コロナ禍では、マスクを付けて人と距離を取ることがマナーだったが、マスクの着用が個人判断となり、場面によっては“ノーマスク生活”が日常になりつつある。マスクを外した対面での会話が増える中、「相手の口臭が気になる」という人が増えているという。
「ソーシャルディスタンスからプライベートディスタンスに変わり、人との距離が近くなりました。画面越しのリモートワークでは口臭があっても気づかれませんでしたが、リアルワークになって部下や同僚、上司などと話すたびに口から不快な臭いを放っているかもしれません。
仕事ができるビジネスマンであっても、口臭があるだけで“距離を取りたい存在”になってしまいます」
と話すのは、幸町歯科口腔外科医院の宮本日出医師。
特に40代以降は歯周病や環境などの影響で口内環境が悪化しやすく、この世代特有の“オヤジ口臭”を放っている人が多いのだ。そんな口臭を予防するために、誰もが歯磨きをしっかりやっているだろう。しかし、「歯を一生懸命磨いたからといって口臭は消えない」と宮本医師は断言する。
「日本人の口臭の実態を調査した『口臭白書2019』によると、1日に3回以上歯を磨く人と、2回以下の人を比較したところ、3回以上磨く人の方が口臭の基準値をオーバーした人の割合が高い、という結果が出ました。つまり歯磨きの回数は、必ずしも口臭の改善にはつながらないということです。
歯磨きをすると口の中がさっぱりして気持ちいいですが、歯磨き粉の成分やうがいで口の中が一時的にきれいになっただけ。さわやかになったように感じますが、実は口臭の原因は取れていないので、またすぐ口が臭いはじめます」
口臭には種類があり、3つの原因が考えられる。1つ目は舌の汚れが原因の「生理的口臭」、2つ目は歯周病が原因の「病的口臭」、3つ目は割合が少ないが病気が原因の全身疾患由来の口臭だ。
「生理的口臭は、口内の菌が放出する硫黄化合物が臭いのもとで、ゆで卵のような臭いがします。特にザラザラしている舌の上は菌にとって格好のすみか。そのため舌に汚れが溜まりやすくなり、臭いが発生します。
一方病的口臭は、口臭の半数以上を占めています。キッチンの三角コーナーから発するような生ごみ臭が特徴。40代以上の“オヤジ口臭”の多くが、この歯周病が原因の口臭と言っても良いでしょう」
歯周病菌は若い世代でも口の中に存在している菌だが、年齢と共に口内環境が悪化すると歯と歯の間で菌が増殖したり悪性度が高まったりして、歯周病を発症する。歯周病菌が悪さをすると強い毒性を持った物質が産生され、強烈な臭いを発するという。
「歯周病菌によってあらわれるのが『メチルメルカプタン』という硫黄化合物。これは日本の法律では毒物に指定されている物質。青酸ガスと同じグレードの強い毒性を持っています。だから歯周病が原因の口臭は臭いがきつくて、人を不快にさせるのです」
舌の上の汚れと歯周病菌、どちらの増殖にも大きく関係しているのが唾液だ。唾液には消化を助けるほか、口の中の汚れを洗い流したり、細菌の繁殖を抑えたりする働きがある。しかし、現代人の生活は唾液不足に陥りやすい環境や生活が背景にある。
「唾液が減る大きな原因としてストレスがあげられます。大事な仕事の前に口が乾いた経験はありませんか。緊張状態が続いて交感神経が優位になると、唾液の分泌が減少。40代以降の働き世代は、責任のある立場になりストレスやプレッシャーがかかることが多くなります。その結果、唾液不足になりやすいのです。
ほかにも、水分摂取が減る、口呼吸による乾燥、毛細血管を減らすタバコなども唾液の分泌を妨げる要因につながります」
そもそも口内には700種以上の細菌が存在し、繁殖しやすい環境だ。そのうえで唾液が減少すると、菌にとっては繁殖し放題の最高の環境になってしまうのだ。
自分の口は臭いのか、臭くないのか。自分では分からない人がほとんどだろう。「自分は大丈夫」と思っていても、時間帯によっては口臭が発生している場合もある。まずはポリ袋1枚でできる口臭チェック法で確認をしてみよう。
「スーパーで袋詰めをする際に、サッカー台に置いてある薄いポリ袋を使います。ポリ袋を持ち、風船に息を吹き込むようなイメージで、息を吐き入れます。ポリ袋を下から反対の手のひらで持ち、呼吸の温かさが伝わるように大きくゆっくり吐くのがポイントです。
ポリ袋の口をギュッと持って3~5秒待った後、そっと開いて鼻を差し込み、臭いを嗅ぎます。ゆで卵のような臭いがしたら舌の汚れが原因の生理的口臭、生ごみの臭いがしたら歯周病が原因の病的口臭です。口臭がある人は自分の臭いに慣れているので、1回で分からない可能性も。時間帯や日にちを変えて何回かチェックしてみてください」
口臭を改善するためには、自宅でできるセルフケアと、歯科医院で行うプロのケアの両方が欠かせない。
「40代以降は歯ブラシ、フロス、歯間ブラシの3点セットを使用して口臭予防をすることが大切。歯ブラシは毛先が細長いテーパー毛がおすすめです。歯周病菌は、歯と歯の間や、歯の下の歯茎のトライアングルの隙間から始まります。この部分を清潔に保つために、やわらかめのフロスや、小さいサイズの歯間ブラシですみずみまで掃除しましょう。
また、舌の汚れ除去には、舌磨きが効果的です。市販の舌ブラシを使って奥から手前に数回磨くと、口臭の原因になる汚れを落とすことができます」
そして、40代以降の“オヤジ口臭”のもとになる歯周病は一度発症してしまうと、セルフケアでは治せないのが難点だ。歯周病が疑われる場合は、歯科医院での治療をしないと口臭は消えないという。
「歯周病菌は歯磨きをすれば消えてなくなるということはありません。歯周病菌は手ごわい菌で、油断するとものすごい勢いで増殖し、口の中の環境を悪化させます。過去に一度でも歯茎から出血があった人はすでに歯周病を発症している可能性が高い。歯周病は自分では進行が分かりづらく、気づかないまま50代、60代になって急に歯が抜ける人もいます。
口臭は、歯周病を含めた口内の状態をあらわす大事なバロメーターといえます。月に1回はかかりつけの歯科医院に行き、医師や歯科衛生士によるプロの口腔内ケアを受けることをおすすめします。歯周病を予防することができ、口臭を根本から改善することができます」
コミュニケーションを取る距離が、コロナ禍以前に戻りつつある今、口臭ケアは最低限のエチケットといえる。さわやかな息を保つことが、年齢を重ねても良好な人間関係を築くことにつながるのかもしれない。
宮本日出(みやもと・ひずる) 幸町歯科口腔外科医院院長。歯科医療を通して、すべての世代が健康な生活を過ごせるようにサポート。虫歯と歯周病の治療・予防・管理はもちろん、全身の感染症、生活習慣病、全身疾患の対策まで行う。『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ)、『あさイチ』(NHK)など、テレビ出演多数。著書に『「デブ味覚」リセットで10日で-3kg!レモン水うがいダイエット』(あさ出版)。
取材・文:釼持陽子編集・ライター。1983年、山形県生まれ。10年間、健康情報誌の編集部で月刊誌・Webメディアの編集に携わったのちフリーランスに。現在はヘルスケア・医療分野などを中心に、医師や専門家の取材、企画、執筆を行う。