新宿歌舞伎町にあるTOHOシネマズ(新宿東宝ビル)の周辺地区を指す「トー横」。2019年頃からその界隈に家出した少年少女たちが集まり、好奇の目を向けられるようになった。元風俗嬢、元看護師の肩書を持つエッセイストでライターのyuzuka(@yuzuka_tecpizza)が取材する(以下、yuzuka寄稿)。◆トー横キッズが抱いた不信感
筆者が、トー横キッズの取材で子供たちと関わる中で、何度も耳にしたのが児童相談所への不信感だった。子供を守るためのセーフティネットであるはずの児童相談所に、どうして悪い印象を抱く子供たちが多いのか。
そもそも児童相談所とは、児童福祉法第12条に基づいて都道府県や政令指定都市等に設置された相談機関である。名目上は、家庭内外からの子供に関する相談を受け付け、市町村と連携しながら子供が明るく健やかに成長していけるようサポートを行う存在だ。個々の子供や家庭に関わり、その家庭にとっての最も効果的な援助を的確に行う必要があり、支援・指導、および関係調整を行うプロである、児童福祉司などが在籍している。
この児童相談所で援助の方針を決めるまでの間、一時的に入所することになる場所として、一時保護所がある。前回のインタビューではSちゃんが、この一時保護所についても「地獄だった」と話していた。
◆児童相談所に保護された13歳の少年
さらに一時保護を経て行く先は家庭復帰や児童養護施設の他に、かつては「教護院」と呼ばれていた、児童自立支援施設が存在する。児童自立支援施設は、不良行為を行ったか、その恐れのある子供たち、家庭環境等の理由により、生活指導が必要だと判断された子供たちが入所、または通所しながら自立を目指す施設だ。
「不良行為」とは言うが、そこに至るまでの背景には不適切な養育環境がある。実際に入所している半数の子供たちが、何らかの虐待を経験している。
今回、2023年9月に東京都X区にある児童相談所に一時保護された13歳の少年と話をすることができた。N君は「とてもじゃないけれど、寄り添ってくれる場所だとは思えなかった」と憤る。
◆警察に取調室に連れていかれた
父親との二人暮らしで生活するN君は、同級生からのいじめが原因で、通っていた男子校に登校できなくなった。しかし不登校になると、次は家にいる父親との関係が悪化した。
いじめや暴力のことを相談しても「やり返せもしないチキン」「甘ったれるな」「学費を払っているんだぞ」と強い口調で責め立てられて、次第に相談する気力を失った。そしてN君が児相に入るきっかけとなったのも、この父親からの”暴言”だった。ある日、外出先で父親からの「痛い目、怖い目に遭いたいの?」という言葉に気分が悪くなり、とうとうその場で倒れてしまったのだ。
「救急車が来て、『父親からの暴言が原因かもしれない』と話したら警察を呼ばれて、そのまま取調室に連れて行かれました」
取調室でN君は「帰りたくない。暴言を吐かれている」と、その場にいる大人たちに助けを求めたが、8時間の拘束の末、そのまま児童相談所の一時保護所に保護されることになったという。本人の助けを求める声に応えた形での保護。しかし、N君は「あそこは牢獄です」とつぶやく。
◆「このままでは死んでしまう」
一時保護所に到着すると同時に、スマホを含む持ち物を全て没収され、そのまま外から見えないようにスモークが貼られた個室に「ぶちこまれた」とN君は言う。

「この人に何を話しても無駄だと感じたので、今でも不登校の原因がいじめだということさえ伝えていません。泣いたり叫んだりしていたら、『もう中2だろ』『うるせえ』『まわりに迷惑をかけるな』と怒鳴られました」
「このままでは死んでしまう」。N君は何度も職員に「帰りたい」と訴えたが、軽くあしらわれるだけだった。
「一度、逃げようとしたことがあるんです。誰も見ていない隙に走って脱走しようとしました。だけど結局いつもいる職員の人に見つかって、『何逃げようとしてるんだ』と怒鳴られて、廊下を引きずられて個室に戻されました。その時も話さえ聞いてくれなかった」
◆相談相手は「Yahoo!知恵袋くらい」
「勉強することさえ、平日の午前中しか許されなかった。午後や休日は、何もやらせてもらえないんです。誰かがやってきたと思っても『布団を敷け、歯を磨け』と、指示をするだけで出ていってしまう。水分補給やトイレさえ、誰かが来た時しか許されない。もちろん話を聞いてくれる時間なんてありませんでした」
