更年期障害は私たち中高年女性にとって、かなり厄介な存在だ。
厚生労働省の意識調査(2022年)によれば、40代女性の28.3%、そして50代女性の38.3%が「日常生活に支障が出る」レベルで、更年期障害の症状が出るという。
私自身も、顔がほてったり、妙にクヨクヨしてしまったりして、更年期障害の症状に振り回された時期があったが、実際に悩まされる症状には個人差がある。日本産科婦人科学会によれば、大きくわけて3つ。
血管の拡張と放熱に関係する症状ほてり、のぼせ、ホットフラッシュ、発汗など
その他のさまざまな身体症状めまい、動悸、胸が締め付けられるような感じ、頭痛、肩こり、腰や背中の痛み、関節の痛み、冷え、しびれ、疲れやすさなど
精神症状気分の落ち込み、意欲の低下、イライラ、情緒不安定、不眠など
である。
坂井亜貴さん(仮名・45歳)は、素人の私から見ても、明らかに情緒が不安定になっていた。
photo by iStock
「あ~さ~み~さ~ん!」
実際には私の本名の方を呼ばれたが、そう大声で私の名前を叫びながら、私の正面から自転車に乗って迫ってきた時には驚いた。そもそも私と坂井さんは、お互いに辛うじて顔と名前が一致する程度の「ご近所さん」で、それほど親しくはない間柄のはずだったからだ。
「びっくりした! どうしたんです? えっと…坂井さん」
「もうさ、わたしヤバいんですよ。パート中は大丈夫なんだけど、家に帰ると涙が出て、止まらなくなるんですよ!」
そんな大変な事を言われたら、話を切り上げて逃げ出すわけにはいかない。そもそもこんなに興奮した坂井さんを見た事がない。目がギラギラしていて明らかに異常だった。道路の脇にずれて話を聞く体勢をとってみると、彼女はマシンガンのように話し始めた。
「更年期障害が酷くってさ、悲しい事なんて別に何にもないのに、毎日泣いちゃうんですよ。夫も最初は優しくて、『どうしたんだ?』『大丈夫?』と言ってくれたんだけど、最近は『またかよ』って言われるし、そのまま喧嘩になるしで、家の中もむちゃくちゃ」
更年期に差し掛かると、夫婦喧嘩が増える家庭は多い。
男性は、「理屈」を重視して物事を考える癖を、社会生活の中で身に着けている事が多く、感情論を押し出した妻の訴えが、例え症状のせいだと分かっていても「理屈が通らない理不尽な物言い」に聞こえて我慢ができない。
一方で女性は、わかったフリをして全然わかってない夫にイライラする。今まで我慢できたものもストレス耐性が落ちている事で、我慢ができなくなる。場合によっては、過去に夫にされた嫌な事がフラッシュバックし、夫の存在自体が疎ましくもなる。
それゆえ更年期障害を通じて、これまでどちらかが目を瞑ってきた家庭内の問題が顕在化してしまい、離婚に発展する事もある。
photo by iStock
かつて女優の音無美紀子さんが酷い症状に悩まされ、怖くてひとりで眠れなくなった時、夫の村井國夫さんは、何年も音無さんの手を握ったまま眠っていたそうだ。そのおかげで音無さんは乗り越える事ができたそうだが、そんな素敵な関係を築けている夫婦は一握りに満たないだろう。
そして…、坂井さんの場合は「協力的ではない夫」に「見切りをつけて」、ある方法で乗り切ろうとしていた。私はそれを聞いて恐ろしくなった。
「毎日泣いているうちに、とうとうスッキリする方法をみつけたんです。何だと思います? スーパーに行って肉や魚のトレーのラップに人差し指を突っ込んでやるんです。ブチッと鳴る音が、気持ちをスーッと落ち着かせてくれるんです」
言うまでもないが器物損壊、犯罪である。それを彼女は笑いながら話してきた。異常事態である。今すぐやめさせたい。
「それ犯罪ですよ。絶対にやっちゃダメな事です。家にプチプチシートとか潰してもいいものあるでしょ?」「自宅ではダメなんです。このスリルがホルモンバランスを安定させてくれる」「いつか見つかるよ。手遅れになる前にやめて、お店にも謝った方がいい」「もう見つかった。この前、音が鳴ってしまって知らないおばさんに注意されちゃいました。だから音が鳴らない柔らかいパンを指で押しつぶしたりしています」
photo by iStock
聞いているだけでかなり不愉快な気持ちになった。いますぐ距離を取るべきか、それとも店に伝えるべきか。私が迷っている間も坂井さんは一方的に不快な話を続け、最後は「じゃぁ晩御飯の用意があるから」と言って、自転車で走り去っていった。
それから約3週間後、坂井さんは捕まった。取り返しのつかない事態へと発展していった。
後編<スーパーでの「ヤバすぎる迷惑行為」が見つかり事務所に連行された40代女性が迎えた取り返しのつかない末路>に続く