“頂き女子りりちゃん”を名乗り、複数の男性から総額2億円をだまし取り、さらにそれらの“所得”を申告せず4000万円を脱税したとして、現在公判中の渡辺真衣被告(25才)。逮捕前に配信していた動画で見せた金髪にピンクのスウェット姿や「おぢ」と呼ぶ年上男性たちから金銭を搾取するテクニックをまとめた「マニュアル」を販売していたこと、だまし取った金銭の大半をホストクラブにつぎ込むいわゆる“ホス狂い”だったことなどから、一部でカルト的な話題を呼び、裁判中の一挙一動が連日報道されている。渡辺被告はいかにして“りりちゃん”になり、逮捕されたいま何を思うのか──『ホス狂い~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~』の著書があるノンフィクションライターの宇都宮直子氏が、彼女の痕跡を追った。(連載3回中の1回目)
【写真】「5000万以上いただいてるおぢ」との証拠LINE。他、黒髪ぱっつん前髪姿の渡辺真衣被告など
《たいほされてから今日で122日目。本当にやっと最近になって「ホストクラブはおかしい」と考えられるようになりました。ホス狂いもホストも救われない。みんなおかしいことに気づいているから誰かが先陣きってこのホストクラブの今の「あたりまえ」を変えていかないといけないと思っています》
シンプルな白い便箋に5枚にわたってびっしりと綴られた丁寧な文字。留置所で次の公判を待つ渡辺被告から最初の手紙が届いたのは、昨年12月25日のことだった。 筆者が彼女の存在を知ったのは、2019年のこと。「ホス狂い」の取材をするために住み込んでいた歌舞伎町でカリスマ的な存在として君臨していた彼女のことは、直接会ったことこそなかったものの、そこで生活していれば否応なしに耳に入って来る。彼女の“マニュアル”を駆使してパパ活に励む女のコから話を聞くこともあれば、「りりちゃんの知り合い」だと話す女のコから「どこそこのホストクラブで一晩で1000万円使ったらしい」と“武勇伝”を聞くこともあった。 そんな彼女が逮捕された際、私の中に「ついに…」とも「やっと」ともつかない複雑な思いが去来した。なぜなら逮捕直前の渡辺被告のSNSにはホスト通いをやめ、店舗で働き始めたというポジティブな日常の報告にまぎれ、生活を変えようとしてもなかなかうまくいかない不安や焦りに加え「息絶えたい」「半年で死にたい」とも綴られていたからだ。そして「自分の中で歌舞伎町物語を完結させないと新しい自分になんてなれない」とも……。彼女は“歌舞伎町物語”をどう終わらせるつもりなのだろう、とずっと気にかかっていた。そんな中「逮捕」という、思わぬきっかけで歌舞伎町から遠く離れることとなった今、何を思っているのだろうか。それを知るべく、12月8日、渡辺被告が勾留されている留置所へと接見に向かった。
接見に現れた渡辺被告は、「りりちゃん時代」のハイトーンのボブカットからは打って変わって、黒髪が目立つロングヘア──にすっぴん、クリアーフレームの眼鏡に黒のスウェットという姿。初手から満面の笑みで「はじめまして~!」と語尾を上げた「りりちゃん節」で現れた。
留置所での生活ぶりからホストや歌舞伎町についての“私見”まで、まるで「りりちゃん劇場」を見ているような15分の接見はあっとう間に終わり、筆者は裁判と接見でテンションが真逆だった彼女の様子に面食らい、何とも言えない違和感を覚えながら帰路についた。
それから2週間と少し経って届いたのが、冒頭の手紙だった。
《宇都宮さん、12月8日、面会にきて私のおはなしをたくさんひきだしてきいてくれてありがとうございました!!》(※以下《》内は渡辺被告からの手紙のママ)
接見のお礼から始まったその手紙は私の差し入れに対し、《めちゃうれしい!》《ありがとうございます!》を連発しながらも《でも、まだわたしのことわからないと思うし、めちゃ危険人物かもしれないのに(中略)まじで夜の世界に身を置いている人に関わるときにはしんちょうにしてください!!優しい心、じゅんすいな心を持つ人はすぐ食べられちゃいます。泣》と、こちらへの気遣いも覗かせる。
“おぢ”たちから億単位のお金を“頂いて”来た彼女らしからぬ気遣いと、接見で感じ取った彼女が置かれている状況にそぐわないハイテンションさに、若干戸惑ってしまう。また、書き出しから間違えた漢字を黒く塗りつぶしたり、《はーと》や《泣》などを多用する様からは、どこかおぼつかなさも感じた。
加えて、筆者が複雑な気持ちになったのは「事件」についての言及が一切なかったことだ。
手紙では渡辺被告が動画の中によく登場させていた「ちいかわ」についてや、筆者が歌舞伎町で取材していた時に出会った渡辺被告との共通の知人の近況についてなど、渡辺被告が関心をもっているとみられるあらゆる話題に触れられていたが、逮捕された時の心境も、被害者のことも、何一つ書かれていなかった。
そうした中で、もっともボリュームが割かれていたのが「歌舞伎町」についてだ。
《たいほされてから今日で122日目。本当にやっと最近になって「ホストクラブはおかしい」と考えられるようになりました。ホス狂いもホストも救われない。みんなおかしいことに気づいているから誰かが先陣きってこのホストクラブの今の「あたまりまえ」を変えないといけないと思ってます》
《私は歌舞伎町で成長して強く育ったからホストクラブもあの町も大好きです。だからホストクラブをもっと良い形にして残せたらいいのに、と思います。今のホスクラはシステムも価値観もきたなくてどすぐろくて闇でしかないです。もしこのまま変化なくホスクラが のこるならあそこにいる人間たちは、ずっと世の中でうしろ指さされる。私はそれがいやです》
《●●くんも●●くんも(※いずれも渡辺被告が指名していたホストの名前)人間として心がキレイでとてもステキな人たちです。彼らがあの町の被害者となるのが本当にゆるせない…。ちゃんと未来が描けるような場所になったらいいのに。》
《女の子がホスクラに行かなければ、被害がでません。って状態じゃなくてホストクラブの今の観念すてさって、女の子がきても安全ですって状態にしなければ。》
現状のホストクラブに潜む“悪”を分析する渡辺被告だが、ある時期までは、確実に彼女にとってホストクラブは「生きる理由」だったはずだ。だが、その、一見、突き放したような、冷静なような態度をとりながらも、思ったのは、こうなってもまだ、彼女の心の大半を占めているのは、友人や家族、被害者や今後の自身の人生のことなどではなく、ホストクラブのことなのか、ということだ。そして、ある意味、自分の人生を無茶苦茶にした歌舞伎町については《私は歌舞伎町で成長して強く育った》と綴る。
渡辺被告が生まれ育ったのは東京近郊の地方都市であり、歌舞伎町で暮らしていたのは、ほんの数年間に満たない。その歌舞伎町で「育った」といわしめるとは、そこに至るまでに何があったのだろうか。
彼女が本当に“育った”環境とはいったい、どんなものなのか──。それを聞くために二回目の接見へと向かった。