茨城県畜産センター(石岡市、以下センター)が「乳牛などを不衛生な環境で飼育したり、従業員が日常的に暴力を振るっていた」などとして、四つの動物保護団体が県と前センター長らに対し動物愛護管理法(動愛法)違反容疑で提出した告発について、県警石岡署は受理した。団体側によると、受理は3月28日付。
同畜産施設で牛たちがどんな扱いを受けてきたのかの詳細は、2023年9月9日の記事『「この虐待に公的資金?」「牛の悲痛な叫びが聞こえてきます!」《牛を蹴る、麻酔なしの除角、不衛生な飼育場》…「茨城県畜産センター内部映像」の衝撃』で詳報した。
動物虐待の摘発事件については、2023年が181件(逮捕など、警察庁まとめ)で、動物別で犬猫が約9割を占めた。
環境省がまとめた動物虐待に関する報告書によると、18年4月~22年12月末までの主な事例(起訴と不起訴)の中でも、虐待された動物は犬猫が大半で、他はウサギ、鳥、ハムスターなどだった。畜産動物としては、養鶏場の鶏を餓死させた事件、競馬や伝統行事で使われる馬に対する暴力事件の摘発がわずかにある程度だ。
畜産動物で唯一記憶に残るのが、島根県大田市の農場の元従業員が乳牛2頭に暴力を振るい、昨年7月に農場と元従業員が書類送検された事件ぐらいである。牛、豚、鶏もペットと同様、痛み、苦しみ、悲しみを感じる生き物であり、動物虐待罪の対象である。公正な捜査・判断が行われることを切に願う。
さて、センターについては、これまで牛への乱暴や劣悪な飼育環境について報告してきたが、今回は動物実験に触れたい。
同センターは生乳や和牛の受精卵の販売なども行っているが、本来の業務は、牛、豚、鶏などの実験動物を使って、生産性や繁殖成績などを研究する動物実験施設である。
刑事告発した「PEACE命の搾取ではなく尊厳を」(東京都豊島区)や動物実験の廃止を求める会(JAVA、同渋谷区)は3月、センターの従業員と研究者がSNSに、「ハーモニカ」という名の乳牛の第1胃から胃液採取をする様子を投稿した。第一胃とは、牛が持つ四つの胃の中で最も大きい胃で、中にいる微生物が飼料に含まれる繊維を栄養として分解する機能がある。
動画では、従業員らがハーモニカの鼻の穴に長いチューブを入れて何度か出し入れするがうまくいかず、もう片方の鼻の穴に入れたが失敗。次に口をこじ開け、大きめのプラスチックのパイプを突っ込み、研究者がチューブを挿入した様子が流れ、字幕で説明もある。22年に撮影された1分半程度の映像だが、牛が激しく抵抗しており、正視するのが辛く、気持ちがふさいだ。
元従業員によると、ハーモニカの鼻からは血が流れ出て、口からよだれがだらだらと垂れていたという。チューブに塗る潤滑剤は使用されず、拘束してから胃液が採取できる状態になるまで20~30分かかった。胃液採取は月1~2回行われたが、毎回このように手間取った。
胃液採取とは、こんなに長時間牛を苦しませるものなのか? インターネットで動画を見たことがあるが、チューブに潤滑剤を入れた後、あっという間に片方の鼻から挿入でき、スムーズに胃液を採取できていた。
そこで私は、牛の胃液採取を行ったことがある複数の獣医師に動画を見てもらった。感想は「苦痛を感じるのは、最初の鼻の穴にチューブを通す時なので、手技を持つ人なら挿入は1分で済む」「保定が下手過ぎる。慣れていない人がやっていると思う」などだった。「口から胃液を採取する医療機器が販売されており、それを使うと容易にできる」という助言もあった。
もう一つの疑問は、何の実験のための採取だったのかという点だ。まず動物実験計画を調べる必要がある。
動物実験計画とは、「3Rの原則」と呼ばれる、動物実験を行う際の国際的な動物福祉の原則(動物を用いない代替法への転換、使用数の削減、苦痛の軽減)に基づき、必要性や目的、苦痛の程度や軽減する方法などを記した書類のこと。計画書を組織内の動物実験委員会に提出し、審査を受けて承認の可否が決まる。
3Rの原則は、動愛法に理念として位置付けられ、文部科学・厚生労働・農林水産省は、所管する動物実験施設での実験計画の審査などについて基本指針を定めている。ただし、日本の動物実験施設は自主管理で行われ、どこにどういう施設があるのか国は把握しておらず、実態は不明である。
PEACEが茨城県に情報公開請求し、公開された動物実験計画書と同報告書(21年度から23年度途中まで)すべてに目を通してみたが、ハーモニカのような乳牛の胃液採取に該当するものが見当たらなかった。実験計画を審査する動物実験委員会の委員は委員長を含め計11人で、すべて研究所長ら内部の職員で構成されていた。
私はセンターに動画についての見解と、実験計画書の番号を伝え何の実験だったのか確認を求めた。大浦俊彦センター長が話した趣旨は以下の通り。
