徴用工問題で進展も、「ちゃぶ台返しに遭う恐れが」 なぜ日本側は譲歩した?

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韓国は“ゴールポストを動かす国”と評される。合意形成にいたっても、簡単にちゃぶ台をひっくり返してしまうからだ。日韓両国間で積み残しの懸案とされてしまった「徴用工問題」で、このたび見られた進展。だが、あっさり葬り去られる心配はないのか。
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【写真を見る】ソウルの龍山駅広場に設置された「徴用工像」 桜の花もほころぶ春の訪れか、日韓関係の雪解けか。韓国大統領が4年ぶりに訪日した。日本での両国の首脳会談は、5年ぶりのこととなる。

「双方の思惑が一致した結果ですね」 とは全国紙外信部デスク。「北朝鮮の核・ミサイル開発や、中国を除いたサプライチェーンの構築といった共通の課題への対処が急がれています。韓国は『共に民主党』の文在寅前政権時代に傷んだ日米との関係を早く立て直す必要があり、日本としても今回が千載一遇の好機と見たのです」笑顔のウラには互いの事情ひとまず安堵できる「解決策」 岸田文雄総理(65)と尹錫悦大統領(62)がまず乗り越えなければならなかったのは、いわゆる「徴用工訴訟問題」という壁である。「1965年の日韓請求権協定で、徴用工への賠償問題は解決されたはずでした。ところが文政権下の2018年10月、韓国の最高裁にあたる大法院が〈(個人の請求権は)協定の適用対象に含まれたとは言い難い〉と判断。日本企業は、裁判を起こした元徴用工への賠償を求められ、韓国国内の資産を現金化される危機に瀕していたのです」(同) そして今般、尹大統領の指示を受けて韓国外相が示した「解決策」は、ひとまず日本を安堵させた。「徴用工訴訟の原告には、韓国政府傘下の『日帝強制動員被害者支援財団』が賠償金相当額を支払う、すなわち日本企業は支払わなくてよい、といった案が軸になっているのです」(同)「一般の国民が反対しているという印象は受けない」 元駐韓大使で外交評論家の武藤正敏氏が言う。「日本企業に賠償を求めないという案は、韓国の国内で批判を浴びる可能性がありました。そうした中で今回の決断を下したことは評価に値すると思います。麻生太郎自民党副総裁が昨年11月、韓国で尹大統領と会った際には“たとえ支持率が10%に落ちても韓日関係の改善をやる”と伝えられたと聞いています」 解決策の公表後に実施された世論調査では、政権の支持率は38.9%。下落幅は4ポイントにとどまった。 武藤氏が続ける。「週末にはソウル市内で反対派の集会が開かれ、韓国内で『解決策』に絞って是非を問うと反対の声が6割を占めます。ただ、表向きの態度と本意は別物。支持率の推移を見ても明らかなように、今のところ一般の国民が強く反対しているという印象は受けません」 麗澤大学客員教授の西岡力氏は、日本政府の対応に一定の評価を与える。「韓国側は日本側に新たな謝罪を求めていましたが、岸田首相は“謝罪”という言葉は使わず、単に“歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる”と表明した。そこはよかったと思います。その歴史認識の中には、菅義偉政権で閣議決定された“戦時労働は強制連行・強制労働ではない”という見解も含まれているからです」致命的な欠陥も しかし、解決策も完全ではない。例えば先の外信部デスクはこう指摘する。「韓国側が日本に債務の支払いを求める求償権の放棄が解決策には盛り込まれていません。つまり、将来的に日本企業が再び賠償を求められる可能性がある。これは致命的欠陥です」 他ならぬ岸田総理自身、煮え湯を飲まされた苦い経験をもつ。15年12月、安倍政権の外相として、当時の朴槿恵政権との共同声明で〈日韓間の慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する〉と発表したにもかかわらず、続く文政権により合意を一方的に破棄されたのだ。 そんな経緯もあって、総理はかねて周囲に、「前の(文)政権とは世界中の首脳が意思疎通できなかった。唯一の話し相手は北朝鮮の金正恩総書記くらいだったんじゃないか」 などと零(こぼ)しつつ、「尹大統領とはまともに話ができる。徴用工らが日本企業に賠償を求めないと確認さえできれば、話し合いに応じていい」 と、期待感を口にしていたという。