東京電力福島第1原発にたまる処理水の海洋放出が始まってから24日で1カ月を迎えた。放出前は風評被害が懸念されていたが、放出後も福島県の水産物の市況に大きな影響は出ていない。放出当初には中国からとみられる迷惑電話が頻発したものの、鳴りを潜めてきた。廃炉と復興を巡って県民の関わり方を模索する動きも続く。
あふれるホタテ、加工会社「保管場所を」 処理水放出開始1カ月ヒラメは大きな影響なく 福島など9都県の食品は、中国が処理水の海洋放出前から輸入を停止していた。このため、福島県の水産物は主に国内市場の影響を受ける。県漁業協同組合連合会(県漁連)の担当者は、放出後の魚の市況について「実感として風評の影響は感じられない」と話す。

「常磐もの」の代表格のヒラメ(活魚)では、いわき市漁業協同組合(いわき市漁協)が公表している市況情報によると、放出前の1カ月間(7月24日~8月23日)は計8トンを水揚げし、平均単価は1キロ当たり2339円だった。 これに対し、放出後(8月24日~9月21日)は計7トン弱で同2259円と、大きな変動は見られなかった。また、2022年と比べても、放出前と同期の1カ月間で同1484円、放出後と同期の1カ月間で同1959円と、今年の方が高値の傾向にある。 県漁連の担当者は「ヒラメについては例年、この程度の価格差はある。全国の需給バランスで値段は変わってくる」としたうえで、「海洋放出後に見られる全国の応援を受けて価格が上がっているのかもしれない。一過性のものに終わらず、『常磐もの』の価値を再認識してもらえるきっかけになれば」と期待する。 値動きには、他の地域の水揚げ状況や新型コロナウイルスによる外出自粛の緩和に伴う飲食店の需要回復など、さまざまな要因が指摘されている。県水産課の担当者も「現時点で処理水の影響は見られていない」と受け止める。 一方、大きく値が落ちたのがナマコだ。県の漁海況速報によると、相馬双葉漁業協同組合(相双漁協)の底引き網漁で取れたオキナマコの9月前半の平均単価は昨年の1キロ当たり1600円台に対し、今年は同600円台にとどまった。 国産ナマコを巡っては、中国が放出後に日本の水産物を全面禁輸したため、需給バランスの崩れから北海道産などで値崩れが報告されている。県漁連は「福島産だからという要因も捨てきれない」と、今後の推移を見守りたいとしている。県水産課も「詳細は調べておらず断定はできない」としつつ、県産ナマコも同様の要因で値が落ちた可能性があるとみている。【柿沼秀行、尾崎修二】10月にも2回目の放出 東京電力は11日までに、1回目の処理水の放出作業を終えた。初回は8月24日からの19日間で7788トン。このうち、トリチウム総量は約1・1兆ベクレルだった。放出設備の点検後、10月にも2回目の放出を始める見込み。 2023年度は、4回に分けて計3万1200トンの処理水を海に流す計画だ。その中で、トリチウムの総量は、第1原発で認められている年間放出量(22兆ベクレル)の4分の1以下の5兆ベクレルを予定する。 東電は処理水の海洋放出以降、周辺海域のモニタリングを強化している。これまでに検出されたトリチウム濃度は、ほとんどが検出限界値(1リットル当たり10ベクレル)を下回る。検出限界値を同0・4ベクレルに下げた詳細な分析でも、同様の結果だ。 国の規制基準は1リットル当たり6万ベクレルで、毎日2リットルずつ飲み続けた場合の年間被ばく線量が1ミリシーベルトとなる濃度から設定している。積算線量が100ミリシーベルトを超えると、がんを発症する確率が100ミリシーベルト当たり0・5%高くなるとされている。東電は多核種除去設備「ALPS(アルプス)」で取り除けないトリチウムを国の基準の40分の1(1リットル当たり1500ベクレル)未満になるよう海水で薄め、沖合約1キロへ放出する。【肥沼直寛】迷惑電話も「沈静化」 中国からとみられる迷惑電話は、処理水の海洋放出当初に比べ、時間がたつにつれて大幅に減ってきた。福島県危機管理課によると、8月24日から9月13日にかけて、県内にかかってきた迷惑電話は計約1万2000件に上った。内訳は、県に約4400件、各種団体・学校に約3400件、市町村に約4400件。期間を区切ってみると、8月24~30日の1週間が約9400件だったのに対し、9月7~13日は約400件に減少した。 福島市によると、ここ数日は市に対して迷惑電話はないという。木幡浩市長は21日の記者会見で「沈静化はしていると思う」との認識を示した。 放出直後、昼夜問わず電話が掛かって来て対応に追われた同市の「まるた食堂」では、最近は1日1、2回程度に減ったという。店主の佐藤正勝さん(71)は「初日は本当に面倒だった。今も夜間は留守電にしているが、普段通りにはなってよかった」と胸をなでおろした。【松本ゆう雅】県民が参加できる規制の実現を 福島大の研究者ら有志が立ち上げた「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」の第4回会合が23日、福島市で開かれた。専門家や市民ら約60人が参加し、意見を交わした。 この日は4回目の会合で、放出後の経過や漁業関係者の受け止めなどが報告された。いわき市の小名浜機船底曳網漁業協同組合理事の柳内孝之さんは「水産物の価格は福島の魚については影響が見られない。ただ、中国の輸入停止は、日本の水産業にとっては大きな問題で、大のお得意様がいなくなった状況。国内でまかない切るのは非常に難しい。需要の掘り起こしが本当にできるのか不安だ」と述べた。 閉会後、事務局長の林薫平・福島大准教授は今後の議論について「本格放出が始まる来年度に向けて、県民が参加できる放出に対する規制のあり方を作り、その実現を求めていきたい」と語った。 福島円卓会議は今年7月に発足。放出直前の8月21日には、今夏の海洋放出の凍結などを求める5項目の緊急アピールをまとめていた。【松本ゆう雅】
