フレンチ料理店などのメニューで見るようになった「今日のおすすめは鹿」。鹿やいのししなどのジビエ料理が近年、増えている。なぜ人気があるのか、野生の動物の肉は本当に安全なのか。気になるアレコレを専門家に聞いた。
【写真】唐揚げや肉巻き、美味しそうな鹿肉料理鹿は繁殖力が高く35年間で2.5倍に拡大 熊やいのししなど、野生動物の被害や目撃情報が全国で相次いでいる。今年は特に、熊が人を襲う被害が多いが、近年、国が力を入れているのが、鹿による森林被害への対策だ。

鹿は繁殖力が高く、捕獲しないと1年で約20%増え、4~5年で倍増するといわれている。個体数が増えることで生息分布も広がり、この35年間で2.5倍に拡大。 以前は生息を確認できていなかった秋田県や茨城県などでも確認されていて、樹木の皮をはいだり食害によって土地が裸になって土壌が流出するなどの森林被害が深刻だという。 そこで国は狩猟やわなによる捕獲を認めていて、地域差もあるが1頭あたり7千円から9千円ほどの報酬を支払い、頭数削減を促進している。 そういった背景もあり、処理施設で解体された鹿を含めた野生鳥獣の数は右肩上がり。去年は15万8千頭近くにのぼった。 飲食店や自家消費などでの鹿肉やいのしし肉といったジビエの利用量も2022年は2千トンを上回り、国が調査を始めた2016年と比べると1.6倍に。近年、ジビエ料理を出すフレンチやイタリアンの店が増えたと感じている人もいるだろう。「捕獲数が増えたこともジビエ料理が広まった理由のひとつですが、地方創生という点もあります。野生動物の被害に遭っているのは地方が多いですが、その肉を上手に利用して地域を活性化させようという動きもあるのです」 と言うのは、日本ジビエ振興協会代表理事の藤木徳彦さんだ。 2014年に国が野生鳥獣の肉の取り扱い方をガイドラインにまとめ、それにのっとった方法で処理する食肉処理施設が全国におよそ800か所もできている。「徐々にですが、鹿やいのししなどの肉を見て『なにこれ』と驚く人が少なくなってきましたね。ロッテリアさんなど、大手企業がメニュー開発してくれたことも身近に感じてもらうきっかけになったと思います」(藤木さん、以下同) 西日本の一部のスーパーマーケットでは、豚肉や鶏肉などと並んで鹿肉やいのしし肉が並んでいるという。 さらに、楽天市場などネットのショッピングモールでも「鹿肉」と検索すると、たくさんの商品が出てくる。ガイドラインを守っていない「闇ルート肉」も しかも、中には100グラム100円台の商品も。鹿は有害鳥獣だから安いのだろうか。「いえ、そういうわけではないんです。“正規ルート”の鹿肉は、一般的な豚肉や鶏肉よりむしろ高いことのほうが多いです」 鹿はたしかに有害鳥獣だが、だからといって安いわけではない。鹿肉などは、豚肉や鶏肉のように大量生産、大量流通できないので、どうしても高コストになってしまうのだ。 たしかにスーパーや道の駅では100グラム500~700円ほどで販売されているものが多い。なぜインターネットでは安く売られているのか。「ネット上で売られているものの中には国が定めたガイドラインを守って解体している処理施設が出荷したものではない肉が、少なからずあると思います。それらはいわば、闇ルートの肉といえます」 正規の食肉処理施設の肉とそうでない肉で一番違うのは安全性だ。「野生動物を肉にするためには皮をはいで内臓を出し、食肉用に切り分けるといった作業が必要になります。正規の食肉処理施設では、ガイドラインにのっとり、安全性を重視した方法で解体されます。 一方、例えば昔ながらの猟師さんですと、鉄砲で仕留めた場でお腹を切り、内臓を取り出すこともあります。その際、万一、肛門から排泄物が出て肉に付着すると多少洗ったくらいでは大腸菌は取りきれません。正規の処理施設ではそういうことが起きないよう、十分に配慮して解体しています」 猟師の中には国がガイドラインを定めたことを知らないために、以前から行っている方法で処理して、地域の料理店やネットのショッピングモールに出している人もいるという。「ガイドラインをもっと普及させる必要があるでしょう。たしかにその場で解体したほうが新鮮かもしれませんが、『新鮮だから安全』というわけではありません。