〈「撮影のときだけスタッフをかき集めている」“手厚い介護”も“豪華な食事”もすべてウソ…人手不足をごまかす「兵庫県の高級老人ホーム」の悪質実態〉から続く
「ある調理人がお食事に使用する“とろみ剤”のケースの蓋を開けたときのことです。蓋の裏がカビだらけだったというのです」。高級感を売りにする関西の富裕層をターゲットとした老人ホーム「真理の丘」(仮名)。ところが関係者に取材すると、施設が“売り”とする介護内容や食事内容はウソばかり。月額利用料40~50万円する施設に何が起きたのか? ノンフィクションライターの甚野博則氏の最新刊『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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写真はイメージ getty
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他にも柴山さん(仮名、元スタッフ)は、この施設の運営に疑問を持っている。それは、施設最大の特徴であるレストランについてだ。
「各階に和食、洋食、中華などのレストランがあると謳っていますが、入居者さんに提供されるお料理は、一部を除き一カ所の調理場で作っています。職員も同じ料理を食べることができるので何度か食べましたが、味が薄いことが問題ではなく、コクと旨味がないんです。調理場のスタッフに聞くと『出汁なんてとってませんから、味付けは全て味の素です』と言っていました。味の素で味付けされた料理を入居者さんたちは知らずに召し上がっています」
1階にあるセントラルキッチンで作ったものを、あたかも各階のレストランで作っているかのように見せているというのである。
さらに調理場の責任者は、理事長から常日頃「経費削減」を命じられ苦労しているそうだ。経営者から見れば経費削減を従業員に求めるのは当然といえば当然である。しかし真理の丘では、行き過ぎた経費削減を強いているようで、現場ではさまざまな問題が噴出しているというのだ。
「調理場には窓がないんです。施設がオープンした当初はクーラーもありませんでした。そのため、当時の調理場は湿気だらけでした。ある調理人がお食事に使用する“とろみ剤”のケースの蓋を開けたときのことです。蓋の裏がカビだらけだったというのです。そのことを調理部の上司に相談すると、『そのまま使用するように』と指示され、結局、そのまま使ったと聞いて驚いたことがありました」
食材の経費も抑えているため、例えば提供しているうなぎは中国産だという。あるとき調理人が、硬くてゴワゴワとしたうなぎを見ながら、こんなうなぎを提供してもいいのだろうかと責任者に聞くと、「皮をげ」と命じられた。皮をがれて小さく貧相な姿になったうな重を和食レストランで提供していたというのだ。
そんなクオリティーのレストランを運営していながら、この施設では入居者にアンケートを取ったことがある。恐らく現場の実情を知らないワンマン経営者の発案だろう。現場のスタッフは相当焦ったに違いない。案の定、その結果を見た経営者は調理責任者に対してこう激怒したという。
「〇〇君、食事が不味い、お茶まで不味いと書かれてるやないか。茶くらいましなものが出せんのか!」
経費削減を求めながら品質も向上せよと、いかにもワンマン経営者が言いそうなことだ。そうした経営幹部の理不尽な要求に嫌気がさして辞めたスタッフも数多いと柴山さんは語る。
施設にあるレストランの中で最も格式が高いのが最上階にある鉄板焼き店だ。カウンター席に座ると、正面の窓からは海が見え、個室も完備されているという。だが、鉄板焼き店は、ほとんど営業していないというのだ。どういうことなのか。
「主に理事長が使うときに店を開けています。もちろん利用者さんが時々誕生日パーティーを開くこともありますが、それほど多くありません。たいてい閉まっていますよ」
レストランの数が多いというだけで、食事内容も豪華ではないと柴山さんは続ける。
「ある日の食事で、デザートにみかんが出るとメニューに書かれていたことがありました。当然、みかんが1個出るのかと思っていたら、1房なんです。もう衝撃でした。月に40万も50万も払っている利用者さんに、たったの1房って……」
とろみ剤の事例を見てもわかるように衛生管理もいい加減だという。
介護の際に使用するゴム手袋は、もったいないという理由で片手だけ着用するよう指示されたり、入居者ごとに手袋を交換する必要はないと命じられたこともあったそうだ。
夏や梅雨の時期は、下水の臭いが施設の1階に立ち込める。排水管に問題があるようだが、修理する気配はないという。
「ある日、玄関まで臭っていて、ピアノの先生が今日は雨だから(臭いが)凄いよね、なんて話したこともあります」
極めつけは、施設内で疥癬が流行したことがあるという。疥癬とは、ダニの一種が人の肌に寄生して激しいかゆみを引き起こす皮膚病である。

「多くの利用者さんが疥癬になって、それもずっと黙ってました。さすがにスタッフがいろいろ言うようになったら、施設も仕方なくアナウンスしたのですが、『気になったら対策してくださいね』くらいの感じで、全然対策を取らなかったこともありましたよ」
驚くのはこれだけではない。真理の丘に前代未聞の“大事件”が起こったのは2023年の春だ。柴山さんが打ち明ける。
「実は爆破予告があったんですよ」
柴山さんの話によれば、何者かが施設にメールで爆破予告をしたというのである。柴山さんが異変に気付いたのは、ある日突然、従業員用の出入り口の暗証番号が変わったことや、パトカーが施設周辺を見回りに来ているのを見たときだった。当時の上司に、何で暗証番号が変わったのかと聞くと、爆破予告がメールで届いていたことを渋々明かしたというのである。
「もちろん爆破されることはありませんでしたが、私のほうから聞かなければスタッフにもそうした事実を知らせようとしなかったんです。スタッフだけでなく、入居者さんやご家族には今も何も知らせていません。こんな大事なことを隠蔽しておくこと自体、異常だと思いませんか?」
その柴山さんの話を裏付けるように、前出の赤山さんがこう話す。
「ああ、爆破予告ですよね、はいはい」
意外にも冷静な反応だった。そしてこう続けたのである。
「私が聞いているだけでも、爆破予告は2回あったんです」
幸いにも大事件に至らなかったものの、仮に、何も知らない家族が施設を訪ねてきたときや、入居者が散歩に出かけたときなどに爆発が起きたらどうするつもりだったのか。死傷者を出したらどう責任を取るのか。富裕層が多く入居する高齢者施設だからこそより一層の警戒が必要なはずだ。
しかしその後、真理の丘が取った対応策について聞くと、危機管理意識が驚くほど低いことがわかる。
「対策っていっても、夜勤の人が窓をチェックする仕事が増えただけです。外から爆発物が投げ込まれんように、2時間おきに窓の外を見渡す仕事ですね」
(甚野 博則/Webオリジナル(外部転載))