周りに誰かがいる気配はなかったが、部屋の壁には殴られてへこんだ跡や、引っ掻き傷があった。結局、2週間後に突然、”解放”された時も、「職員から何か言葉をかけられることなく、淡々とただ出て行った」とN君は話す。
さらに退所後、父親との関係は悪化。家庭内でも完全に孤立しており、インタビュー時に相談できる相手を私が尋ねると、少し悩んで「Yahoo!知恵袋くらいですかね」と答えた。あそこの人たちだけはちゃんと返事をくれるのだ、と。
今後も続く児童福祉司との面談については「もう行きたくない。行ったとしても、状況が悪化したことしか伝えられない。どうせ何も聞いてもらえない」と静かにため息をついた。
「児童相談所の施設は、監禁する場所ではなく、住む場所として存在してほしい。職員の人も、もう少し優しく接してほしい。もしも優しくしてくれれば相談もできたかもしれないです」とN君は疲れたように話す。
それでは今後、大人にどんな支援を求めるかと聞いてみると「何も期待していません」と言い切った。取材の最後、N君に「大人」への印象を聞くと声のトーンを落とし、「敵です。児相の職員はみんな敵。警察も、児相に引き渡すから敵」とつぶいた。
◆東京都福祉局を直撃した
それでは、実際に一時保護所や自立支援施設では、どのような取り組みが行われているのだろう。全ての一時保護所がN君の言うような状況ではないと思うが、一般的な一時保護所等の状況について、子供たちが抱くイメージと照らし合わせるために、東京都福祉局の子供・子育て支援部の育成支援課長(女性)、同じく支援部の家庭支援課長(男性)、東村山市にある児童自立支援施設「都立萩山実務学校」施設長の男性に話をうかがった。
そこで感じたのは、大人側が子供たちを思っておこなう措置が、子供にとっては「無理解」だと感じる要因になってしまうという、すれ違いの現実だった。
――児童相談所という場所には、どのような子供たちがいますか。
家庭支援課長:児童相談所で一時保護される子供たちの割合で多いのは「被虐待児」です。虐待というのは身体的虐待、ネグレクト、心理的虐待、性的虐待の4種類全てが入っています。続けて家出や盗みなどの「非行」となります。平成16年(2004)に児童虐待防止法が改正され、「面前DV」という子供の前で夫婦喧嘩などを行うなどの行為も心理的虐待に該当するようになりました。
――非行少年と被虐待児、児相は両方がいる環境だと思いますが、彼ら自身に共通点はありますか?

施設長:親自体も被虐待経験があり、虐待の連鎖で本人も子供に虐待してしまうケースもあります。そこで傷を負った子供が結果的に非行という行動上の問題を起こしてしまうのです。非行に走る子供も、虐待を受けている子供たちと同じように、養育上の問題が多いです。そして保護者が家庭内や外部にヘルプを求められていないという共通点もあります。
◆子供の最善の利益を考えている
――非行少年と被虐待児を同列に扱い、同じ施設で同じように過ごさせるということに問題を感じている声が多く、実際に私も違和感を抱いていました。
家庭支援課長:我々は子供と家庭の両方の状況をみながら、子供の最善の利益のためにはどうしていったら良いかを考えています。
施設長:我々も一人ひとりの置かれている家庭環境を児童相談所の方と調べていくなかで、子供たちの課題や苦しんでいた部分を理解して、どう支援していったら良いのかを一緒に組み立てています。
育成支援課長:同じ扱いというよりは「非行だから」「被虐待だから」と決めつけず、一人ひとりの状況に合わせて対応しているのが、児童相談所であり、自立支援施設だと思います。
――では、一時保護所のスケジュールを教えてください。
家庭支援課長:朝は決まった時間に起きた後、学習や創作活動などを行います。一時保護を支援する職員とは別に、学習指導員という教員免許を持っている専門のスタッフもいて、個々の学習の進捗状況に合わせて勉強をサポートしています。創作活動では、支援の職員もそうですが、ボランティアスタッフの方たちが一緒になって工作などを行うこともあります。
◆スマホや外部との接触を断つ理由
――自立支援施設ではどうでしょう?
