国会に新たな爆弾が投下されたのは4月4日のことだった。参議院の内閣委員会で立憲民主党の杉尾秀哉・参院議員が、岸田政権発足直前に作成された「岸田新政権の樹立に向けた留意事項」と書かれた文書を入手したことを明らかにした。作成したのは政府の「新しい資本主義実現本部」の事務長代理を務める新原浩朗・内閣審議官で、文書には岸田政権の目玉政策となる「新しい資本主義」を進める政府会議のメンバーの選任や閣僚人事にまで言及されていた。“新原ペーパー”と呼ばれたこの文書については、本誌『週刊ポスト』(2022年7月22日号)が報じていたものだ。
【写真】岸田政権では「新しい資本主義実現会議」を新設すべきなどの提言が書かれた“新原ペーパー”。不適切と指摘された高級ワイン2本セット「(新しい資本主義の)中身が(岸田)周辺の振り付け、あるいは丸投げに近い印象さえある」と内閣委で杉尾議員がそう切り出した文書は、〈秘 木原先生 岸田新政権の樹立に向けた留意事項〉と題された極秘文書のことだった。「木原先生」とは、岸田首相の最側近といわれる木原誠二官房副長官のことで、2021年10月4日の岸田政権発足に先立ち、10月1日に新原氏によって作成された岸田政権の“政権構想指南文書”とも呼べる代物だった。「小西洋之参院議員によって放送法の『政治的公平』を巡る総務省の行政文書と明らかになった“小西文書”の次に立憲民主党が持ち出したのが、この文書でした。この“新原ペーパー”と呼ばれる文書の存在が明らかになり、朝日新聞も『官邸官僚 岸田政権発足時も影響力? 閣僚人事に言及の文書』と報じ、安倍政権で手腕を振るった『官邸官僚』の一人が岸田政権にも影響力を行使していたとうかがわせるとして、注目を集めています。文書を作成した新原氏はタレントの菊池桃子の再婚相手としても度々メディアに取り上げられてきました」(政治部記者)経団連会長から「高級ワイン」もらって宴会 新原氏の岸田政権への食い込みぶりと専横については、筆者は昨年7月に『週刊ポスト』で〈“菊池桃子の夫”新原浩朗・内閣審議官が経団連会長から「高級ワイン」もらって宴会音声〉というレポートで指摘していた。同記事では“新原ペーパー”についても触れている。新原ペーパーが示唆するのは、官僚が“言いなり”になってくれる岸田政権を好ましく思い、支えているということに他ならない。 岸田政権は安倍政権に似た構造を持っている、とも言われている。安倍政権時では安倍晋三首相と菅義偉官房長官という強いリーダーシップを持つ政治家がいたと同時に、経済産業省出身の今井尚哉氏が首相秘書官として権勢を振るい強い政治力を持っていた。今井氏は安倍内閣が掲げた「一億総活躍社会」というスローガンを発案したことでも知られている。今井氏の言動は、「官邸官僚」という言葉で鳴り響いていた。 岸田新政権が発足したときも首相秘書官には元経済産業事務次官の嶋田隆氏が起用された。嶋田氏は今井氏とは経産省の同期として知られ親交も深いという。しかも嶋田氏は元事務次官というエリート中のエリートで異例の抜擢となっている。つまり安倍政権と同じように、岸田政権でも大物経産官僚を要に起用したという意味で、その構造が似ていると分析されているのだ。 そして岸田政権のもう一人のキーマンとなっているのが新原浩朗・内閣審議官なのだ。新原氏は東大経済学部を卒業し1984年に経済産業省(当時は通商産業省)入省したキャリア組で、経済産業政策局長を務めるなどエリートコースを歩んだ。安倍政権時代には今井氏の“子飼い”として活躍した。世間では“菊池桃子の夫”として知った人も多いだろう。 前述の“新原ペーパー”には、新原氏の私利とも言えるような個人的意見が進言されており、それを岸田政権が疑問も持たずに受け入れていることが後に明らかになるのだ。例えば菅政権で設置された成長戦略会議を廃止して、岸田政権では「新しい資本主義実現会議」を新設すべきとの提言に紙幅を大きく割いている。そして政府会議のメンバーにまで言及している。例えばこんな調子だ。〈岸田政権が樹立された場合、成長と分配の好循環を検討する新しい資本主義実現会議(仮称)の設立が必要となる。この場合、新総理自らが、この会議の議長に就任する必要〉〈成長戦略会議のメンバーについては、委員の構成がリアリティを欠くとの意見が多い。(編集部注/デービッド・)アトキンソン議員、三浦(瑠麗)議員は少なくとも替えるとともに、経済界から要請がある十倉経団連団長を未来投資会議までと同様に、加える方向で検討する必要がある〉 岸田政権では新原案の通り成長戦略会議は廃止され「新しい資本主義実現会議」が新設される形となった。