最新の訪日外客統計(日本政府観光局 2024年1月17日)によると、コロナ前の約8割は回復した訪日外国人市場において、特にアジア系の人たちの間では、東京より大阪が好まれていると、まことしやかに言われている。なぜなのか。年始に大阪を訪ね、いくつかのインバウンドスポットを歩いてみたら、その理由がわかってきた。
大阪の主なインバウンドスポットといえば、心斎橋から道頓堀、日本橋、新世界にかけての商業地だろう。一部を除き、多くの店が開くのは午前11時だが、この界隈では10時前頃から外国人ツーリストだらけである。彼らは活動時間が生活者より早いから、日本人はこの時間帯、少数派といえるかもしれない。
コロナ禍は閑散としていた黒門市場はいまにぎわっている
道頓堀から近い黒門市場に足を運んでみると、すっかりコロナ前の様子に戻っていた。そこは外国客であふれ、縁日のようなにぎわいだ。もともと黒門市場は高級食材専門の市場だったという。ところが、いまではカニやフグ、ウナギ、刺身などの高級海鮮もそうだが、串カツやはたまたイチゴの飴がけ串など、さまざまな和食グルメが観光客用に並べられ、彼らは食べ歩きを楽しんでいる。
商店街の真ん中で、集団で派手なポーズをとって記念撮影をしているのは、おそらく台湾人グループだろう。彼らがそうする姿を各地で目にしてきたからわかるのだが、国によって観光客の様態もさまざまであることが面白い。
大トロの並ぶ店で食べ歩きを楽しむ東南アジア系の旅行者たち
ここまで外国客で密集し、にぎわう商店街は、全国を探しても少ないかもしれない。ただの物見遊山や散策ではなく、目的ははっきりしている。黒門市場は、食い倒れの町、大阪を代表する観光スポットなのだ。
でも、店頭に置かれた刺身の値段がなかなかどうして……。ウニ入りの各種刺身1パックに6000円という強気の値札が付いていた。もしや外国人相手のぼったくり? だが…、もしかしたら香港でなら同じものが日本円換算でこれぐらいするかもしれない。日本人相手の商売だとデフレマインドを気にせざるを得ないが、外国客相手だと話は変わるのか。円安とは、こういうところに現れている気がする。
大阪日本橋の顔は、漫画専門の古書店のまんだらけと家電量販店のJoshinだ。日本橋は大阪のアキバといわれる町で、アニメをはじめとしたオタク系商品の店が並んでいて、外国客にも人気のエリアだ。
通りにはリアルドール専門店のようなマニアな店や古レコード店もある。ここ数年のジャパニーズシティポップスの人気で、外国客の姿も見かける。
彼らはたいてい難波から新世界くらいまでは堺筋をどんどん歩いて観光する。
そして新世界。通天閣の周辺の商店街も、ほとんどが外国客である。
コロナ禍に訪ねたときはひっそり静まり返っていたジャンジャン横丁が、今回は人ごみでいっぱいで、すし詰め状態だった。昔ながらの串カツ屋やすし屋、ホルモン焼き屋、かすうどん屋に加え、弓矢の射的場までできていて、外国人ファミリーが楽しんでいた。特に串カツ屋とすし屋の行列が長かったが、コロナでつぶれた飲食店のあとに射的場ができたそうだ。新世界も合わせると、この手の射的場が10軒近くあった。
新世界には飲食店に代わって射的場が増えた
この横丁には、渋い将棋・囲碁クラブや純喫茶などもあって、まさにThe昭和の世界。外国客にとっても興味深いだろう。新世界もまた毎日が縁日のような界隈である。
将棋・囲碁クラブは、まるで昭和の映画のシーンのようで新鮮に映ることだろう
誰が買って行くのだろうか、新世界の虎柄ファッションの店
大阪のインバウンドのにぎわいを象徴するもうひとつの場所は、関西国際空港行きの南海電車で、車内には外国客たちのスーツケースが所狭しと並んでいる。いま大阪のインバウンド関係者が頭を悩ませているのは、国際線第1ターミナルの保安検査場がとんでもない長蛇の列で、フライトの3時間前までに空港に行かなければならないほどの混雑だという。国際線の地方路線の回復がまだ遅れていて、東京と大阪に便が集中しているせいだ。
筆者はここ数年、年に数回大阪を訪ねており、コロナ前後の変化もいろいろ気がついた。
まずこれは東京でもそうだが、ヒジャブで頭を覆ったムスリム女性旅行者がよく目につく。若い個人旅行者も見かけるが、ベビーカーを押すファミリー客も多そうだ。
コロナ前までは圧倒的に中国、韓国、台湾、香港といった東アジア系が多数を占めたが、いまでは欧米や東南アジアの比率が上がった。東アジア系と比べ、彼らの顔だちはひと目で外国人とわかるので、コロナ前の約8割の回復とはいえ、外国客が増えた印象が強まったのだろう。
