政治の世界で「首相プレミアム」という“指標”が存在するのをご存知だろうか。世論調査の「内閣支持率」から「与党第一党の政党支持率」を引く。導き出されたプレミアムの値が大きければ大きいほど、政権は有権者の広範な支持を得ていることが分かる。逆に値がマイナスなら、首相は不人気というわけだ。
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【写真をみる】“増税クソメガネ”は「メガネを外すとイケメン」だった? “メガネ無し”の岸田首相をみる ノンフィクション作家の小林照幸氏は2021年9月、当時首相だった菅義偉氏(74)の首相プレミアムを計算し、信濃毎日新聞のコラムで紹介した(註)。

使われたのは共同通信の全国電話世論調査。菅内閣は20年9月の発足時、支持率は66・4%、自民党支持率は47・8%。プレミアムは18・6だった。岸田文雄首相 だが、コロナ禍が猛威を振るい、菅内閣の支持率は下がっていく。21年7月12日、政府は東京都に4度目の緊急事態宣言を発令。23日に東京五輪が開幕するが、内閣への逆風は止まらなかった。 8月14日から16日に行われた世論調査で、菅内閣の支持率は発足以来最低となる31・8%、自民党支持率は39・5%。その結果、プレミアムはマイナス7・7となり、結局、10月4日に菅内閣は総辞職した。 それでは岸田文雄首相(66)のプレミアムを計算してみよう。ここでは読売新聞の世論調査を使う。 10月4日、菅内閣が総辞職したことで岸田内閣が発足した。読売新聞は4日と5日に緊急世論調査を実施。内閣支持率は56%、自民党支持率は43%となり、プレミアムは13だった。 だが、今年の7月から9月にかけて行われた3回の世論調査でプレミアムを計算してみると、7月は2(内閣35%、自民党33%)、8月は5(内閣35%、自民党30%)、9月は4(内閣35%、自民党31%)という値になり、発足当初の“ご祝儀相場”の貯金を使い果たしてしまったことが分かる。「増税メガネ」がトレンド入り 朝日新聞や産経新聞の世論調査でも、やはりプレミアムの値は減少している。特に毎日新聞ではマイナスに転じた。9月16日と17日に行った世論調査では、内閣支持率は25%、自民党支持率は26%で、プレミアムはマイナス1だった。「首相プレミアム」はご存知ない方でも、「青木の法則」なら耳にしたことがあるかもしれない。“参院のドン”と呼ばれた自民党の青木幹雄氏(1934~2023)が提唱したとされ、第一と第二の法則がある。 特に有名なのは第一で、「内閣支持率と与党第一党の支持率を足す」ことで「青木率」が求められ、その値が60を切れば政権に黄色信号が灯り、50を割ると赤信号になるというものだ。 9月に行われた毎日新聞の世論調査で青木率を計算すると51となる。黄色信号が灯り、赤信号は間近という値だ。担当記者が言う。「世論調査を見ると、岸田首相に強い逆風が吹いているのは明らかです。そのためネット上でも、首相を批判する投稿がかなりの数に上ります。特に話題になったのは『増税メガネ』と『増税クソメガネ』、そして『増税クソレーシック』というあだ名です。もともと岸田政権は、防衛増税やサラリーマン増税に踏み切るのではないかという不信感が持たれていました。特に10月1日から始まったインボイス制度については、零細自営業者から切実な悲鳴が上がっていました。そのため『増税メガネ』というあだ名は、8月25日から26日にかけX(旧Twitter)で大幅に拡散され、トレンド入りしました」「レーシックでもすればいいのか?」 なぜ「増税メガネ」のあだ名が拡散したかについては諸説ある。ここでは中日スポーツが8月25日に配信した「岸田首相は『増税メガネ』? 不名誉ニックネームがじわじわ浸透…SNSでトレンドトップ10入り」の記事を紹介しよう。《岸田首相を名指しした「増税メガネ」と呼ばれる呼称は、2021年末頃から旧ツイッター上で散発的に投稿されていた。今年7月頃から徐々に投稿は増加傾向にあったが、8月25日午後に大型掲示板サイト「5ちゃんねる」に、その呼称をタイトルに載せたスレッドが登場。