施設長:子供たちがコテージのような寮で、10人弱のグループで生活しています。朝起きて、午前中は中高生たちが敷地の中にある分校で学習活動。お昼は寮のほうに戻って食事をとって、午後はまた分校に戻って学習や部活というのが大まかな日課です。余暇時間はみんなでゲームをしたり、DVDを見たり、年齢が高い子供たちは受験勉強をしたりします。
ただし、日課をきっちりこなすことに重きを置くのではなく、あくまで一人ひとりに合わせて対応しています。例えば「20時に寝たい」という中学生がいたら、その時間に寝ることを尊重し、その代わり朝は早く起きるように促しています。他にも学校に行きたくない子供には無理に登校させず、午後から行こうと声をかけるなど、柔軟に対応しています。
――各場所で、スマホなどの所持や外部との接触は認められていますか?
施設長:外部との接触は断ったほうが良い支援に繋がる場合があるので、基本的には認めていません。外部の方と繋がることで、気持ちが職員に向かず、介入しづらくなるケースもあります。ただ、自立支援施設では高校生にはスマホを使えるようにしている施設もあります。
――子供たちに施設の印象を聞くと、「朝早くに起こされ、ラジオ体操をさせられて、テレビは見れず。まるで刑務所だった」というような感想を持つ子供もいました。
家庭支援課長:集団生活なので、日課や決まりはあります。「何時から日課をしましょう」「何時に食事をとりましょう」というスケジュールを、当人がどう捉えるかというのはあると思います。自由に起きて食事をしてということはやりにくいです。
◆まずは規則正しい生活で心身を整える
――保護した先で子供たちに、集団生活によって時間を縛ったスケジュールで過ごしてもらうのにはどういった意図があるのでしょうか。

――集団生活に馴染めない子もいますか?
家庭支援課長:環境に溶け込めなかったり、1人の場面が少ないことで不調を訴える子も出てくることは事実です。馴染めない子供はケアしながらになります。
――子供たちと関わる中で難しいと思う瞬間はありますか。
施設長:言語が、とにかく特殊で紋切り型の子が多いです。感情と言語が結びついていないところがあり、その感情の波に大人が振り回されてしまうことがすごくあると感じます。正常に会話ができているかどうかの判断が難しいです。
◆「トー横を忘れない証」とリストカット
――確かに感情の起伏が激しいイメージはあります。
施設長:例えば「トー横キッズ」も昔の非行少年・少女とは違って、対応が特殊になることがあります。ベースに虐待や家庭環境の問題があることは多いですが、ただ非行をするためにトー横に集まっているのではなく、「自分をわかってくれる場所」だと思っています。家庭よりもそこが自分の居場所という考えがなかなか変わらない。「トー横を忘れない証」と言ってリストカットをする少女もいるくらいです。
――信仰に近い感じがしますね。
施設長:彼女たちには「自分ばかりこんな目に……」という考えが根底にあります。一番の理解者は親ではなく、トー横なのです。職員と出会って、「この人は私のことを面と向かって見てくれている」と感じられれば、自立につながるかもしれません。ただ、なかなか難しいなと思います。
――難しいケースもある中で、保護された子供たちは、どんなゴールに向かって支援するのでしょう。
家庭支援課長:ゴールはその子によって違います。子供の意思もあるし、家庭環境もあるので全員家庭へ戻すべきだとは言い切れません。ただ、一番は家庭復帰。そこが目指すべき場所ではあると思います。
◆保護者とどう関わっていくか
――それでも虐待などがあって戻れないこともあります。
家庭支援課長:そういう場合は「社会的養護」といって、施設や里親に預けることもあります。ただし、その場合でも家庭と一切関わらないわけではなく、児童相談所が間に入って、家族と面談などを行いながら、家庭復帰できるタイミングを待つこともあります。それでも難しければ、その子が社会で自立するまでサポートすることになります。
――そうなってくると、保護者の方との関わりも重要になりますね。どのようにサポートしていますか?