米国からのプレッシャー ならばなおさら、どうして「求償権の放棄」が含まれていない解決策をのんでしまったのか。 この点、政治ジャーナリストの青山和弘氏によると、「日本側は当然、韓国側に対して求償権の放棄も解決策に盛り込むよう交渉を続けてきました」 ということらしいが、ついに要求はかなわずじまい。なぜなら会談そのものを急ぐ必要に迫られていたのだ。「現時点で日韓首脳会談を行わなければ、きたる5月に予定される広島のG7サミットに尹大統領を招待し、日米韓で対中及び対北問題について話し合うこと自体難しくなる。米国から日韓関係の早期改善を求めるプレッシャーも強くかかっており、岸田首相もこのタイミングで韓国側に妥協せざるを得なかったのです」(同)ちゃぶ台返しに遭う恐れ 十全の成果を得られなかった岸田総理に比して、尹大統領は株を上げた。「米国は尹大統領へのご褒美とばかり、4月に国賓待遇で迎えると発表しました。バイデン政権での国賓待遇はフランスのマクロン大統領に続く2例目です。尹大統領も自尊心をだいぶくすぐられたのではないですか」(前出・武藤氏) やんぬるかな。またも勝ちは韓国か。外務省で日米安全保障課長などを歴任し、岸田政権でも内閣官房参与を務める外交評論家の宮家邦彦氏は、「今回の外交は100点満点ではないかもしれません。でも、全体の利益を考えた時に日韓で妥協できる点があるなら、多少は譲歩することもひとつの政治判断。岸田さんの判断は間違ってはいないと思います」 と語るのだが、一方で先の西岡氏の次のような危惧も無視はできまい。「韓国の野党第1党『共に民主党』の代表は解決策について“屈辱的賠償案”だと述べています。彼らがもう一度政権を握るようなことがあれば、それこそ『慰安婦問題日韓合意』が文政権時代に覆されたのと同じように、ちゃぶ台返しに遭う恐れがあります」レーダー照射問題 思えば、日韓両国間には問題が山積みだ。とりわけ「徴用工訴訟問題」の次に解決が急がれるのが「レーダー照射問題」だろう。「韓国海軍の駆逐艦が18年、海上自衛隊の哨戒機に攻撃用の火器管制レーダーを照射した一件を巡る問題です。韓国側は自衛隊機が低空飛行で接近して“威嚇飛行”を行ったと主張しましたが、自衛隊側は映像資料を公開し、その事実を否定しています。韓国側は今回の解決策を発表した際、わざわざ国防部から“哨戒機に関する案件は強制徴用問題と関係ないもの”との発表を行っています」(前出・外信部デスク) 緊張緩和と善隣友好への道険し。日韓関係に本当に「サクラサク」日は訪れるか。「週刊新潮」2023年3月23日号 掲載
桜の花もほころぶ春の訪れか、日韓関係の雪解けか。韓国大統領が4年ぶりに訪日した。日本での両国の首脳会談は、5年ぶりのこととなる。
「双方の思惑が一致した結果ですね」
とは全国紙外信部デスク。
「北朝鮮の核・ミサイル開発や、中国を除いたサプライチェーンの構築といった共通の課題への対処が急がれています。韓国は『共に民主党』の文在寅前政権時代に傷んだ日米との関係を早く立て直す必要があり、日本としても今回が千載一遇の好機と見たのです」
岸田文雄総理(65)と尹錫悦大統領(62)がまず乗り越えなければならなかったのは、いわゆる「徴用工訴訟問題」という壁である。
「1965年の日韓請求権協定で、徴用工への賠償問題は解決されたはずでした。ところが文政権下の2018年10月、韓国の最高裁にあたる大法院が〈(個人の請求権は)協定の適用対象に含まれたとは言い難い〉と判断。日本企業は、裁判を起こした元徴用工への賠償を求められ、韓国国内の資産を現金化される危機に瀕していたのです」(同)
そして今般、尹大統領の指示を受けて韓国外相が示した「解決策」は、ひとまず日本を安堵させた。
「徴用工訴訟の原告には、韓国政府傘下の『日帝強制動員被害者支援財団』が賠償金相当額を支払う、すなわち日本企業は支払わなくてよい、といった案が軸になっているのです」(同)
元駐韓大使で外交評論家の武藤正敏氏が言う。
「日本企業に賠償を求めないという案は、韓国の国内で批判を浴びる可能性がありました。そうした中で今回の決断を下したことは評価に値すると思います。麻生太郎自民党副総裁が昨年11月、韓国で尹大統領と会った際には“たとえ支持率が10%に落ちても韓日関係の改善をやる”と伝えられたと聞いています」
解決策の公表後に実施された世論調査では、政権の支持率は38.9%。下落幅は4ポイントにとどまった。
武藤氏が続ける。
