暗号資産(仮想通貨)やトークンなど新しい技術が生まれると、それをダシにした詐欺事件が問題になる。警察庁のまとめによると、2023年1月から6月までの特殊詐欺の認知件数は、上半期では過去10年で最多の9464件。その被害額は193億円にのぼる。 今回、そのトークンを使った投資トラブルに巻き込まれ、約1500万円を失った斉藤さん(60代・仮名)に話を聞いた。
◆スマートウォッチを使った投資話
前述の警察庁のまとめによると、被害者の8割は高齢者だという。斉藤さんも大阪地方在住で、数年前に夫と死別。子供たちもすでに親元から巣立って独立し、彼女自身は「若いころに起業して築いた資産」で何不自由ない生活を送っている。だが、そんななかで巻き込まれたのがスマートウォッチによる投資トラブルだった。
「Oさんと知り合ったのは数年前の商工会議所での講演会でした。名刺を交換しただけですが、その後、主人の遺品を整理していたときに、たまたま名刺が出てきて、その裏に“時計の人”と書いていあったんです。それでスマートウォッチの話をしたことを思い出しました。私の周りには年配者が多いから、心拍数や呼吸数が測定できると役立つと思ったんです。久々の電話だったにもかかわらず、Oさんは心優しく応じてくれました。それが2021年8月です」
◆健康データがトークンで還元される
Oさんは30代の男性で、休息時・運動時の活力レベルなどを記録・分析できるオリジナルのスマートウォッチを販売していた。斉藤さんは、それをOさんから購入しようと思っていたが、実際に話を聞くと、なんと投資話をもちかけられたという。
「もともとスマートウォッチの話だったのですが、いつの間にかスマートウォッチを売った“権利収入”でもらえる暗号資産を買わないかと言われたんです。スマートウォッチを装着した腕からとれた健康データを医療機関に売ることで、その収入が現金ではなくトークンで出資者に還元されるということでした」
斉藤さんは自宅で何度もOさんと話をした。そのときは「権利収入が大事」「世界中の医療機関がデータを欲しがる」「会社が上場したあかつきには何倍もの金額になる」などいかにこれが“美味しい話”か熱心に語られたという。
◆「500万円くらいならいいかと思って出資」
「変な話だと思ったのですが、あまりにも熱心に勧めてくるので、500万円くらいならいいかと思って出資しちゃったんです。もともと資産はそれなりにあって、信託も、株もどれも1口500万を上限にしていました」
するとOさんから「とりあえず知っている人を100人(紙に)書け」と言われ、その人たちにも投資を広めるように促されたという。ここまでくると完全にネットワークビジネス(マルチ商法)だが、本人は気付かなかったのか。
「会社が来年上場すると言われていて、トークンの価値が10倍になったら500万円が5000万円になると思っていました。息子やそのお嫁さん、知り合いにも勧めたのですが、長男には『怪しいからやめろ』と怒られました。それでも結局、息子たちの名前だけ借りて、自分で出資金を振り込みました」
◆1か月で出資した金額は1500万円に
最終的に息子夫婦の分として1口100万~120万円のトークンを10件近く購入。出資額は1か月で、なんと1500万円まで積みあがっていた。

カード会社からは「不審な海外からの引き落としがある」という忠告もあったが斉藤さんは無視。数日後には突然、数十箱のダンボールが自宅に届いた。中身は海外から輸入したスマートウォッチが山ほど入っていた。
◆スマートウォッチはまともに機能せず
「仕事柄、海外から物を仕入れたこともありますが、こんな何十箱もまとめて送られてくるのは初めてでした。率直に申し上げて、輸入ビジネスをしたことがない人のやり方だと思いました。スマートウォッチの設定も届いてすぐにやりましたが、心拍数や血圧の測定値に異常が出た時になるアラートがしょっちゅう鳴っていんです。いつもかしこも“心拍数異常”とか“血圧異常”が出るので時間しか計れず、今はもう使っていません」
休息時・運動時の心拍数、呼吸数を記録・分析できる触れ込みのスマートウォッチだったが、結局どれもまともに機能しなかった。徐々にこのビジネスが怪しいと思い始めた斉藤さん。決定的だったのが、そのスマートウォッチを名指しで批判するYouTube動画を見たことだった。
「息子から教えてもらったのですが、その動画は私の疑問点をズバズバと言い当てていて、見ていて目が覚めるような感覚でした。暗号資産も株投資の経験もあったのに、なんでこんなことに巻き込まれていたのかとショックでした。今はダマされた自分がくやしいです。これから息子に直接連絡を取って、裁判を起こす準備をしています」
◆スマートウォッチ会社のインサイダーが語る
ここまで被害者の話を紹介してきたが、実は、この騒動に巻き込まれたのは彼女だけではない。今回、もう一人の被害者である吉田さん(仮名)にも話を聞いている。彼はスマートウォッチの出資者ではなく、その宣伝や営業にも携わっていた人物だ。そのビジネスの裏側を明かす。
「Oさんが所属していたのはXという会社です。そこはもともとスマートウォッチの販売会社だったのですが、2020年秋からスマートウォッチから計測された健康データを医療機関に販売し、その売り上げをトークンとして、出資者に分配するというビジネスを始めると言いはじめました。私は初期のXでスマートウォッチの宣伝・販売をしていましたが、徐々におかしいと思い、会社を離れたんです」
現在は会社を離れた吉田さんのもとには、自分が作ったグループの人たちから返金請求に協力してほしいという問い合わせが毎日のように寄せられている。そして、当時の反省から、そのひとつひとつに真摯に対応しているという。
◆編集部からX社に問い合わせると
「X社には有名女優の母親が幹部にいて、それを広告塔に利用したり、泣き落としや色恋をしたりして、1人あたりの被害額は数十万から1000万円規模になります。これまでにかなりの数の出資金の返金相談がきました。警察にも相談していますが、100億円くらいの被害額になると思っています。それなのにX社は出資者に配当を1円も払っていませんし、返金にも応じていません。一刻も早くこんなビジネスはやめさせる必要があると思います」
事実関係を確かめるべく、編集部はX社の公式サイトより、スマートウォッチを装着した腕からとれた健康データを医療機関に販売し、その売り上げをトークンで分配する事業を行ったことの有無や、さらにそのトークンを「値上がりがある予定」とうたい、同等の価値のあるスマートウォッチを大量購入させたのは事実の有無などについて問い合わせを行った。しかし、期日までに回答を得ることはできなかった。
「X社は暗号資産を扱うのに必要な金融庁の暗号通貨交換業のライセンスをもっていません。さらには連鎖販売取引(マルチ)に必要な概要書面もないまま、営業活動を行っています」と、吉田さんは語る。事件の全容はいまだ明らかになっておらず、X社には誠実な対応が求められる――。