警察や軍関係、暴力団組織などの内部事情に詳しい人物、通称・ブラックテリア氏が、関係者の証言から得た驚くべき真実を明かすシリーズ。今回は、ブラックテリア氏が暴力団幹部に「絶対に送ってはいけない」LINEスタンプを誤送信。その後の顛末について。
【写真】慣れないアプリ操作は高齢者にはハードル高いか…多数のアプリが並ぶスマホ画面
* * * LINEのトーク画面に「メンバーがいません」という表示が出た。トーク相手はある暴力団の現役幹部だ。2023年10月、LINEの規約が変更され、反社会的勢力の人間はLINEの使用ができなくなるという噂が暴力団業界で広まり、多くの組で使用禁止の通達が出ていた。便利だからと使っていた幹部も組員も次々と退会。彼らとのトーク履歴を見ながら、かつて大晦日に起きた恐怖のスタンプ誤送信を思い出した。
それは新年まで残すところ後一時間という時のこと。実家に戻り母と一緒に年越しそばを食べ、NHK紅白歌合戦を見ていた。テレビ画面に映っていたのは、華やかな衣装をまとい熱唱する白組の歌手。のんびり年越しを迎えようという気分を一変させたのは「これ面白いね」という母の一言だった。
高齢の母はその年から年賀状を送るのを止めていた。「書いても十数枚だし、くるのも20枚くらいだから、年賀状はもうやめにした。友達にはLINEで新年の挨拶を送ることにする」といい、「新年の挨拶にLINEスタンプを使いたいんだけど、どうすればいい?」と聞いてきた。
母はスマホに疎い。使っているのは通話とメールとカメラとLINEぐらい。LINEは毎日使っているが、様々な機能は使いこなせない。使う絵文字はパターン化され、スタンプはプレゼントされたものか無料のものだけ。自分で探したり、購入したりはできない。その母が年賀の挨拶にLINEスタンプを送りたいという。
母のスマホはらくらくホン。ご存じの方もいるだろうが、これが使い慣れてない人にはやたらと使いにくい。iPhoneやアンドロイド端末と使い勝手が全然違う。なので、こちらのスマホでLINEを開き、使ったことのある年賀用スタンプを見せた。ホームからスタンプショップを開いて年賀用を表示させ、「自分で見なよ。欲しいのがあればプレゼントするから」と何気なくスマホを手渡した。しばらく見ていた母が「これ面白いね」と画面をポンと指さした。
「新年に運がつくわ」と画面をこちらに向ける。そこには誰かに送ったらしきスタンプがあった。大きなうんこに「クソ!」という文字、LINEで人気のキャラクターだ。よほど親しい間柄でなければ送ることのないうんこスタンプ、いったい誰に送ったのか。覗き込むと小さく見えたアイコンは現役組長だ。その瞬間、背筋がぞっとした。目の前が真っ白になり、サァーという音を立てて血の気が引く。
母の手からスマホを取り上げ、画面を凝視する。つい数十分前、組長と年越しの挨拶を交わした。トーク画面の一番上にあったのは組長のアイコンだ。あまりに沢山出てくるスタンプをあれこれ触っているうちに、なぜかトーク画面に行きついたらしい。慌てて送信取消をしようとしたが、もう既読がついていた。身体中から冷や汗が噴き出した。
「何やってるんだ」と声を荒げると、母は「何もやってないよ。スタンプを触っただけ」という。この”触っただけ”がヤバかった。母のスマホはらくらくホン、グッと押してカチッと音が鳴らなければ操作できない。画面を軽く触れただけでスタンプが送れられてしまうと思っていなかったのだ。
青ざめた顔で画面を凝視する様子に異変を感じたのか、「誰に送ったの」と聞く母に「ヤクザの組長」と答えた。「え!」と仰天すると、「私、指を詰めなくちゃいけないかな」と左の小指をなでる。もし下っ端の若い衆がこれを親分に送ったならば、たとえ誤送信でも処分は免れないだろう。母に「それはない」と言いながら、最悪の事態を想像する。とにかく今は謝るしかない。いくらよく知る組長とはいえ、さすがにクソ!とうんこは失礼だ。ラインに謝罪のメッセージを入れ画面を見守る。息を潜めて待つこと数十秒。頭の中にはこれまで会った幹部や組長らの言葉が浮かんでは消えていく。
「カタギには手を出さない」、「ヤクザは本来、お年寄りは大切にするもんだ」という穏やかなものから、「おい、追込みをかけろ」「てめぇ、簀巻きにして沈めるぞ」「中途半端に生かして返されてもな」などの脅し文句までが頭の中を駆け巡る。ちなみに簀巻きにするとは、身体を布団などでぐるぐる巻き水中に投げ込むことだ。
ピンコンとLINEの通知音が鳴った、気がした。組長からの返信は「大丈夫ですよ~」と軽かった。ホッと胸を撫でおろしたが、本当に大丈夫なのかと心配になる。なにせ送ったスタンプはクソ!だ。新年に運がつくからと母の誤送信を説明すると、「そりゃいい。運がつくね」と明るい返事が返ってきた。その返事に母は「昔の任侠映画みたいだ。ヤクザの親分はこうでなくっちゃ」と笑い出す。思い返せば、ヤクザを取材してきてこれほど焦ったことはなかったと思う。 後日、直接謝罪すると「そんなこと気にしてませんよ」とほほ笑んだが、どこまで本音かはわからない。ヤクザたちとの連絡は別のアプリへと移り始めた。スタンプの誤送信による心配は今のところない。