「週末にはソウル市内で反対派の集会が開かれ、韓国内で『解決策』に絞って是非を問うと反対の声が6割を占めます。ただ、表向きの態度と本意は別物。支持率の推移を見ても明らかなように、今のところ一般の国民が強く反対しているという印象は受けません」
麗澤大学客員教授の西岡力氏は、日本政府の対応に一定の評価を与える。
「韓国側は日本側に新たな謝罪を求めていましたが、岸田首相は“謝罪”という言葉は使わず、単に“歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる”と表明した。そこはよかったと思います。その歴史認識の中には、菅義偉政権で閣議決定された“戦時労働は強制連行・強制労働ではない”という見解も含まれているからです」
しかし、解決策も完全ではない。例えば先の外信部デスクはこう指摘する。
「韓国側が日本に債務の支払いを求める求償権の放棄が解決策には盛り込まれていません。つまり、将来的に日本企業が再び賠償を求められる可能性がある。これは致命的欠陥です」
他ならぬ岸田総理自身、煮え湯を飲まされた苦い経験をもつ。15年12月、安倍政権の外相として、当時の朴槿恵政権との共同声明で〈日韓間の慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する〉と発表したにもかかわらず、続く文政権により合意を一方的に破棄されたのだ。
そんな経緯もあって、総理はかねて周囲に、
「前の(文)政権とは世界中の首脳が意思疎通できなかった。唯一の話し相手は北朝鮮の金正恩総書記くらいだったんじゃないか」
などと零(こぼ)しつつ、
「尹大統領とはまともに話ができる。徴用工らが日本企業に賠償を求めないと確認さえできれば、話し合いに応じていい」
と、期待感を口にしていたという。
ならばなおさら、どうして「求償権の放棄」が含まれていない解決策をのんでしまったのか。
この点、政治ジャーナリストの青山和弘氏によると、
「日本側は当然、韓国側に対して求償権の放棄も解決策に盛り込むよう交渉を続けてきました」
ということらしいが、ついに要求はかなわずじまい。なぜなら会談そのものを急ぐ必要に迫られていたのだ。
「現時点で日韓首脳会談を行わなければ、きたる5月に予定される広島のG7サミットに尹大統領を招待し、日米韓で対中及び対北問題について話し合うこと自体難しくなる。米国から日韓関係の早期改善を求めるプレッシャーも強くかかっており、岸田首相もこのタイミングで韓国側に妥協せざるを得なかったのです」(同)
十全の成果を得られなかった岸田総理に比して、尹大統領は株を上げた。
「米国は尹大統領へのご褒美とばかり、4月に国賓待遇で迎えると発表しました。バイデン政権での国賓待遇はフランスのマクロン大統領に続く2例目です。尹大統領も自尊心をだいぶくすぐられたのではないですか」(前出・武藤氏)
やんぬるかな。またも勝ちは韓国か。外務省で日米安全保障課長などを歴任し、岸田政権でも内閣官房参与を務める外交評論家の宮家邦彦氏は、
「今回の外交は100点満点ではないかもしれません。でも、全体の利益を考えた時に日韓で妥協できる点があるなら、多少は譲歩することもひとつの政治判断。岸田さんの判断は間違ってはいないと思います」
と語るのだが、一方で先の西岡氏の次のような危惧も無視はできまい。
「韓国の野党第1党『共に民主党』の代表は解決策について“屈辱的賠償案”だと述べています。彼らがもう一度政権を握るようなことがあれば、それこそ『慰安婦問題日韓合意』が文政権時代に覆されたのと同じように、ちゃぶ台返しに遭う恐れがあります」
思えば、日韓両国間には問題が山積みだ。とりわけ「徴用工訴訟問題」の次に解決が急がれるのが「レーダー照射問題」だろう。
「韓国海軍の駆逐艦が18年、海上自衛隊の哨戒機に攻撃用の火器管制レーダーを照射した一件を巡る問題です。韓国側は自衛隊機が低空飛行で接近して“威嚇飛行”を行ったと主張しましたが、自衛隊側は映像資料を公開し、その事実を否定しています。韓国側は今回の解決策を発表した際、わざわざ国防部から“哨戒機に関する案件は強制徴用問題と関係ないもの”との発表を行っています」(前出・外信部デスク)
緊張緩和と善隣友好への道険し。日韓関係に本当に「サクラサク」日は訪れるか。
「週刊新潮」2023年3月23日号 掲載

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