〈手術中に患者の肉片が飛び散り、体からは血が噴き出し…元オペ看護師が明かす手術現場の“衝撃的な光景”〉から続く
手術室看護師、通称「オペ看」として働いていた経歴を持つ、漫画家の人間まおさん。彼女が自身の体験をもとに、手術室の知られざる裏側を描いたコミックエッセイ『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)を上梓した。
【衝撃マンガ】『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』第1話を読む
限られた人だけが立ち入ることのできる手術室では、どのようなことが起きているのだろうか。そもそも「オペ看」とは、どんな仕事なのだろう。人間まおさんに話を聞いた。(全4回の2回目/1回目から続く)

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――(前編では)チェーンソーで骨をゴリゴリ削ったり、切った肉片が飛んできたりと衝撃的な場面が多い手術室でも、「働いているうちに慣れてくる」というお話がありましたが、長年勤務していてもなかなか慣れないことはありますか?
人間まおさん(以下、まお) 「匂い」と「温度」は、慣れるのに時間がかかるかもしれません。
――それぞれ詳しく教えていただけますか。
まお 手術の内容にもよるのですが、人の体を切るので、どうしても匂いが気になることは多いですね。特に大変だったのが、大腸に詰まった便を取り除く手術をしたとき。腸に穴を開けて、そこから吸引器を使って便を吸い取るのですが、手術室中に便の匂いが充満して。
――でも、先生や看護師はその場に居続けなきゃいけないですよね。匂いをできるだけかがないように、工夫していることなどはあるのでしょうか。
まお 私は口呼吸で乗り切っていました(笑)。
『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)より
――なるほど。では、温度についても教えていただけますか。
まお 手術の内容や患者さんの状態によって、室温を調整する必要があるんです。例えば心臓の手術は震えるくらい低い温度まで下げないといけないし、やけどの手術のときは汗だくになるくらい高い温度に設定しなきゃいけません。新人時代に見学で入った手術では、頭がクラクラしたり、貧血っぽくなったりしたこともありました。
でも自分がオペ看として手術室に入るときは、どんなに暑くても寒くても気にならないんですよね。目の前の患者さんのことに集中しているから、アドレナリンが出まくっているのかなって。長時間の手術でもお腹はすかないし、トイレにも行きたくならないんです。人間の体って不思議ですよね。
――それほど、プレッシャーのかかる現場なのですね。
まお 手術中は、みんなピリピリしています。先生の指示通りに動けなかったり、反応が遅かったりすると怒鳴られることもよくありました。
――怖くはなかったですか?
まお 最初は怖かったです。でも、少しのミスが命取りになるシビアな環境だと実感してからは、割り切れるようになりました。
それに、手術中は些細なことで怒る先生も、手術のピークを超えたとたんに優しくなったりする。「今日の夕飯どうしよう」「新しく入った先生どんな人だった?」なんて雑談をしながら、残った作業をすることも多かったです。
――ちなみに、些細なこととはどんなことでしょうか。
まお たとえば「私が器械につけているオリジナルの呼び方が、看護師に通じなかった」と睨まれたり、「今日の気分に合うBGMが流れなかった」と怒られたりしましたね。
『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)より
――器械にオリジナルの呼び方をつけるとは、どういうことですか?
まお 一般的に呼ばれている名称とは違う、独自の呼び名をつける先生がいたんですよ。手術中もその名称で呼ぶように求めてくるから、私たちオペ看はどの器械のことなのか、一瞬分からなくなることがあるんです。それで器械を出すのが遅くなったり、違うものを出したりするとものすごく睨んでくる。
その先生はこだわりが強い方で、ほかにも器械を並べる位置や順番にこだわったり、独自のマニュアルを作ったりしていて、看護師がそれに対応できないとあからさまに不機嫌になっていましたね。
――では、気分どおりのBGMがかからないと怒られる、とは?
