集合住宅や一軒家の不動産を所有し、部屋を貸し出している大家。かつては、入居者が大家に現金で家賃を手渡しするのが一般的だったが、家賃の銀行振込や引き落としが主流の昨今は、「大家の顔を知らない」という人も多いだろう。
【画像】“ヤバイ大家”と遭遇した林田さん50歳
しかし、そんな現代にあっても大家とトラブルに陥る可能性もゼロではない。そこで今回は、“ヤバい大家”とトラブルになった入居者や、不動産関係者に話を聞いた。
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部屋ごとにオーナーが異なる分譲賃貸マンションとは違い、大家が一棟丸ごと所有している場合、貸し出している物件の一室に大家が住んでいることもある。そうした状況で大家とトラブルになると、部屋のスペックに関わらず、“住心地最悪の家”になる事例も少なくない。
※写真はイメージ AFLO
かつて、ヤバい大家の物件に住んでしまい「入居後2カ月で退去した」と話すのは、自営業の林田修さん(仮名・50歳)だ。
「その物件は、築年数30年で間取りは2K、家賃は10万円でした。妻と2人で住むには十分な広さで、築年数は経っていましたが、リフォームされていて内装はきれいでしたね」
そのマンションの大家は中年の男性。70代の母親と2人で、林田家の隣の部屋で生活をしていた。部屋そのものに不満はなかったが、入居からほどなくして違和感を覚えはじめた、と林田さんは振り返る。
「僕の自転車のハンドルの向きが変な方向になっていたり、カゴにゴミが入れられていたりするようになったんです。大家に相談すると、それは大家の母親の仕業だったたことが分かって……。『入居者以外の自転車が停められていると勘違いしたようだ』と言われましたが、にわかに信じられませんでした」

林田夫妻が大家の母親の不思議な行動に違和感を覚える中、すぐに退去を決めるきっかけとなった出来事が発生する。
「妻が『玄関扉の横にあるメーターボックスから変なニオイがする』と言い出したんです。ボックスにはガスメーターや水道メーターが入っているのでガス漏れをしていたら大変だと思い、ボックスを開けてみると、そこには野菜や醤油など調味料が大量に入っていたんです」
メーターボックスに詰め込まれた謎の食料。扉を開けた瞬間に異臭を放ち、その異様な光景が忘れられないという。
「まったく意味がわからなくて怖かったです。そのときは犯人がわかりませんでしたが、数日後、大家の母親がほかの住民の部屋のボックスに野菜を入れているところを目撃して。
急いで大家に電話をすると『そうですよ! うちの母親がやってます!』と逆ギレされました。物件を紹介してくれた不動産会社に相談しても『そうなんですか?』ととぼけるだけでしたね」
大家の母親は認知症など何らかの病気を患っていたのかもしれない。仮にそうであれば“情状酌量”の余地はあるだろう。しかし、不安を訴える住民に対してまともに取りあわず、まして“逆ギレ”するのは大家として理不尽な対応だ。
林田さんが野菜詰め込み事件の犯人を妻に告げると「こんなところにはいられない。すぐに出よう」と意見が一致。これが、林田夫妻が入居から約2カ月で退去を決めた経緯だ。
「すぐに同じエリアの別の不動産屋に駆け込んで、次の家を決めてすぐに引っ越しました。たった2カ月しか住んでいなかったので、大家に敷金と礼金の返金をお願いすると、そのときは『わかりました』と言ってくれたんです。しかし、待てど暮らせど入金はなし。そこで、知り合いの行政書士に相談をして、請求に関する内容証明郵便を送ることになりました」
内容証明郵便には請求金額と入金期限も記載したが、期日を過ぎても音沙汰はなかった。すると、知人の行政書士は「出るところに出よう」と、少額訴訟を提案してきたという。
「初めはそこまで大ごとにするつもりはなかったんですけど、早めに解決するのが一番ではないかと思い、裁判所で手続きを進めたんです。裁判で証人として立ってもらう必要があったので、仲介した不動産会社の担当者にも電話をかけました。そこで僕が『裁判』という言葉を出した瞬間に慌てだしたんです。
担当者はすぐに大家に連絡したようで、請求していた20万円が即日振り込まれました。大家も担当者もスルーしてやり過ごそうと思ったのかもしれませんが、『裁判』の2文字が効いたようです」