安全に食べてもらうためにも、ぜひ正規ルートの肉を食べていただきたいと思っています」 正規ルートと闇ルート、どうやって見分ければいいのか。国は2018年に「国産ジビエ認証」という制度をスタート。 正規ルートの中でも特に安全性が認められた商品には「国産ジビエ認証」というマークがつくようになったため、ネットやスーパーなどで購入する場合は、そのマークがついている商品がおすすめだ。ていねいに処理された肉には臭みは一切ない ジビエ肉の一番の魅力はなんだろうか。「ずばり、おいしさです。一般的な牛や豚、鶏はすべて家畜です。もちろん、家畜の肉にも安定して供給できるなど、いいところはたくさんありますが、天然の肉には家畜の肉にはないおいしさがあります。 天然の野生動物は野山を走り回っているため筋肉質。鹿肉などの赤身肉は肉本来の味を楽しめ、いのししなどの脂身はさっぱりしていて、もたれません。ていねいに処理された肉には臭みは一切ないので、ご安心ください」 栄養面でも、例えば鹿肉は高タンパクで低カロリー、鉄分やビタミン類も多く含んでいる。 どんな食べ方がおすすめか、鹿やいのししの肉をスーパーや道の駅に卸している広島市の業者に聞いた。「しゃぶしゃぶが一番ですね。脂のとろけるようなうまみが口いっぱいに広がります。あとは、唐揚げやカツなど、揚げ物にしてもおいしく食べられます。生食や表面だけを炙る“たたき”は食中毒のリスクがあるのでNG。しっかり中心部まで火を通して食べるようにしてください」(株式会社フレッズ東京営業所所長の曽田敏幸さん) ひき肉ならハンバーグやミートボールにすると赤身のうまみが感じられておいしいと、長年、ジビエ料理を作っているシェフでもある藤木さんが教えてくれた。 東日本ではまだほとんどスーパーに並んでいないジビエ。レストランやビストロのメニューにあったら、注文してみてはどうだろう。 流通の問題がクリアになれば、牛肉、豚肉、鶏肉に続く“第4の肉”になる日も、そう遠くないかもしれない。※お近くで入手できない場合は、国産ジビエ認証を受けている食肉処理施設「信州富士見高原ファーム」(TEL0266-65-3213)までお問い合わせください。取材・文/八坂佳子藤木徳彦さん 日本ジビエ振興協会代表理事。長野にある「オーベルジュ・エスポワール」のオーナーシェフ。著書に『フレンチで味わう信州12か月』ほか。
熊やいのししなど、野生動物の被害や目撃情報が全国で相次いでいる。今年は特に、熊が人を襲う被害が多いが、近年、国が力を入れているのが、鹿による森林被害への対策だ。
鹿は繁殖力が高く、捕獲しないと1年で約20%増え、4~5年で倍増するといわれている。個体数が増えることで生息分布も広がり、この35年間で2.5倍に拡大。
以前は生息を確認できていなかった秋田県や茨城県などでも確認されていて、樹木の皮をはいだり食害によって土地が裸になって土壌が流出するなどの森林被害が深刻だという。
そこで国は狩猟やわなによる捕獲を認めていて、地域差もあるが1頭あたり7千円から9千円ほどの報酬を支払い、頭数削減を促進している。
そういった背景もあり、処理施設で解体された鹿を含めた野生鳥獣の数は右肩上がり。去年は15万8千頭近くにのぼった。
飲食店や自家消費などでの鹿肉やいのしし肉といったジビエの利用量も2022年は2千トンを上回り、国が調査を始めた2016年と比べると1.6倍に。近年、ジビエ料理を出すフレンチやイタリアンの店が増えたと感じている人もいるだろう。
「捕獲数が増えたこともジビエ料理が広まった理由のひとつですが、地方創生という点もあります。野生動物の被害に遭っているのは地方が多いですが、その肉を上手に利用して地域を活性化させようという動きもあるのです」
と言うのは、日本ジビエ振興協会代表理事の藤木徳彦さんだ。
2014年に国が野生鳥獣の肉の取り扱い方をガイドラインにまとめ、それにのっとった方法で処理する食肉処理施設が全国におよそ800か所もできている。
「徐々にですが、鹿やいのししなどの肉を見て『なにこれ』と驚く人が少なくなってきましたね。ロッテリアさんなど、大手企業がメニュー開発してくれたことも身近に感じてもらうきっかけになったと思います」(藤木さん、以下同)
西日本の一部のスーパーマーケットでは、豚肉や鶏肉などと並んで鹿肉やいのしし肉が並んでいるという。