まとめサイトに転載されたことから、X上で一気に拡散されたとみられる》 この「増税メガネ」が「増税クソメガネ」になり、さらに「増税クソレーシック」に発展した。メガネがレーシックに変化した理由は、FLASH(電子版)が9月29日に配信した記事「岸田首相 『増税メガネ』呼称にご立腹…国民は『収支報告書ミス』に怒りぶちまけ」が影響を与えたようだ。文中の《官邸関係者》によるコメントをご紹介しよう。《マスコミで『増税メガネ』が話題になっていますが、ついに首相本人がそのあだ名を気にしはじめたのです》《首相は『レーシックでもすればいいのか?』とご立腹です。我々は『現実が視えるようになればいい』と囁き合っているのですが……》岸田首相は“スライム” ネット上では、レーシックでメガネを不要にするのではなく、増税を不要にしてほしいといった投稿が殺到。「増税メガネ」より批判のトーンが強い「増税クソメガネ」を元にして「増税クソレーシック」という新しいあだ名が登場したわけだ。 首相にあだ名が付けられること自体は珍しくない。吉田茂(1878~1967)は「ワンマン」、田中角栄(1918~1993)は「今太閤」、中曽根康弘(1918~2019)は「風見鶏」という具合だ。「今の感覚に照らし合わせると、洒落にならないものもあります。例えば、大平正芳さん(1910~1980)は『讃岐の鈍牛』と呼ばれました。香川県出身で、その容貌が牛に似ているからというのが理由でした。それが岸田さんの『増税クソレーシック』となると、何しろ『クソ』が付いています。日本の憲政史上、最も過激なあだ名であることは間違いないでしょう」(同・担当記者) 政治アナリストの伊藤惇夫氏は「確かに上品なあだ名ではありませんが、国民が岸田政権に怒りを感じていることが伝わってきます」と言う。「なぜ国民は岸田政権に怒りを感じているのか。それは岸田さんの政策は捉えどころがないからです。私は『スライム政権』と呼んでいますが、一体、増税をするのでしょうか、減税をするのでしょうか。防衛増税は実施するのか、子育て支援の財源をどこから確保するのか、増税はしないが社会保障費の負担は上げるのか、そういった説明は一切ありません。これでは国民が憤りを覚えるのは当然で、それが『増税クソレーシック』というあだ名に象徴されているのだと思います」「なったら総理」 伊藤氏によると、歴代の首相は「なったら総理」と「なりたい総理」の2タイプに分類することが可能だという。「『なったら総理』は、首相になる前から『総理になったら必ずこれをやる』と政策ビジョンを練り続けた政治家です。代表的人物としては、中曽根さん、小泉純一郎さん(81)、安倍晋三さん(1954~2022)といった方々が挙げられます。一方、『なりたい総理』は、総理になることだけが目標で、それが実現すると次の目標はありません。国家観や政策上の定見といった中心軸が存在しないのが特徴で、その代表は菅直人さん(76)と岸田さんでしょう」 岸田首相にビジョンなど何もない。そのため「増税クソレーシック」と批判された理由は、増税に対する懸念だけではないという。「『なりたい総理』は、実現を目指す改革案や政策を持ちません。そのため長期政権が目標という本末転倒の状態に陥ります。その象徴が9月に行われた内閣改造でした。来年9月に予定されている自民党総裁選で岸田さんが再選を果たすための改造であり、ライバルを封じ込めるのが最大の目的でした。国民の暮らしをよくするために人事を行ったわけではないのです。今の日本は物価高に苦しみ、見かけ上の所得が増えた人もいるでしょうが、全体として実質所得は減少を続けています。今後も岸田さんが国民の生活苦を直視しないのであれば、政権の支持率が回復することはないと思います」(同・伊藤氏)大手メディアの責任 伊藤氏は「全国紙など大手メディアの責任も重いと言わざるを得ません」と指摘する。「岸田政権の問題点を指摘するどころか、解散風を煽る報道しか行っていません。今、衆議院を解散する必要がどこにあるのでしょうか。自民党の森山裕総務会長(78)は、減税を行うかどうかが解散の大義になるという見解を示しましたが、これに納得する有権者は少ないでしょう。全国紙は『今の社会状況で解散などあり得ない。岸田政権は国民の生活苦を解消する政策に注力すべき』と指摘しなければならないのに、明日にでも解散するかのような記事しか書いていません。これでは政治部ではなく政界部です。大手各紙は猛省が必要だと思います」註:今日の視角=首相プレミアム(信濃毎日新聞:2021年9月9日夕刊)デイリー新潮編集部