結局裁判には至らず、無事に敷金・礼金は戻ってきたが、彼はこの経験を経て“不動産屋選びの重要性”を感じたという。
「この物件を仲介した不動産会社は、全国に展開するチェーン店だったのですが、大家さんについての情報はまったく教えてくれませんでした。把握していなかったのか、知っていて黙っていたのかは分かりませんが……。チェーン店のように取り扱う物件数が多いと、詳しい情報も入りづらいのかもしれないなと。
次に部屋選びをお願いした不動産屋さんは、地元密着型で顔が広く、とても良い大家さんの物件を紹介してくれました。これから部屋を選ぶときには、『大家さんはどんな人ですか?』と念のため事前に聞くようにしようと思います」
大家トラブルに遭わないためには、立地や部屋のスペック以外にも目を向ける必要がありそうだ。
さらに、30年前から都内で不動産仲介業を営む豊橋毅さん(仮名・52歳)は「人気エリアに物件を持つ大家には注意してほしい」と話す。
「都市部の駅チカ物件や、学生が多い地域にあるアパートやマンションは、空室リスクが低いので殿様商売になりがちです。とくに、親が持っていた不動産を相続して、そのまま大家業をしている場合、クセが強い人が多い傾向がありますね。
不動産業者の知人は、深夜0時に大家に呼び出され、3時間よくわからない内容で説教をされたあとに『一緒に飲もう!』と、朝まで酒に付き合わされたそうです」(前出・不動産仲介業を営む豊橋さん)
豊橋さんの会社では、トラブルを防ぐために大家のブラックリストを独自に作成し、リストにある物件は、紹介を控えるようにしているという。豊橋さん自身も多くの“ヤバい大家”と相対している。
特に「学生向けの物件では大家が入居者との距離感を詰めすぎる傾向がある」という。
「過去には、雨が降ってきたからと入居者の部屋に勝手に入り洗濯物を取り込んで問題になった大家もいました。ほかにも、『毎週土曜日に一緒に食事をするなら賃料を安くする』という条件を出す大家もいましたね。家賃を減らしてでも食事会を開きたい理由は、学生が社会に出て大成したときに『あのときはごちそうしてもらって助かりました!』と、お礼に来てほしいから。巣立っていった若者に感謝されるのがうれしいんでしょうね」
入居者の洗濯物を勝手に取り込んだり、お金に困っている学生に食事を提供したりして交流を図るのも、昭和ならば通用したかもしれない、と豊橋さん。

しかし、時代は令和。プライベートに干渉してくる大家との関係に悩む学生も少なくないという。
「たとえば、大学生協から紹介される物件は、仲介手数料がかからないというメリットに加えて『学校の紹介なら安心』と考える方も多いでしょう。しかし、一般的な不動産会社と比べて、大家の情報までは入りづらいケースもあるため注意してほしいですね」
今後、進学を機に転居の予定がある人は、ぜひ慎重に物件を選んでほしい。
賃貸物件を借りる際、入居希望者の勤務先や収入などをもとに「入居審査」が行われ、審査が通れば入居が可能になる。しかし、入居が決まってから理不尽な理由で契約を破棄した大家も存在するのだという。
「40代のご夫婦から『別の不動産屋を介して◯◯という物件に入居が決まっていたが、大家さんの意向で契約破棄になったので、新たに部屋を探している』と相談を受けました。
なんでもその大家は、ご夫婦が入居のあいさつに行ったときの服装が気に食わず『みすぼらしくてうちの物件にはそぐわない』という理由で、初期費用は返すから入居しないでくれ、と告げてきたそうです」(前出・不動産仲介業を営む豊橋さん)
相談に来た夫婦は定職もあり、家賃の支払い能力に何ら問題はなかった。それにもかかわらず、入居を拒否されてしまったのだ。
「たしかにその大家と対面した日、旦那さんはジャージを着ていたそうです。でも、清潔感もありましたし、私は“みすぼらしい”という印象をもったことはありませんでした。そんなひどい仕打ちを受けたのに『大家さんに苦痛を与えてしまうなら、無理に入居はしません』と先方の要求を飲んだそうです」
この夫妻の物件探しは豊橋さんが全力でサポートし、満足のいく物件に入居ができたという。地震や火災、台風などの天災による住まいの被害を防ぐのは難しい。せめて、ヤバい大家が原因の“人災”くらいは回避したいものだ。
(清談社)