「もしかすると、あなたの大切なペットの誕生日が違うかもしれない」
【画像】ペットたちが入れられた、使い捨ての白い段ボール箱
そんな愛犬家、愛猫家に衝撃を与える調査結果が、環境省から2月15日に発表された。全国のペットオークション会場で、動物愛護管理法で禁じられている生後56日を経過していない子犬や子猫の売買が常態化していることが判明したのがきっかけだ。
ペットの誕生日を祝う飼い主は多いが、その誕生日が違うとすればショックは大きい
環境省は2023年11月~12月、自治体を通じて9道府県(北海道、宮城、埼玉、神奈川、栃木、静岡、愛知、大阪、福岡)のペットオークション会場19か所と、全国のブリーダー事業所1400か所で調査を実施し、大きく分けて2つの法令違反が確認された。
1つは約700の事業所で生年月日などを記した帳簿が不備だったこと。もう1つは、犬や猫の生年月日の曜日がすべてのオークション会場で偏っていたことだ。
生年月日の曜日が偏るのは、オークションのちょうど56日前に生まれたことにしてできるだけ小さい時点で販売するためと見られている。
たとえばオークションが月曜日に開催される場合、日曜日生まれであれば生後57日でオークションに出せるが、月曜日生まれだと早くても63日になってしまう。
幼い子犬や子猫の成長ははやく、1週間違えば大きさも見た目も変わってくる。そしてペットショップで人気なのは幼くて小さな犬や猫なので、オークションでも小さいほど高値がつく。少しでも高く売りたいと思うブリーダーが、オークション開催日に56日を超えるように子犬や子猫の生年月日を改ざんしていたとみられている。自然な状態であれば、これほど出生曜日に偏りが出るわけがないという。

さらに50か所のブリーダー事業所では、生後56日に満たない販売実態も確認された。
売買されていたトイプードルとチワワの平均体重も、一般的な生後56日時点の平均体重より200~300gも軽いことが判明している。
調査報告書が公開されて以降、ペットオークション業界は「違法行為を黙認した」と批判に晒されている。そこでペットオークション会社15社を束ねる一般社団法人ペットパーク流通協会の会長、上原勝三氏はこう語る。

「ブリーダーに対してきちんと自主規制が徹底できなかった。オークション協会の会長として悪いのは自分だ。今では違法な業界団体、詐欺の業界と言われている。このままではダメだ。みんなでやろうと働きかけ頑張ってきたんだが、ブリーダーも業界も足並みが揃わない」
ペットオークションを行う多くの会場は週1回開催され、動物取扱業の登録業者であるブリーダーが犬や猫を出品し、バイヤーが競り落とす。大きな会場では1日で1000匹近くが取引されることもあり、小型から大型まで種類も様々だ。ここ数年は血統書こそ出ないがミックスが人気で、出品数も多いという。
会場の雰囲気は雑然としており、人で混雑するイベント会場のよう。中に入ると犬たちの鳴き声が響く。
出品予定の子犬や子猫は会場入口で、まずパルボウィルスのチェックを受ける。パルボは死亡率が高いといわれる感染症だ。
陰性であれば、獣医師によってマイクロチップが装着される。装着はほんの数秒で終わり、子犬も子猫もおとなしく暴れる子はいない。ブリーダーが自分が連れてきた犬猫を触れるのはここまで。

