“頂き女子りりちゃん”を名乗り、複数の男性から総額2億円をだまし取り、さらにそれらの“所得”を申告せず4000万円を脱税したとして、現在公判中の渡辺真衣被告(25才)。逮捕前に配信していた動画で見せた金髪にピンクのスウェット姿や「おぢ」と呼ぶ年上男性たちから金銭を搾取するテクニックをまとめた「マニュアル」を販売していたこと、だまし取った金銭の大半をホストクラブにつぎ込むいわゆる“ホス狂い”だったことなどから、一部でカルト的な話題を呼び、裁判中の一挙一動が連日報道されている。渡辺被告はいかにして“りりちゃん”になり、逮捕されたいま何を思うのか──『ホス狂い~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~』の著書があるノンフィクションライターの宇都宮直子氏が、彼女の痕跡を追った。(連載3回中の2回目)
【写真】渡辺真衣被告が販売していた「“頂き女子”マニュアル」の一部。他、土下座する渡辺被告など
私は歌舞伎町で成長して強く育った──手紙にそう綴っていた渡辺被告が“本当に育った環境”とはいかなるものだったのか。彼女に直接話を聞くべく、筆者は2度目の接見に向かった。
「今日は来てくれてありがとうございます」
1月4日。留置場の面会室に現れた渡辺被告は、1回目の接見の際のこちらが面喰うようなハイテンションとは打って変わって、かなり落ち着いた印象だった。手をひらひらさせることも、大げさなジェスチャーをすることもなく、表情も穏やかだ。
「いまは女の人とたくさん話せるのが楽しいです。同い年の女の子の記者さんがいて、『私もホストに行ってみたい』っていうから『ホストなんていっちゃだめだよ!』って。私、ホストクラブのこと、今は本当に良くないって思ってるんですね(笑い)」と屈託なく話す。
12月6日に名古屋地裁で行われた二回目公判では、黒い根元が目立つロングヘア──だった髪の毛は肩につかないくらいのボブカットに切りそろえられ、ずっとかけていたクリアフレームの眼鏡もなし。お気に入りなのか、犬のイラストが描かれた、かなり年期の入ったグレーの長袖のスウェットを着ており、話しながら、時々、袖さきの毛玉を取るしぐさをしていた。
前回の接見を経て、渡辺被告からの手紙が届き、筆者がずっと気になっていたのは、渡辺被告の生い立ちについてだ。公判では、検察から渡辺被告が「被害者を騙すために生い立ちで家族とも不仲だとウソをついた」と断罪されており、実際、渡辺被告が販売していた「頂き女子」がおぢから金銭を詐取するための情報商材にも「大事な事前設定」として「家族との不仲を強調すること」が記されている。事実、渡辺被告から「不仲の親と縁を切るために」といわれた被害者は、彼女に両親との手切れ金として600万円以上を渡している。
果たして、「家族と不仲」は“虚偽”だったのだろうか。彼女が逮捕前に出演していたYouTubeでは「18歳で家を出てからは家族と一切連絡をとっていないこと」や「父親のDV」について明かしており、歌舞伎町に来るまでのことは「記憶から抹消したい」とも語っていた。だが、動画での渡辺被告はその独特のキャラクターとも相まって、「ネタ」としてとらえる視聴者がほとんどだった。
改めて、話を聞きたい旨を申し入れると「え?私の生い立ちが聞きたいんですか?」といって、ごく普通に笑顔で話し始める。断られたりはぐらかされたりすることも予想していた筆者をよそに、実にあっけらかんとした様子だった。
渡辺被告は1998年、神奈川県平塚市で生まれた。父と母、姉の4人暮らしで、ペットの犬を可愛がっていたという。
姉については“姉っぽい人”という独特の言い回しで「そんなに仲はよくなかった」と言及し、「お母さんは面会に来てくれましたけど、姉っぽい人ではないです」と話す。