ノンフィクション作家の小林照幸氏は2021年9月、当時首相だった菅義偉氏(74)の首相プレミアムを計算し、信濃毎日新聞のコラムで紹介した(註)。
使われたのは共同通信の全国電話世論調査。菅内閣は20年9月の発足時、支持率は66・4%、自民党支持率は47・8%。プレミアムは18・6だった。
だが、コロナ禍が猛威を振るい、菅内閣の支持率は下がっていく。21年7月12日、政府は東京都に4度目の緊急事態宣言を発令。23日に東京五輪が開幕するが、内閣への逆風は止まらなかった。
8月14日から16日に行われた世論調査で、菅内閣の支持率は発足以来最低となる31・8%、自民党支持率は39・5%。その結果、プレミアムはマイナス7・7となり、結局、10月4日に菅内閣は総辞職した。
それでは岸田文雄首相(66)のプレミアムを計算してみよう。ここでは読売新聞の世論調査を使う。
10月4日、菅内閣が総辞職したことで岸田内閣が発足した。読売新聞は4日と5日に緊急世論調査を実施。内閣支持率は56%、自民党支持率は43%となり、プレミアムは13だった。
だが、今年の7月から9月にかけて行われた3回の世論調査でプレミアムを計算してみると、7月は2(内閣35%、自民党33%)、8月は5(内閣35%、自民党30%)、9月は4(内閣35%、自民党31%)という値になり、発足当初の“ご祝儀相場”の貯金を使い果たしてしまったことが分かる。
朝日新聞や産経新聞の世論調査でも、やはりプレミアムの値は減少している。特に毎日新聞ではマイナスに転じた。9月16日と17日に行った世論調査では、内閣支持率は25%、自民党支持率は26%で、プレミアムはマイナス1だった。
「首相プレミアム」はご存知ない方でも、「青木の法則」なら耳にしたことがあるかもしれない。“参院のドン”と呼ばれた自民党の青木幹雄氏(1934~2023)が提唱したとされ、第一と第二の法則がある。
特に有名なのは第一で、「内閣支持率と与党第一党の支持率を足す」ことで「青木率」が求められ、その値が60を切れば政権に黄色信号が灯り、50を割ると赤信号になるというものだ。
9月に行われた毎日新聞の世論調査で青木率を計算すると51となる。黄色信号が灯り、赤信号は間近という値だ。担当記者が言う。
「世論調査を見ると、岸田首相に強い逆風が吹いているのは明らかです。そのためネット上でも、首相を批判する投稿がかなりの数に上ります。特に話題になったのは『増税メガネ』と『増税クソメガネ』、そして『増税クソレーシック』というあだ名です。もともと岸田政権は、防衛増税やサラリーマン増税に踏み切るのではないかという不信感が持たれていました。特に10月1日から始まったインボイス制度については、零細自営業者から切実な悲鳴が上がっていました。そのため『増税メガネ』というあだ名は、8月25日から26日にかけX(旧Twitter)で大幅に拡散され、トレンド入りしました」
なぜ「増税メガネ」のあだ名が拡散したかについては諸説ある。ここでは中日スポーツが8月25日に配信した「岸田首相は『増税メガネ』? 不名誉ニックネームがじわじわ浸透…SNSでトレンドトップ10入り」の記事を紹介しよう。
《岸田首相を名指しした「増税メガネ」と呼ばれる呼称は、2021年末頃から旧ツイッター上で散発的に投稿されていた。今年7月頃から徐々に投稿は増加傾向にあったが、8月25日午後に大型掲示板サイト「5ちゃんねる」に、その呼称をタイトルに載せたスレッドが登場。まとめサイトに転載されたことから、X上で一気に拡散されたとみられる》
この「増税メガネ」が「増税クソメガネ」になり、さらに「増税クソレーシック」に発展した。メガネがレーシックに変化した理由は、FLASH(電子版)が9月29日に配信した記事「岸田首相 『増税メガネ』呼称にご立腹…国民は『収支報告書ミス』に怒りぶちまけ」が影響を与えたようだ。文中の《官邸関係者》によるコメントをご紹介しよう。