そこから犬猫は、いくつも穴が開いた白い段ボールボックスに入れられ、別の獣医師らが待つバックヤードに移される。白いボックスは横に穴の開いた大きめのケーキの箱を想像してもらうといいだろう。ずらりと並ぶボックスからは、子犬や子猫のかぼそい鳴き声が漏れてくる。それがいくつも積み上げられ運ばれていく様子は物流現場のようで、いたたまれない気持ちになる。
白いボックスを使用する理由について上原氏はこう語る。
「ボックスは使い捨てのため衛生的。子犬や子猫は周囲が見えるより、狭くて暗い所の方が落ち着く。ボックスをブリーダーに購入してもらい、その売上は保護犬や保護猫の保護と譲渡に使っている」
印象こそ悪いが、感染症予防を考えると使い回しのケージより衛生的なのは確かだろう。
バックヤードでは、数名の獣医師によって1匹ずつ健康診断とボディチェックが行われる。チェック項目は体重、目鼻口耳の状態、門歯、み合わせ、頭蓋骨、手足や指、骨格などまで事細かだ。皮膚や全身の健康状態、心臓についても雑音がないかなどを検査する。
オークション会場によっては独自のルールがあることもあり、それもこの場でチェックされることになる。
筆者が訪れたオークション会場には「門歯が生えてない生体は出品不可となります」という張り紙が出されていた。オークション側が独自の規制ルールを設けているのは、監督官庁である環境省がこれまで規制の基準を提示してこなかったからだという。

獣医師のチェックで異常が見つからなかった犬猫は、オークション用の写真を撮影したうえでボックスに戻されて順番に競りにかけられていく。
異常が見つかった犬猫はもちろん出品できないので、ブリーダーに戻される。ブリーダーが里子に出す場合は、上原氏らが大学病院と連携してオークションの売上で建設運営している動物病院で治療した上で、里親を探すのだという。会場には、ここで里親と巡り会うことができた子たちの写真が何枚も貼られていた。

オークションが行われる大きな会場では前面には大きな画面がいくつも設置され、同時に4匹が競りにかけられていく。係の者が子犬や子猫を抱き上げ、画面に映像が映し出される。バイヤーたちは画面を見ながら写真とその横に表示される生年月日や体重、身体状況、ブリーダーの名前などをチェックして入札していく。今はオンラインでもオークションに参加することができるという。
競りにかけられる犬猫の説明を見ていると、筆者ですら生年月日が偏っていることに気づく。会場には「本日出品できる生体は、何月何日より前の出生」という主旨の表示がされ、その前日の3日間に出生日が集中していた。だがバイヤーたちがそれを気にする様子はなかった。
1匹が競り落とされるまでの時間はわずか数秒。最初の提示から値段が上がっていく子もいれば、下がっていく子もいる。同じようなゴールデン・レトリバーでも、身体が大きい子の値段は小さい子の半分から10分の1くらいになる。競り値がこれだけ違えば、ブリーダーが少しでも小さい状態でオークションに出したいと思うのは自然だ。
数十万円がつく子犬がいる一方で、底値の数万円で落札される子もいる。
「底値で落札していくのは、保護活動をやっている愛護団体が多い。競りには来ないが、知り合いのバイヤーに頼んで買ってきてもらうらしい。保護猫として里親を探し、数万円の譲渡費用をもらって譲渡する」(上原氏)

愛護団体と言ってもビジネスなのだ。競り落とされずに流札で終わってしまった子はブリーダーの元に返されていく。
会場では、競り落とした子をボックスから出して抱き上げ、健康状態などをチェックするバイヤーたちが何人もいた。出品したブリーダーが、他のブリーダーが育てた子犬を競り落としていくこともある。

会場内のあちこちでバイヤーたちが持参のキャリーケースや、会場のボックスに入った子犬たちを運んでいく。一度に何十匹も競り落とす大手ペットショップは、会場横にワゴン車を横づけして黙々と車につめ込んでいた。オンラインで地方のバイヤーに競り落とされた子は、翌朝に飛行機で運ばれていく。
まだ生後2カ月足らずの幼い子たちはオークションで売買され、見知らぬ場所へ運ばれていく。そこで彼らを待っているのは誕生日を祝ってくれる飼い主とは限らない。親ガチャならぬ“飼い主ガチャ”が待っているのだ。
〈《愛犬の誕生日が違う?》「正直者がバカを見る状態はダメだ」ペットオークションの協会長が“誕生日偽装”の解決を「難しい」と言う理由〉へ続く
(嶋岡 照)