動画の胃液採取は、「メタンガスの発生抑制のための研究を行う」という飼料製造会社からの依頼を受けて行った。無償提供だった。動物実験計画書は受託した実験でも提出義務があるが、出していなかった。実験の詳細は聞かされておらず、同企業が動物実験計画を作成していたかは分からない。
当時在籍した研究員が胃液をカテーテルで採取し、従業員は研究員の指示に従って動いていた。その研究員に聞いたところ、「先輩の職員から教わったやり方で、潤滑剤は使っていない」と答えた。
私は大浦センター長に、ハーモニカの胃液採取を見た感想と「慣れてる獣医師は1分で挿入すると聞いたが?」と尋ねた。すると、「だいたいあんな感じかなと。センターの研究員は経験があるわけではない。獣医師でも手慣れた人、うまくない人もいます」と言う。
「だいたいあんな感じ」という返答に言葉を失いつつ、手技を学ぶ研修をするのか聞くと、「改善の余地はある。手技があればベストなんでしょうけど、胃液採取はそんなにあるものではないから」と述べた。
ちなみにハーモニカは昨年1月、3歳で死亡した。
死因は大腸菌が原因による乳房炎という。農業・食品産業技術総合研究機構のサイトによると、乳房炎は発熱や脱水、食欲の低下などの全身症状を示し、感染した乳房は強い痛みと熱感を伴い、腫脹(しゅちょう)し、悪化すると泌乳停止や起立不能となり死亡に至る。
大腸菌は主にふん、おがくず、汚水中に生息し、牛床やバドックなどの衛生状態の不良が疾病の発生に深く関わると説明している。元従業員は「牛舎では、ふんの掃除は朝1回だけで、翌朝は糞尿で床がベチャベチャになった。乳牛はその上で立ったり、横たわったりし、カラカラのふんが腹から腰までこびりついていた」と話す。
畜産動物のアニマルウェルフェア(AW、動物福祉)に詳しい佐藤衆介・東北大名誉教授は、乳房炎予防のために寝床を衛生に保つことは不可欠とした上で、「ふんに汚染されている寝床は論外。牛の免疫性を高めるには、飼育環境の改善であるAWが不可欠なのです」と強調する。
ハーモニカは訳も分からず、下手な胃液採取に苦められた挙げ句、不衛生な環境で乳房炎で死んだとすれば、あまりにもかわいそうだ。
また、情報公開された3年分の動物実験実施報告書で胃液採取をした実験は三つあり、複数の黒毛和牛、乳牛が使われていた。動画のような手技で行われたのなら、ハーモニカと同じようにこれら実験牛も苦しんだ可能性がある。
大浦センター長の言葉からは、今後の教育訓練に積極的な姿勢が感じられなかった。胃液採取の回数が少ないとはいえ、やる場合はあるわけで、今後また牛に無駄な苦痛を強いるのではないかと危惧される。
実験計画の項目にも不可解な点があった。例えば21年度の胃液採取を伴う実験計画書には方法を記入する項目がなかった。22年度の別の実験計画書には「方法」の項目はあるが、「胃液採取」「採血」としかなく、具体的な記述はなかった。審査で苦痛軽減の方法を検討するのは重要なことではないのか?
このような疑問点を大浦センター長に聞くと、次のように答えた。
16年から動物実験委員会による審査を始め、研究員は何をどこまで入れるべきか分からないまま、少しずつ中身を変えながら必要なことを盛り込んできた。胃液採取などは研究員が審査しているので、だいたい決まっていることで、概要的に書いてあるのかもしれない。イメージとして捉えている。
動物実験に携わる医療関係者は、センターの動物実験計画の審査について、以下の点を問題視する。
例えば胃液採取とあれば、まず何のためにやるのか、実験によって動物に無用な苦痛を与えないかを検討するが、計画書に詳細な方法が記されていなければ、審査のしようがない。
胃液採取であれば、どんな道具を使うのか、実験する人が熟練した手技を有しているのか、といった点もみる。実験方法の記載がない計画書ということは、委員たちがタイトルだけで実験を許可していたのではないか。動画を見ると、古い体質のままずるずると実験してきたのではないかと思われる。
前出の佐藤・東北大名誉教授は「世界的には動物実験委員会には外部有識者を加え、3Rの視点から審査するのが常ですが、日本では内部だけで審査します。AWに関しては、日本では委員がよく分かってないので、あまり検討されることはありません」と指摘する。
PEACEの東さちこ代表は「公立の研究機関であるにもかかわらず、動物実験委員会による審査がずさんであることを知って驚きました。このようないいかげんな実態が、現場での牛の不適切な取り扱いにつながっているのではないかと思います」と批判した。
その上で、「日本は諸外国と違い、3Rの原則に実効性を持たせるための法整備が全く進んでおらず、現状を是正させる仕組みもありません。次回の動愛法改正で取り組まなければならない点です」と強調する。
「不適切な胃液採取」を行われ続けた子牛は《3歳》で死亡した…県警が「虐待の告発」を受理した「茨城県畜産センター」で行われていた「ずさんな動物実験」