道頓堀の東端の日本橋はインバウンドバスの乗客が散策のために降りるスポットだが、以前に比べ、団体客は少ないのか、バスもそんなに多くなさそうだ。これはすでに約10年前から進行している外国客の個人化の流れだが、主に観光地にしか出没しない団体客と違い、個人客は神出鬼没にどこにでも出かけるから、こんなところにも外国客が……。そういう場面も増える。
興味深かったのは、コロナ前はにぎわっていたドラックストアや道頓堀に昨年4月28日に再オープンしたラオックスが閑古鳥だったこと。通りにはこれだけ外国客がいるのに、だ。難波から日本橋にかけてはドラックストアだけでも30軒以上はありそうだが、どこも客は少ないように見える。
中国の団体客を呼び込むことで一世を風靡したラオックスも時代の変化に追いつけないのだろうか
日本政府観光局の最新外客統計によると、2023年の中国客は2019年比で74.7%減。昨秋くらいから少しずつ回復しているようだが、やはり彼らが大幅に減ったことの影響だろう。コロナ前後の変化を象徴する光景だと思う。
かつて大阪では、ドラッグストアを中心に客の争奪合戦が繰り広げられていた。某ドラックストアでは、外国客限定でFacebookや中国SNSのWeChatで優待券をダウンロードした客には割引をしていた。中国人女性店員も多く雇い、宣伝パネルを掲げて大声で客引きをしていたものだ。
コロナ前には、すでに家電量販店は厳しかった。中国客にとって日本の家電商品は世界的なブランド性を喪失しており、むしろ中国家電のほうが広く支持されていたからだ。ところが、いまでは日本ブランドのコスメも厳しいようだ。中国では国産コスメが人気だからという理由もあるだろう。
観光庁がリリースした最新の宿泊旅行統計(2023年12月26日)によると、2023年10月の外国人延べ宿泊者数は1226万人泊で2019年の同月比19.5%増。1位は韓国で、2位以下は台湾、中国、米国、香港と続く。都道府県別では、1位は東京の455万人泊で、2位は大阪の200万人泊、3位は京都の142万人泊と続く。
数の上では東京は凌駕しているのだが、大阪にいると、やたらと外国客が目につくのはなぜか。これは大阪在住の知人たちも話していることだが、東京が広すぎて、観光地や商業地が分散しているのに対し、これまで述べたように、大阪は心斎橋から道頓堀、日本橋、新世界までの長大な商店街自体が観光地となって、連なりとしてまとまっているからだろう。
このコンパクトさは、海外、特に欧州の観光都市に近いといえるかもしれない。ツーリストというのは、歩くのが好きなのだ。その意味で、大阪は東京より歩きやすいといえる。
さらにいうと、都市の規模がコンパクトであるがゆえに、全体像がつかみやすく、訪れるべき場所がわかりやすいし、頭に入りやすい。何度か訪ねるうちに、その街のことがだんだんわかってくる。自分だけが知る、とっておきの場所が見つかる。それはツーリストにとっての喜びなのだ。それがまた来てみようというリピート化につながりやすいのである。
もっとも、外国客でにぎわうことは、いい話ばかりとは限らない。大阪、特に道頓堀では、外国客による大量なゴミのポイ捨てに悩まされてきたからだ。
筆者は以前、外国客にとっての日本旅行の問題のひとつとして、街頭のゴミ箱の少なさを挙げたが、そもそも食べ歩きの店がこれほど並ぶ道頓堀にゴミ箱が少ないことは、外国客にとっては信じられないことだったろう。
ところが、新春に道頓堀を歩いて気がついたのは、以前はなかったゴミ箱がいくつも設置されていたことだった。しかも、それはICTを活用したスマートゴミ箱で、昨年11月16日に道頓堀商店会エリア内の10カ所に設置したものだったことをあとで知った。
道頓堀に新たに設置されたITゴミ箱だが、「あかんで!!」と呼びかけるところが大阪らしい
「スマートごみ箱」とは、ゴミの量を検知して自動圧縮し、満杯になる前に通知するものだという。道頓堀の地元の人たちはポイ捨てゴミの問題に全国のどこよりも早く悩まされたことで、その解決にいち早く取り組んだのだ。この点をみても、大阪はまさに日本のインバウンドの最前線といえるだろう。
記事後編【大阪・西成あいりん地区に起こった劇的変化…海外バックパッカーたちを魅了する「納得の理由」】に続きます。