《マスコミで『増税メガネ』が話題になっていますが、ついに首相本人がそのあだ名を気にしはじめたのです》
《首相は『レーシックでもすればいいのか?』とご立腹です。我々は『現実が視えるようになればいい』と囁き合っているのですが……》
ネット上では、レーシックでメガネを不要にするのではなく、増税を不要にしてほしいといった投稿が殺到。「増税メガネ」より批判のトーンが強い「増税クソメガネ」を元にして「増税クソレーシック」という新しいあだ名が登場したわけだ。
首相にあだ名が付けられること自体は珍しくない。吉田茂(1878~1967)は「ワンマン」、田中角栄(1918~1993)は「今太閤」、中曽根康弘(1918~2019)は「風見鶏」という具合だ。
「今の感覚に照らし合わせると、洒落にならないものもあります。例えば、大平正芳さん(1910~1980)は『讃岐の鈍牛』と呼ばれました。香川県出身で、その容貌が牛に似ているからというのが理由でした。それが岸田さんの『増税クソレーシック』となると、何しろ『クソ』が付いています。日本の憲政史上、最も過激なあだ名であることは間違いないでしょう」(同・担当記者)
政治アナリストの伊藤惇夫氏は「確かに上品なあだ名ではありませんが、国民が岸田政権に怒りを感じていることが伝わってきます」と言う。
「なぜ国民は岸田政権に怒りを感じているのか。それは岸田さんの政策は捉えどころがないからです。私は『スライム政権』と呼んでいますが、一体、増税をするのでしょうか、減税をするのでしょうか。防衛増税は実施するのか、子育て支援の財源をどこから確保するのか、増税はしないが社会保障費の負担は上げるのか、そういった説明は一切ありません。これでは国民が憤りを覚えるのは当然で、それが『増税クソレーシック』というあだ名に象徴されているのだと思います」
伊藤氏によると、歴代の首相は「なったら総理」と「なりたい総理」の2タイプに分類することが可能だという。
「『なったら総理』は、首相になる前から『総理になったら必ずこれをやる』と政策ビジョンを練り続けた政治家です。代表的人物としては、中曽根さん、小泉純一郎さん(81)、安倍晋三さん(1954~2022)といった方々が挙げられます。一方、『なりたい総理』は、総理になることだけが目標で、それが実現すると次の目標はありません。国家観や政策上の定見といった中心軸が存在しないのが特徴で、その代表は菅直人さん(76)と岸田さんでしょう」
岸田首相にビジョンなど何もない。そのため「増税クソレーシック」と批判された理由は、増税に対する懸念だけではないという。
「『なりたい総理』は、実現を目指す改革案や政策を持ちません。そのため長期政権が目標という本末転倒の状態に陥ります。その象徴が9月に行われた内閣改造でした。来年9月に予定されている自民党総裁選で岸田さんが再選を果たすための改造であり、ライバルを封じ込めるのが最大の目的でした。国民の暮らしをよくするために人事を行ったわけではないのです。今の日本は物価高に苦しみ、見かけ上の所得が増えた人もいるでしょうが、全体として実質所得は減少を続けています。今後も岸田さんが国民の生活苦を直視しないのであれば、政権の支持率が回復することはないと思います」(同・伊藤氏)
伊藤氏は「全国紙など大手メディアの責任も重いと言わざるを得ません」と指摘する。
「岸田政権の問題点を指摘するどころか、解散風を煽る報道しか行っていません。今、衆議院を解散する必要がどこにあるのでしょうか。自民党の森山裕総務会長(78)は、減税を行うかどうかが解散の大義になるという見解を示しましたが、これに納得する有権者は少ないでしょう。全国紙は『今の社会状況で解散などあり得ない。岸田政権は国民の生活苦を解消する政策に注力すべき』と指摘しなければならないのに、明日にでも解散するかのような記事しか書いていません。これでは政治部ではなく政界部です。大手各紙は猛省が必要だと思います」
註:今日の視角=首相プレミアム(信濃毎日新聞:2021年9月9日夕刊)
デイリー新潮編集部