行業界関係者から、「日本観光ビザの申請自体を観光業当局に止められた」という証言がいくつも出ていた。
だが、今回の動きにもそうした指令が出ているのか、それとも「放射能を含んだ廃水投棄!」と叫ぶ国内報道に不安を感じた人たちによる自然なキャンセルなのかはわからない。日本国内でも海洋廃棄には異論はあるし、当事者たちも風評被害を心配しているなか、外国人が不安を感じるのは当然のことだからだ。
ただ、これが中国人観光客の「爆買」を中毒症状のように経済効果につながると期待する日本の経済界を、「干してやる」という意図を掲げた動きだとしたら、本当にそれは功を奏するのだろうか?
筆者は、日本には「爆買」中国人観光客の到来を期待する声は根強いが、ポストコロナの中国ニュースや実際に香港で目にしてきた傾向を見る限り、彼らが戻ってきてもいわゆる「爆買」の再来はほとんどないだろうことをきちんと理解しておく必要があると考えている。
もし、ここで中国人観光客の訪日がスローダウンするのであれば、そのことをきちんと理解するグッドチャンスだと思う。
というのも、中国国内の消費構造は、過去3年間のコロナ感染拡大期(以下、「コロナ期」)を経て大きく変わってしまった。このことは中国メディアでは毎日のように論じられているのだが、なぜか日本語のメディアではあまり現実味を持って語られていない。
彼らの消費構造が変わった原因は、コロナという得体のしれない感染症のまん延と、中国政府がその撲滅を掲げて常軌を逸する政策を強行に推進したことが大きい。中国ではコロナに感染して亡くなった人が周囲にまったく存在しないという人はいないと言われるとおり、目に見えない伝染病が次々と人の命を奪っていくのを目の当たりにして、人々は「生き伸びる」ことについて真剣に考え始めたのだ。
また、昨年11月に起きた、いわゆる「白紙運動」で不満が噴出したとおり、政府の「公共」を謳う政策の下、自分たちの尊厳や意志、さらには権利までが虐げられ、完全に無視されたことへの怒りが、じわじわと政府不信に転嫁していることがある。
というと、気の早い人たちは一足飛びに「反政府活動だ!」と騒ぎ出すだろうが、そういうレベルの話ではない。
中国人はここ10年あまり、自分で稼いで手にしたお金で消費意欲を発散させることで、「権利」や「自由」という感覚を身に着けた。もちろん、それは我われの目からすれば、ただの代替品でしかないわけだが、彼らはまたこれまでの中国の歴史で初めて謳歌できるそんな「権利」や「自由」を自分にとって当然のものだと理解した。それが、政府のコロナゼロ政策によって有無をいわさず粉砕されたことに衝撃を受けた。
その結果、人々の心に刻みつけられたのは、「政府のキャンペーンに乗ってはならない」という反発心だ。もちろん、それを公の場でそのまま声にしたり、直接行動に出れば、あっという間に拘束される。情報取得に長けた彼らはそのことすらも理解しており、この傾向は上記の理由からかつて「爆買」を最もエンジョイしていた中産階級たちの間で際立っている。
加えて、コロナ期以降、中産階級の客観的生活条件が大きく変化したことも中国の消費活動を大きく変えた。
彼らは2000年代に出現した、高学歴高収入の世代である。英語とIT技術に力を入れた新しい教育を叩き込まれた彼らは、新たな経済時代の波に乗った。その彼らが結婚して家庭を持ち、子どもを作り、家を買い、車を買う……それがここ10年ほど目にしてきた中国の急速な消費社会の基本形だった。
だが、厳しい新型コロナ対策が、その経済サイクルを断ち切った。それとほぼ同時に、政府が「阿里巴巴 Alibaba」(アリババ)や「騰訊 Tencent」(テンセント)など、経済の急速成長を支えて自らも巨大企業となったIT企業に対する厳しい規制を始めた。そこに米国による対中経済制裁が追い打ちをかけ、その結果、外部経済サイクル(政治主導の制裁)、内部経済サイクル(国内経済及び個人消費)がどちらも混乱に陥った。
そして、経済界で資金流通サイクルが断裂した。次々に起こる不動産会社のデフォルトもそのせいだ。今までうまく回っていたのは実は右のものを左に回す形の「ギリギリ」経済で、それがここにきて一つのショートが起こり、あるいはあちこちに頻発した小さな亀裂が、業界全体さらには経済全体に波及してしまった結果である。
