近年過熱している中学受験。ただ、どんなに環境を整え受験勉強をスタートしても、うまくいくとは限らない。どうして望んだ結果を得られなかったのか。受験に不合格だった子と親のメンタルはどうなるのか。
〈「ママのそういうところがうざい」48歳主婦が振り返る、中学受験に“全落ち”した娘の「ひどい反抗期」〉では、中学受験に失敗したユキエさん(48歳・仮名=以下同)と娘のマリカさんの事例を紹介した。小学校3年生から塾に通わせ、オンライン講義は一緒に聞くなどしたものの、マリカさんは5年生の頃から「ひどい反抗期」を迎え……。中学受験をめぐる母娘のすれ違いはその後どうなったのか。
娘の反抗は、小学校6年生の夏になってもおさまらなかった。彼女自身、受験をやめたいと思っていたわけではなさそうだ。だが、勉強や生活に母親が入り込んでくるのを極端に嫌った。
「夫が見かねて、娘に毎日声をかけるようになりました。夫には素直に答えていたようですが、私に対する質問には答えない。そして、塾の成績は目に見えて下がっていきました」
4年生までは「ママがいちばん、ママ最高」と言っていたのに、娘に何が起こったのか。魔物でもついたのかと、ユキエさんは本気でお祓いを考えた。夫には「マリカだってひとりの人間。親とはいえ、きみの言いなりにはならないという意思表示だろう」と言われたが、ユキエさんは納得できなかった。
「何もかも親がかりなのに、何が言いなりにはならないだ、と腹が立ちました。親のおかげで学校に行けてごはんが食べられて、なおかつ塾だの家庭教師だのと贅沢できるわけですよ。それもこれも親の愛情そのものでしょう」
それが「うざい」のだと、ユキエさんにはわからないのだ。自身は親から手もお金もかけてもらえなかった。だから自分は娘に手をかけお金をかけて育てたい。娘にしてみれば、操り人形にはなりたくないだろう。
昨年秋、マリカさんは受験を半年後に控えて、少しだけ様子が変わってきた。塾にもリアルで通えるようになり、先生たちとも話をして気持ちが前向きになったのだろう。
「私が話しかけると返事をするようになりました。成績について塾と話したとき、つい反抗期についても言及したのですが、『マリカさんは素直でいい子ですよ。僕らの話もきちんと聞き、自分の意見も言える。しっかりしています』と。
反抗期についてはあまり神経質にならず、親子で受験に向かって一緒に歩く態勢を整えてくださいと言われました。
学校の担任にもマリカがどうなのか探ってみたら、友だちとも仲良くやっているし、気になるところはないと言われて。そうなると私だけが彼女の敵なのかと思ってつらかった。それでも私がマリカを愛していることに変わりはありませんでしたが……」
自分の無条件の愛情が受け入れられない。ユキエさんにとっては地獄の苦しみだったという。だが娘から見れば、それは「無条件の愛情」ではなかった。「ママの言うことを聞くいい子」でなければ愛情は注がれないと娘は感じていた。そこに大きな齟齬があると、ユキエさんは気づいていない。
「表面的には母娘関係が修復した感じでしたが、マリカが私を心から信頼しているわけではないのは感じ取っていました。受験が目の前に迫ってきたから、そちらが優先事項になり、そのためには私と共同戦線を張ったほうがいいと思ったんでしょう。
私が塾用のお弁当を作ったりしても、それを無視して、彼女はコンビニでおにぎりを買って持っていったりしていました。毎日、寂しくて涙が出ましたが、受験が終われば彼女とも元に戻れる。それまではがんばろうとやってきたんです」
ところが今年2月におこなわれた私立中学受験で、5校受けたもののマリカさんはすべて不合格だった。模試ではどれも合格レベルだったのに。
「最初の学校が不合格だったとき、思わず『どういうことなの』と声を荒らげてしまいました。最初は滑り止めに近い都外の学校だったから。そこに受かって自信をつけて本番に臨むはずだった。
だけど立て続けに落ちて、第一志望のころには本人も疲弊していましたし、私もこの3年間は何だったんだろうと投げやりになってしまいました」
夫は娘を励まし、試験会場への送り迎えもしていたが、ユキエさんはこの間、お弁当を作っただけ。娘にかける言葉も見つからなかった。すべて不合格だとわかった日、食卓で息子が言った。