まお ほとんどの先生が、音楽をかけながら手術をしているんです。ちなみに、私の勤めていた病院では、Mr.Childrenの曲をリクエストされることが多かったですね。曲名など具体的にリクエストしてくれるならいいのですが、「今日の私の気分に合ったBGMをかけて」など、ふわっとしたリクエストをしてきて、イメージと違ったら怒る……という方もいました。
――どれも理不尽な理由ですね……。
まお でも、手術が成功するかどうかは先生の腕にかかっているから、先生が一番集中できる環境をつくることが、私たちオペ看の仕事でもあるんです。どんな些細なことに思えても、先生のリクエストには最大限応えるようにしています。
それに先ほども話したように、手術中は怖くても、手術後は優しくなる先生も多いんですよ。
――手術中に怖い先生が多いのは、やはり手術がプレッシャーの大きい現場だからでしょうか?
まお 手術のプレッシャーは、理由のひとつだと思いますね。ただ、手術室では優しいのに病棟だと怖い先生もいれば、手術中とか関係なくずっと怒っている先生もいます。
――常に機嫌の悪い先生もいるのですね。
まお 一緒に働く先生や看護師の悪口をずっと言い続けている先生がいました。8時間以上かかる手術のあいだ、同席していた先生やオペ看にネチネチ嫌味を言い続けていたときは、さすがに辛かったですね。
――それでも、先生が手術しやすいよう、少なくとも手術中は機嫌を取り続けなければいけないのは大変ですね……。先生だけでなく、看護師にとってもストレスやプレッシャーが大きい現場だと思いますが、まおさんはどのくらいで仕事に慣れることができたのでしょうか。
まお 3年ほど経ってから、ようやく「慣れてきた」と思えましたね。最初のうちは、不安や緊張で夜も眠れなかったり、寝ても手術の夢を見てうなされたりしていました。
『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)より
――その辛い状況の中でも、まおさんがオペ看を続けられた理由はなんだったのでしょう。
まお できないことや分からないことをそのままにしたくなかったとか、先輩看護師たちが優しかったとか、理由はいくつかあります。その中でも特に、手術室の仕事が「チームプレー」だから、続けられたのかもしれません。
病棟勤務の場合、患者さんのお世話は基本的に看護師1人で行います。先生に相談したり、先輩看護師に報告したりすることはありますが、1人で仕事をしている時間のほうが長いんです。
でも手術室の場合は、医師、看護師が集まって6~7人のチームを作り、手術の成功という同じゴールを目指して全員で患者さんの治療に当たります。たしかに仕事のプレッシャーは大きいけれど、すぐ隣に頼れる仲間が何人もいる。1人ではなく、チームで頑張っている一体感が私は好きでした。
あとは、手術が無事に終わったときの達成感もすごかった。私たちオペ看は、手術室では帽子とマスクを着用しています。手術前の少しの時間しか関わることのない患者さんからすると、誰が誰だかまったく見分けがつかないはず。それでも、終わった後に「ありがとう」と言ってもらえるのは嬉しいですね。
『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』(竹書房)より
――人の生死を間近に見る現場で、「命」に対する価値観は変わりましたか?
まお 「もし自分に何かあっても、手術室の人たちが全力で助けてくれる」と思うようになりましたね。命の危険に晒されるようなことがあっても、手術室では「あなたに生きていてほしい」と心から願う人達がチームを作って、全力で動き回ります。その事実を、いろんな人に知ってほしいです。
――最後に、『手術室の中で働いています。オペ室看護師が見た生死の現場』でどんなことを伝えたいか教えてください。
まお 手術室で働く看護師が何をしているかを知ってほしいです。世間一般のイメージは、医療ドラマに出てくるような「先生に言われたとおりに器械を渡すだけの人」だと思いますが、実際はそんな単純な仕事じゃありません。
でも、同じ看護師からも「オペ看って何しているの?」とよく聞かれるくらい、認知度が低いなと感じています。手術室はどんな場所なのか、そこで働く先生や看護師は何を思いながら、どんな仕事をしているのか。特にこれから手術を控えている方に知っていただけると、手術の不安を少し和らげることができるかもしれません。
また、オペ看の仕事はプレッシャーも大きいけれど、この仕事だからこそ得られる知識や経験、そしてやりがいがあります。このマンガがきっかけで、オペ看になりたい人や手術室に異動したい人が増えるといいな、と思っています。
〈「すごい現場にあたっちゃった」新人オペ看護師が、足の切断手術中に目撃した“異様な光景”〉へ続く
(仲 奈々)