それが個人経済にも影響した。つい3年前、ブイブイ言わせていた大手IT企業(中国語では「大きい工場」を意味する「大廠」と呼ばれる)がここにきて、部門をまるっと閉鎖したり、手放したりして、大量の解雇者を出したことは、彼らの成長の勢いに乗って我が世の春をエンジョイしてきた中産階級たちに実質的にも精神的にも衝撃を与えた。
そして、「生き延びること」が次第に彼らの目標になったのだ。
しかし、そんな経済状況下において、解雇された中年労働者を採用する企業はそう簡単に見つからない。しかたなくマイカーを使って配車予約サイトに運転手として登録するのがブームになったものの、運転者激増で一部都市部では登録受付自体がストップされてしまうという状況も起きている。これがさらに現職者を含め、中産階級に「崖っぷち感」をもたらした。
もちろん、家も車も所有する中産階級の彼らは、すっからかんの底辺の人たちに比べれば幸せかもしれない。だが、それなりの高等教育を受け、それなりに経験を身につけ、プライドもある人たちが突然その社会的な地位を失うという現実は、恐慌を引き起こした。
そして、人々は財布の紐を引き締め始めた。自分の身に同じことが起きないとは誰も断言できない……これまで飛ぶ鳥落とす勢いだった中産階級たちが一挙に守りの体制に入り、人々は以前ほどお金を使わなくなり、すでに経済面でも消費経済の落ち込みぶりは政府が改善措置を日々講じるほどになっている。
今年3月と6月に2回、香港に滞在した筆者は、そこでこれまでとまったく違う中国人観光客の姿を目にした。
まずそのほとんどが、20代から30代の若い世代であること。そして、ほとんどがカップル、あるいは友人グループで街をそぞろ歩き、香港人市民に混じって安価な街中レストランでパンや麺を頬張っていること。さらに、筆者が実際に言葉を交わしたそんな観光客の目的が、街のそぞろ歩きだったり、海辺でぼんやり過ごすことだったり、ハイキングだったり、美術館周り……と、体験型だったことはとても新鮮な発見だった。
「香港は女子一人でハイキングしても安全だと聞いた」と、香港には初めて来たという、まつ毛エクステと長いネイルが特徴的な女性は言った。
「ブランドには興味ない。街角のお店で香港名物の『波羅油』(メロンパンにバターを挟んだもの)を食べたいの」と、やはり香港初訪問の大学生も言った。中国とは流儀が違う、香港の大衆カフェでは「これどうやって食べるの?」と尋ねているカップルもいた。
香港にも以前は、子連れの見るからに中産階級がブランド品買い物袋をぶら下げて闊歩していた。それがすっかり、香港人とは違うおしゃれをして、旧英国植民地を思わせる風景などいわゆる「インスタ映え」(あるいは中国のSNS「小紅書」だが、実際には多くの若者がインスタにアカウントを持っている)する街角でポーズを取る若者が雲集するようになっていた。
実際に消費額にも明らかな変化が現れている。香港紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」が引用した香港観光振興局のデータによると、今年に入って7月までに香港入りした1649万人の訪問客のうち、80%を中国からの来訪者が占めた。だが、中国からの観光客一人あたり平均消費額は2019年の5990香港ドル(約12万円)から、今日約2198香港ドル(約4万1000円)とほぼ3分の1となっていることが明らかになっている。
中国国内の香港イメージは中国政府による2019年の「暴乱」キャンペーンの影響を受けて大きく減退した。それでも、若者たちは好奇心をもって香港にやってきている。そして同じように、中国政府が国内で振り回すネガティブキャンペーンにもかかわらず、日本にやってくる中国人個人旅行者はいる。そんな彼らこそ、「本当の日本を知りたい」という思いを抱いているはずだ。
今、筆者が興味を持って注目しているのは、中国、そしてそれに追従する香港の政府が、どんなタイミングで日本水産品の輸入を解禁するかだ。処理水の海洋廃棄は約30年続くと見られている。中国の戦狼外交プロトコルの期限はさていつなのだろう?
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