ペーパー通り、岸田首相が議長に就任した。そしてアトキンソン氏、三浦氏が委員から外れる一方で、十倉氏をはじめ新規メンバーとして「不可欠」とされた人物はみな有識者構成員に加えられたのである。「新原氏は安倍政権では重用されたが、菅政権では干されたのです。ですから、自身を冷遇した菅政権への意趣返しで菅氏に近いアトキンソンをバッサリ切り、新しい資本主義実現会議に十倉氏を入れるように進言したのです。岸田首相がいくら“分配”を強調しても、経団連という最強のロビー団体の会長をメンバーに入れたということは、大企業優遇の方針が岸田政権でも続くということを示しています」(官邸関係者) 新原氏は「新しい資本主義実現本部事務局」では事務局長代理という要職に就いた。事務局の組織ではナンバー3のポジションだが、事務局長(栗生俊一・官房副長官)と事務局長代理(藤井健志・官房副長官補)はいずれも兼務であり、事実上のトップとして仕切っているのが新原氏なのだ。内閣官房で新原氏は新しい“官邸官僚”として権勢を振るい、「事務次官より偉い」(経産省関係者)との評を得るまでになっている。 新原氏については、前述のように十倉氏との癒着について『週刊ポスト』記事で指摘した。昨年の6月7日、十倉氏は新しい資本主義実現会議に出席するために総理大臣官邸を訪れた。この時に十倉氏は新原氏にワインを贈呈した。十倉氏から新原氏に贈られたワインは、ブルゴーニュの名門シャトー「ルロワ」のもので、値段は3万3000円という高級品。こうした物品の提供を受けることは国家公務員倫理法に違反している疑いがある、というものだった。“新原ペーパー”については、昨年7月に筆者の取材で新原氏は「それは知らないな。僕は自分から何かをやったことはないですよ」と答えていた。 ところが新原氏の言葉は嘘であった。今回、国会で杉尾議員の質問を受けた新原氏の上司にあたる後藤茂之・経済再生担当相は、「新原氏は、その文章を作成することにしたことについては認めております」と答弁し、新原氏が作成したことは認めたのだ。 官僚の言いなりである岸田政権がこのまま新原氏のふるまいを放置するようであれば、いずれ官邸のラスプーチンとなり、国を傾けることになるのではないか──。◆取材・文 赤石晋一郎(ジャーナリスト)/「FRIDAY」「週刊文春」記者を経て2019年よりフリーに。近著に『韓国人、韓国を叱る 日韓歴史問題の新証言者たち』(小学館新書)。『元文春記者チャンネル』をYouTubeにて配信中。
「(新しい資本主義の)中身が(岸田)周辺の振り付け、あるいは丸投げに近い印象さえある」と内閣委で杉尾議員がそう切り出した文書は、〈秘 木原先生 岸田新政権の樹立に向けた留意事項〉と題された極秘文書のことだった。「木原先生」とは、岸田首相の最側近といわれる木原誠二官房副長官のことで、2021年10月4日の岸田政権発足に先立ち、10月1日に新原氏によって作成された岸田政権の“政権構想指南文書”とも呼べる代物だった。
「小西洋之参院議員によって放送法の『政治的公平』を巡る総務省の行政文書と明らかになった“小西文書”の次に立憲民主党が持ち出したのが、この文書でした。この“新原ペーパー”と呼ばれる文書の存在が明らかになり、朝日新聞も『官邸官僚 岸田政権発足時も影響力? 閣僚人事に言及の文書』と報じ、安倍政権で手腕を振るった『官邸官僚』の一人が岸田政権にも影響力を行使していたとうかがわせるとして、注目を集めています。文書を作成した新原氏はタレントの菊池桃子の再婚相手としても度々メディアに取り上げられてきました」(政治部記者)
新原氏の岸田政権への食い込みぶりと専横については、筆者は昨年7月に『週刊ポスト』で〈“菊池桃子の夫”新原浩朗・内閣審議官が経団連会長から「高級ワイン」もらって宴会音声〉というレポートで指摘していた。同記事では“新原ペーパー”についても触れている。新原ペーパーが示唆するのは、官僚が“言いなり”になってくれる岸田政権を好ましく思い、支えているということに他ならない。
岸田政権は安倍政権に似た構造を持っている、とも言われている。安倍政権時では安倍晋三首相と菅義偉官房長官という強いリーダーシップを持つ政治家がいたと同時に、経済産業省出身の今井尚哉氏が首相秘書官として権勢を振るい強い政治力を持っていた。今井氏は安倍内閣が掲げた「一億総活躍社会」というスローガンを発案したことでも知られている。今井氏の言動は、「官邸官僚」という言葉で鳴り響いていた。
