「1カ月たっても何も変わっていない」――。元日に襲った能登半島地震。発生直後に大規模な火災に見舞われた石川県輪島市の観光名所「朝市通り」の近くに住む男性(55)はそう漏らした。辺りは1階部分が押し潰された木造家屋が道の一部を塞ぎ、アスファルトには亀裂が入ったまま。男性は復旧が遅々として進まない現状を嘆いた。2月5日から8日間、被災地を訪ね歩いた記者に多くの人たちが現状を語ってくれた。【山中宏之】
相次ぐ内陸地震 南海トラフ、既に活動期 津波と強震の恐れ
水の問題は深刻だった。水道設備に大きな被害があり、広範囲で断水が長期化している珠洲(すず)市。飲み水の確保だけでなく、生活排水を流す下水も使えない状況だ。そんな中、境内に井戸を掘り、2月上旬、洗濯機を設置して地域住民に洗濯場を提供し始めた寺があった。洗濯に来た近くの女性(66)は「洗濯できないストレスがなくなった」と晴れやかな表情を見せた。一方、同市の男性(82)は浮かない顔だ。楽しみだった毎日の晩酌で飲むビールは「トイレに行く回数が増えるから」と元日以降は「一滴も飲んでいない」と言う。下水を使えないことがそんなささいな楽しみをも奪っていた。水を得るだけでなく、排水ができて当たり前の環境のありがたさを感じた。
残るか、離れるか
取材で多く聞いたことの一つが「地域に残るか、離れるか」。男性(37)は「行政の支援を見極めたい」と話すが、約10年暮らした輪島市を近く離れる考えだ。「残りたい」「戻りたい」と思っても家が壊れ、仕事を再開する見通しが立たず、やむなく住み慣れたまちを出て行く選択をした人もいた。一方で珠洲市の女性(77)は「(住民は一度は離れても)必ず戻ってくる。悲観していない」と希望を持つ。約400年続く奥能登伝統の「燈籠山(とろやま)祭り」は地域と住民を強く結びつける存在で、そう言い切る根拠の一つだ。他方、「帰ってこられるように家をなんとかするなど行政が本気で手を差し伸べて」と訴える。
災害の備え、今一度
地震発生から1カ月後の取材だったが、船が沈んだり、陸に乗り上げたりしたままの漁港や、ブロック塀が道側に倒れたままの住宅地、閉店が続く商業施設など時間が止まったように手つかずの場所も少なくなかった。
今回の能登半島地震では、交通網が寸断され、各地で孤立集落が生じ、海底の隆起や津波被害で海上輸送ができなくなるなど多くの課題を突き付けた。近い将来、南海トラフ地震の発生が懸念される中、四国に住む私たちもひとごとではない。愛媛の地で2018年の西日本豪雨などを取材してきたが、改めて多くの「当たり前」が一瞬にして失われる災害への備えを自分事として今一度考えようと痛切に感じた。