言いよどむことなく淡々と話していた渡辺被告の様子が変わったのは、「お父さんはこちらには来たんですか」と筆者が声をかけた時だ。
「お父さん……父親……父……そういう言葉も使いたくもない。“あの人”が面会に来たいといっても絶対に会う気はありません。申し込みがあっても絶対に断る。いまさら『許される』と思わないでほしい」
これまでのホストや歌舞伎町について話す様とはまったく違う、聞いたこちらが思わず驚くような強い調子だった。
「“あの人”はDVの常習だった。でも、お母さんや姉には向かわず、ひどい目に遭うのは犬と私だけ。なんでなんでしょう?未だにわからない。犬に対しては、高いところに乗せて、降りれなくなってキャンキャン吠えて怯えているところを笑って見ていたり、怖かった」
渡辺被告は、うつむきながら、ひとことひとこと、絞り出すように話す。父親が何の仕事をしていたのかも知らない。ただ、朝に家を出ていき、夜になると帰宅するため「どこかしらで働いているのだろう、と思っていた」という。
中学生の頃には、父親が渡辺被告に対し、激昂することもあったという。
「特に怖かったのは、中学生の頃のある夜、私は自分の部屋に鍵をかけて、犬と隠れていたんですが、父親が部屋の鍵を壊して入ってきて。……もう本当に殺される、死ぬ、と思って、意を決して、一大決心をして、警察に電話をして『助けてください!父親に殺されます!』って状況を説明したんです。
警察は来てくれたんですけど、私が大げさにウソをついている、というように捉えられていて、助けてもらえなかったんです。私は、これで、父が逮捕されて、ようやく“怖い思い”をしない生活ができるのでは……と思っていたから……警察にも裏切られたというか……」 どういったことが原因で、渡辺被告に父親に対し恐怖心を抱くようになったのか、父と娘との間でどんなやりとりがあったのか、15分の接見では全容を聞くことは難しかったが、彼女が家族の中でも特に父親に対して、強い嫌悪感があることは伝わってきた。。
話題が父親のことに及んでから、表情も声のトーンもガラリと変わった彼女の様子を目の当たりにしながら、筆者は1度目の接見時、渡辺被告に被害者となったおぢたちについて質問したとき、彼女が彼らに「人間として接していない」と口にしていたことを思い出した。
今回の接見でも、筆者が差し入れたちょっとしたものに対して「こんなふうに物をもらってしまってすいません」と心底、申し訳なさそうにお礼をいう一幕があり、「被害者の男性から2000万円もらったことに対しては同じようには思わないのですか?」と聞いてみると、渡辺被告は、質問の意味が全くわからないというような様子で「だって、おぢに対しては、私がしてあげたことの“対価”だから。もらって当然だと思う。女の人には、私は何もしてあげられていないのではないかと思う」と返す。
また、現在の留置所生活を「女の人とたくさん話せるのが楽しい」と話す一方で、「男の人は、気持ち悪い。キモい……」と呟くこともあった。 渡辺被告がおぢたちに対し、「同じ人間と思っていない」と話すなど、徹底的に冷たい理由の一つには、彼女がずっと持っている「おじさん的な存在」に対する強い拒絶や恐怖心があるからなのではないか。それが、子供の頃から父親と上手くいかなかったことと関係があるのではないか。彼女が説明する家族の話からは、そんな憶測が浮かぶ。
母親に対しても複雑な感情があるようだった。
「お母さんは、友だちもいなくて、可哀そうなひとなんです。だから私が救ってあげたい」──そう話す渡辺被告だが、その母は、彼女が父からとの衝突にSOSを出していた際にも、彼女のそばにいることはなく、逮捕され収監された後もマメに面会に来ているような様子はない。それでも「お母さんには私しかいないから……」と言う。面会や手紙のやりとりを重ねるにつれ、その心境に変化が訪れているようだった。
(第3回に続く)