「中学なんて地元がいいよ。朝、早起きしてラッシュの電車に乗って学校に行くだけで疲れるじゃん」
娘はそれを聞いてフッと笑った。意外にサバサバした表情だった。それを見て、ユキエさんはほっとするどころか、自分がバカにされたとキレた。
「『何言ってるのよ、あんたたち。私がマリカのためにどのくらい自分を犠牲にしてきたかわかってるの? 本当だったらママはもっと出世しているはずだった。だけどマリカの受験を最優先にしたから出世が遅れたの。
パパはもともと出世する気なんかないからいいけど、マリカはママの人生を狂わせたのよ。3年よ3年。ママがどういう思いでマリカに寄り添ってきたかわかる?』ということを必死で叫んだ記憶があります。誰も私の気持ちなんかわかってくれない。そう思ってた」
するとマリカさんは冷たい目で母親を見つめた。息子も夫もユキエさんをじっと見ている。
「そういうとこだよ、ママと娘が言いました。『ママは私のことを思っていたわけじゃない。全部、自分のためだったんだよ。それがわかったから私はママの伴走を断った。ママは私を自分のモノだと思ってる』って。
私はママのおもちゃじゃないとも言っていました。そんなつもりはない、私はすべてあなたのために、と言いかけたら、夫が『マリカにも自分の意志や気持ちがある。それをきちんとくみ取ったか』って」
絶望した。家庭をもって18年、必死に努力をしてきたのに誰も評価してくれない。夫はまだしも、全力をかけて愛してきた子どもたちに否定されたことで彼女は心を削られた思いになったという。
「家庭を捨てたい。夫からも子どもたちからも自由になりたい。ふっとそう思いました。私がいなければ困るくせに。だけど、実際は困らないだろう、私がいないほうがこの人たちは気楽になれるのかもしれないとも思った。自分の存在意義が揺らぎました」
それから3週間あまり。一家は平穏を取り戻したように見える。だが娘はユキエさんへの不満が解消したわけではない。反抗期はまだ続きそうだ。
息子はあっさりと高校への推薦を勝ち取り、春から高校生になる。息子の高校受験に、ユキエさんはほとんど関与しなかったが、それが功を奏したと夫には言われた。それもユキエさんの心にわだかまりを残している。
「すべて不合格となった娘が、実際には何を考えているのか私にはわかりません。地元で本当にいいのと聞いたとき、『他に何かあるの』と問われました。さすがに中学受験のために浪人しろとも言えない。本当はそれもありだと思ったんですが、夫にいいかげんにしろと言われました。
でも娘の将来はこれで少し翳ったわけですよ。私としてはこうやってどんどん娘の選択肢が狭まっていくのがつらい」
ことここに及んでも、ユキエさんの「少しはずれた愛」は修正されていない。自分が何を言っても家族にはまったく届かないという諦めに似た気持ちはあるものの、「自分が正しいのに。いつかみんな私に謝るときがくる」とは思っているようだ。
「夫との間にも、見えない亀裂が入りましたね。私とのバランスをとるために夫は子どもをフォローしたというけど、結局、最初は知らんふりしていて最後に出てきて、おいしいところを奪っていっただけ。娘は夫を信頼しているようですが、きっといつかまた私を頼ってくれる。そう信じています」
自尊心が揺らぎながらも、かろうじて自分を保とうとしているユキエさんがどこかけなげにも見えてくる。子どもの受験は夫婦の試金石であり、自分自身の存在意義にも関わってくるのかもしれない。
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偏差値60以上の中学校に通う中学生の保護者にひまわり教育センターが行ったアンケート調査によると、74%の母親が中学受験を振り返って「後悔していることがある」と答えたという。
「成績のことで叱ったこと」「勉強をさせすぎたこと」などの回答がある一方で、「遊びをさせすぎたこと」「塾に入れるのが遅すぎたこと」などの回答もある。いずれの場合も、あくまで「親目線」の答えで、当の子どもがどう思っていたかはわからない。大事なのは、子どもがどう思うかも含めて、受験との関わり方を決めることなのだろう。
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