自殺や殺人、事故死、孤独死──何らかの理由で、入居者がそこで亡くなった賃貸物件のことを、通称“事故物件”という。そんないわくつきの部屋、気味が悪いし、できればあまり住みたくない……と思う人は多いだろう。ところが、あえて恐ろしげな事故物件を探しては住むという奇妙な行動を続けているのが、“事故物件住みます芸人”の松原タニシさんだ。
【写真】遺体からできた土で自然栽培したカイワレ、生命力が……
「きっかけは、事故物件に住んで幽霊を映像に収めたらギャラがもらえるというテレビの心霊番組の企画でした。芸人として駆け出しのころで経済的にも厳しかったし、売れるためなら何でもしてやる!とチャレンジしたら、本当に不思議な現象の撮影に成功しまして。
以来、事故物件に住んで、“取材”し、それを語るのが仕事の中心に。本を出したり、イベントに呼んでいただいたり。気がつけば10年以上、やってますね。もはや事故物件を探し住むことは、僕の生活の一部です」
タニシさんがこれまで住んだ事故物件は、合計17軒。現在の拠点は関西だが、東京から沖縄まで、“いい物件”を見つければ地域は問わず契約する。同時に複数の家を借りていることもざらだという。
「でも、複数の家を借りては解約してを繰り返していたら、郵便物が届かなくなってしまって(笑)。だから現在は居住用とは別に、家賃の安い荷物受け取り用の部屋を借りています」
そうまでして事故物件にこだわるということは、それだけオイシイ……つまり、こわ~い体験ができるからに違いない。ここ数年で住んだ物件の中から、とっておきの3軒を紹介してもらった。
「忘れられないのは、兄弟間トラブルによる殺人と自殺の現場になった2階建ての一軒家です。中に入ると、事件が起きた当時のまま血痕が残っていて……。車庫になっている地下と、2階は大丈夫でしたが、とにかく1階が血まみれで。さすがに強烈でした」
知り合いの不動産業者が、室内をリフォームして売りに出す前の3か月間、特別に貸してくれた家。玄関、台所、風呂場など、いたるところに血が飛び散っていたという。
「まず弟さんがお兄さんを玄関で撲殺。その後、居間で割腹自殺を図ったそうです。でも、お腹に包丁を突き立てたあとなかなか死ねず、家じゅうをウロウロ歩き回った……それであちこちに血痕がついたんですね。その血痕はあえてそのままにしてもらい、住むことにしました」
他人の、しかも、そんな凄惨な事件で亡くなった人の血が飛び散った家で暮らすなんて、考えただけでゾッとするが──。タニシさんは、怖くないのだろうか?
「最初はさすがに緊張しましたよ。ただ、しばらくすると慣れて、血痕も“ただの痕跡”だと思えるようになりました。事故物件といっても、毎日怪奇現象が起きるわけではない。むしろ何もないことのほうが圧倒的に多いんです。じゃあどうして、人が亡くなった家が“怖い”といわれるのか──まだ答えが明確に出たわけではありません。
ただ、事故物件に住んでいると“人の死”について思いを馳せることになる。そこで亡くなった人の最期の瞬間に重ね合わせて、“自分の死”を意識してしまうことが恐ろしいんじゃないかな、と思ったりもします」
1か月後、タニシさんは特殊清掃業者の知人と一緒に家を掃除した。弟が息絶えた居間のフローリングに残る大きな血だまりも、スポンジと水でピカピカになった。
「血痕が消えると、清々しい気分になりました。血痕という“人の死の痕跡”に対する恐怖を自分の中で消化して乗り越えられたんです」
2023年、タニシさんは新たなチャレンジを行った。
「住人の男性が孤独死した一軒家。こちらもリフォーム前の1か月限定で借りました。さまざまな残置物がある中でひときわ目を引いたのは、部屋の一角に盛られた、人形の土でした」
この物件にも、遺体のあった部屋をきれいにする特殊清掃はまだ入っていなかった。男性は発見されたときすでに白骨化しており、警察は遺骨を回収しただけで、家の中には触れていない。この土の正体は、一体……?
「おそらく“元人間”なんですよ、この土。つまり、遺体の肉を食べたネズミや虫の糞を、バクテリアが分解したもの。試しにこの土の成分を分析してもらったところ、動物などの排泄物や死骸が蓄積してできた土壌と酷似しているということでした。しかも、栄養価がすこぶる高いらしくて」
タニシさんは、なんとこの土を使って、作物を育てることにしたのだ。選んだのは短期間で育つ野菜を数種類。
「中でもきちんと成長したのが、カイワレです。もちろん食べましたよ。ふつうのカイワレより味が濃く、ピリッと辛くて舌が痛くなるほどでした」
怪奇現象が毎日起きるわけではないという事故物件。逆にいえば、“奇妙な出来事”が起きるときもある。
「昨年契約した17軒目の事故物件は、香川県のマンションの一室です。人が亡くなっただけでなく、この部屋に入ったリフォーム業者の人がナゾの黒い影を目撃したという触れ込みがあって……」
その“ヤバさ”は、お祓いに呼ばれた祈祷師ですら「何をやっても除霊は無理」と匙を投げたほど。それほど強い念を持った何かが棲みついている部屋なのだ──。その黒い人影は、風呂場から現れるという話だったが、初めのうちは何も起きなかった。しかし半年後、タニシさんはついに、奇妙なものを目撃することに。
「その部屋には、チャイムを鳴らした人物を画像で記録しておくタイプのインターフォンがあるのですが、そこに覚えのない不可解な履歴が2つ、残っていたんです。ひとつは、訪問者が誰も映っていない画像。もうひとつは画面左端に黒い人影の映り込んだ画像でした」
これは一体何を映しているのだろうか……。想像するだけで背筋が凍る恐ろしさだが、タニシさんはあくまで楽しげだ。
「思ったんですけど、これって、部屋に現れるといわれていた黒い影が外に出て……。鍵がかかって、帰ってこられなくなったってことなんじゃないかなって。で、部屋に戻りたくて外からインターフォンを鳴らしてる。そう思ったらちょっとかわいいですよね(笑)」
タニシさんならいざ知らず、やはり、聞けば聞くほど、事故物件には住みたくない。
ところが、2021年、事故物件に関するガイドラインが改正され、孤独死を含む自然死、3年以上前の自殺・殺人が発生した物件については、賃貸契約において事前に新たな居住者にその旨を告知する義務がなくなっているのだ。では、新居を探す際、どうしたら事故物件を見抜けるのだろうか?
「まず、事故物件は絶対に嫌だと不動産業者に伝えましょう。そんなの言わずもがな、と思わず、意思表示をするのが重要。そうすれば3年以内に人が亡くなった物件は紹介されないはずです。4年以上前の事故物件に関しては、『大島てる』という事故物件情報提供サイトを参考に。2005年以降のものであれば、掲載されている物件も多いです」
一方でタニシさんは、「あまり詮索しすぎないことも大切」と語る。
「結局、みんなが事故物件を怖がるから、自分も怖いと感じてしまうんですよね。それはしょせん、作られたイメージ。事実として人が死んでいる場所でも、そのことを知らなければどうってことない場合も多いですから」
超高齢社会の日本に、事故物件は今後間違いなく増えていく。そんなとき、タニシさんのようなマインドで向き合えるか……。さて、あなたはどうだろう?
取材・文/大野瑞紀