家庭支援課長:虐待が背景にある場合には、定期的に面談を繰り返して虐待などの事実を確認しつつ、家庭の中で虐待が起きた理由を探り、家庭環境を整えるようにします。例えば、育児の面で苦労されているのであれば、他のご家族や地域の手も借りながら負担を軽減できる方法を探すこともありますね。
――子供たちが児童相談所に入る流れはどうなっているのでしょう。
家庭支援課長:まずは相談という形で連絡が入ります。相談経路はいくつかあるのですが、一番多いのは、警察です。警察が保護した先で、まずは家庭に連絡し、そこで虐待やネグレクトが疑われる場合は「身柄付通告」となり、一時保護所で預かる流れになります。一時保護は最長2か月なので、そこで社会調査や心理診断、医学診断を行い、家庭復帰を目指すのかどうかなどの判断をします。
◆子供たちに「教えてもらう姿勢」が糸口に
――相談件数のうち、どれくらいの割合が施設入所となりますか?
家庭支援課長:大半は家庭復帰となります。令和3年(2021)の虐待相談総数が約2万6000件に対し、同年の児童福祉施設等の新規措置は約750人です。
――虐待自体の件数は増えているのでしょうか。

――虐待が増えていく中で、行っている取り組みなどはありますか。
家庭支援課長:虐待の半分以上は0歳の時に起こり、生まれてすぐの場合が大半です。そういった虐待を止めるためには、生まれてから動くのでは遅く、今は妊娠届を出した時から行政が寄り添い、相談に乗れる信頼関係をつくれるようにしています。東京都では区市町村の母子保健担当と家庭支援センターが連携をしながら、各家庭と繋がって定期的に訪問し、虐待につながる前に支援ができるような取組を進めています。
――最近始まった「出産・子育て応援交付金」のことが思い浮かびますね。交付金を受け取るには助産師の訪問や継続的な面談を受けることが必須条件となっていて、「妊娠出産で忙しい時期に対面で面談を行うのはツラい」など、ネットでは批判もありましたが、そういった事情があったんですね。
家庭支援課長:そうですね。直接「虐待を防ぐためだ」というと誤解を受けるかもしれませんが、子育てに負担がかからないように、不安を抱えないようにしていくことが虐待を防ぐことにつながる、と思っています。
――私自身取材をしていく中で、虐待を打ち明けられることも多いです。そういう子供たちに出会った時、大人はどう声をかけたらよいでしょうか。
施設長:難しいですが、私は「教えて」って、子供たちの中に入っていきます。子供たちはいろんな世界を持っています。「支援者だよ」という距離感ではなく、大人が子供の世界に入っていき、一緒のことをやる。子供たちは基本的に、話を聞いてもらいたいんです。だからまずは子供が話したがるような話題、興味を持っている話題に入っていき、「この人には話していいんだ」という気持ちになってもらう。それが糸口になるかと思います。
◆行政と子供たちのズレ
行政が行う措置の多くには、それぞれ意図や根拠に基づいた目的がある。しかしそれらが当事者である子供たちにうまく伝わらず、それどころかさらなる非行や心を塞ぎ込む原因となっているのだとしたら、悲しい皮肉である。
また、取材の中で、地域によって施設での対応に差があることも感じている。事実、話を聞いた大人側と、実際に施設に入っていたN君の証言にも、食い違いがある。
N君の言った「大人は敵」というつぶやき。施設長の方が言った「この人は私のことを面と向かって見てくれていると感じることができれば、そこから自立していける」という言葉。この2つがうまく混じり合うことができれば、行き場のない子供たちの心が救われるのかもしれない。
<TEXT/yuzuka>