厚生労働省が発表した令和4年度の護給付費等実態統計によると、介護予防サービス及び介護サービスの年間累計受給者数は約6586万人。令和元年と比較すると、約382万人増加しています。高瀬恵さん(仮名・京都府・調理補助パート・60歳)は、疎遠になった両親の現状を知り、「自分が何とかしなければ」と、2人の施設への入居を決め、退去に際して家の掃除をすることに。見るのも嫌だと避けてきたことと、やむにやまれず向き合ってみたら――。(イラスト=太田裕子)
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私の母親は悪い人間ではないが、跡取りである兄を溺愛しすぎて、育て方を間違えたように思う。父は小さな会社の社長で、母は暇を持て余した専業主婦。買い物依存症気味でゴルフ三昧のお気楽な女性だった。
兄との待遇の違いを、昔から不満に思っていたわけではない。ただ、私は幼い頃から母の顔色を窺い、気に入られるようにふるまっていた。大人になっても、母親に認められたいと思っていた節がある。
兄は期待を裏切り、両親の気に入らない相手と結婚したが、結局離婚。さらに父から継いだ会社も倒産させてしまった。兄の尻ぬぐいのために両親は家も土地も失い、私の嫁ぎ先から車で20分の賃貸物件に住むことに。それでも兄を責めることはなかった。
それからというもの、私は母から小間使いのように呼び出される日々。「なんで来ないのよ!」という怒りの電話がかかってきて、すぐに車で駆けつけても、大した用事ではない。何年もこんなことが続いていたが、ついに私はブチ切れた。
きっかけは母の「この親不孝者が!」という言葉。こんなに尽くしているのに!さすがに怒り心頭で、「親子の縁を切ってやる!!」と宣言。それからはいっさい連絡をとっていなかった。
5年後、叔母からSOSが。「ねえちゃん(母)が認知症でどうにもならないから、様子を見に行ってやってほしい。カズちゃん(兄)も体調が悪いみたいだし」。正直、母の顔も兄の顔も見たくはない。でも叔母に泣きつかれて、無下には断れなかった。
仕方なく兄に電話をして、親の家で落ち合うことに。チャイムを鳴らすと、懐かしい父の声がする。ドアを開けて最初に目に飛び込んできたのは、下半身が下着だけの母。いつもセットしていた髪はバサバサ、化粧もまだらだ。私のことをわからず、重度の認知症であることは疑いようもない。
98歳の父は頭がしっかりしていて、「久しぶりやな」と朗らかに声をかけてきた。ただ足腰はかなり弱っている。一方の兄は体重が100キロを超え、体調がかなり悪そうだ。自分ひとりの生活すらおぼつかないことは明らかだった。父98歳、母87歳、兄65歳。「この家、まともな人間おらんがな……」とつぶやく。私がやるしかない。
両親を施設に入居させることも考えたのだが、2人にはほとんど貯金がなく、年金のみでなんとか暮らしていた。父はかなりの額の厚生年金をもらっているはずなのに、母が端から使い切っていたようだ。年金生活になったのだから、身の丈に合った暮らしをすべきだったのに……。施設の入居金など払えるはずもない。
万事休す。ヘルパーさんを利用しながら、私が通うしかないのか。暗澹たる気持ちになっていたら、ある施設のパンフレットが届いた。数日前、念のため資料請求をしていたのだ。開封してみると、その施設は夫婦で入居でき、しかも今ならキャンペーン期間で通常よりも安い価格設定だという。
父は施設を嫌がるかと思ったが、意外にも「入りたい。もうお婆ちゃんの面倒みるの疲れたわ」と言うではないか。とんとん拍子に話が進み、契約。両親の行き先は確保できた。
次は賃貸の家を空っぽにしなければならない。よくこれだけ詰め込んだなというほど、物が溢れる3LDK。高齢者二人暮らしなのに、なぜこんなに食器がいるのか。おまけに、足の悪い父が使えるはずもないランニングマシンがリビングに陣取っている。
いったい処分に何十万かかるのか?想像するだけで怖い。友人の甥が遺品整理の会社に勤めていると聞き、頼んでみた。見積もりにきてくれた彼も、あまりの物の多さにびっくり。それでも相場よりは安く引き受けてくれた。月末に引き取りをお願いして、それまでちょこちょこ実家の整理に通う。
プラスチックトレイが押入れから雪崩のように出てきて、無茶苦茶だった。母は自分のルールで整理していたのだろうが、ゴミでしかない。
当日は8人もの作業員が来てくれた。朝の8時過ぎから昼の2時過ぎまでかかり、物だらけの3LDKは綺麗に空っぽに。本当はこんなに広い部屋だったんだ、としみじみ見て回る。大家さんにカギを返して、私の仕事はひとまず終了――。
親の生き方を見て、私はこうはなりたくないと思った。早速近くの葬儀社が主催する終活セミナーに申し込む。エンディングノートをもらえるらしいので、まずはそこから始めてみようと思う。
叔母のSOSから2ヵ月弱。ジェットコースターのような日々だったが、両親の施設入居、家の片づけまで無事にやり終えた。我ながらあっぱれである。
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高瀬さん(仮名)は、久しく合わなかった両親の現状に驚きつつも、予算に合った施設を見つけることができ、無事2人に入居してもらうことができました。
高齢者人口の増加とともに、介護保険制度上の要支援・要介護認定者数も比例して増え、今後ますますこのようなケースが出てくると考えられます。
介護は突発的に必要性が出て来たり、行う期間も人によって大きく異なります。介護者は働き盛りの世代である場合が多いため、介護休業制度や介護保険制度を用いるものいいかもしれません。
厚生労働省が運営するサイトでは、介護休業等、仕事と介護の両立支援制度が紹介されています。
「介護休業制度の特設サイト」https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/
また、自分自身や家族、周りの人について、「もしかして認知症では」と思われる症状に気づいたときや、介護について相談できる主な相談先として、全国の地域包括支援センターや、公益財団法人・認知症の人と家族の会の電話相談窓口があります。1人で抱えてしまう前に、負担が軽くなる方法があるかもしれません。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000076236_00003.html
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