岸田新政権が発足したときも首相秘書官には元経済産業事務次官の嶋田隆氏が起用された。嶋田氏は今井氏とは経産省の同期として知られ親交も深いという。しかも嶋田氏は元事務次官というエリート中のエリートで異例の抜擢となっている。つまり安倍政権と同じように、岸田政権でも大物経産官僚を要に起用したという意味で、その構造が似ていると分析されているのだ。
そして岸田政権のもう一人のキーマンとなっているのが新原浩朗・内閣審議官なのだ。新原氏は東大経済学部を卒業し1984年に経済産業省(当時は通商産業省)入省したキャリア組で、経済産業政策局長を務めるなどエリートコースを歩んだ。安倍政権時代には今井氏の“子飼い”として活躍した。世間では“菊池桃子の夫”として知った人も多いだろう。
前述の“新原ペーパー”には、新原氏の私利とも言えるような個人的意見が進言されており、それを岸田政権が疑問も持たずに受け入れていることが後に明らかになるのだ。例えば菅政権で設置された成長戦略会議を廃止して、岸田政権では「新しい資本主義実現会議」を新設すべきとの提言に紙幅を大きく割いている。そして政府会議のメンバーにまで言及している。例えばこんな調子だ。
〈岸田政権が樹立された場合、成長と分配の好循環を検討する新しい資本主義実現会議(仮称)の設立が必要となる。この場合、新総理自らが、この会議の議長に就任する必要〉
〈成長戦略会議のメンバーについては、委員の構成がリアリティを欠くとの意見が多い。(編集部注/デービッド・)アトキンソン議員、三浦(瑠麗)議員は少なくとも替えるとともに、経済界から要請がある十倉経団連団長を未来投資会議までと同様に、加える方向で検討する必要がある〉
岸田政権では新原案の通り成長戦略会議は廃止され「新しい資本主義実現会議」が新設される形となった。ペーパー通り、岸田首相が議長に就任した。そしてアトキンソン氏、三浦氏が委員から外れる一方で、十倉氏をはじめ新規メンバーとして「不可欠」とされた人物はみな有識者構成員に加えられたのである。
「新原氏は安倍政権では重用されたが、菅政権では干されたのです。ですから、自身を冷遇した菅政権への意趣返しで菅氏に近いアトキンソンをバッサリ切り、新しい資本主義実現会議に十倉氏を入れるように進言したのです。岸田首相がいくら“分配”を強調しても、経団連という最強のロビー団体の会長をメンバーに入れたということは、大企業優遇の方針が岸田政権でも続くということを示しています」(官邸関係者)
新原氏は「新しい資本主義実現本部事務局」では事務局長代理という要職に就いた。事務局の組織ではナンバー3のポジションだが、事務局長(栗生俊一・官房副長官)と事務局長代理(藤井健志・官房副長官補)はいずれも兼務であり、事実上のトップとして仕切っているのが新原氏なのだ。内閣官房で新原氏は新しい“官邸官僚”として権勢を振るい、「事務次官より偉い」(経産省関係者)との評を得るまでになっている。
新原氏については、前述のように十倉氏との癒着について『週刊ポスト』記事で指摘した。昨年の6月7日、十倉氏は新しい資本主義実現会議に出席するために総理大臣官邸を訪れた。この時に十倉氏は新原氏にワインを贈呈した。十倉氏から新原氏に贈られたワインは、ブルゴーニュの名門シャトー「ルロワ」のもので、値段は3万3000円という高級品。こうした物品の提供を受けることは国家公務員倫理法に違反している疑いがある、というものだった。
“新原ペーパー”については、昨年7月に筆者の取材で新原氏は「それは知らないな。僕は自分から何かをやったことはないですよ」と答えていた。 ところが新原氏の言葉は嘘であった。今回、国会で杉尾議員の質問を受けた新原氏の上司にあたる後藤茂之・経済再生担当相は、「新原氏は、その文章を作成することにしたことについては認めております」と答弁し、新原氏が作成したことは認めたのだ。
官僚の言いなりである岸田政権がこのまま新原氏のふるまいを放置するようであれば、いずれ官邸のラスプーチンとなり、国を傾けることになるのではないか──。
◆取材・文 赤石晋一郎(ジャーナリスト)/「FRIDAY」「週刊文春」記者を経て2019年よりフリーに。近著に『韓国人、韓国を叱る 日韓歴史問題の新証言者たち』(小学館新書)。『元文春記者チャンネル』をYouTubeにて配信中。