かつて日本の長寿村として語られてきたのは、沖縄県や、地方の中山間地域。しかしこの度そんなイメージを排し、男女とも日本一に輝いたのは、150万都市・川崎市は麻生(あさお)区だった。新宿まで快速急行で30分かからないベッドタウンだが、一体、何がすごいのか。
***
【写真を見る】“日本一の長寿”の理由とは?「日本一との報道を見た時にはビックリしましたね」 と喜びの声で語るのは、麻生区地域ケア推進課の藤原亮子課長である。

「前回の調査では男性が全国2位。女性が4位。好結果を期待して発表を気にしていましたが、まさか男女とも1位とは……」 5月12日、厚生労働省が令和2年度の調査に基づく全国の市区町村別の平均寿命を発表。5年に1度発表されるこの調査で、男性84.0歳、女性89.2歳と、共に全国トップに輝いたのが麻生区だ。同じ自治体が男女ともトップを獲得するのは、調査が始まって以来初めてのことである。散歩を楽しむ人はそこら中に……長寿の要因は? 麻生区は神奈川県川崎市の北西部に位置し、人口約18万人。川崎といえば工業地帯を抱える下町のイメージがあるが、それは東京湾に面した南東部のことで、麻生区は市の最西端、多摩丘陵の一角を占めている。新宿から小田急線が延び、中心駅は新百合ヶ丘。同駅周辺の高台には高級住宅が立ち並ぶ。「長寿の要因としては、区民の健康意識が高いことが挙げられます」 と藤原課長が続ける。「15分程度なら歩くし、歩けるという高齢者が90%近くもいらっしゃいます。都心に近い立地ですが緑が多く、市内の公園、緑地面積の4分の1を当区が占めている。駅から離れれば田んぼや畑も広がっており、こうした環境が良い影響を与えている可能性がありますね」 同区は戸建てや持ち家率も市内でトップだ。ワースト1位は…『長生きできる町』の著者で、千葉大学予防医学センターの近藤克則教授は言う。「麻生区は公共交通機関が発達し、車がなくても生活しやすい。緑や公園も多い地域では歩く機会が多くなります。また比較的経済的に余裕のある世帯が多い点も影響を与えているのでは。米国では、世帯収入が低い地域にはファストフード店などが多いのに対し、健康に良い生鮮食品などが置いてある店は少ないといいます。麻生区は、食環境も良い可能性が高いと思います」 地獄の沙汰も……というわけだが、その指摘は今調査にもはっきり表れ、男性73.2歳、女性84.9歳と共にワースト1位となったのは大阪市西成区。男性に限って言えば、20年以上最下位のままなのだ。喫煙率の高さ、健診受診率の低さ 西成区はドヤ街「あいりん地区」を抱えるなど、全国的にも生活保護率が極めて高い地域。 同区の保健福祉課・鶴見真由美保健担当課長に聞くと、「他の区に比べ喫煙率が高く、また健康診断やがん検診などの受診率は低い。こうした要因が積み重なっているのではと思います。実際、今回の結果でも男性は前回に比べて寿命を下げていますし……。要因がさまざまで、対策はなかなか難しいですね」 ちなみに男性のワースト10の自治体を見ると、大阪市の浪速区、生野区と続き、残りは青森県の自治体で占められる。青森が“早死に”なのは、カップ麺やインスタントラーメンの消費量が日本でトップクラスなど食習慣に課題があり、また冬は雪に閉ざされて運動不足になりがちだからといわれている。ともあれ、長生きの秘訣(ひけつ)は環境と経済――今回の調査結果を見ても、結局はそうしたシンプルな結論に落ち着きそうである。「週刊新潮」2023年6月1日号 掲載
「日本一との報道を見た時にはビックリしましたね」
と喜びの声で語るのは、麻生区地域ケア推進課の藤原亮子課長である。
「前回の調査では男性が全国2位。女性が4位。好結果を期待して発表を気にしていましたが、まさか男女とも1位とは……」
5月12日、厚生労働省が令和2年度の調査に基づく全国の市区町村別の平均寿命を発表。5年に1度発表されるこの調査で、男性84.0歳、女性89.2歳と、共に全国トップに輝いたのが麻生区だ。同じ自治体が男女ともトップを獲得するのは、調査が始まって以来初めてのことである。
麻生区は神奈川県川崎市の北西部に位置し、人口約18万人。川崎といえば工業地帯を抱える下町のイメージがあるが、それは東京湾に面した南東部のことで、麻生区は市の最西端、多摩丘陵の一角を占めている。新宿から小田急線が延び、中心駅は新百合ヶ丘。同駅周辺の高台には高級住宅が立ち並ぶ。
「長寿の要因としては、区民の健康意識が高いことが挙げられます」
と藤原課長が続ける。
「15分程度なら歩くし、歩けるという高齢者が90%近くもいらっしゃいます。都心に近い立地ですが緑が多く、市内の公園、緑地面積の4分の1を当区が占めている。駅から離れれば田んぼや畑も広がっており、こうした環境が良い影響を与えている可能性がありますね」
同区は戸建てや持ち家率も市内でトップだ。
『長生きできる町』の著者で、千葉大学予防医学センターの近藤克則教授は言う。
「麻生区は公共交通機関が発達し、車がなくても生活しやすい。緑や公園も多い地域では歩く機会が多くなります。また比較的経済的に余裕のある世帯が多い点も影響を与えているのでは。米国では、世帯収入が低い地域にはファストフード店などが多いのに対し、健康に良い生鮮食品などが置いてある店は少ないといいます。麻生区は、食環境も良い可能性が高いと思います」
地獄の沙汰も……というわけだが、その指摘は今調査にもはっきり表れ、男性73.2歳、女性84.9歳と共にワースト1位となったのは大阪市西成区。男性に限って言えば、20年以上最下位のままなのだ。
西成区はドヤ街「あいりん地区」を抱えるなど、全国的にも生活保護率が極めて高い地域。
同区の保健福祉課・鶴見真由美保健担当課長に聞くと、
「他の区に比べ喫煙率が高く、また健康診断やがん検診などの受診率は低い。こうした要因が積み重なっているのではと思います。実際、今回の結果でも男性は前回に比べて寿命を下げていますし……。要因がさまざまで、対策はなかなか難しいですね」
ちなみに男性のワースト10の自治体を見ると、大阪市の浪速区、生野区と続き、残りは青森県の自治体で占められる。青森が“早死に”なのは、カップ麺やインスタントラーメンの消費量が日本でトップクラスなど食習慣に課題があり、また冬は雪に閉ざされて運動不足になりがちだからといわれている。ともあれ、長生きの秘訣(ひけつ)は環境と経済――今回の調査結果を見ても、結局はそうしたシンプルな結論に落ち着きそうである。
「週刊新潮」2023年6月1日号 掲載