ヒラメは大きな影響なく
福島など9都県の食品は、中国が処理水の海洋放出前から輸入を停止していた。このため、福島県の水産物は主に国内市場の影響を受ける。県漁業協同組合連合会(県漁連)の担当者は、放出後の魚の市況について「実感として風評の影響は感じられない」と話す。
「常磐もの」の代表格のヒラメ(活魚)では、いわき市漁業協同組合(いわき市漁協)が公表している市況情報によると、放出前の1カ月間(7月24日~8月23日)は計8トンを水揚げし、平均単価は1キロ当たり2339円だった。
これに対し、放出後(8月24日~9月21日)は計7トン弱で同2259円と、大きな変動は見られなかった。また、2022年と比べても、放出前と同期の1カ月間で同1484円、放出後と同期の1カ月間で同1959円と、今年の方が高値の傾向にある。
県漁連の担当者は「ヒラメについては例年、この程度の価格差はある。全国の需給バランスで値段は変わってくる」としたうえで、「海洋放出後に見られる全国の応援を受けて価格が上がっているのかもしれない。一過性のものに終わらず、『常磐もの』の価値を再認識してもらえるきっかけになれば」と期待する。
値動きには、他の地域の水揚げ状況や新型コロナウイルスによる外出自粛の緩和に伴う飲食店の需要回復など、さまざまな要因が指摘されている。県水産課の担当者も「現時点で処理水の影響は見られていない」と受け止める。
一方、大きく値が落ちたのがナマコだ。県の漁海況速報によると、相馬双葉漁業協同組合(相双漁協)の底引き網漁で取れたオキナマコの9月前半の平均単価は昨年の1キロ当たり1600円台に対し、今年は同600円台にとどまった。
国産ナマコを巡っては、中国が放出後に日本の水産物を全面禁輸したため、需給バランスの崩れから北海道産などで値崩れが報告されている。県漁連は「福島産だからという要因も捨てきれない」と、今後の推移を見守りたいとしている。県水産課も「詳細は調べておらず断定はできない」としつつ、県産ナマコも同様の要因で値が落ちた可能性があるとみている。【柿沼秀行、尾崎修二】
10月にも2回目の放出
東京電力は11日までに、1回目の処理水の放出作業を終えた。初回は8月24日からの19日間で7788トン。このうち、トリチウム総量は約1・1兆ベクレルだった。放出設備の点検後、10月にも2回目の放出を始める見込み。
2023年度は、4回に分けて計3万1200トンの処理水を海に流す計画だ。その中で、トリチウムの総量は、第1原発で認められている年間放出量(22兆ベクレル)の4分の1以下の5兆ベクレルを予定する。
東電は処理水の海洋放出以降、周辺海域のモニタリングを強化している。これまでに検出されたトリチウム濃度は、ほとんどが検出限界値(1リットル当たり10ベクレル)を下回る。検出限界値を同0・4ベクレルに下げた詳細な分析でも、同様の結果だ。
国の規制基準は1リットル当たり6万ベクレルで、毎日2リットルずつ飲み続けた場合の年間被ばく線量が1ミリシーベルトとなる濃度から設定している。積算線量が100ミリシーベルトを超えると、がんを発症する確率が100ミリシーベルト当たり0・5%高くなるとされている。東電は多核種除去設備「ALPS(アルプス)」で取り除けないトリチウムを国の基準の40分の1(1リットル当たり1500ベクレル)未満になるよう海水で薄め、沖合約1キロへ放出する。【肥沼直寛】
迷惑電話も「沈静化」
中国からとみられる迷惑電話は、処理水の海洋放出当初に比べ、時間がたつにつれて大幅に減ってきた。福島県危機管理課によると、8月24日から9月13日にかけて、県内にかかってきた迷惑電話は計約1万2000件に上った。内訳は、県に約4400件、各種団体・学校に約3400件、市町村に約4400件。期間を区切ってみると、8月24~30日の1週間が約9400件だったのに対し、9月7~13日は約400件に減少した。
福島市によると、ここ数日は市に対して迷惑電話はないという。木幡浩市長は21日の記者会見で「沈静化はしていると思う」との認識を示した。
放出直後、昼夜問わず電話が掛かって来て対応に追われた同市の「まるた食堂」では、最近は1日1、2回程度に減ったという。店主の佐藤正勝さん(71)は「初日は本当に面倒だった。今も夜間は留守電にしているが、普段通りにはなってよかった」と胸をなでおろした。【松本ゆう雅】
県民が参加できる規制の実現を
福島大の研究者ら有志が立ち上げた「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」の第4回会合が23日、福島市で開かれた。専門家や市民ら約60人が参加し、意見を交わした。
この日は4回目の会合で、放出後の経過や漁業関係者の受け止めなどが報告された。いわき市の小名浜機船底曳網漁業協同組合理事の柳内孝之さんは「水産物の価格は福島の魚については影響が見られない。ただ、中国の輸入停止は、日本の水産業にとっては大きな問題で、大のお得意様がいなくなった状況。国内でまかない切るのは非常に難しい。需要の掘り起こしが本当にできるのか不安だ」と述べた。
閉会後、事務局長の林薫平・福島大准教授は今後の議論について「本格放出が始まる来年度に向けて、県民が参加できる放出に対する規制のあり方を作り、その実現を求めていきたい」と語った。
福島円卓会議は今年7月に発足。放出直前の8月21日には、今夏の海洋放出の凍結などを求める5項目の緊急アピールをまとめていた。【松本ゆう雅】