さらに、楽天市場などネットのショッピングモールでも「鹿肉」と検索すると、たくさんの商品が出てくる。
しかも、中には100グラム100円台の商品も。鹿は有害鳥獣だから安いのだろうか。
「いえ、そういうわけではないんです。“正規ルート”の鹿肉は、一般的な豚肉や鶏肉よりむしろ高いことのほうが多いです」
鹿はたしかに有害鳥獣だが、だからといって安いわけではない。鹿肉などは、豚肉や鶏肉のように大量生産、大量流通できないので、どうしても高コストになってしまうのだ。
たしかにスーパーや道の駅では100グラム500~700円ほどで販売されているものが多い。なぜインターネットでは安く売られているのか。
「ネット上で売られているものの中には国が定めたガイドラインを守って解体している処理施設が出荷したものではない肉が、少なからずあると思います。それらはいわば、闇ルートの肉といえます」
正規の食肉処理施設の肉とそうでない肉で一番違うのは安全性だ。
「野生動物を肉にするためには皮をはいで内臓を出し、食肉用に切り分けるといった作業が必要になります。正規の食肉処理施設では、ガイドラインにのっとり、安全性を重視した方法で解体されます。
一方、例えば昔ながらの猟師さんですと、鉄砲で仕留めた場でお腹を切り、内臓を取り出すこともあります。その際、万一、肛門から排泄物が出て肉に付着すると多少洗ったくらいでは大腸菌は取りきれません。正規の処理施設ではそういうことが起きないよう、十分に配慮して解体しています」
猟師の中には国がガイドラインを定めたことを知らないために、以前から行っている方法で処理して、地域の料理店やネットのショッピングモールに出している人もいるという。
「ガイドラインをもっと普及させる必要があるでしょう。たしかにその場で解体したほうが新鮮かもしれませんが、『新鮮だから安全』というわけではありません。安全に食べてもらうためにも、ぜひ正規ルートの肉を食べていただきたいと思っています」
正規ルートと闇ルート、どうやって見分ければいいのか。国は2018年に「国産ジビエ認証」という制度をスタート。
正規ルートの中でも特に安全性が認められた商品には「国産ジビエ認証」というマークがつくようになったため、ネットやスーパーなどで購入する場合は、そのマークがついている商品がおすすめだ。
ジビエ肉の一番の魅力はなんだろうか。
「ずばり、おいしさです。一般的な牛や豚、鶏はすべて家畜です。もちろん、家畜の肉にも安定して供給できるなど、いいところはたくさんありますが、天然の肉には家畜の肉にはないおいしさがあります。
天然の野生動物は野山を走り回っているため筋肉質。鹿肉などの赤身肉は肉本来の味を楽しめ、いのししなどの脂身はさっぱりしていて、もたれません。ていねいに処理された肉には臭みは一切ないので、ご安心ください」
栄養面でも、例えば鹿肉は高タンパクで低カロリー、鉄分やビタミン類も多く含んでいる。
どんな食べ方がおすすめか、鹿やいのししの肉をスーパーや道の駅に卸している広島市の業者に聞いた。
「しゃぶしゃぶが一番ですね。脂のとろけるようなうまみが口いっぱいに広がります。あとは、唐揚げやカツなど、揚げ物にしてもおいしく食べられます。生食や表面だけを炙る“たたき”は食中毒のリスクがあるのでNG。しっかり中心部まで火を通して食べるようにしてください」(株式会社フレッズ東京営業所所長の曽田敏幸さん)
ひき肉ならハンバーグやミートボールにすると赤身のうまみが感じられておいしいと、長年、ジビエ料理を作っているシェフでもある藤木さんが教えてくれた。
東日本ではまだほとんどスーパーに並んでいないジビエ。レストランやビストロのメニューにあったら、注文してみてはどうだろう。
流通の問題がクリアになれば、牛肉、豚肉、鶏肉に続く“第4の肉”になる日も、そう遠くないかもしれない。
※お近くで入手できない場合は、国産ジビエ認証を受けている食肉処理施設「信州富士見高原ファーム」(TEL0266-65-3213)までお問い合わせください。
取材・文/八坂佳子
藤木徳彦さん 日本ジビエ振興協会代表理事。長野にある「オーベルジュ・エスポワール」のオーナーシェフ。著書に『フレンチで味わう信州12か月』ほか。