インターネットの時代に、アナログなチラシ配布「ポスティング」が業績を伸ばしている。
地元の潜在顧客に直接リーチできる特性が、コロナ禍で増えたフードデリバリー業者らに注目されていることなどが背景にある。棟単位で「チラシお断り」が多いタワーマンションに向けて、「ポスティングマガジン」という新媒体との同梱でチラシを届ける?裏技?も誕生。配布の正確性をGPSアプリで管理する、人海戦術とITが融合した新時代のポスティングに密着した。
地域密着 「紙」の利点
人気俳優の男女がドレスアップして腕を組む表紙。ページをめくれば、すし、すき焼き、うなぎ、和菓子…老舗名店の美食がずらり。ファッション、美術、著名作家の随筆もある。
6月末に創刊した「東京・スローリー・スローリー2」は、業界初のポスティングマガジンだ。同時創刊した同名雑誌(1650円、128ページ)から抜粋された情報が、そのまま32ページにまとめられている。
ポスティング業界最大手のアト(東京都千代田区)が、東京都港区のタワマンにターゲットを絞って毎月末、3万部を配布している。
「目の肥えた方々へチラシを届けることが可能になった。懸賞応募型のアンケートにも1号あたり3、400件の反応があります」
奈須田洋平社長(47)が手応えを語った。不動産投資やジムなど、富裕層向けのチラシが同梱されている。
平澤和夫編集長(63)は、ハイエンドな都会の食や遊びを発信する大人の雑誌「東京カレンダー」創刊者の1人。ポスティングマガジンにもその雰囲気が継承されていた。「薄いながらもきれいな製本で、写真の質にもこだわっている。取材先が老舗や一流ホテルのため、無料投函を嫌がるかとの不安もあったが、協力的な所が多い」という。雑誌本体の購読につながることも期待する。「紙媒体が苦しい時代だが、手元に残る良さがある。メシから始まる東京の伝統と文化を伝えたい」
配布エリアは、順次都心部に広げてゆく計画だ。

アトの売上高は令和3年33億円、同4年42億円と伸び、今年4月期決算で50億円に達した(億未満四捨五入)。チラシ投函の依頼は2700社に及ぶ。
躍進の理由を尋ねると、「新聞社の取材に対して答えにくいが、購読世帯が減っているため折り込みチラシからの移行も増えている」と奈須田社長。「地域密着のチラシは、新規開店告知やクーポンとして効果的。何でも調べられるウェブですが、キーワード検索で同業他社に埋もれ、広告もスキップされやすい」
予算目安はA4カラー、1万枚の印刷と投函で10万円。ウェブ広告に比べても「安い」という。
奈須田社長は、早稲田大法学部在学中にポスティング会社のアルバイトに熱中して中退。平成15年に独立起業し、業界最大手に成長させた。元アルバイト先の事業も今月承継した。
推進力となったのが自社開発のアプリだ。スタッフの配布経路と時間をGPSで常時可視化。「正確に配られているか」という依頼主の不安を払拭した。また、チラシお断り物件もデータベース化し、苦情を未然に防いでいる。
配布拠点は48の支社で、1日約600人がポスティングで地域を回る。報酬は1ポスト5円。6~7時間かかる2千ポスト配布の場合は1万円となる。その際の距離は約20キロに及び、自転車使用でも歩数は3万歩に近い。この人海戦術の目視で得た地域情報、特に空き地や空き家の情報も必要な企業に提供している。
新宿支社のポスティングに同行を願い出た。この日の配布は、ゲイバーで有名な新宿2丁目。男性エステのチラシにエリア戦略を見る。炎天下。お断りの家や店を避けるよう気を配りつつの作業は大変で、筆者はものの数十分で退散した。
これまで興味のない紙をウザイと投げ捨てていたが、スタッフの苦労を知り少し心がチクッとする。(重松明子)