刑務所のアイドル「Paix2(ぺぺ)」がデビュー以来23年にわたって積み重ねてきた500回を超えるプリズン・コンサートは、ボランティアで行われている。
矯正施設側からの謝礼はあるにせよ、それだけでは移動・宿泊費に事欠くこともあり「ギャラ」は事実上ゼロ。このためペペは、音響設備など機材を積み込んだ大型のバンで全国を移動、機材の設営から撤収まですべて自分たちの手で行って支出を削っている。これまでに全国を駆け回った車は全部で4台、走行距離は総計120万キロを超えた。
「文化人寄り」の歌手
松江刑務所でのプリズン・コンサート2日後の9月17日、Megumi(井勝めぐみさん)とManami(北尾真奈美さん)のぺぺの2人は、Manamiの出身地である鳥取県倉吉市の多目的ホール「県立倉吉未来中心」にいた。
同市制施行70周年記念のコンサートに出演するためだが、この日はサプライズが用意されていた。同市から2人に対し、「市民栄誉賞」が贈られたのだ。贈賞理由は、500回を超えるプリズン・コンサート実施と、昨年秋の「安全安心なまちづくり関係功労者内閣総理大臣表彰」の受賞だった。
ぺぺがほかの歌手・芸能人と比べて突出しているのは、社会的な評価の高さだ。法務大臣表彰や数多くの矯正施設からの感謝状のほか、国から保護司や矯正支援官といった公職を委嘱されている。こうしたペペのありようを、Manamiは「(芸能人というよりも)文化人寄り」ととらえる。しかし、社会的評価が収入につながるわけではなく、プリズン・コンサートが継続できているのは、イベント出演などの営業活動やスポンサーからの支援を充当してきたからだ。
1通の手紙で「使命」に
ぺぺには、インディーズデビュー以来、スケジュール管理から移動の車の運転、音響機材の設営・操作・撤収まで一手に担う裏方がいる。事実上のリーダーともいえるその人は、2人が所属する音楽事務所の専務であり、2人をデビューさせた生みの親でもあるマネジャーの片山始さんだ。
インディーズからメジャーへステップアップした際、片山さんは、ぺぺを売り出すための戦略について旧知の新聞記者らに意見を求めた。その際、記者らが関心を示したのがインディーズ時代に行ったプリズン・コンサートだった。
片山さんはすぐに各地の刑務所にコンサート売り込みのダイレクトメールを送り、積極的にコンサートを行った。それが新聞やテレビ、雑誌に相次いでとりあげられ注目度は上がった。
以来、プリズン・コンサートを活動の中心に据える3人だが、その継続のために、何度か財政的なピンチに追い込まれた。車での移動は高速道路を使わず一般道を走り、昼食はコンビニのおにぎり1個だけ、ホテルのアメニティーの化粧水を瓶に入れて使う。そんなときもあった。片山さんは、自分の貯金や妻の定期預金、自分の生命保険まで解約して3人の生活費・活動費に充てながら、プリズン・コンサートを続けた。
当初、「ステージングの勉強など2人にとって得るものが多いだろう」(片山さん)として始めたプリズン・コンサートだったが、メジャーデビュー翌年の暮れ、転機が訪れた。
鳥取県内で開かれた県警音楽隊のイベントに出演したペペのもとに、元受刑者の男性が訪ねてきて、2人に手紙を渡した。そこには、塀の中でペペの歌を聴いて励まされたことや出所後の生活などがつづられ、ペペの歌声で「社会に出てやり直そうと思った」と、心のスイッチが押された経験が感謝の気持ちとともにしたためられていた。Megumiは「手紙を読みながら感激のあまり涙がぽろぽろこぼれた。(歌声や思いが)誰かの心に届いているんだと思った」と振り返る。この日を境に、プリズン・コンサートは3人にとって「使命」に変わった。
2つの顔のはざまで
コロナ禍が一段落した今年6月下旬、ペペと片山さんの3人は、プリズン・コンサートを網走刑務所から再開させた。7月下旬までの1カ月間に北海道の4つの刑務所・少年院をまわり、東京と北海道を行ったり来たりしながら再犯防止フォーラムや防犯イベントに出演した。Megumiは「コロナ期間中は自分を見つめ直し、長年たまった疲れを癒やして充電できた」と語る。これに対しManamiは「人に会えないことで結構体調を崩した」と対照的だったが、活動再開をともに歓迎している。
デビューからこれまでに、ペペが発売したシングルCDは6枚、アルバムも3枚出している。平成16年にはNHK教育の幼児番組「ひとりでできるもん!どこでもクッキング」のエンディング曲として、「SAYいっぱいを、ありがとう」を歌った。同年と翌年には、人気の歌番組「NHK歌謡コンサート」に出演してNHKホールの大舞台に立った。
テレビなどでスポットライトを浴びる歌手と、プリズン・コンサートで社会貢献する歌手。2つの顔をもつペペは、そのはざまで自分たちの立ち位置を考えることもある。今後の目標についてMegumiは「他人のためになるプリズン・コンサートは自分にあっている。『ぺぺ道』を地道に進んでいきたい」と話す。Manamiは「受刑者が出所しても就職できないことが多く、それが再犯につながっている。出所してまじめに頑張っている人がいることを伝えていきたい」と、果たすべき役割を強調した。
片山さんは、ペペの将来は未知数とし、2人が将来別の道に進むことも想定したうえで、「自分が生きている限りはプリズン・コンサートを継続していくつもりだ」と力を込めた。(松田則章)